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時緒
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ダンジョン飯(カブミス)
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【カブミス】光る国のつらなり
歴史家に根掘り葉掘りプライベートを聞かれるカブルーと、それを見ているミスルンのお話。
かつて突如消え去った伝説の都。それを新しく支配したのは、悪魔まで喰らい、迷宮を攻略した若き青年王だった。
――
というわけで古くもあり、新しくもあるその国は、当然のことながら各国にとって新たな火種になった。様々な種族の流民、役人や商人、軍人などが旗揚げしようとやって来たし、今、私が対峙しているような歴史家もよだれを垂らしてやって来ていた。何せ迷宮を攻略せしめただけでなく、魔物に変えられた妹を食い、人間に戻した王の国なのだから。
そんな国に、白髪のエルフであった歴史家は、エルフの女王の命によって派遣されて来た。とはいえ、いくらここが新興国といっても、国の中枢に入り込むのは難しかったらしく、外交官であるパッタドルが私に泣きついて、王やその側近の聞き取りにようやくたどり着いたというありさまだった。
私もケレンシル家のミスルンとして聞き取りを受けた。主に王やその側近、つまりライオス、カブルー、マルシルとの関係について。それから彼らが組んでいたパーティーの背景についてや、それにまつわる細々としたエピソードなど。でも、それくらいだった。私はほとんど自分のことを話すことはなく解放された(とはいっても立会人として部屋には残ったが)。私の経歴は王国では知られていたので、歴史家はそれほど興味を持たなかったのだろう。
その後、最初に歴史家に与えられた部屋にやって来たのは、この国の王であるライオスだった。彼は寡黙な男ではなかったが、話の脱線しやすい男だったので、小さな村の村長だった父のことを話していたと思えば、モンスター食の素晴らしさについて熱弁していた。それでも歴史家は王の立志伝を詳しく羊皮紙に書き付け、満足げに礼を言った。最後に妃をいつ迎えるのかと聞いていたが、王は寂しげに笑っただけだった。
その次にやって来たのはマルシルで、彼女はエルフの歴史家を警戒しているのか、ハーフエルフである自分のことをあまり話さなかった。ただ、王については雄弁であり、彼のもとでどれだけ自分が苦労してきたか、そしてどれだけ助けられたかを語った。
それから数人の役人や軍人がやって来て、王の素晴らしさや、そのもとで働く自分の出自などを語った。宰相であるヤアドがやって来た時歴史家はあからさまにほっとした顔を見せたけれど、残念ながらヤアドは忙しいのかあまり新しい情報をもたらさなかった。
そして最後にやって来たのがカブルーだった。彼は仕事が後ろ倒しになったのを詫び、磨き上げられた椅子に座った。そしてテーブルの上に置かれた水を飲み、なんでも聞いてください、と言った。
歴史家はまず王との関係を尋ね、だんだんと彼の出自や来歴について聞き取りを始めた。カブルーは多くの人と同じく、歴史家を警戒しているようだったけれど、彼はミルシリルに育てられた子であったから、ある程度エルフである歴史家もその人生を把握しているようだった。それでもカブルーは様々なことを語り、歴史家を喜ばせたので、いつの間にか彼は白髪のエルフの懐に入っていた。横でそれを見ていた私は少し呆れたが、それがカブルーの能力、人身掌握術なのだった。
そして聞き取りが終わった頃、歴史家は大いに収穫があったと喜び、席を立った。その頃になると辺りは薄暗くなり、侍女たちが急いでランプに明かりを灯して周っていた。
「そうそう、カブルー殿にはいい人はおらんのですかな? ヤアド殿もあなたを優秀だと褒められていた。さすればいずれ宰相になる身でしょう」
歴史家はそう笑って水を飲んだ。カブルーが、一瞬だけひややかな顔をする。それはすぐに引っ込められたが、彼がその質問を不快に思っていることは、私にも理解出来た。
「いますよ」
だが、カブルーは怒り出すでもなく、なぜか私を見つめてそう言った。感情の機微がまだよく分からない私は最初のうち、どうしてこちらを見ていたのか理解できなかったのだけれど、考えてみればこれは彼なりの遊びなのだった。カブルーは、恋人である私をからかっているのだ。あろうことか歴史家を使って。
「おお、それならばこの国も安泰ですな! してその方はどんな
……
」
聞き取りがうまくいって浮ついた気分になっていたのだろう、歴史家の老人が嬉々として尋ねる。しかしカブルーはそれに今までとは打って変わって、少し考えるそぶりを見せて口元に指をやった。
「ちょっと事情があって、俺の一存では話せないんです。でも素晴らしい人ですよ。不器用だが、優しく、二人きりになると俺に尽くしてくれる」
「気になって来ましたぞ! どこかの名家のご令嬢ですか? パーティーを組んだ魔術師ですかな? それとも、あぁ、もしかしてどこかの王女さまとか?」
歴史家の老人が年甲斐もなくはしゃぐ中、カブルーはじっと私を見つめてくる。さっき自分の一存では話せないと言ったくせに、そんな顔をしていたら関係が公になってしまうのではないかと私は思った。だって、ここには私と彼、そして歴史家しかいなかったから。
それとも、カブルーは私との関係を公にしたいのだろうか? 別に構わないけれど、でも、私は躊躇する。私はケレンシル家を継ぐ身でもなかったが、短命種と愛し合っていることが知れれば、世話になった兄が守る家の名に傷がつくかもしれなかったからだ。それくらい、短命種をパートナーに選ぶ長命種はエルフの間では遠ざけられているのだ。
「やっぱり、ここではやめておきます。やがて答えも分かるでしょう。あなたたちは長い時を生きるから」
カブルーは反応しない私に少しだけ寂しそうな顔をして、そしてそんなふうに歴史家の質問を締め切った。歴史家の老人は残念そうな顔をしていたが、カブルーの言葉に納得したようで、それ以上質問はしなかった。
私たちは歴史家に与えられた部屋を出て、ランプが灯された廊下をひっそりと、けれど並んで歩いた。夕食の準備に忙しなく歩き回るメイドたちや、交代して警備にあたる軍人たちが腹を鳴らしているのが見える。中庭には色とりどりの花が咲き、空にのぼった月はそれを照らす。
私とカブルーは、言葉少なに食堂を目指して歩いた。どんな歴史書ができるんでしょうね、とカブルーは言ったが、あの老人には期待できないような気がした。それは、私の勘でしかなかったが。
「
……
あの場で、言って欲しかったですか?」
「え
……
」
足を止め、カブルーが私の表情をじっと見つめる。覗き込むように、私の心を許可なく覗き込むように。
「俺の恋人は、あなただって。あなたは二人きりになると優しくて、俺に尽くしてくれるって。夜なんかは特に熱烈に」
いたずらっぽくカブルーが言う。私はその言葉に赤面こそしなかったが、心がざわつくのを感じた。そしてこれは、彼なりの口付けであり抱擁であり、もしかしたら愛撫なのではないかと思った。
「お前だって
……
」
「俺だって?」
「夜、よくしてくれる」
たくましい腕で、私を抱いてくれる。欲望が消え失せたはずのこの身体を切り開き、丁寧に丁寧に感情を呼び起こしてくれる。私はそれが好きだったが、それを彼に伝えたいような、それも不服なような、そんなややこしい気分になった。
「エルフは短命種と交わる仲間を嫌うでしょう。俺たちを幼稚だと見て」
カブルーが言う。確かに、そういう者も多い。父も母もとうに私を見捨てたが、私がカブルーと共寝していることを知ればいい顔をしないだろう。そして適当に見繕った女をあてがい、目覚めろと言うのだ。
「私はそんなことは思わない」
「そうですか」
「お前が私たちの関係を言いたいんなら、それでも構わない。そうしたら、お前は遊びづらくなるかもしれないが
……
」
「やだな、そんな目で見てたんですか? 俺にはあなただけですよ」
何もかも見通したような顔でカブルーが微笑む。あまりにも恋愛に慣れた手さばきに、私は遊ばれているような気分になる。でも、そうじゃないことを私は知っている。カブルーは、優しく、誠実な男だから。
その時、私の頬に褐色の手のひらが伸び、唇が重なった。突然のことに驚く私に、カブルーは食事の前のつまみ食いです、と笑う。私はそれに、やっぱり誠実なのに、遊んでいるように見える、とため息をついた。
ともに歩く空にある月が美しかった、庭を彩る花々が美しかった、廊下にかけられたランプの光が美しかった。そしてそれ以上に、私はカブルーを愛していたのだった。
ここからは蛇足になるが、あの歴史家の老人は長くカブルーと付き合いを続け、彼がこの世から去った後には黄金郷の名宰相として歴史書にその名を刻んだ。だがどこかゴシップ好きだった彼の他の著書には、ついぞ結婚しなかったカブルーの恋人は結ばれない運命の王女だったとか、やはり結ばれない運命の令嬢だったとか、卑しい身分の奴隷だったとか好き勝手書かれていたので、秘密を知らないのちの歴史学者は、カブルーを研究する時、苦労することになったという。
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