井見
2019-07-01 14:44:19
1775文字
Public ロックマンX・ゼロ二次
 

無題

ゲとゼロ

 三つの無遠慮なノック音は、今や合図だ。毎回どうしてこうもちょうど筆が、いや指が乗ってきたところで来るのだろう。新しい嫌がらせなのかもしれない。
「おい、開けろ。いるんだろう?」
 鋭い声がノック音に続く。返答の代わりに、ボクはたっぷりとため息をした。蹴破られては困るのでしぶしぶロックを解除する。軋む椅子を動かして扉の向こうへと体を向ければ、しびれを切らす寸前のようなしかめ面と目が合った。
 『はじめまして』では到底ないので、こんな物騒な表情を見てもそうそう怖いとも思わなくなっている自分がいる。思わず笑いを零すと、そのしかめ面はますます歪んだ。非常に愉快ですらある。しかし悪態を吐かれる前に先手を打とう。
「やあゼロ。今度は何をしたんだい?」
 話を先に進める方が、ゼロの機嫌を損ねずに済む。すると彼はやはりしかめ面のまま、無言で腹を指差した。
……はあ、見事な穴だね」
 ちょうどレーザーで貫かれたように焼け焦げた風穴が、脇腹にぽっかりと空いていた。指が数本綺麗に入るくらいだ。破損の具合を確かめるフリをしてその穴に指を差し込んでみようとしたが、「やめろ」という言葉と同時に腕を剥がされてしまった。どうせ後で触るだろうに。
「で、これをまた? しかし見たところピンピンしてるじゃないか。こんな破損、キミにとっちゃかすり傷くらいだろう」
「まあな、これくらいは問題ない。だが報告が面倒だ」
 要するにバレる前に直せ、ということだ。言葉にせずともわかるほどの毎度の注文。いつもの事だ。ボクは諦めて、彼を部屋の奥へと視線で招いた。
 ここは元々修理をするための場ではないから、都合の良い寝台があるわけもなかった。彼が初めて押しかけてきた時に、テーブルに乗っていた資料を適当にどかしてとりあえず横になれるだけのスペースを作ったが、そのテーブルだったものに彼はもはや当たり前のように寝転ぶ。もう机としての役割を終えて久しいものだ。
「全く。すっかりキミ専用のメンテナンスルームだ」
「赤色にでもしてみるか?」
「ライトは緑がいいね」
 壁の色を赤、照明を緑。出しっぱなしになっていた器具を集めながら、思いを馳せる。ゼロも暇なのか、「ふむ」などと唸っている。変なところで真面目というのか、むしろ案外冗談が好きなのか。
「しかし何故こんな穴を? 今回も例のアレかい?」
「アレだな。仕方あるまい。重傷者を出すか、軽傷者になるか。どっちがマシか、誰でもわかる計算だろう?」
「誰がその軽傷者を直すのか、ってところもその計算に入れてくれると助かるんだがね」
「誤差だな、誤差」
「ヒドイな」
「いいだろ、俺の体に直接触れられるんだ。不満か?」
「いいや? 身に余る光栄だとも」
 手を胸に当て恭しく礼をしてみれば、彼は満足気に大きく頷く。
 こうしてこんな話をすることも、こうしてこんな風に触れることも、昔は考えつきもしなかった。一体何がどうなって、ボクは今ここにいるのか。こういう事が一番わからないものだ。ボクはもう一度、ため息をした。
  雑談が一息ついた事を見計らったのか、ゼロはすうすうと寝息を立て始めた。深く眠っているわけではなく、あくまで節電をしているくらいだが。もし胸の中に手を伸ばそうものなら、腕ごと首を一断ちされるに違いない。
 ああでも、それくらいの温度が心地いい。ボクはキミの良き友人でもなければ、切磋琢磨する宿敵でもない。キミはボクを形だけ褒めそやす無知でもなければ、不合理に貶める衆愚でもない。炉には触れられぬくらいがちょうどいい。
 
 さてと、と右手に握ったライトで、無防備を装う体に空けられた穴を照らす。改めて確認しても、やはり本当に綺麗な焼け跡だ。まるで攻撃に背を向ける必要があったかのような。初歩の初歩、簡単で単純で、彼自身ですら直せるような、面白みのない怪我。しかしそもそも彼が一人で戦っていたならこんなあからさまな怪我は負わない。キミの体は、そんな事のためのものじゃないのに。自分でもわかってるんだろう。
 誰にでも直せる怪我を、他の誰でもない彼が作ってくるのは、心底つまらない。
「どうせなら、ボクにしか直せない怪我を作って来てくれよ」
 つまらないので、ボクは腹の穴をぐりぐりと撫でた。
 彼は起きなかった。



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