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片桐
2024-09-02 00:27:21
8578文字
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【あんスタ・紅敬】きっといつかの思い出、ひとつ
ES2年目、バカンスでの話。
ボイスや思い出写真の内容色々有。
『今年の夏はESのみんなでバカンスに行くよ』
などと楽しそうに告げる英智の言葉に、その場にいた各事務所の代表と補佐役たちが、は? と言葉を失ったのはいつのサミットだったか。
高級リゾート施設と往復の飛行機を貸し切りにして、ESアイドルたち全員が参加のバカンス。期間中に事務所ごとに撮影の仕事はあるのと、初日の夕食と最終日の昼食だけ全員が揃って同じレストランでの食事となっているが、それ以外は自由行動というほぼ休みの状態だ。
通常の仕事をこなしつつ、スケジュール調整やら準備に翻弄されることになったのも、こうして無事に当日を迎えられれば報われた気もする。飛行機の席に着いて、ようやく人心地着いた。
間に撮影が一日入るとはいえ、リゾート施設で長期休みなんて、そうそう機会もない。浮かれている者も多いのだろう、賑やかな声があちこちから聞こえていた。
ちらりと横を見てみると、騒ぐわけではないが浮き足立っている様子の神崎と、対照的に機内で一番絶望的な顔をしているだろう鬼龍と。
……
乗り物に弱いのは分かっているが、この世の終わりみたいな顔をしなくてもいいんじゃないか。まあ、沖縄の時のように俺たちだけ船で、というわけにもいかないからな、今回は。情報が漏れないように新人も含めたアイドルたち全員と、夢ノ咲の教師たちやプロデューサーがいるP機関、撮影スタッフ、揃っての移動だ。なので置いていくわけにもいかないし、鬼龍には耐えて貰う以外の選択肢もなかったわけだが。周りが楽しそうな中、可哀想に窓際の席で目を閉じてぐったりとしている。
とはいえ俺たちに何ができるわけでもなし、もう着くまでそっとしておいてやることにして、俺は何度も見たはずの資料やパンフレットに目を通していた。
目的地に到着したあとは、各ユニットのリーダーに部屋の鍵と、施設の案内や予定表が入った資料一式の配布。その後は各事務所の代表、補佐役が集合して簡単なミーティングがある。期間中の予定の再確認と、施設内の主要な場所の確認だ。初日はその後、夕食の時間まで自由行動。予定を再度確認し終えたところで、施設内の案内に目を通し始める。 ちなみに部屋はユニットごとに二、三名ずつが一部屋となっている。紅月は三人ユニットだから、俺たちは同室だ。誰か一人になるのは寂しいからな。
「宿泊場所の案内図であるか」
隣にいた神崎が、俺の手元を覗き込んでくる。
「ああ。神崎は何か気になるものはあるか」
「我には馴染みのないものばかりで、よく分からぬが。海鮮料理は食べてみたいと思う」
神崎が気になったらしい和風海鮮料理の専門店のページを開けば、メニュー写真を見て目を輝かせている。舟盛りに浜焼き、寿司、海老に蟹。確かに美味しそうだ。
「そうか、明日三人で行こう」
こんな期待に満ちた顔を見せられては、絶対に叶えてやる以外ない。確認もしていないが、神崎の希望ならば鬼龍も反対はしないだろう。
そんな風に神崎と話しているうちに、目的地に到着した。
プロデューサーからまとめて受け取ったリズリン分のユニットの名前が書かれた封筒を、朔間と真白にそれぞれ渡したら、ミーティングに行く俺と朔間以外は各々自由行動だ。といっても、まずは部屋に荷物を置いてからだが。部屋割りは事務所ごとにまとまっているから、UNDEADとRa*bitsは同じ方向だ。
天満が勢いよく駆け出そうとして、真白に止められていた。それからそうっと俺の方を振り返ってくる。二人して俺の顔色を伺わずともいいだろう。いや、余程のことがなければここに来てまで口うるさく説教をするつもりはないぞ。
……
声くらいは掛けたかもしれないが。
元気なRa*bitsの後ろに、UNDEADが続き、俺たちは更にその後ろを行く。
「大丈夫か、鬼龍」
「
…………
」
すっかり無言になっているがなんとか歩いているだけマシなのだろうか。鬼龍の荷物は神崎が持っている。結構な量だが、沖縄の時はこれに加えて鬼龍を背負っていたのだから、荷物だけな分、楽なのかもしれない。
封筒からカードキーを出して、扉を開ける。ふらついている鬼龍と荷物だらけの神崎を通してやって、扉を閉めた。
「少し、寝かして
……
」
着くなりベッドに倒れ込んだ鬼龍が心配ではあるが、俺はミーティングがある。ついていてやりたい気持ちはあるけれど、仕事を放り出すわけにはいかない。荷物を置いて、最低限の持ち物だけ手にして、早々に部屋を出る。
「神崎、俺はミーティングに向かうが、いつまでかかるのかは分からん。荷物を片付けたら自由に出かけてかまわんぞ。カードキーはこれだ。持ち歩くのを忘れるな」
「承知した」
「鬼龍も。貴様のカードキーは封筒の上に置いておくからな」
「んー
……
」
わかった、というようにひらひらと手を振っている。聞いてはいるのだろうが、喋る気力がないらしい。
そんな二人を残して、俺は指定された部屋へと向かった。
ほとんど確認事項だけのミーティングはつつがなく終わり、初日と最終日に集合するレストラン、撮影時に向かうことになる場所、何かあった際の連絡先である教師陣の部屋、緊急時に使用する経路等をまわって、解散となった。
ミーティング自体は短時間だったはずなのに、広いホテル内を歩き回っていたからか、終わった頃には一時間ほど経っていた。その後の予定は特にないし一度部屋に戻ってみると、神崎も鬼龍もいなくなっていた。まだ寝ていたらどうしようかと思ったが、体調が回復して出かけたのだろう。どこへ行ったのか検討もつかないが、呼び出すほどでもない。
とりあえず、外に出てみようかと部屋を後にする。綺麗な海辺を散歩するだけでも、気分転換にはなるだろう。
そんなことを考えて外に出たら、伏見に会った。
「おや、敬人さま」
「伏見か。どうした、一人か?」
「ええ、坊ちゃまには着いてくるなと言われてしまいまして。どう過ごせばいいのか悩んでおりました」
「急に自由にしていいと言われると、なかなか難しいな」
「敬人さまもお悩みですか? それでしたら、あちらにあるボートなどいかがでしょう」
伏見の示す先には手漕ぎのボートがあった。これも自由に乗れるらしい。
「乗ったことがないが大丈夫だろうか」
「ええ、わたくしにお任せください」
それならば、とせっかくなので誘いを受けることにする。
漕ぎ方のコツを少し教わり、やってみる。
……
ほとんど伏見の力で進んでいる気もするのだが、なんとか形にはなっているだろう。
「綺麗なものだな」
「なかなか見られない光景ですね」
海水は透き通っていて、小さな魚までよく見える。水面が近いボートだからこそ、見られる光景だろう。魚の種類などは分からんが、何種類かいるようだった。
「少し写真を撮らせてくれ」
魚がいるところを狙って、何枚か撮ってみる。それから、海の向こう、今見える景色も。
「わたくしも撮っておきましょう」
伏見もしばし撮影をしていたと思ったら、不意にスマホのカメラをこちらに向けられた。
「俺は撮らなくてもいいだろう
……
」
「記念ですから。あとでお送りしますね」
「では俺も貴様を撮らせろ」
と、半ば無理矢理写真を撮り返し、今度は岸の方へと漕ぎ出した。
「ありがとう伏見。楽しい時間だった」
「こちらこそ、ありがとうございました」
礼をする伏見に別れを告げたが、まだ日は高い。そのまま海岸沿いをなんとなく歩いていると、ビーチバレーをしている三人組の姿が見えた。
こんな所にいたのか、鬼龍は。遠目でも目立つ体躯と赤い髪、見間違うはずもない。あとの二人は守沢と天城か。
「蓮巳!」
「蓮巳先輩!」
こちらに気づいた守沢と天城が手を振ってくる。
「おう、旦那。一緒にやるか?」
鬼龍もすっかり元気そうで安心したが、ここに混ざるのは遠慮したい。この三人の体力についていける気がしない。しかもボートを漕いできたあとなのだ。
「いや、俺は遠慮しておく。邪魔でなければ、見ていてもいいだろうか」
「それならあそこに座ってるといいぜ」
指差した先に視線を向けると、パラソルの下にシートと椅子があり、三人分の荷物が置いてある。日陰になっているし、座れるのなら休むには丁度よさそうだ。
「旦那の前で格好悪ぃ所は見せられねぇからなぁ。覚悟しろや守沢ぁ!」
「ちょ、鬼龍、顔と台詞が完全に悪役
……
おわぁっ!」
鬼龍の全力で打ち込まれた球の威力にぞっとする。なんだあれ。コースもかなり返しにくいところを狙っていたようだし、あんなの受けられるか。守沢は反応は出来ていたようだが威力が強すぎてボールが弾かれた。
「すごいなぁ、愛の力だなぁ
……
。だがしかし! 正義の力も負けはしない、いくぞ、必殺☆」
「甘いっ!」
守沢の渾身の一撃は、あっさり鬼龍に受け止められた。守沢も運動神経はかなりのものだが、狙うコースが素直すぎるのだろう。人の裏を掻いたりとか、邪道な方法とか、苦手そうだしな。そこがあいつの良いところなのかもしれんが。
「何をはしゃいでいるのだあいつらは
……
」
楽しそうで何よりだが。学院時代よりもはしゃいでいないか。小学校の休み時間に校庭で球技をする男子みたいなテンションだ。
……
荒れていた学院時代を思えば、こんな風に無邪気にはしゃいでいられるようになって良かったとは思うけれど。鬼龍と守沢が親友だと言うのは知っていたが、こうして二人の一面を
――
自分が見ることのない鬼龍の顔を見ていると、ほんの少し胸がぎゅっとなる。格好良くて、愛しくて、少しだけ寂しい。
中に混ざれないのならばせめて応援でもできれば可愛げもあるのかもしれないが、そういう性格でもない。ここにいたのが神崎ならばあの中に入っていくか、或いは全力で鬼龍に声援を送っていただろうに。
見ているだけで俺は充分なのだが、本当に見ているだけだ。いや、せめて写真でも撮ってやろうか。さっき伏見が撮ってくれていなければ、思いつきもしなかったかもしれんが。
スマホのカメラを起動して、何枚か撮ってやる。もちろん鬼龍だけではなくて、全員だ。
撮られてることも気づいてないだろう、自然な表情。何枚か確認してみると、動き回っているせいでブレてしまっているのもあるが、上手く撮れたのもあった。みんないい顔をしている。これもあとで送ってやろう。
しかし二対一でよく頑張っているな鬼龍は。天城も反射神経が良いのか、球に食らいついてくる。ずっと動き回っていて、疲れないのだろうか。というか、日陰にいてもやっぱりそれなりに暑い。あっちは陽が当たっているのに休憩もせずよく続けていられる。適度に休憩すべきではないのか。いや、口うるさく言うつもりもないが。
「
……
」
しばし考え、俺は何も言わずその場を後にした。
ホテルの方面に戻るようにしばらく歩く。ホテルのすぐ近くに屋台があるのを見ていたからだ。飲み物を売っている場所らしいというのは遠目にわかっていたが、近くで見て驚いた。一般的によく見かける内容のドリンクではなくて、フルーツがふんだんに使われた高級感のあるものだ。写真付きのメニュー表を眺めているが、種類も多い。
……
正直、どれがいいのだか分からん。
レモンの薄切りが乗ったシンプルなレモネード、これは天城が好きそうだな。レモンがあるといつもそれを選んでいるしな。あとは、この赤いのはベリー系か。守沢は赤が好きだから、これがいいだろうか。
で、鬼龍は
……
、
……
。他の二人よりも、これ、という確固たるイメージがない。好き嫌いがほとんどないようだし。いや、俺の好きな激辛メニューは拒否されたが。甘い物も特別好むというほどでなくても普通に口にするし。それでもジュースよりはお茶がベースの方がいいか? 迷いながらアイスティーベースのメニューを見る。
入っている果物が違うフルーツティー、オレンジやマンゴーなどのジュースと二層になっているものがそれぞれ何種類かある。
迷った末に、オレンジ、キウイ、パイナップルなどが入ったフルーツティーとオレンジジュースと紅茶のものを選ぶ。鬼龍がどちらを選んでもいいように。いや、自分が飲みたいものも迷ってしまって、鬼龍が選ばなかったほうにすればいいという決め方にしたせいもあるが。
注文して、できあがったドリンクの乗ったトレーを運んで、先ほどの場所まで戻る。
すぐ戻るつもりだったから何も言わずに来たというのに、思ったより時間がかかってしまった。すれ違っていないから、まだ帰っていることはないと思うが。
先ほどの場所に近づくと、あ! と守沢の声がした。邪魔をするのも悪いと思ったから声をかけなかったが、気にさせてしまったようだ。
「おまえたち、少しは休憩したらどうだ」
「わざわざ持ってきてくれたのか」
「喉が渇いたからな。ついでだ。向こうに屋台があったから適当に選んできた」
そう言って、近づいてきた三人の前にトレーを差し出す。
「何があるんだ?」
「レモネードとミックスベリーのジュース、あとはオレンジティーとフルーツティーだな。俺はなんでもいいから好きに選べ」
そう言うと、鬼龍が天城に選ぶように促した。
「天城、先に選んでいいぞ」
「僕が最初でいいのかい?」
「後輩が遠慮するな」
守沢も頷く。この二人は、こういう所が信頼できる。
「では、僕はこのレモネードを頂くよ! ありがとう、蓮巳先輩!」
「守沢は?」
「じゃあ、このベリージュースにしよう」
二人とも、予想通りのものを選んだ。好みを外してなかったならよかったが。
「っ、ふふ」
「なんだ」
何故かニヤニヤしている鬼龍を肘で突つく。笑われるようなことをした覚えはないぞ、まったく。
「で、俺はどっちなんだ?」
「どっちでもいいぞ」
そう言うと、鬼龍は二つを見比べて真剣に考え出した。そんな、眉間に皺を寄せてまで深刻に悩むことでもないのに。きっと、天城と守沢は好みに合わせたものを選んできたから、自分はどちらが『正解』なのかを考えているのだろう。そんなものはないというのに。強いて言うのならお前が選んだものがそのまま正解だが、そうは思ってないのだろうな。
迷った末に、オレンジの方を取ったので、俺はフルーツティーを口にする。ひとまず紅茶を味わって、フルーツは、このスプーンであとから食べるのか。
暑かったから、冷たい紅茶が特別美味しく感じられる。フルーツもだが、茶葉も質が良いものが使われているな。
ゆっくり味わっていると、既に半分ほど飲んだ鬼龍が困惑したような表情を見せている。
「
……
逆のが良かったか?」
口に合わないから減ってないとでも思ったのか。思わず笑ってしまった。
「まだ気にしていたのか。おまえもジュースよりはお茶の方がいいだろうなと思ったが、中身は迷ったからこの二つにしただけで、本当にどっちでも良かったんだ。あと、おまえが飲むのが早いだけだ。普通に美味いぞ」
「そうかよ」
ようやく安心したのか、眉間の皺がとれた。それから、柔らかな笑みを向けられる。
「美味いよ、ありがとな」
「
……
ん」
眉間に皺寄せるのとか、すぐ睨むみたいになるの、もうほとんど癖のようなものなんだろう。でも、そうして穏やかに笑ってる方がずっといい。というか、強面だ厳ついだなどと言うが、相当な男前なのだから威圧感を出していると勿体ないと思う。
……
それはそれで、こいつの武器になるときもあるんだが。
いや、まあ、俺もあまり人のことは言えないか。
飲み終えたあとの容器をトレーに戻す。これはあとで返却しに行くものだ。
陽も傾き始めたし、このあとはどうするのか。
「そろそろ引き上げて、風呂にでも行こうかと思ってたんだけどよ」
「砂だらけだからなぁ、このまま夕飯の会場には行けないしな」
「僕は部屋に戻るよ、ありがとう先輩たち」
天城は荷物を持って、一足先にホテルの方へと駆け出した。部屋でシャワーを使うらしい。
三人とも、派手に動き回っていたしな。砂に突っ込んだりもしているし、妥当だろう。
俺はどうしようか。とりあえず部屋に戻ろうか。そう考えていると、鬼龍に肩を叩かれた。
「旦那も一緒に行かねぇか?」
「えっ?」
守沢と二人で行くものだと思っていたから、誘われるなんて思ってなくて驚いてしまった。
いや、学院時代から鬼龍と風呂に行くのは珍しいことでもないが、というか誰かと泊まりの仕事をすると、温泉やら大浴場やら一緒に行くのはよくあることだろうし、同ユニットなら、殊更機会も多くなるし。別に守沢とも付き合いは長いのだから断る理由もないけれど。
「かまわないが、それなら俺は着替えを取りに戻らないといけないぞ。あと眼鏡を風呂用に替えなければ」
「それじゃ、俺たちは先に行って入り口で待ってるからよ。ゴミは俺が捨てとく」
鬼龍がトレーを引き取ってくれたから、俺は急いでホテルの部屋へと向かった。あまり待たせるのも悪いしな。
走らない程度に足早に部屋まで戻って、着替えとタオル、備え付けの物もあるだろうが念のため入浴用の一式、風呂用の眼鏡、それらを用意してまた部屋を出た。
時間が早めだからか、ほとんど人はいなかった。まあ、晩飯後に来る人の方が多いだろうな。それに、部屋にある風呂も広くて綺麗だし、他にもスパ施設はあるようだし。
真っ先に浴場に足を踏み入れた守沢に続いて、俺も向かう。鬼龍は砂が落ちないように何やら着替えに時間をかけていたので、先に来た。
「おお、広いな!」
確かに、種類も多いが大きいところはプールみたいな広さだ。
「泳ぐなよ、守沢」
「それ、さっき鬼龍にも言われたぞ」
守沢が苦笑する。えっ、なんだ。そう言われると急に恥ずかしくなるじゃないか。
「蓮巳がそんな冗談を言うなんて、おまえたち似てきたんじゃないか?」
「そんな、ことは」
「仲が良いなぁ」
……
俺は直接はっきりと言ったわけではないが、鬼龍とは親友なのだし、俺たちの関係についても知っているようだけれど。それでいて、この裏に含むところもない、からかいでもない、純粋な笑顔を向けてくるから。そういう、奴だが。むずがゆい感じがする。
「ん、どうした?」
入り口付近で立ち止まっていたら、鬼龍が追いついてきた。
「なんでもない、ほら、さっさと砂を洗い落とせ」
そう言って洗い場へ向かう。砂だらけではなくとも、まずは体を洗ってから湯に浸かるものだからな。別に、恥ずかしいから逃げたわけではないぞ。
*****
風呂のあと、レストランでの晩飯の時間も終わり部屋に戻ると、伏見から連絡が入っていた。ボートの時の写真を送ってくれたようだった。それにメッセージを返し、俺が撮った写真も送る。あとは天城と守沢、それから、鬼龍のも送ろうと写真を選んでいたところで、神崎が声を掛けてきた。
「蓮巳殿、随分嬉しそうな顔をしているが何を見ておられるのだ?」
そんなに嬉しそうな顔をしていたか? でも、これは神崎にも見せてやりたい。
「ああ、見ろ、神崎。よく撮れているだろう」
「写真であるか」
ビーチバレーの写真。鬼龍の映っている分。ブレたのは消去したから、今残っているのはちゃんと撮れたものだ。神崎も熱心に写真を見ている。
「流石である鬼龍殿、思わず見惚れてしまうな」
「これは俺も、格好良く撮れたと自負している。まあ被写体が良いからな」
「おい、てめぇら何の話してんだよ」
急に名前があがったせいか困惑している鬼龍に、今見ていた写真を送付してやる。
自分のスマホの画面を見た鬼龍は、えぇ~
……
と間の抜けた声をあげた。
「いつの間に撮ってたんだ、全然気づかなかったぜ」
「格好良いだろう」
「格好良いのである!」
「いや、てめぇら、それ本人に言うことかよ」
鬼龍は照れているのか、顔を背けてしまった。
「SNSに上げても良いかもしれんぞ」
滞在中はこのバカンスに関する内容でのSNSの更新は禁止されているが、期間終了後ならば許可されている。俺たちも何枚かは、そのための写真を用意するつもりだ。俺たちは告知が中心で頻繁にSNSに写真を上げたりするわけではないから、貴重なオフショットはファンも喜ぶだろう。
「勘弁してくれ」
まあ、こんなにも格好良い鬼龍をSNSで全世界に公開してしまうのは、少し勿体ない気もするがな。自分たちだけで独占しておきたい気もする。
「蓮巳殿、我にも鬼龍殿の写真を送って欲しいのである!」
「もちろん構わないぞ」
「なんだよ、俺の写真なんて持っててどうするんだ
……
」
「そんなの決まってるじゃないか」
このひとときを、感情を、三人で共有していたいんだ。まわりに自慢したい気持ちもあるがな。
これもいつか、大事な思い出になるから。
まだ始まったばかりのバカンスは、きっと生涯忘れられない日々になるから。
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