2024-09-03 12:25:49
2074文字
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花を摘むひと

幼アゼを源氏物語したハーデスのはなし



「ほら、彼がソウルシーアと言う、エーテルを視ることに長けた人よ」
 そう言ってたおやかに笑うアゼムに連れられてきたのは、まだ彼女の腰にも満たない背丈の少女だった。彼女はアゼムのローブにしがみつきながらも目をきらきらと輝かせ、ハーデスを見上げていた。
 穏やかに冥界に関する探究に勤しんでいたハーデスもまた、アーモロートに住まう人間として、当代アゼムが次代のアゼムとして子供を弟子に取った、と言うのは噂で聞いていた。けれども委員会の中でもアゼムという座につくその人はアーモロートにいることが少なく、けして近しい存在ではない。だというのに、研究所で弁論を重ねながら研究をしていたハーデスは上司に呼び出され、何故かアゼムによって彼女の弟子と引き合わされた。
「この子がね、本でソウルシーアのことを知って、興味を持ったみたいだから。でしたら、ソウルシーア本人に聞くのが一番でしょう?」
 そう言って笑って、しばらく預けますね、なんて言ってアゼムは少女を置いて去っていってしまった。ハーデスよりもうんと小さい少女は師匠に一人置いて行かれたのにも関わらず、目を輝かせてハーデスの前にちょこんと立った。
「わたし! ききたいこと、たくさんあって! あなたには、世界がどんなふうにみえてるの!!」
 ハーデスのローブを握って体を前のめりにして、なるほど、随分と好奇心旺盛な子供である。ハーデスは少し息を吐いて、普段は目を逸らしている隠世へ目を向けた。そして息を飲み、目を張った。
 目の前にある、その魂の。その輝きの、色合いの、美しさを。それを表す言葉を、ハーデスは知らない。強く鮮やかに輝くそれを、ハーデスは一度足りとも目にしたことがなかった。人の魂とはここまで輝けるのか、と呆然として、慌てて視界を常世へ戻す。
 これが将来エメトセルクになるハーデスと、将来アゼムになる少女との出会いだった。


会話をして、幼子と論弁を交わして。それで終わりだと思っていた。しかしアゼムに見出されただけあって少女は利発的で、よく透る目と思考を持っていた。鋭い意見はハーデスをも時々唸らせる。けれどもやはり子供なのか、知らないことへの知識欲はどこまでも貪欲で、どこまでも素直に飲み込み、楽しそうに笑う。
 その少女がハーデスの元を訪れるようになり数日が経った。そして、彼女が一人でアゼムが借りた家で暮らしてると聞き、まだ明らかに庇護が必要な子供が、あの変わり者のアゼムが住まう家に、という衝撃に、そして普段の彼女の生活を聞き、仕方なく、本当に仕方なく、ハーデスは彼女を家に招いた。なんだかんだ、ハーデスはそういう人間だよな、なんてのちに友人に笑われた。
 普段エーテルをそのまま齧る生活をして、家ではアゼムが残した本をひたすら読み漁り、あとは寝るだけ、と言う少女の生活は、人として確かに誤りではない。そう言う人もいる。しかしこれから人として成長していくにはあまりにも足りなかった。
 ハーデスは食事を、会話を、遊びを。幼い頃をどうにか思い出し、時に友人の手を借りながら、幼い少女を真っ当に人にしようと決意した。
 共に食事をした。温かい寝床を用意した。勉学だけではない遊びを共にした。それは少女にとって目新しく、とても良いものであったのだろう。歳の離れた友人を得て、少女はさらに花開いた。
 少女はとてもとても、ハーデスに懐いた。よく笑う利発な彼女は時々アゼムと共に旅に出て、そうしていつもハーデスのところへ跳ねるように帰ってきて、飛び付いて、抱きしめて、ただいま、ときゃらきゃら笑う。そんな彼女をしかたない、と言う顔で受け止めて。
 そして、彼女の背丈がハーデスの肩辺りまで伸びた頃、彼女はアゼムの座に着いた。

「アゼム様」
「やだぁ、ハーデスに様付けされるの、やだやだやだーーーーーーっ!!」
全身でハーデスに抱きつき、足まで絡めて。少女一人分の重さを抱えて、ハーデスは息を吐いた。
「お前、座に着くものとしての重責を感じないのか?」
「やだぁ……ハーデスが遠くなっちゃうみたいでやだ……ヒュトロダエウスはアゼムって呼んでくれた! ねえー!!」
 育て方を間違えた、とは思わない。彼女の本質がこうなのだ。人懐っこく、人が好い。懐に入り込んで、甘えて、笑って。ハーデスはそっとアゼムとなった少女こ頭を撫でる。
「アゼム」
 そう呼べば、ようやく地面に足を下ろしてアゼムが顔を上げる。潤んだ目はきらきらとハーデスを見つめていた。
「お前が何になろうとも、何を名乗ろうとも。私達は、良き友なのだろう」
 ハーデスの言葉にアゼムの顔がぱぁ、と華やぐ。うん、と頷いて、アゼムは嬉しそうにハーデスの頬に唇を寄せた。
「大好き、ハーデス!」
「大人として扱われたいのならば、こういうのはやめろ」
 美しく育った。強くなった。あどけなさは残れど、ほとんど大人に近い形をしている。
 無垢な信頼を寄せるアゼムに、ハーデスは綻び始めた花から目を逸らすように、また一つ溜息をついた。