sevendays23
2024-09-04 21:19:46
6480文字
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麦わら帽子を守るコックの話

まんまです。守る、というのか?

船長の帽子を守るのは、この一味の共通認識だ。この帽子は傷つけたり踏んづけたりしたら、烈火のごとく船長が怒るほど大切だ。だから、仲間たちは、それを守るし、心配もする。当然のことだ。
ただ、料理人にとっては、当人は普通だと思っているが、他の一味よりその認識がより色濃く、強すぎる。船長の信念を特に一人で見たからか、彼の元来の性格か、両方が組み合わさったからかは、わからないが。

「おい!なにすんだ!!」

今回は船長にとって腹のたつ敵らしい。だいぶ怒っているようだ。料理人は敵を蹴飛ばしながらちらと観察していた。とある島に停泊しているメリー号。どうやら海賊の住処らしかった。

「その帽子を寄越せ」

「大事なもんなんだろう?」

「ふざけんな!!」

ゴムの拳でぶん殴り、追い払うも。7人の海賊団に多勢のようだ。なかなか追い払えない。しかも、船長の帽子ばかり執拗に狙って、狙って。

「っ」

「そっちばっかに気ィとられんな、アホ」

「わかってる!」

剣士が苛立ったように喚き、料理人も言い返す。敵は増え続ける。帽子のもとにいかすまいとばかりに。加えて、

「もーっ!しつこいっ……

「とっとと、メリーからおりろ!おりろ!おりろ!」

「そうだぞ!!」

……

考古学者以外の仲間たちは疲弊しているように見えたから、彼らはそちらのサポートもしなければいけない。船長なら大丈夫。だから、帽子ばかりにかまけている場合ではない。剣士の言い分がそれなのは、料理人もわかっているが――

「あっ!!」

その思考を遮るように、悲鳴が響く。帽子のひもがぶちりと切れて、空に帽子が舞い上がった。

「げへへ」

「もらった!」

男たちのニヤニヤした顔。船長が腕を伸ばす。だが、男たちのほうが早い。手が伸びて、ぐんと伸びて。

「させるか!!」

風になびく、金髪。料理人の体は、動き出していた。ぱしっと長い黒いスーツの手が、帽子を捕まえる。船長はあっと顔を上げた。ちゃきっと音がする。

「サンジ!!!」

悲鳴を上げたが、遅く。鈍い音が、響く。

「ぐぁ!」

銃弾がまっすぐと、料理人の肩を貫いた。にや、と笑った銃口を向けた男は、即座に剣士に斬られたが、鈍い痛みにバランスを崩した料理人は帽子を抱え込むようにして、どさりと甲板に倒れ込む。

「チョッパー!!!」

「う、うん!!」

「サンジくん!大丈夫!?」

「サンジ!!」

……

こんな時は罵りもしない剣士が叫び、船医、航海士、狙撃手が疲れを吹き飛ばして駆け寄る。考古学者はそちらを一瞥する。

「へへ、あれは、毒入りだ」

「あとは、ゆっく」

がしりと頭と頭が掴まれる。船長の瞳の色が、さらに怒りに染まったのに、敵どもは気づいただろうか。

「お前らァァァァ!!!」

がんと頭と頭をぶつけたあとは。拳が、足が、容赦なく、敵を払う。先程よりもずっと強い力。仲間をやられた怒りに燃えた船長。

「おれたちはぎゃっ」

「へへ、まだ……がはぁ!!」

「サンジっ!!」

立ちふさがる敵を吹き飛ばし、倒れた料理人に駆け寄る。船医は既に寄っていて、剣士、航海士、狙撃手も同じく周りで彼を守っていた。だから、敵はもう散ったらしい。考古学者が静かにたくさんの腕を生やして裏甲板の敵を払っていたのもよかったのかもしれない。

「しっかりしろ!!」

だからこそ、船長は料理人に駆け寄る。甲板を血に染め、金髪を散らして赤い頰を床につけたまま、ぐったりと横たわり、はぁ、はぁと苦しそうに喘いでいる。

「ルフィ、落ち着いて。これから解毒するから!大丈夫だから!」

……る、ふぃ」

「!サンジ!」

船長は、はっと息を呑んだ。抱え込むようにして、捕まえている麦わら帽子。

「こ、れ……

それを痛む苦しい体で渡そうとしてくる。まるで、こちらのほうが心配だろうと言わんばかりに、虚ろな、でも、優しい目をして。

「ちが――

船長は即座に否定しようとした。しかし、かくんと料理人の意識が溢れ、帽子が料理人の手の下で揺れる。

「サンジ……!」

船長は、きりと唇を噛んだ。

「チョッパー、運ぶぞ!!」

「う、うん!!キッチンに!!」

彼をこれ以上痛くしないように、けれど、帽子は取らないまま、抱える。

「ちがうぞ、サンジ……

ふう、ふうと荒い息を吐く彼をなだめるように言いながら。

「あとで、ちゃんと話するからな……!!!」

聞こえていないとわかっていても、届けとばかりに言葉を紡ぎ続ける。

……へへ」

何処かから笑い声が聞こえた気がして、考古学者は、静かに息を呑むも。小さく頷いて、彼らに続くように中にはいるのだった。

―――――――

――まだ、敵が狙ってる?

考古学者がそう説明しているのを、料理人は意識の淵で聞いた。

――えぇ。だから、用心したほうがいいわ。

「う……

料理人はパチリと目を開けた。ここは、キッチンの床。布団を敷かされ、そこに眠らされている。痛む肩、熱い体。息を吸い吐きする度、自身が苦しいのを感じる。けれど、自身が息を吸い吐きする度、お腹の上の何かが揺れるのに気づいた。

……ぼうし」

麦わら帽子が、彼のお腹にちょこんとのっている。なぜ、どうして、大事なものなのに。なんでこんなに、無防備に?そうぐるんと頭に駆け巡ったが、やがて、納得した。

「そうか」

船長が持っていては、先程のようなことが起こりかねない。ならば、彼の所に一端おいておくことで、効率よく守ろうと考えたのだろう。けれども、これではあまりに不用心だ。

……な、ら」

彼はそっと帽子を手に取り、ふらふらと歩き出す。キッチンの主である彼は、帽子を守ろうとある場所に隠した。ここならきっと、見つからない場所。此処にあるとは、誰も思わない場所。ふ、と表情を緩ませ、またふらふらとどこかに歩き出す。

「サンジ!何してんだ!寝てなきゃだめだぞ!!」

そのタイミングで、船医がキッチンに飛び込んできた。どこにいたのか、気付けなかった。

「また……たたかっ、てんのか?」

かなり遠くで耳に入る。銃声。刀の音。拳の音。また、一味が戦っている。気づいた。今更。ならば?加勢が必要だ。

「うん。みんな、島で戦ってるんだ!サンジは、おれが――

……チョッパー」

料理人は息を呑む。もう一つ、今更、気づいたこと。

「誰だ、そいつ……

「え」

船医の背中に、大きな影ができる。マントを着た、大柄の男。

「怪我人、みつけたぜぇ」

「っ!!」

船医が振り向き、大きくなって攻撃を仕掛けようとした。

「遅い」

「う……

しかし、ぎゅっと口元に白い布を素早く当てられ、ふっと小さい姿のまま意識を失う。

「ちょっ……」 

「お人好しだな。まず」

「ぐ……!?」

畳み掛けるようにぐっと首を掴まれ、宙に掲げられる。足を必死に動かそうとした。

「自分の心配、しなきゃな」

しかし、熱さと痛みが彼を支配していて、ヒクリとも足が動かない。男はニヤと笑ったあと船医を蹴り出し、ぱたんとキッチンの扉をその足で閉じた。

「っ……、ぁ!」

そして、壁にそのまま細身をばんと叩かれ、苦しいさまを宙にまざまざと掲げられる。

「さぁ、帽子の在処を言えよ」

「っ、だれ、…………!ん、う、ぁ……

「大人しく言わねぇと、もぉっと苦しい目に合うぜ?お兄ちゃん」

大きな手で首をこねられるように触られながら、強い力で掲げられたまま弄ばれる。料理人は大きく口を開け、敵の手の下で眉をひくひく揺らしながら、苦しみに喘ぐことしかできない。

「っ……なんの、もくてき……で、……ぼうし、ねらう、んだ……っ」

「おかしなこと聞くねぇ。大切なもんを狙うのは、海賊の常套手段だろう」

「っ……なら、なおさら……ぜったいに……いわね、ぇ……!!」

息の切れ間に言葉をねじ込みながら、料理人は目一杯鋭く睨み捨てた。男はにやとわらう。

……遊びがいがあるねぇ」

どすり、と強い拳が料理人の無防備な腹に強く入った。鉄のグローブ付きの、拳だった。

「か、は」

ぐらっと視界が揺らぐ。男が首を押さえつけているので、圧迫感と苦しさを逃がせなかった。ざり、と壁を擦る金髪が微かに泣くだけで。

「首を押さえつけてるだけでも苦しいだろう。まだ言わねぇか?」

「っ……いわ、ねぇ……

「あぁ、耐えて仲間呼ぼうとしても無駄だぜ?船からは全員離してるからな」

「かん……けい……、ねぇ……

拳がすっと引っ込み、また、ただ大きな手で細い首をきゅっと軽く押さえるだけになる。けれども、もう熱に溺れる彼には力が残されておらず、だらりと手足を宙に垂らし、ぜぇぜぇと気管を通す息の音で男の手を揺らすだけだった。それでも、

「あれは……船長の……、っ、だいじな、もんだ」

彼は唯一の抵抗である言葉を吐き出す。あれは、彼が命を賭けて守らないといけないものだ。

「だから、ぜったいに、言うか……

だから絶対的不利な状況でも、

「バー、カ」

敵をひたすらに、煽るような言葉を吐き出した。

「ぐ、あ……!?」

不意に撃たれた肩に鉄のグローブをはめた手を握るように押し付けられた。体をねじり、痛みを逃がそうとするが、押さえつけられた体は逃れられない。

「なら、ゆっくり、いじめてやるよ」

「っ、うぁ、ぁ……!!」

「後悔すんなよ、お兄ちゃん」

ギチギチと鈍い鉄の音が耳に染み付く。肩が痛みに叫び、紅を落とす音と自身の息の音が耳を犯していく。

「か、は……っ、う、く……!!」

「どうだ、今言うって言ったって」

「っ、あ!うぁぁ!!!」

「止めて、やらねぇぞ」

彼の手足や背が藻掻くように撥ねようが、枯らすほどの苦しい声を幾度吐き出そうが、男はひたすらに、首を押さえ、グローブで擦り付けられるように、傷を抉りつづけた。

………どうだ?」

やがて、動きがひたと止まる。男は料理人の首を掴んだまま、壁から体を離し、誰もいないのに、誰かに見せつけるように揺らした。

「もう、グロッキーだろ」

彼は瞳をふうと閉じ、金髪頭を力なく背にこぼしながら、頬を赤く染め、口をかすかに開けて男の手の中でただただはぁはぁと荒い呼吸を吐き出すだけ。ぽた、ぽたとひたすらにえぐれた肩から血が落ちた。

「だが、まだだ」

その反応に気を良くしたか、男の目的は料理人の目論見通りか、帽子から彼を痛めつけることにすり替わった。

「その生意気な口に死なねぇ程度の毒を落として」

痛みに震える彼の肩から手をするっと離し、懐から小瓶を取り出した。紫の液に満ちた小瓶。傍らで、つぷつぷと柔らかくその首を指で貪りながら。

「もぉっと、熱に染めて」

「っ、あ…………

「おれの手の中で」

こじ開けた、痛みに溺れた瞳に、小瓶が入る。首をキュッと押さえ、苦しみにかはりと弱々しく口を開けさせたそこを狙い、

「素直になるまで、苦しませてやるよ」

毒液をとぷとぷと流し込み、首を押さえていた手を口と頬に流し、また壁に叩いた。意識おぼろな彼は、頭を壁にこすられながら、素直にただ、それを受け入れるだけ。

「っ、ふ、く……

「くく、もう、吐き出す力もねぇか?」

押さえつけられた口の中が、苦くて、苦しくて。体が熱くなって、意識を奪われるまで、素直に喉をこくんと鳴らして、飲み込んで、受け入れるだけ。
そうすれば、帽子の在処を、吐き出さずに済むから。
帽子を、大事なものを、守ることができるから。

「がはぁ!!!」

だが、そうはならなかった。飛んできた拳。男の押さえる手が、ぐらと揺らぎ、料理人の体はどさ、とキッチンの床に落ちた。

「げ、ほ」

「そんなもん飲むな。アホ」

「飲まされたんでしょ。ほら、解毒薬、すっといたわよ。飲ませてあげて」

「チョッパーも無事だ!眠らされてるけど……

「もう敵はいないわ」

だが、床に叩きつけられる前に。剣士が料理人を拾い上げ、腹を叩いて毒を吐き出させた。おかげで、吹き飛びかけた意識が、微かに覚醒する。他の一味もみんな、集まってきたようだ。

「何、やってんだ。お前!!!!」

「てめぇ……なん、がは!!」

「おれの………に!!!」

船長の怒り狂う声が、途切れ途切れに料理人の耳に響いた。解毒薬を流し込まれたあと、剣士の腕の中で、ぼうっと瞳を開ける。
先程襲い来た男を容赦なく蹂躙する、ボロボロの船長。よほど無理をして、ここまで来たのだろう。傷だらけで、ボロボロだ。
そんなに、帽子が心配だったのか。彼はまだぼんやりと思っていた。

「吹き飛べぇ!!!」

そして、強い強い掌底と共に、彼を痛めつけていた敵は容赦なく吹き飛んだのだった。

―――――――

「サンジ!」

船長は剣士の腕にまだ横たえられた彼の方に向かってきた。解毒薬が効いているのか、でも体は当然辛いままなのか、ぼうっとした表情のまま船長の方を見ている。

「あのな――

船長は想いが溢れて、口を動かそうとする。

「な、べ」

だが、その前に料理人の口が、ゆっくりと動いた。

……なべん、なかだ」

「え」

「ぼう、し」

料理人はぼうっとした顔でそれだけ言った。キッチンのコンロの上の鍋は、二重構造。蓋の中に蓋があり、その下に帽子はある。食材などの中身は入っていない。敵を欺くにはぴったりだ。

「な」

げほ、と力なく咳き込み、剣士の腕の中で跳ねながら、

「あんしん、した、ろ?」

弱々しく、笑う。彼の一番欲しいものは、わかっているとばかりに。

「違う!!!」

だが船長は今度こそきっぱりと言った。

「帽子守ってくれたのは!ありがとう!だけどな!」

ビヨンと手を伸ばし、寸胴鍋の中から帽子を取り出した。けれど、

「帽子だけ無事でも、おれは安心しねぇ!!」

その帽子を、横たわる料理人の頭の上にまたのせ、真剣な顔で近づき、言った。

「サンジだって、無事じゃなきゃダメだろ!!!」

……え」

「途中で悲鳴いっぱい聞こえて、すんげぇ心配したんだからな!!」

ふーふーと口元を揺らしながら、船長は叫ぶ。料理人はぽかんとした。さすがに、彼は船長の気持ちに気づかないほど、バカではなかった。

「変な無茶、すんなァ!!!」

本当に心配させたのだということが、わかった。
帽子だけではなく、彼のことも。

……わりぃ」

ポロリと謝罪が、ついに零れ落ちた。
船長と料理人の目が合う。沈黙。誰も口を、挟めない。

「わかったんならいい!!」

……!」

「帽子貸してやるから、ちゃんと、休め!なっ!!」

船長の顔が、にっと緩んだ。先程までの怒り顔はどこへやら。料理人の強張った顔が、ふうと緩んだ。

……帽子は、いいよ」

「だめだ!それかぶると、サンジはすぐ元気になるんだからな!!!」

「どこの医学だ、それ……

「おれ学だ!!!」

船長と料理人がいつも通りに喋り始めたのを見て、他の一味もほっと安堵し、会話に加わる。

「はい、ストップ。サンジくん、もう寝てなきゃだめよ」

「っ、ぐず、ごめんな、ざんじ……おで」

……泣くなって。謝られる、ことは、ねぇだろ」

「そうだぜ、チョッパー。サンジが寝れなくなるだろ。ここはおれさまが布団を敷き直してやるから、添い寝しろ、添い寝」

「ならとっとと敷け。全員寝かす」

「ゾロ!おれもねる!みんなもねるぞ!」

「ふふ、見張りはしておくわ」

「ロビンも寝るんだー!!」

こうして安全になった島で、彼らは一時の休息を得るのだった。