mishiadd
2024-09-07 12:35:32
3525文字
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宮本伊織は生きにくい:「朴念仁」

「自分は友情のつもりだったのに相手に抱かれてたのは恋愛感情だった」パターンが多過ぎて疲れちゃった(恋愛のできない)宮本伊織の処世術と伊織殿に勝手に「最後の砦」認定されたセイバーのお気の毒な小噺。

――ああ、またこうなるのか。

伊織の手を握りながらこちらを見つめてくる、確かに『友人』だった筈の者の瞳に浮かぶ狂おしい恋慕の情に――伊織は、もう幾度目かとも知れない失望を抱いて、そっと目を逸らした。







宮本伊織には生来抱えた『異常ひみつ』がある。――しかし、どうにも伊織の人付き合いがうまくいかないのはそれとは別のところに原因があるとしか思えなかった。

伊織自身、人と知り合うことは嫌いではない。そうでなければ日雇いの用心棒など務まらないし――実際、人として好ましいと感じる人間の数は平均より多い方なのかもしれなかった。『先入観なくその人のありようをまずは受け入れてみて、理解する』――その身に沁みついた癖が、『人』という善悪を併せ持つ存在の光の部分を、余人がそうするよりも多く伊織に見い出させるのかもしれなかった。――もしかしたら、当の本人が己に見い出しているよりもずっと。

伊織は、誰かを嫌うということはあまりない。あったとすればそれは余程のことで、『あの宮本伊織に嫌われる』ということをもし狙ってやってのけたのなら、もはやそれはある意味それなりに誇ってもいいことなのかもしれなかった。
つまり、どういうことかというと――表情や態度に出さないだけで、伊織自身は割と人懐っこい性質ではあるのである。好ましいと思った人間に同盟を持ちかけられればあっさり手を結ぶし、真っ当な性質だと信じた人間の無実はたったひとりでいつまでも信じているし、気持ちのいい人物だと思った人間のことはのちのち裏切られることも厭わずに助けて手を貸す。――そして、物騒な言動を繰り返すまったく躾のなっていない厄介なサーヴァントのことすらも、決して見捨てることなく根気強く人の道を繰り返し教え、そこに善性を見い出す。

宮本伊織は、人が好きだ。――人と平和的に仲良くすることが好きだ。友人になるのが好きだ。
たとえ、彼の中に君臨する彼の生命の目的が、伊織に彼らを斬る夢想を幾度となく見せ続けていたとしても。――それでも伊織は、人と会話を交わすことは嫌いではなかったし、人として好ましいと思った相手と共に時間を過ごして、笑い合ったり、真面目な話をしたりするのが好きだった。



――が、いつもうまくいかない。



いつの間にか、相手と自分の気持ちがずれている

伊織は、ずっと相手のことを『友人』だと思っていた。伊織にとって居心地のいい距離感と気遣いと、時には軽い冗談なども交わせるような、そんな気の置けない、でも決して礼儀は失さない関係。
『友人』のことは大切にしたいと思う。伊織自身、自分の大切な『友人』のためならば――自分にとって多少の損になるようなことであっても、決して躊躇ったりなどしないし――多少の犠牲すら払ったってかまわない。それを相手に悟らせることさえしない。

でも、ある日突然気付くのだ。その日はいつも突然やってくる。伊織が事前に気付けた試しなど一度もない。だから、伊織にとってはいつだってそれは寝耳に水で、「よい友人を得た」とほくほくしていた矢先に突然身に覚えのない冷や水を浴びせられるような心持ちなのだ。
『友人』だと――そう信じ、誇りに思い、大切に思っていた相手に、突然『想い』を告げられる。――伊織には身に覚えのない、彼には理解のできない、彼からはもっとも遠い場所にある感情を告げられる。――相手が抱いているのは友情ではない、伊織への『恋心』なのだと。

それはいつも伊織にとっては大いなる失望だった。あるいは、相手と『通じ合っている』と信じ切っていた伊織自身のおめでたさに対する自己嫌悪なのかもしれなかったし――伊織がとても大切に思っていた『友人』を永久に喪失したことへの、悲哀、なのかもしれなかった。



伊織にとって、『友人』だと信じていた相手に恋慕を抱かれることは、彼への裏切りであるとともに彼の大切な『友人』の喪失だった。
だから――認めるわけにはいかないのだ。それは、彼自身にはどうにもできないことに対するくだらない無駄な悪あがきに過ぎないのかもしれない。それでも彼は――彼にとって堪えがたいその喪失を、なんの抵抗もせずに諾々と受け入れることはできないのだ。







「イオリはモテるのだなあ」といつぞやも聞いた言葉を感慨深げに繰り返したセイバーに、「なんの話だ」と伊織はいつぞやとまったく同じいらえを返した。
「何の話、もないだろう」とセイバーが意地の悪い笑みを浮かべる。セイバーにはこういうところがある。伊織が好意を向けられて困っているのをどこか愉快そうに――なんだか誇らしげですらある顔をして、横でからかうのが好きなのだ。

「媛にあそこまで言わせておいてそのいじらしい気持ちに気付かないときた。――きみ、本当に罪作りだな。にぶいにも程があるぞ?」
――ん」

伊織の表情が目に見えて曇る。――そんな話をしているつもりではなかったセイバーが、慌てて言葉を重ねた。

「いやまあ、そういうところもきっと媛たちの『乙女心』というものをくすぐるのかもしれんがな。……まあ、そう落ち込むな。きみもそのうち経験を重ねればわかるように――
「だって、わかってしまったら、――もう、彼女らとは『友人』ではいられなくなるだろう」
……へ?」

長屋から出て、これからのんびりと若旦那の店にでも買い出しにいこうか、というところだった。ふと足を止めてしまった伊織をセイバーが振り返る。
足元に目線を落とした伊織の、昼下がりで伸びかけた影が、まだ明るい地面に落ちている。

「はっきり『そうだ』と言われないうちは――わからないふりをしていれば、気付かないふりをしていれば――まだ『友人』でいられる。そうだろう、セイバー?」

伊織がセイバーを見る。その月夜を映したような瞳に浮かんだ色に、セイバーがぎくりとする。――哀惜の色だった。
まるで着物の裾を掴んで泣き出すのを堪えているような、いたいけな幼子のように見えた。

「まだ、お互いに同じ気持ちだって信じていられる。そうだろう、セイバー。……俺は、まだ彼女らと『友人』でいたい。まだ、失いたくない。――できることならば、ずっと」
――イオリ」
「彼女らだけではない。――皆と、ずっとこのまま『友人』でいたいんだ。今はとても楽しい。皆、好ましい人たちだ、――だから」

まるで祈りの言葉のように、伊織が言った。

俺に恋をしないでほしい。皆、このまま――いつものようにならずに。どうか」
「あ……

切実なのだ、とセイバーは思い至る。そして――ぎくり、と己の心の裡のどこかが、罪悪感を覚えるのを自覚する
「イオリ、」と声を掛けようとしたセイバーの声を遮るように、ぱっと急に伊織が明るい表情をして言った。

「でも、今回は絶対に大丈夫なんだ。――おまえがいるから、セイバー」
「え?」
「他の誰がだめになっても、おまえだけは絶対に俺に恋をしない。そうだろう、セイバー」

月夜を映し込んだ瞳が満天の星屑のように瞬く。昼下がりに似つかわしくないような、キラキラと無邪気に輝く瞳は――『信頼』、の二文字の具現のようだった。

「俺にはわかる。おまえは絶対に大丈夫だ。――おまえは、俺を裏切ったりしない。おまえと俺は同じ気持ちだとわかる。――おまえの目を見れば、わかる」

まるで星屑をまき散らしたような――月夜に見る夢のような色をした瞳が、全幅の信頼のもと、一切の遠慮なくセイバーの目を覗き込んでくる。その瞳に呼応して、吸い寄せられるように――瞬きも忘れて見入りそうになる。魅入られる。雑音がなにも聞こえなくなって、伊織の深遠な宇宙そらのような瞳だけが視界に見えて――はっと気づいて、セイバーが意識を取り戻す。
言葉に詰まり、目を白黒させているセイバーをどう思ったのか、伊織が満足げに微笑む。穏やかに優しく細められた切れ長の目から、柔らかく口の端の持ちあがった口許から、セイバーがわずかも目を離せなくなっていることにも、伊織は気付かない。

完全に固まってしまったセイバーの両肩を掴み、うっとりとした夢見るような瞳で、伊織がセイバーに睦言のように囁いた。

「なにがあってもおまえとは――おまえとなら、おまえとだけは、絶対に大丈夫。――そうだろう、セイバー? おまえは他の皆とは違うよな?」



――有無を言わせぬ、己が親愛なるマスターのその問いに。



涙目になりながら、セイバーは頷く以外の選択肢を許されていなかった。






「朴念仁」・了