瀬野
2024-09-03 01:28:41
6010文字
Public ビマヨダ
 

風神の子と凶兆の子による狂騒曲③

https://privatter.me/page/66cb15aaca8c9の直後の話。
ビーマがカルナとアシュヴァッターマンに、ヨダナをくださいする回。
ビマヨダしてない。

 ビーマとドゥリーヨダナは恋人同士だ。少なくともビーマはそう思っている。巻き込まれる形でカップル成立に立ち会ったマスターも、一応その認識でいる。
 だがドゥリーヨダナは違った。確かにビーマの告白めいたものを聞いた。しかしドゥリーヨダナは承諾していないし認めてもいない。恋人だとか何だとかはビーマが勝手に宣っているだけの戯言で、人のいいマスターは騙されているだけだと、ドゥリーヨダナはそう主張し続けている。
 相変わらずビーマが厨房に立つ日はドゥリーヨダナは食堂に来ないし、直接ビーマの個室を訪れたりもしない。同じ現場に同行することもないため、まともに顔を合わせてすらいなかった。思わずマスターが「あれは夢だったのだろうか……」などと思う程、恋人同士らしい振る舞いは微塵もない。
 それでもビーマは自分をドゥリーヨダナの恋人として見做している。相手は生前から因縁で繋がった宿敵であり、憎みこそすれ愛する謂れはないが、それでも此度の現界においてそうすると決めた。これはもう彼の中で覆ることはない決定事項だった。
 ではなぜビーマはドゥリーヨダナに会いにいかないのか。それは彼の人が、生ける鉄壁の要塞と化した者たちに隠し守られているため、会うことが叶わないためである――



 時を遡ること約二週間前、ビーマとドゥリーヨダナがマスターの目の前で濃く深く熱いキスを披露し、恋人同士となることを(ビーマだけが)宣言した日のこと。
 ビーマは魔力不足で倒れたドゥリーヨダナを抱え、自室に向かっていた。やましい考えなどはなく、単純に自分の部屋の方がシミュレーションルームから近いからという理由だった。マスターからは医務室に行くようにとも言われていたが、寝ていれば勝手に回復するだろうと――アスクレピオスやナイチンゲールには絶対言ってはならないことを――考え、自室の方へと向かった。
 結果から言えば、初めから医務室に行くべきだったのだ。

「何のつもりだ。ビーマ」

 不意に投げかけられた言葉には、尋常でない殺気が籠っていた。

…………厄介なのに見つかっちまったな……

 聞き覚えのある声に、ビーマはすぐに己の判断が誤りだったと気付いた。
 近づいてくる気配が二つ。廊下を踏みしめる足音が重く響く。ビーマが声のした方へ振り向くと、武器を手にしたカルナとアシュヴァッターマンがいた。
 彼らの殺気はビーマに向かって放たれているが、視線はビーマの腕の中の人物に注がれていた。彼らにとっては唯一無二の光であり、心を支える柱であり、最も尊く守るべき存在が、明らかに戦闘後の状態で意識を失っている。それも、かつてその命を奪い取った男の腕の中で。
 考える前に武器を顕現させていた。
 声をかけたのはカルナだった。アシュヴァッターマンは怒りのあまり、食いしばった歯をカチカチと鳴らしている。すぐに襲い掛からなかったのは、万が一にも彼らの大事な人を巻き添えにしてはならないという思いからだった。
 均衡の行方はビーマにかかっていた。
 自然と溜息が出る。部屋はもう目の前で、あとは扉を開けて中に入るだけだったというのに。なんとも間の悪いタイミングで見つかったものである。

(こいつはよくもまあ……呑気に寝てられるもんだ)

 ビーマは視線を自身の胸元へ落とす。剣呑な空気の中、ドゥリーヨダナは未だビーマの腕の中ですやすやと眠っていた。力の抜けきった体はずしりと重みを感じさせる。
 この場を比較的穏便に済ませるには、まずこの男をカルナ達に渡すことが不可欠である。そしてこうなった経緯を説明すれば、アシュヴァッターマンはどうか分からないが、カルナはひとまず退いてくれるだろう。申し訳なくはあるがマスターにフォローを頼んでおけば、後々まで尾を引くこともあるまい。
 そこまでビーマは考えたが、思考と相反するようにドゥリーヨダナを抱き上げる腕に力を籠めた。

(惜しいな……

 腕にかかる重さは信頼の証だ。寝首を掻くような真似はしないと、ドゥリーヨダナはビーマに対してそう考えている。それが無意識かそうでないかはビーマの知る由ではないが、とにもかくにもその事実がビーマの判断をまた一つ鈍らせた。
 手放したくない――と、思ってしまった。

「ビーマ」

 けして大きくはないカルナの声が、身を焼くような怒気を伴ってストームボーダーの廊下を這う。

「もはや是非もない。ドゥリーヨダナを返して貰う」

 カルナの言葉にビーマの眉尻がぴくりと跳ねた。

「断る」

 ビーマは何ら躊躇することなく、カルナとアシュヴァッターマンに向かって言い放った。そこから一呼吸の間を待たず、チャクラムがビーマの頭上に襲い掛かった。反射的に纏った鎧の具足でそれを受け止めた。生活区画に似つかわしくない、金属がぶつかり合う音が辺り一帯に響いた。
 渾身の力で振り下ろされたチャクラムを足蹴にすると、ビーマは横抱きにしたドゥリーヨダナを見せつけるように、アシュヴァッターマンを正面から見据える。

「おーおー。相変わらずの忠犬ぶりだな」
「うるせぇっ! 旦那を放せビーマ!」

 アシュヴァッターマンが拳を大きく振りかぶった。顔面を狙った攻撃をギリギリで躱したビーマは、ドゥリーヨダナを左肩に担ぎ上げ、空いた手に槍を現出させた。それをアシュヴァッターマンではなく、後方へ突き出すと、ほぼ同時に石突が何かにぶつかり止まる。振り返ると、槍を構えたカルナと目が合った。

「不意打ちとは、またせこい手を使うじゃねえか」
「それは不意を突かれそうになったと言いたいのか?」

 カルナが槍を突き出す。その動きに合わせてアシュヴァッターマンも蹴りを繰り出した。
 二人の攻撃は殺気こそ纏っていたものの、ビーマを本気で殺すためのものではなかった。あくまでドゥリーヨダナを放させるための、隙を作ることを第一としたものだった。ビーマもそれを分かっていて、そうはさせるかと神経を研ぎ澄ませ挟撃をいなし続けた。
 互いに譲れない戦いは長引くかと思われたが、実際のところ十分と続かなかった。ストームボーダー内の戦闘がネモにばれない訳がない。近くで掃除をしていたネモ・マリーンが半泣きで静止を促すと共に、ネモから緊急連絡を受けたマスターが駆け付けたため、三人は仕方なく武器を下げたのだった。
 その後、騒動を起こしたビーマ達は(眠っていただけのドゥリーヨダナを除き)謹慎という名目で強制的に霊基グラフに戻されていた。幸いストームボーダーやビーマ達自身に大きな損傷はなかったため、三日も経てば謹慎は解かれた。
 ビーマにとって本当に問題となるのは、この謹慎が明けてからだった。
 数日ぶりに現界したビーマを出迎えたのはアルジュナであり、その表情は心配半分呆れ半分といったものだった。すぐ下の弟にかけた気苦労を察し、ビーマは頭をかきながら開口一番「すまん」と謝罪した。

「私に対して謝罪は不要です。色々と聞きたいことはありますが……とりあえず、頭は冷えたようで何よりです」
「悪かったよ。……なあ、カルナ達も戻って来てるのか?」
「ええ。マスターが気遣って時間を空けてくれましたので、兄ちゃんより一時間程早く再召喚されています」
「そうか。今どこにいるか分かるか?」

 ビーマの言葉にアルジュナが訝しんだ。

……出撃はしていないようなので、おそらく自室にいるかと思いますが……まさか会いに行くつもりですか?」

 会ってどうするつもりなのかと暗に訊ねる弟に、ビーマは苦笑しながら答える。

「ああ、そのつもりだ。あいつらには筋を通さねえといけねえようだからな」
…………であれば私も同席します。流石に向こうもまたすぐ事を構えるようなことはしないと思いますが、注意をしておくようマスターに頼まれていますから」

 アルジュナは大袈裟に溜息を吐くと、踵を返して召喚室の出入口へと歩き出した。その後にビーマが続く。
 念のためシミュレーターや食堂に立ち寄ってカルナ達の姿が無いことを確かめてから、二人はドゥリーヨダナが使っている個室の前に立った。カルナもアシュヴァッターマンも日中は大抵そこにいる。
 アルジュナがノックすると、少し間を置いてカルナが扉の向こうで応答した。

「誰だ」
「私です。兄が貴方とアシュヴァッターマンに話があるとのことで、連れて来ました。戦闘の意思はありません」
……少し待て」

 カルナの言う通りに待っていると、やがて扉が開いた。入口を塞ぐようにカルナとアシュヴァッターマンが並んで立っていた。二人とも鋭い眼光でビーマを睨みつけている。

「何の用だパーンダヴァ。旦那に会わせろって話なら聞かねぇぜ」
「その通りだ」

 アシュヴァッターマンもカルナも警戒を顕にする。さながら番犬だなと内心溜め息を吐きながら、アルジュナが彼らとビーマの間に立つ。万が一にもここで殴り合いなどされれば、今度は三日間の謹慎程度では済まない。監督役のアルジュナも道連れにして、地獄の素材集め周回を行って貰うとマスターに忠告されているため、正直関わりたくはないが口を挟まざるを得なかった。

「立場上警戒するのは理解しますが、あまり物騒な空気にしないで下さい。今回ばかりは本当に冷静な話し合いを希望しているのですから。……ですよね? 兄さん」

 最後が疑問形になってしまったのは、アルジュナもビーマが何を話す気なのか知らないせいだった。道中それとなく聞き出そうとしたものの、ビーマはその場にいれば分かると言って教えなかった。
 半ば懇願も混じる弟の問いかけに、ビーマは鷹揚に頷いた。

「そうだぜ、アルジュナ。カルナ、アシュヴァッターマン、この場でいい、少しだけ話をさせてくれ。俺はただ筋を通したいだけだ」
「筋だあ?」

 アシュヴァッターマンが眉間に皺を寄せる。そんな彼の分まで代弁するように、カルナがビーマをひたと見据えながら話し出す。

「先日のことはこちらの早とちりが多分にあったと承知している。お前がドゥリーヨダナを返そうとしなかった点については未だ承服しかねるが、攻撃したことについては既に詫びた。これ以上の対話は無意味だ。去れ」

 件の乱闘はビーマが一方的にドゥリーヨダナを害し、あまつさえ己の部屋へ連れ込み更なる暴行を働こうとしていると、カルナとアシュヴァッターマンが誤解したことに拠る。直前にシミュレーターで会っていたマスターのフォローもあり、誤解は解消され謝罪の言葉も互いに交わした。後はそれぞれの謹慎処分を以って話は終わりとなった。
 だが心情的な問題でカルナとアシュヴァッターマンがビーマを本心から許す事は難しかった。特にアシュヴァッターマンは、思い出したくない生前のとある光景が頭から離れなくなったこともあり、ビーマとドゥリーヨダナを会わせたくないという思いが強い。
 アルジュナは出直した方がいいだろうと判断し、背後の兄に目配せをする。しかし弟の考えとは裏腹に、ビーマはあえて空気を読まず、カルナとアシュヴァッターマンに対して宣戦布告ともとれるような発言をした。

「俺はドゥリーヨダナと恋人として付き合うことにした。そういう訳だから、今後お前達が不在の時は、俺があの野郎の世話をする」

……………………
……………………
……………………

「今日はそれを伝えに来ただけだ。お前たちには予め言っておかないと、この間みたいなことになると分かったからな。……ああそうだ、あいつに言っとけ。たまには俺の作った飯も食いに来いってよ。邪魔したな」

 予想外の言葉に驚き固まるカルナとアシュヴァッターマンに構わず、ビーマは言うだけ言って立ち去ろうとする。それを引き留めたのは、カルナ達と同じく兄の爆弾発言に言葉を失ったアルジュナだった。ビーマの上衣を掴んで力の限り踏ん張ると、ビーマは気付いて立ち止まった。

「どうした、アルジュナ」
…………いえ、あの……今しがた聞き捨てならない言葉が、聞こえた、気がしたから……

 アルジュナがバッと音がしそうな勢いでカルナを見る。
 カルナは無表情でこくりと頷いた。

「恋人とは何の話だ」

 いつものように言葉少なだが、カルナも動揺していることはアルジュナに伝わった。今この場で混乱していないのはビーマだけである。アシュヴァッターマンは息をしているかも怪しい程微動だにしない。

「ああ……まあ、その通りの意味だ。この現界だけでなら、昔取り零したものを掬い上げても罰は当たらねえんじゃねぇかと思って、な」

 アルジュナはビーマの言わんとしていることが分からず、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。一方でカルナは得心が行ったとばかりに相槌を打った。

「ドゥリーヨダナが望んだのか?」
「あいつが言う筈ねえだろ。俺が勝手に気付いて、応えようと思ったまでだ」
「わかった。ならば好きにするがいい。だがオレはドゥリーヨダナの意志を尊重する。あれが拒絶するならば、オレはお前を何度でも退けよう。正々堂々来い」
「言われるまでもねえ」

 ビーマは不敵に笑ってそう言うと、今度こそ踵を返して去って行く。カルナもまたアシュヴァッターマンを引き摺って、ドゥリーヨダナの私室へと戻った。
 閉じられた扉と、ビーマの背中を交互に見て、アルジュナはその場で頭を抱えた。



 その翌朝、ビーマは改めてドゥリーヨダナの元を訪れた。ようやく恋人としての生活が始まるという日に、まずは手料理でもお見舞いしてやるかと食堂へ誘いに来たのだ。
 だがビーマを出迎えたのはドゥリーヨダナではなく、額に青筋を浮かべたアシュヴァッターマンだった。

「帰れ」

 それだけ言うと扉を閉めてしまった。

……

 ビーマは少しの間、閉じられた扉を見詰めた後、再度ノックする。
 するとまたもアシュヴァッターマンが顔を出し、先程と同じく「帰れ」と一言告げて扉を閉める。
 同じことを更にもう一度繰り返し、四度目に入ろうかという寸前で扉の方が先に開いた。今度はカルナがいた。

……ドゥリーヨダナは?」

 痺れを切らしたビーマが問う。

「時期尚早だ」

 至極あっさりとカルナが切って捨てた。
 そして扉が閉まる。
 この時ビーマは悟った。これは長期戦だと。
 それ以来ドゥリーヨダナは友等を盾に、ビーマの愛から逃げ隠れている。無理矢理引き摺り出してやろうかとも考えたが、そうなると余計頑なになるのではとアルジュナに言われたので、仕方なく待つことにした。
 ドゥリーヨダナの口から「愛を寄越せ」と言いに来るその時を。