水雛らら
2024-09-03 00:17:53
3199文字
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マキ玲/3周年

さっき読み終わったばかりで全然情報を理解も整理も出来てないけれどとても書きたいので書けるところまで。
ツカサ王子から搔っ攫う感じなので推しの方ご注意ください。





 あんただったらいつでも来ていいから。
 マキ王子からの優しさに甘えて、一度お邪魔してからというもの煩雑な手続きを省略された、簡易な入国手続きでこの国の長い階段をのぼるのももう四度目だ。
 ヴェリールは七国最古の国だけあって、治安も安定している。国土こそ小さいがその分温かみのある国民性も含めて、訪ねるたびにどんどんと好きになる。アンドリーニアのような特別な書庫があるわけではないけれど、この国固有の書物を目当てに王城の門をたたいた。
 マコト王子は初めてお目にかかって以来その姿を見かけていないから今日も自室で倒れ、いや、励んでいるんだろう。ティータイムに誘ってくれるミヤセ王子に、息抜きにと城内を案内してくれるナツキ王子(でも玲は昨日今日入った使用人より城内のこと知り尽くしてるなと笑ってた)、そして。


 ◆


「マキ王子、この植物はご存じですか?」
「どれだ? ……あぁ、見たことある。城の西側にいっぱい生えてるけど珍しいものだったのか」
「私の国にはないものですね」
「じゃあ行くか」
 植物のことだったらミヤセ兄さんのほうが詳しいけど俺しか手が空いてない。そう言いながらも忙しいはずのマキ王子は時間を見つけては私の薬草探しに付き合ってくれる。
 ハトリ王子から頼まれていたとはいえ兄君に意見することはそうたやすいことではない。神様のごとく助け舟を出してくれたその人は、今日も変わらぬ優しさと穏やかさで寄り添ってくれる。うっかり一国の王子であることを忘れてしまいそうなほど。
(いやいや、それは本当にうっかりがすぎるから……
 六つの国を回った中でも、提示された条件の難しさは群を抜いていた。最終的に第二の条件を出してもらったから材料を手に入れることができたけれど、あのまま平行線だったら。
「あ」
「ん? ……あぁ、ツカサ兄さんか」
 西側の広い庭園の向こう。公務の隙間を縫って散歩をしているツカサ王子の姿が見えた。向こうもこちらに気付いたはずなので深々と頭を下げる。避けるように外された視線にキュッとくちびるを引いてもう一度会釈をしてその背中を見送った。これももう、三度目だ。
「気にするな、って言っても気になるよな。悪い」
「恐れ多いことです。成果を挙げられていないのは事実ですから」
 夢の薬、オネイロス。それが姿を変え、魔の薬、モルフェウスへと変化するかもしれない。オルフィネーゼ王国でも一部の人間しか知らされていなかった秘密を、材料を提供してもらったとはいえやすやすと他国に漏らすことはできなかった。そのため、『材料はすべて集まったが生成過程で異物へと変化する可能性を捨てきれず、調合には慎重さをもって挑みたい』と伝えるしかなかった。
 各国から集めた材料はそのどれもが貴重なものばかり。一つひとつの成分を抽出し直し、掛け合わせ、その変化を確認する。何パターンにも及ぶ作業に、意外にも薬草への造詣がある春王子は「気が遠くなりそう」と言っていたけれど、夢か幻かと思われていたオネイロスがやっと実像を持ったのだ。気を遠くしている場合ではない。
 今日ヴェリールを訪れたのはふたつの材料を掛け合わせ、そこに「別の材料」を合わせることによる構造変化の調査。本来であれば人を癒す力を持つはずの薬を、魔の薬に変える分かれ目はなんなのか。
 これまで国外に持ち出されたことのない花硝子を託したにもかかわらず完成までには程遠い。そう言わざるを得なかった私にツカサ殿下は「そうですか」と言葉少なく答えただけだった。
 ギフトヴォールより譲り受けた赤い実を「悪いことには使わない」という言葉は決してセキ王子だけへの誓いではない。セオさんにだって、タカオミ王子にだって、ソーマ王子にだって、冷たさを感じさせるはずの瞳の色を温かく灯して街を眺めていたあの人にだって。私は誓っているのだ。
「ツカサ兄さんは、オネイロスの進展がないことに落胆してるわけじゃない」
「ですが」
「あー……単純に、その、気まずいんだと思う」
「気まずい?」
 申し訳なさから私がいたたまれないならまだしも、どうしてツカサ王子が。こういってはなんですがそういった感情とは無縁のような……不敬不敬。
 もう一度薬草を摘むために庭園の一角にふたりでしゃがみ込む。
「プロポーズがだめになったろ」
「プッ……!? あれはそういうロマンチックな感じでしたかね!?」
 どうあっても交換条件だった。そんなに嫌ですかと言われたときのわずかにしゅんとした顔に、謎の(えっ、かわいい)という感情が湧き出したことは墓場まで持っていこう。
「ヴェリールに伝わる昔ばなしは聞いたろ? マコト兄さんが書いてくれた話も」
「はい。とても優しい物語でしたね」
……あんたは、結婚とか考えてないのか」
「えっ」
「ナツキが恋人とか結婚してる可能性があるって言われたとき、なにも答えてなかっただろ」
 恋人がいようが結婚していようが、条件をのむかどうかを選ぶのは私だというとんでもない提案に肝を冷やすしかできなかった。
「結婚はしていません。……恋人も、いません」
……そっか」
「私はイニシェントを拠点にしながら各国を転々としますし、オネイロス関係なく仕事を続けたいと思っています。薬師を生業とする以上、なかなか理解が得られないかなと。私の師匠も生涯独身でした」
 今はまだ、師匠から託された夢を自分の中でどう育んでいくかの真っただ中だ。マキ王子はもう一度「そっか」と呟いた。私よりも王子たちのほうがよほど。各国をめぐり、どの国の王子も独身だったが婚約者の一人二人いたっておかしくないだろう。もちろんマキ王子だって。
「物語のヒロインが玲に少し似てるっていうのは聞いたか?」
「聞きましたが……私あんなに勇ましいですかね?」
「勇ましいだろ」
 そこを肯定されると非常に複雑なんですが。
 薬草を持ってきていた保存用のカゴに詰める。これだけあれば十分だろう。
「玲がどこかの国の王子と結婚したとしても、その国にオネイロスの独占が許されるわけじゃないんだよな?」
「それは……ハイ、各国の皆さんに材料を提供いただいていますし、というかマキ王子、私、平民ですので」
「じゃあ逆を言えば、プロボーズをしてもそこは疑わないでいてくれるってことか?」
「えっ」
……たとえばの話」
 そんなちょっと困ったような顔で笑わないでいただきたい。この人は王子、マキ王子。私は平民。ハイ、一度深呼吸しましょうか。
「そ、そうですね! そこはきちんと線引きと言いますか、えぇ」
 全然呼吸が整わない。線引きって何。
 クッ、と笑ったマキ王子はいつもの控えめな様子と変わって年相応に幼さを見せる。そうだ、この人はナツキ王子や私と同い年なのだ。
「ん、わかった。じゃあ、オネイロスの完成を待つか、ちゃんと線引き、してから言うか」
 あと、ちゃんとツカサ兄さんにもけじめつける。
 苦笑いで言われた言葉の半分も理解できず、しゃがみこんだままの私を残し、マキ王子が立ち上がった。
「ツカサ兄さんもたしかにロマンチストだけど、昔ばなしも、マコト兄さんの物語も、俺だってずっと聞いてきた。たったひとりを待ってるのはあの人だけじゃないからな」




 そろそろ行くかと差し出された手を取って、思いのほか強く引かれた身体に、まるで自分が子どもの頃に読んでいた王子様とお姫様みたいだと浮かんだのは、どうしたってしかたがないこと。
 二日後に訪れたのはオルフィネーゼ。様子がおかしいことを指摘してきた、マキ王子と親しい付き合いらしいカグラ王子についポロリとこぼしてしまい、「ヴェリール出禁」と言われた私に、物語のお姫様になれる日は来るのでしょうか。