【SS】味噌汁クライシス

〝最高〟をありがとうございます 書きました

>元ポスト内容 以下
アンシーリーコート、レゾンデートルの皆様の好きなご飯の話題で咲良さんの好きなご飯を見た瞬間、椿先生が朝食を共にする咲良さん(割烹着姿)に「お前の作った味噌汁なら毎朝でも食べて良い」と言われる場面が浮かんだな……咲良さんを若干口説くような、戯れに揶揄うような椿先生 見たい(強欲)

とのありがたい強欲を頂戴しました。本当にありがとうございました~~! ワイは大喜びしています

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四宮椿がぶっ倒れた。
その一報は心臓外科医局を駆け巡り、循環器内科も慌てふためき、総合診療科に所属している椿の父――沖田蒼司は顔面蒼白になって細かく震え、完全にトラウマスイッチをおもっくそ押されているのが明白だった。俺は必死に沖田先生を「大丈夫ですから」と宥め、五階の心臓血管外科病棟の一室へと向かう。
自分の体を誰よりもよく理解している彼女に対し、例えば『もっとまともな食事をしろ』だの『適切に睡眠を取れ』だの『ちったあ家に帰って休め』だとか俺が言ったところで釈迦に説法なのは分かっている。だが言わずにいられないのは医者の性で、今日は入院しろと循環器内科の教授――柳沢俊一が椿に説教をお見舞いしているのをそっと戸の影から眺めた。
そんなやり取りを見送り、俺はそんな医学における万能の天才――改め、医学で辛うじて生かされている過労の天才の家にいる。どうしてそんなことになっているかというと、その柳沢先生から「四宮の家に行って見張れ。強制的に休ませろ。飯を食わせろ」という無理難題を吹っ掛けられたためであった。
冷蔵庫を開いてみると、家電屋で買ってきてそのまま設置しただけです! と見事にすっからかん、一旦閉じて天井からぶら下がっている戸棚を開いてみるとそこにあったのは、

「うっわ……

カロリーメイトとサバの缶詰。冗談のような組み合わせである。そして粉末飲料の元が数種類、各一キログラムずつ。サプリメントの錠剤が数種類。
およそまともな食生活をしていたとは思い難く、室内には生活感と呼べるものが一切無い。まるでモデルルームのようだ。4LDKで開放的なリビングなのだが、ソファには辛うじて使用された形跡があったものの、タオルケットが一枚背もたれに引っかけられているだけであった。
多分、殆ど家には帰っていないのだろう。以前からその気はあった。まだ何とかスーパーマーケットが開いている時間だ――まあ料理は嫌いやねえし、と、一旦必要そうなものを買いに向かった。



翌朝放逐されて帰ってきた椿は、心底納得いかないという表情でむくれていた。様々検査されたが何の異常もなく(栄養失調という異常はあったが)、給料から天引きされる形で散々今までサボっていた検査のフルコースをお見舞いされたらしい。

「全く、私とて自分の肉体がどういう状況に置かれているかぐらい理解している」 椿はそう言って薄手のカーディガンを肩にかけた。「だがしかし食事をすると消化のために血流が腹部へ集中し、副交感神経優位状態となり、結果的に思考の上では障害となる。それに私は別に食べていないわけじゃない。見ただろう? 咲良」
「あんなもん食事とは言わんわ、ボケが」

如何に栄養があると言っても、カロリーメイトも本当に主食にされるとは思っていないだろう。しかも箱の数から推察すれば明らかにこいつがカロリーメイト×サバ缶という食べ合わせで栄養補給をしていたのは疑いようが無いのである。

「栄養が足りとりゃあいいっちゅうもんやねえんやぞ。食事は精神衛生の面でも重要なのはお前だって良く知っとろうが」
「無論分かっている。患者に必要であろうと、それは私には関わりない事だ」
「そう言われても俺は、柳沢先生に『強制的に休ませて飯を食わせろ』っち言われとるんやけ、ここにある味噌汁と卵焼き二切れ、あと白飯は食え」
……」 明らかに不満そうな椿の顔を認め、俺は続ける。
「いらんとは言わせんけな。俺が作ったんやけ。白飯が無理なら、漬物も出せる」
……は?」 椿は豆鉄砲を喰らった鳩になった。「父さんではなく、咲良が?」

沖田先生は大層料理の腕があると有名だった。まあそう疑われるのも無理はない。俺は料理も外科手術も沖田先生に教わったのだ。作り方も味付けも基本的には沖田先生のものを殆どそのままなぞっている。

「そうやって言いよろうが。ほら、冷める前に。ちょっとでもいいけ」

木製の茶碗に半分ほど味噌汁を注ぐ。小松菜、里芋、油揚げ。出汁は鰹と昆布の合わせ出汁。そろりとこちらへ近づいてきた椿はじっと鍋を見つめていたが、やがて大人しくカウンターテーブルにつく。何で普通の家にカウンターテーブルなんざあるんかちゃ、と今更ながら思うが、そもそもこのマンションは多分『億ション』とか『ヒルズ』と呼ばれる部類に入っていて、俺のような平民は眺めて通り過ぎるだけのものだと思われる。
左腕で頬杖をつき、俺が器に料理を盛り付けるのをぼんやり眺めている椿の顔はかなり疲れきっていた。連日のオペ、オペ、オペに次ぐオペ。嘴馬先生は何故か俺に「俺のせい?」と青い顔で聞いてきたが、まあそうでしょうね、としか思えない。

「ん」

盆の上に皿を置き、柔らかな湯気と共にいい匂いがキッチンとテーブル周囲に広がる。
椿は恐る恐る箸を手に取り、まず味噌汁を一口飲んだ。そうそう人に手料理を振舞うことなどない。不味いと言われたらどうしようかと思ったが、ふっと吐き出された微かな息と、ほんの少しだけ良くなった――いや、確実に今まで俺が見てきた中で最も穏やかで優美な微笑に安堵を覚えた。……が、

「お前の作った味噌汁なら、毎朝食べてもいい」

と、本気なのか揶揄っているのかよく分からない事を抜かしやがったので、多分これはあまり褒められていないのだろう。俺は「そうかよ」と適当な返事を返し、うるさい心臓の拍動は聞こえないふりをしておいた。






登場人物紹介


市ノ瀬咲良
厚労省所属の特殊捜査官『螺旋捜査官』。元脳外科医という経歴がある。椿の監視を担っているが、すっかり懐柔()されているのでもはや監視者としての面目はない。料理は得意。基本レパートリーは和食。最近は半熟のオムライスに凝っている。


四宮椿
東都医科大学附属病院所属、心臓外科医。『医学における万能の天才』と名高いが師匠にこき使われすぎてついにぶっ倒れた。料理はレシピがあれば全然できる。しないだけ。基本的に食事に対して頓着がなく、栄養を採れればいいだろう派。


柳沢俊一
東都医科大学附属病院所属、循環器内科医。嘴馬先生の二個上の先輩。愛称は「ヤナさん」。
椿に容赦のない説教ができる人材であるということで有名。料理はできないことはないが、クックパッドと電子レンジが手放せない。愛妻弁当派。
(※馬軸のヤナさんと同じ人です。馬子軸のヤナさん)


嘴馬遼士郎
東都医科大学附属病院所属、心臓外科医。椿の師匠。体力おばけなので椿の体力を見誤って労災案件を起こした。


沖田蒼司
東都医科大学附属病院所属、総合診療医。元脳外科医の経歴で、咲良の師匠。
料理はとても得意。基本作れないものはない。奥さんのためなら何でもできる。