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桐子
2024-09-02 22:05:57
2030文字
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いとおしい獣④(父水)
目が覚めるとすっかり朝で、布団に寝かされていた。酒盛りをすると言っていたのにと謝ると、ゲゲ郎はすねた口ぶりで、
「今夜こそ付き合ってもらうぞ」
と念押しした。
運ばれてきた朝食は相変わらず豪華だった。おひつごと持ってこられた白米に、鯖を焼いたもの、漬物、味噌汁に煮付け、豆腐に酢の物、だし巻き卵などが小皿に乗せられている。水木は手を合わせると、勢いよくかき込んだ。
「いい食いっぷりじゃのう」
ゲゲ郎は嬉しそうに言った。
「こんなちゃんとしたもんを食える機会、なかなかないからな」
「お主は今までどんな暮らしをしておったのじゃ」
「別に普通だよ」
水木はごまかすように笑って、また箸を動かし始めた。
「まあ、もう少し落ち着いて噛め。お主の食事を邪魔する者はここにはおらんよ」
早く食べないと、「食べるのが遅い」と食事を取り上げられる。おかずの数が水木だけ少ないことなどしょっちゅうだった。だからこそ、食べられる時に食べておかないとと思い、急いで口に詰め込む癖がある。しかし、おっとりとたくあんをかじっているゲゲ郎を見ていると、こんな早食いをしている自分が恥ずかしくなってきた。思い返すと、これまで一緒に食事をしてきた時にも何か言いたげだったが、このことだったのだ。
二杯目のごはんは、よく噛んで食べた。今までは味わうことに重きを置いていなかったが、とてもおいしかった。
「これを食べたら、でーとに行こう」
「デート?」
「ああ。とっておきの場所があるんじゃ」
ゲゲ郎は得意げに言った。
離れを出て庭を横切ると、裏口らしい戸口があった。その扉を開けると、石造りの階段が下へ続いている。
「ここを降りればすぐに着く」
ゲゲ郎はそう言うと、さっさと階段を下りていってしまう。水木も後を追った。
長い石段を降りると、目の前に古びた山門が現れた。ゲゲ郎は本堂に向かって頭を下げると、そのままカランコロンと下駄を鳴らして、境内を進んでいく。
「ここは
……
寺か?」
「そうじゃよ」
境内には平日の朝ということもあり、人影はほとんどない。ほとんど散った桜の花を掃除している僧侶の姿が見えるくらいだ。
古めかしい鐘がつられた鐘突き台も通り越し、ゲゲ郎はさらに奥へと入っていく。
木々の湿った香りが、あたたかい風にのって漂ってくる。
「ここじゃ」
「は、墓場
……
?」
思わず声を上げてしまったのも無理はないだろう。整然と墓石が並ぶそこは、どこからどう見ても墓場だった。ゲゲ郎はにっこりと微笑むと、墓地の奥の方へ向かって歩き出した。
「うむ。落ち着くじゃろう。それに、古い墓ほど、穏やかで心が洗われるような気分にならんか」
「ならんな
……
」
「ふふふ。まあ、お主にはまだこの良さが分からんかもしれんな」
いや、分かってたまるかと思ったが、ゲゲ郎は機嫌が良さそうだ。水木は黙ってついていくことにした。
奥まったところにある小さな墓の前で、ゲゲ郎は足を止めた。
「妻の墓なんじゃ」
彼は持っていた花を慣れた様子で供え、線香に火をつけた。水木も慌ててしゃがみこみ、両手を合わせた。
「本当にきれいな女じゃった。同じ蛇の目でな。屋敷に閉じこもっていたわしの手を引いて、いろいろな所へ連れていってくれた。馬鹿なことをするなと頬をはられたこともある。いや、気の強いところがまたかわゆうてな
……
」
あれは痛かった、とゲゲ郎は笑った。
「妻が死んだときは、わしも消えてしまいたいと思った。大事な人のおらんこの世は地獄と同じじゃと思ったよ」
前に話を聞いたときにも思ったが、この男は妻を本当に愛していたのだろう。種の存続を一番に考える斑類の中では、本当に珍しいことに。死んでなおここまで愛されるなんて、よほど素晴らしい女性だったのだ。そんな大事な人をうしなって、どれほど悲しかっただろう。
――――
お父さん、お母さん、僕を残してどうして死んじゃったの
……
。
子どもの頃の記憶が、急に蘇ってきた。
両親を亡くし、親戚の間を転々とするうちに、自分は一人きりなのだということが、いつしか当たり前になっていた。誰も自分を必要としていない。自分の存在など薄っぺらで軽くて、いつ消えてしまってもいいと思っていた。
だが、本当は誰かに必要とされ、愛されたかった。ここにいていいよと、あなたがいてくれてよかったと、言ってほしかった。
「じゃが、まあ、こうして生きながらえておるが
……
それも悪くないと最近思うようになったよ」
そう言うと、ゲゲ郎は墓石に向かって手を合わせ、静かに目を閉じた。水木も同じようにした。
しばらくすると、ゲゲ郎は目を開けて水木を見た。
「さて、そろそろ行くか。お主、甘い物は好きな方か?」
「ああ」
「それはよい。この陽気じゃ、喫茶店にくりーむそーだを飲みに行こう」
ゲゲ郎は水木の肩をぽんと叩くと、踵を返して再び歩き始めた。水木は立ち上がって彼の後を追いかけた。
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