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溶けかけ。
2024-09-01 23:49:53
1673文字
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ほぼ日刊
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レプリカの恋
人間に虐げられて歪んでしまった結果、人を襲うようになった人形を浄化する人形師と人形師の親愛のキスで夜の間だけ人間になれる人形のお話です。
原作:響ワタル先生「少年ドールズ」
静かな夜闇に紛れて、幼気な声が聞こえる。
さびしい、いたい、こわい、ゆるさない
――
悲哀に満ちていた声はやがて怨嗟に変わっていく。
「大丈夫。キミの辛さは僕たちが癒やすよ」
抱いていた人形にキスをする。僅かな発光の後に、僕の前に銀髪の美丈夫が現れる。
「ヌヴィレット、頼んだよ
……
なるべく優しくね」
「言われずとも」
人になった人形
――
ヌヴィレットは、敵意を向けてくるテディベアを一瞥する。ほつれてボロボロになった体、ぷらぷらとぶら下がる円らな瞳。何度も縫い直された後のあるジャケットは彼、あるいは彼女が大切にされていた証だ。
「もう休むがいい
……
君の主人も待っている」
ヌヴィレットの周りにぷかぷかとシャボン玉が浮かび上がり、テディベアを包み込む。
「フリーナ殿」
「分かってる!
――
おやすみ、良い夢を」
フリーナの手から一匹の青い蝶が飛び立ち、泡をすり抜けてテディベアの頭に留まる。その光景は、親が子におやすみのキスをするときによく似ていた。
「ぼく、あのこにあえる
……
?」
微睡む幼子のような声。
「うん。きっと会えるよ。この子が導いてくれるから」
青い蝶がフリーナの言葉に呼応するように、羽ばたく。こっちだよ、と誘うように。
「ほんとうだ
……
」
周囲が柔らかな陽光に包まれ、消えていく。先程までの重苦しい雰囲気はなく、淀んでいた空気もいつの間にか霧散していた。
「無事に逝けたかな
……
?」
蝶が飛んでいった方向を見上げながらフリーナが呟いた。
「君の浄化だ。今頃、持ち主と会えていることだろう」
「だと、いいけど
……
」
夜空が茶色に染まる。ふわふわの毛並みが顔を擽っていた。
顔に乗せられた
元暴れん坊
テディベア
を下ろす。ぼろぼろなのは変わらないが、どこかすっきりとした表情をしている
――
少なくとも、フリーナにはそう見えた。
「こんなに綺麗だったんだね」
ふわふわの体を労るように撫でれば、無邪気な笑みを浮かべたように思え、フリーナも笑みで返した。
「フリーナ殿
……
」
探し人は、人形の修繕や作成をするための工房にいた。作業机に向かうフリーナの横顔は真剣そのもので、手には昨夜、浄化したばかりのテディベアが握られている。しゅ、しゅる、と糸が布を行き来する小気味の良い音に目を閉じて耳を傾けた。
ぱちん、と糸を断つ音を最後にヌヴィレットがゆるりと目蓋を上げる。
「終わったのか?」
フリーナがゆっくりと頷きながら、ヌヴィレットの方に体を向けた。丸椅子がきぃと軽い音を立てる。赤子でも抱えるかのような抱き方でこちらに近づく彼女の手には修繕されたばかりのテディベアがいた。
「かわいいだろう? 少し、アレンジしてしまったんだけど
……
喜んでくれるかな
……
」
眉を下げるフリーナ。彼女の腕前を疑ったことなど一度もない。むしろ、信頼すらしている。それでもヌヴィレットに水を向けたのは
人形
どうぞく
としての意見が聞きたいのだろう。
汚れてボロボロだった体は洗浄されて、茶色の毛並みは僅かな空気の揺らぎに合わせて綿毛のようにそよぐ。縫い直された痕跡の多かったジャケットは上手く継ぎ接ぎがなされ、お洒落なパッチワーク風のジャケットに生まれ変わったと言っていいだろう。
糸が伸びきり、垂れ下がっていた瞳はあるべき場所に納められ、蛍光灯の光を取り込んでいた。
「よく修繕されていると思う。あとは彼
……
彼女かもしれないが、テディベア殿次第だろう」
「そうだよね
……
ありがとう、ヌヴィレット」
フリーナが微笑む。
胸が痛んだ気がして、胸部を握りしめた
――
あぁ、痛い
……
と反射的に思い、心臓すらないのに? と自嘲する。
ここ数年、彼女の笑顔を見るたびに正体不明の症状に襲われる。何を馬鹿なことを、と自身の頭に浮かんだ考えを否定する。
彼女は主人であり、人の子で、私はただの従者であり、人形なのだから
――
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