井見
2020-04-27 07:24:01
6933文字
Public ロックマンX・ゼロ二次
 

無題

エックスにナモと夜の繁華街デート(語弊)をしてほしいという大昔のツイートから生まれた文です え? 何だこれ

 存在を主張することだけを目的とした音楽の衝突を無視して、道行く者達はしきりに何かを話し続けている。時折大きな笑い声や怒号すら響くのに、周りの者は一瞥もしない。ここでは騒々しさが当たり前なのだろう。まるで一夜限りのはずの祭りが終わることを忘れてしまったかのようで、雨をたっぷりと溜めた雲が行き先を見失ったようで、眩しくもほの暗いアーケード。普段はなかなか寄り付かないところだ。もの珍しくて店の看板達をぼんやり眺めていると、後ろから誰かにぶつかられてしまった。このままだと大いに邪魔になってしまう。急いで辺りを見渡すと、たまたま営業していない店があったので、おれはこれ幸いとそのシャッターの前へ逃げ込んだ。

 最近は大きな事件も無く、ハンターベースに篭ってばかりだったからか、この賑わいっぷりが目新しくすら映る。おれが個々の事件の対応に追われている間、世界はすっかり復興して、コロニーが落ちる前以上の発展ぶりを手に入れた。急ピッチで行われた復興作業のせいで治安管理が行き届いていない場所も多いとはいえ、こうして栄えている所を再び見られるのはやはり嬉しい。特に汚染が強い頃から修繕が始まったこの場所は、レプリロイドの活動が多かったことに起因し、レプリロイドのための商店が立ち並んでいる。当然客もレプリロイドが大半を占めるため、すっかりレプリロイドの憩いの場となったらしい。話には聞いていたが、こうして訪れたのは初めてだった。
 どこでもいいから、どこか普段は行かない場所へ行きたかった。ベースにいても、現場にいても、どこか水の中に沈んだ時のような動きにくさがあって、まるで息苦しい。立て続けに小さな事件を応対しているせいで休む暇もほとんど無いのだから、ほんのたまには必要のない場所へ行くのが許されてもいいだろう。

 そんな必要のない言い訳を、向かいの店の看板を囲う派手な電飾に向かって散らす。看板に描かれた文字もぱちぱちと明暗を繰り返して、その点滅は一本道の光と影を一層濃くしている。光は頭上だけじゃない。店の中もやたらと輝いているし、何より道を行き交うレプリロイド達の身体にも発光するパーツがたくさんあって、目を休める暇がない。きっとここには太陽も月も、星だっていらないのだろう。ぼんやりとその光達を目で追っているだけで幾らでも時間が過ごせてしまいそうだ。流石に夜明けまで居るわけにはいかない。しかし入り口から相当歩いたような気がするが、距離としてはまだまだ出口には程遠いだろう。慣れない道は長く感じるもので、ましてやこの往来だ。振り返っても、先を窺ってみても、アーケードの端が見えない。引き返すのもそう簡単ではないか。
「参ったな……
 小さな達成感と、大きな倦怠感に思わずため息が零れた。右と左、入り口と出口を交互に見やってから、諦めて正面に向き直る。このままずるずると座り込んでしまいたい。闇雲に照らす明かりが眩しくすら感じてきて、おれは思わず足下を見つめる。
 すると隣に、影がぬっと下りてきた。おれと同じように、この場所に少し疲れた同志だろうかと期待すると、隣の影はおれへ一歩踏み出してくる。
 そして隣の影は、くくっと笑いを噛み殺しながら、「なあ、ボウヤ……」と言った。
 おれは目を見開いた。
「迷子かい?」
 小馬鹿にするような、いいかげんな軽い声。まるで跳ねられたようにして、おれがその声の降ってきた方を見上げると、隣に立っていたのは自分よりも一、二回り大きな男だった。からかうように弧を描く口元から、淡く光って見える赤いバイザーが意識を逸れさせる。
「ダイナモ……
 おれは彼の名前を呼ぶことしかできなかった。他に言うべき言葉が思いつかなかった。あまりに驚くと、自分でも何がなんだかわからなくなる。頭の中が真っ白、おれは今、その言葉を誰よりも強く知った。
「ひさしぶり!」
 彼はおれの混乱を豪快に無視して、片手をひらひらと振りつつそう宣った。かつての邂逅を思い出させられ、おれの頰は引き攣ったらしい。その証拠に、彼はおれの顔をよく見ようとしたのか、少し猫背になって顔を近づけてきた。その動きに合わせて、彼の銀色の髪の一房が、首の後ろから胸へさらりと流れた。
「またシゴト? こんな所まで、はるばるご苦労様です」
 どこにでも現れるお前に言われたくはない、という返答をぐっと飲み込む。からかわれているだけなのだ。ペースに乗せられてはいけない。
「たまたまさ。本来通る予定はなかったんだ。そもそも仕事じゃない」
「へえ。イレギュラーハンターにもプライベートってあるんだね? 意外だな」
……そういうお前はシゴトなのか? ものによっては……
  彼が問題のある仕事とやらを抱えているのなら、見過ごすことはできない。任務外の時間でもハンターとしての役目が失われたわけではないのだ。現行犯でなくとも、そもそもこいつにはベースへの二度の襲撃、数多くの調査の妨害という隠しようのない前科があるため、ここで改めてイレギュラーと指定することもおそらく可能だ。
 しかしダイナモは余裕そうに笑う。
「ものによっては? 戦うの? ここで? 
 きみがそうしたいなら、付き合ってあげてもいいけどさ」
 おれの言葉が牽制に過ぎないとわかっているのだろう。それに仮に戦ったとしても、こいつはまた逃げるに違いない。余計な被害を出すだけなのだ。からかうように覗き込んでくる彼を、返答代わりに下から睨み付けると、彼は「冗談、冗談」と両手を上げて降伏のポーズを取った。
「せっかく来たしね。残念だけどまた今度」
「今度もごめんだな……。それにしても、お前はこういう所ってよく来るのか?」
「んー、どうかな。別に商売してるわけじゃないし。まあきみよりは慣れてると思うよ」
「なんだよその言い方……確かに初めて来たけどさ」
「だってただでさえちっこいのに、余計縮こまってるんだもん。こんな隅っこで。
 つつくなって言われても無理だぜ」
 ダイナモはそう言うと、おれの頭を上からばしばしと戯れに叩く。確かにおれは人型のレプリロイドの中でも小柄な方だ。人間の子供に間違われることもある。一方で彼は人間の大人よりも大きいくらいだから、やはりおれは相当小さく見えるのだろう。何しろボウヤだなんて呼んでくるくらいだ。面白くないので、頭上から降ってくる手を振り払う。
 首を曲げないと彼の表情を窺うこともできない。ぐっと見上げると、バイザーの奥で細められた目がおれをゆるりと見下ろしているのがわかる。
「こういう賑やかな所、嫌いじゃないのさ。好きでもないけど。
 たまにはいいよね。きみもそのクチでしょ?」
 おれは図星に少し目を見開いてから、「そうかもしれないな」とゆっくりと頷いた。
 いつもと違うどこかに行きたかったのは事実だが、ならなぜここに来たのか。
 強いて言うのなら、まるで虫のように引き寄せられたのだ。爆発でも閃光でもない、この街の灯りに。誰かの生きている気配に。
 そこまで考えてから、おれは違和感を覚える。
……きみ『も』?」
「きみ『は』の方が良かった?」
 そういう意味じゃない。口の中で言い返すと、ダイナモは茶化すように笑った。笑ってばかりだ。
 おれは彼を全く知らない。例え彼を知ろうと一歩踏み込んでも、彼はその分一歩後ろに下がるから。たぶん彼自身とそれ以外の間には踏み越えられない溝がきっぱりと引かれていて、彼はその引いた溝ぎりぎりの所からこちらを窺っては、溝を掘って深くするのだ。闇雲な追及は意味をなさない。でも今はそれでいいと思った。一度くらいは、無為な邂逅が会ってもいい。
 おれがぼんやりとそんな事を思っていると、彼は左右をちらりと確認するような素振りを見せた後に、ふう、と一つため息をついた。まるで何かから逃げているようにも、何かを探しているようにも見える。どちらも彼らしいのかもしれない。それがなんだかおかしくて、ふ、とおれは少しだけ笑ってしまった。
「どうかした?」
 おれの声を聞き咎めたのか、彼はぱっとこちらを見やる。その視線に思わず姿勢を正してしまう。それを誤魔化すように、「お前ってさ‪——‬」と口を開いた時だった。突然何かが割れたような音とともに、通りの一角が暗くなったのだ。‬
 怒号が飛ぶ。さらに何かが砕ける。どうやら誰かと誰かが揉め始めたようだった。平穏な時間はそう長続きはしない。これだけのレプリロイドがいるのだから、いつ事件が起こってもおかしくはない。道行く者達も流石にこれは無視できないようで、何事かと立ち止まっては興味半分心配半分で覗き始める。そして野次が飛び、また立ち止まり、瞬く間に集団が形成されていく。
 これ以上騒ぎになったらいけない。おれが一歩踏み出したのと同時に、ダイナモは呟く。
「元気だねぇ」
 彼は動かない。距離を取るわけでも、おれと共に彼らを止めに行こうとするわけでもない。ただ壁に寄り掛かったまま、ほとんど軽蔑するような、冷たい視線を向けるだけだった。そしてそのまま同じ温度をした目で、おれを見据える。
 きみはどうする、と瞳で尋ねられている。
 わかっているくせに。おれが歩き出そうとしたのを見ていただろう。こいつは本当に意地が悪い。
 しかし構っている場合ではない。おれは彼を無視して前を向く。群衆をどうにか掻き分けて、今まさに殴り合いへと発展しようとしている小競り合いの間へと体を滑り込ませる。
「なんだテメェ?!」
 一方のレプリロイドがおれを恫喝する。興奮の対象が相手からおれへと変わったのがわかる。
……邪魔をする気か?」
 もう一方のレプリロイドもおれを認識した。しかしおれよりも何よりもまず、道に散乱した商品の破片を気にしているようだ。
 血気盛んな客と、頑固な店主と言った所だろうか。難癖をつけたかつけられたか。日常茶飯事なのだろうと思うが、首を突っ込んでしまった以上、収めるしかない。
「双方の言い分もあるだろうが、他の店への迷惑になる。これくらいで‪——‬」‬‬‬‬
 おれが言い切る前に、怒りの矛先を変えた客がおれへと殴りかかってきた。素手だ。ありがたい。この程度なら見過ごせる。
「これくらいで、やめてくれないか」
 おれの頬を殴り飛ばす直前の拳を、手の平で包み込む。そのまま捕まえた拳を念押しにぎゅっと握れば、反対にその拳から力が抜けていくのがわかる。どうやら戦う気は削げたようだ。
「ありがとう」
 おれは安心して、つい頬が緩む。しかしそれも束の間だった。
「テメェ……ハンターだな。見たことがあるぞ」
 群衆がざわつく。気づいてしまった。「やっぱり」だとか「まずい」といった囁きが聞こえてくる。イレギュラーハンターという身分はここでは歓迎されないのだろう。
 笑顔が苦笑に変わる。次の騒ぎの中心はおれじゃないか。後退りをすると、群衆がおれのために道を開けてくれた。なんて物は言いようで、単におれからできるだけ距離を開けようとしている。おれは部外者で腫れ物で疫病神だ。
 走ろうか。勝手に建物に上るのはまずいだろうし。とりあえずこの場から早く立ち去った方がいい。逃げられれば何でもいい、と願ったのと同時に、誰かに左の上腕を強く掴まれた。関節が剥き出しの無骨な指が、二の腕をぐるりと一周している。
「ダイナモ?」
 おれが名を呼ぶと、彼は挑戦的に小首を傾げた。
 そして腰を屈めて、「逃げるの?」とおれの耳元で囁いた。
 逃げるとも。おれは頷く。すると彼は舌なめずりでもしそうなくらい、にやりと笑った。この笑顔はきっと本物だった。
 彼はおれの腕を引くと、ざわめく群衆に目もくれず、行き交う雑踏に駆け込んだ。そして潜り込んだ雑踏の中を、するすると掻き分けて歩く。人型レプリロイドの中でも彼は大きい方だと思うが、威圧して道を譲らせるでもなく、わずかに空いた隙間に器用に滑り込んでいく。こうして人混みに紛れるのに慣れているのだろうな、とおれは引っ張られるまま、彼の背の影に駆け込むかのようにやっとの思いで付いていく。
 彼があの場に残っていたのは意外だった。おれが諍いに手を出した時におそらく去ってしまっただろうと思っていたのに。残っていただけではなく、どうして彼はおれの腕を引いているのだろう。理由を聞いてみたいが、聞いたらきっとそこでこの逃亡は終了だ。おれはなぜかそんな風に確信していた。これが彼の気まぐれなのなら、もう少しそれに身を任せるのもいい。
 ぐいと引いてくる彼の手は少し痛いくらいで、それを感じる度に空いてしまった距離を埋めるべくおれは焦ることになる。時折レプリロイドにぶつかってしまい、謝りながらも急ぐ。ぎりぎり離れず、近すぎずの距離を保つ。
 彼の真後ろに立つと、おれの目線は彼の髪の辺りにぴったりと合うらしい。程よく長い、青みがかった銀色の髪が、彼が一歩踏み出すのに少し遅れて、左に、右にきらきらと揺れるのだ。腕を引っ張られては、見上げてついつい目を奪われる。
 この通りを彩る数多の原色の光が、その重たげな髪の上に泡立つように輝いている。赤青緑と目まぐるしく変わっていく中で、銀色は静かに変わらない。お前らしいな、と思った。視界中を照らす道の明かりも、目の前になびく銀の髪の輝きも、まるで全て目くらましのようだ。調和が感じられないその雑多なきらめきが、今は眩しい。たまらなく。
「あ、」
 その髪が急に視界から遠のいて、おれはうっかり声を漏らしてしまった。束から外れた銀糸が肩にぱらりともたげて艶めく。そのまま視線を横にずらすと、髪の代わりに彼の顔がおれを見下ろしている。彼が振り返ったのだ。おれが後ろにいるのか確かめようとしたのだろうか。
 ちゃんと後ろにいるぞと抗議するように、彼と目を合わせる。すると彼はぐっと体を傾けるようにして、おれに囁いた。
「見惚れてた?」
 なるほど、そういう言い方もあるか。
 おれは頷いた。
「綺麗だからさ」
 今まで気がつかなかった。向かい合って戦うだけでは、こんなにもわからない事がある。これが戦いの場であれば、彼はすぐさま腰のブレードを引き抜くだろうし、おれはバスターに熱を溜め込んでいるに違いない。背後からただ見上げるだけのことが、おれ達にとっては戦う事よりも難しいのだ。
 彼はおれの返答に、何も言わなかった。代わりに口元で、ふっと笑った。

 そのままひとしきり進んだ所で、ダイナモはおもむろに進路を変えて、目に付いた裏路地のような所へとおれを引っ張り込んだ。ぎらぎらとした表通りとは違って、そこはひんやりと青暗い道だった。膝の高さくらい光る立て看板がぽつぽつと間隔を空けながら並んでいる。
 彼は「もういいかな」と首を伸ばして表通りの様子を窺った。その言葉通り、おれ達を気にする者はすっかりいないようだった。ハンターが勝手に去ってくれるならそれに越したことはない、という事だろう。まるで先ほどの小さな事件は無かった事になったかのようだ。誰もが素知らぬ顔で光の道を思うがままに進んでいる。そしておれ達だけが、立ち止まっている。表通りのネオンの輝きが漏れて、彼を上から無造作に照らしている。ヘッドパーツが落とす影の中で、相変わらず赤いバイザーが怪しげに光っている。明るいけれど暗い。
「ダイナモ……ありがとう。助かったよ」
 礼を言うと、彼は律儀にもバイザーを収納し、背を曲げるようにしておれを見下ろす。
「どういたしまして、なんてきみに言う日が来るとはね。
 にしてもさぁ、毎回あんなの真面目に対応してたら、いつか頭がサビつくよ」
「そうかもな。
 でも見ているだけなら、今度は足が錆びると思う」
 彼をじっと見つめ返す。視界の端で光がちらちらと瞬いて、喧騒は遠のいていく。刹那の間に途方もない時間が流れるような緊張感。
 例えおれ達の間に踏み越えられない溝があっても、わかり合うことができなくても。お互いを見つめることはできる。
 その長い一瞬を断ち切ったのは、彼のわざとらしいくらい長い溜息だった。心底呆れたという風に目をぐるりと回す。「そんな顔するなよ」と言ってみせると、彼は思い出したように、いつもの軽薄な表情を取り戻した。
「いやね、ホントきみってご苦労な性格してるなって。ここまでくると心配するぜ」
「へえ、お前が心配してくれるのか?」
「心の隅っこでね」
「そうか。……それでも、嬉しいよ」
 そう言うとダイナモはするりと目を細めた。それから徐々に、ふふ、だとか、はは、などを口元に零していく。おれはどこに笑う所があったのかわからず、首を傾げて待つことしかできなかった。そしてとうとう堪え切れなくなったのか、ははは、と声を上げて笑い出す。
「甘いなぁ、エックス! その甘さがおれは好きだぜ」
 まるで吐き気がしそうなくらいに。
 そう聞こえたのは、きっと気のせいではなかった。



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