風呂から上がると、先程まではあったはずの太宰の気配が部屋の中から消えていた。俺が風呂に入る前はスマートホンを弄りながらだらだらとテレビを見ていたはずだった。
テレビも電灯も付けっ放し。帰ったのかコンビニにでも行ったのか。どちらにせよせめてテレビくらいは消していけ。内心悪態を吐きながらリモコンを手に取ったところで、太宰の姿を発見した。ソファに全身を預け、眠っているように見える。床には取り落としたのだろうスマートホンが転がっていた。
テレビを消すと、薄らと瞼が開いてこちらを向いた。
「風呂上がったけど」
「んー」
声を出すのも億劫なようで、どうにも覚束ない。瞼はかろうじて開いているが、今にも睡魔に負けてしまいそうだ。
「寝るならベッド行けよ」
「うん」
返事はあるが、言葉の意味を理解しているかは怪しい。
しゃがみ込んで頭を撫でる。何やら呻き声が漏れるが、然したる抵抗はない。少しばかり見えていた瞳も完全に瞼の奥に隠れてしまった。
太宰が俺の家に出入りするようになって長いが、こんな風に無防備な姿は珍しい。可愛い、と思ってしまうのも致し方ないだろう。
「運んでやろうか」
そろそろ返事も危うそうだと思ったから、揶揄うつもりで言った。
「うん」
だと言うのに、先程までが嘘のように明瞭な返事があった。続いて両手がこちらへ伸ばされる。
驚いて、まじまじと見つめてしまう。両手は小さく伸ばされているが、起き上がる気配はない。寝惚けているのだろうか。冗談で流してしまおうと思ったのに、どろりと蕩けそうな瞳がこちらを向いた。
「ん」
反応しない俺を急かすように、手が俺の首に回る。
こんなにも素直に甘える仕草は太宰にはどうにも似合わない。似合わないが、悪くはない。
背中と膝裏に手を回すと、満足したように顔をぐりぐりと俺の胸元に擦りつける。猫みたいだ。そのまま力を込めて持ち上げると、首に回した手に力が籠る。
起きてんじゃねぇのか。脳裏を過ぎるが、そんな野暮なことを言ってこの時間を終わらせてしまうのは惜しい。そんなことをすればこんな機会はもう訪れないかもしれないし。
昔に比べれば重くなったが、それでも身長の割には軽い。異能が使えないこいつのために鍛えているから、寝室までの短い距離を運ぶくらいは容易い。
ベッドに寝かせると、安らかな寝息が耳に入った。相当眠いのは確かだったらしい。やはり寝惚けていたのかもしれない。
「良い夢を」
口の中でだけ唱えて、額に口付ける。寝顔が幸せそうに綻んだ。やっぱり起きてんじゃねぇのか。またも突っ込みたくなるが、そんなこと、どちらだって良かった。
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