hacosf6
2024-09-01 12:24:19
9766文字
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たまごのお寿司

junさん・シャバ寿司さんとの合同誌「寿司本」掲載のルクジェミ小説です pixiv公開に合わせ、こちらにも本文を掲載します
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たまごのお寿司



 ころんとは、近年ここメトロシティでも観察されるようになった、小さな生き物たちの総称だ。その外見はいずれも丸みを帯び、柔らかなゴムボールのようにムチムチと弾力のある体で、小さな手足は意外なまでに素早く動く。まるで遊び心満載の焼きたてパンのような見た目に反し、どの個体も手が付けられないほどにヤンチャだ。そんなころんたちは、世界中の有名ファイターを真似るかのような姿をとる。細々としたアクセサリーやこじんまりとした服をどのように調達しているかは謎のままだが、どのファイターを手本にしているのか一目で分かるその佇まいは、ただただ眺めているだけでも愉快な心地になる。
 ぶらりと街を歩くだけで、ラシードに似た丸っこいヤツがつむじ風に舞って遊び、DJとキンバリーを模したころんが音楽に合わせ踊っているのを目撃した。ヤツらはあんな可愛らしい見た目をしていながら、そこら辺をうろつく野良ドローンや野良冷蔵庫をサッサと撃退してしまえるのだから末恐ろしい。とは言え、不思議なことがあるもんだ、の一言で済んでしまうのがこの街の長所でもある。晴れ渡った頭上を見上げれば、清々しい初秋の空を背景に、天高くスモウレスラーが飛んでいく。今日一日、雨の心配はなさそうだ。
 鮮やかな朱色の門をくぐると街並みはガラリと変わり、吸い込む空気いっぱいに異国のにおいが満ちていく。メトロシティにあるここ紅虎門は、国内で最も大きい中華街のひとつだ。食と言えば紅虎門、と言わしめるほどに多種多様の食堂が建ち並び、中国茶や漢方の店舗だけでなく、土産物屋やペットショップまで揃っている。ひとつ裏道に入れば、生活感がグッと濃厚になる。今日みたいな晴れ空の下では、窓の外へ干された洗濯物が一斉にはためき、なんとも壮観だろう。
 紅虎門を訪れる理由と言えば、今までは腹ごしらえが主だった。そりゃもちろんピザやハンバーガー、タコスなんかが俺の主食だけど、たまには違うものだって食べたくなる。そんな時に決まって訪れていたのが、この食の街だった。これまではそれ以上でもそれ以下でもない、どこにでもあるような中華街、というイメージだったけれど――そんな感想は、とある人物との出会いでガラリと一変させられた。
 人間、初対面のイメージが第一だって聞いたことないか? それほどに、ファーストインプレッションってものは覆りにくい。逆を言えば、この強烈な思い込みを覆すと、想像もつかないほど強烈なイメージが与えられる。この街を守るアイツのことも、初めはいけ好かないチンピラ野郎だと思っていた。しかし今となっては、一日中ゲーム三昧だと楽しみにしていた休日ですらも、居ても立っても居られなくなり、目を皿のようにしてあの背中を探している。これってきっと、一言で言っちまえば、恋、ってものなんだと思う。
「よお帅哥、寄ってかない? うちのランチは量が多いよ」
「あー、悪ィ。今人探してんだ。なあその、……ジェイミー、どこにいるか知らね?」
「杰米肖? この時間なら寝てるんじゃないかな。もうしばらくすれば顔出してくれるとは思うけど……お兄さん、彼のお友達?」
 そう尋ねる店主の瞳が鋭く尖ったのは、きっと彼を守る意味合いもあるのだろう。この街はオレの街だと、彼はことあるごとに口にする。その言葉を聞いて、俺は初めカチンと頭にきた。だってさ、こんなにも多くの住人が暮らす街をアイツひとりのものだと口にするなんて、冗談にしろおこがましいってモンだろ。だから顔を合わせて早々にケンカになっちまったんだけど――今では、アイツの言葉の意味をちゃんと理解できていると思う。
「まあ、そんなところだな。因みに、アイツをいじめようなんてこれっぽっちも思っちゃねえから、安心してくれ。夕方までここら辺ブラついてるから、ジェイミーを見かけたら声かけといてくれよ」
「はは、分かったよ」
 剣呑と尖っていた視線をやんわりと解くと、店主はヒラリと手を振って店の中へ引っ込んだ。守るべき街の人々にこうまで愛されているジェイミー・ショウという男を、俺はまたひとつ好きになった。トキトキと小さく跳ねる胸をそっと押さえて、トントン、と拳で叩く。すう、と息を整えて、そのまま当てもなく異国情緒溢れる街を歩いた。
 そう言えば、この辺りだったな。迷路のように入り組む道を行き、またひとつ開けた賑やかな大通り。立ち止まりグルリと見回すこの場所で、俺はあの日、初めて彼に出会った。なんて言うとさぞドラマチックな出会いだったかのようだが、実際はただアイツが肩をぶつけてきて、そのままケンカになっちまったってだけだ。しっかし、それだけでああも派手に闘り合うだなんて、まるでガキの頃に戻ったみたいだったな。すっげえ、楽しかった。そう、まるで少しも我慢が効かないほど、アイツには求心力がある。恥も外聞もなく、魂があの男を求めてしまう。
 小さな商店でペットボトルの茶を買うと、ガツンと頭に響くほど甘い茶だった。ひんやりと冷えたそれをゴクゴクと呷りながら、ふらりと道の角を曲がる。と、その瞬間ドスンッ、と何かが左肩にぶつかった。まさにアイツと肩をぶつけあったあの時に似た衝撃へと、弾かれたように顔を向ける。視線の先には誰もおらず、その代わりにボヨンとした柔らかさが頬にぶつかった。
「っお?」
 子どもの握りこぶしほどの大きさのそれは、俺の顔に押し出されてボトリと落ち、コロンコロンと二回転してベチョリと道端に伸びた。黄色っぽいそれを拾い上げると、くったりと伸びていたそれは、途端にウゴウゴと蠢き始める。
……ジェイミー?」
 こんなちっこくて丸っこい何かを前に、彼の名を呟くなんてどうかしているだろう。だが、俺が今掴んでいるコイツは、どこからどう見てもジェイミーにそっくりだ。長い黒髪はきっちりと編み込まれ、丸いボディを包む衣装は彼のイメージカラーと同じ黄金色だ。尻の辺りには、ご丁寧に小さな瓢箪まで括り付けられている。はあー、よく出来てんな。まじまじと覗き込み、ひっくり返しては剥き出しのふくふくとした腹を突く。ホンモノの引き締まった筋肉とは似ても似つかないホヨホヨとした感触が心地よく、初めて触るその柔らかさに思わず夢中になった。
 ツンツンと突いている間に、プイプイと嫌がる声がギイギイと本格的な威嚇音へと変わってしまった。ああ、悪ィ悪ィ。慌てて手を離すと、ジェイミーを模したころんはポトンと着地し、触覚のような前髪をプンプンと逆立て抗議した。
 俺ってこんなだから、動物に嫌われるんだろな。可愛いからとつい触りすぎてしまう。だからこそ、アイツみたいに丈夫なヤツに惹かれるんだろうけど。
 そんなことを思っている間に、足元にころんと立つチビ助が小さな瓢箪を咥えていた。お、コイツもジェイミーみたいに酔っぱらうのか? しゃがんでマジマジと覗き込むと、小さなジェイミーはくねりと丸い体をくねらせ、予想だにしない俊敏さで、ビュン、と黒い塊を放った。
「イッッ!? ……テェッ!!」
 小さな弾丸は俺の額を強かに打ち、バチンッ、と見事な打音を響かせた。そこはまさに、アイツが丈夫な指でビシッと弾く、あのムカつく技と同じ着地点だった。どうやらあの瓢箪は酔うためのものではなく、攻撃手段のひとつだったらしい。痛む額を押さえながら足元を見下ろすも、先ほどまで髪を逆立てていた小動物は、忽然と姿を消していた。
 あーあ、もう少し見てたかったんだけどな。ヒリヒリする額を搔きながら立ち上がる。ころんという生き物には、未だに多くの謎が残る。有名ファイターたちを手本にする、未知なる生命体。アイツらは一体、どんな生態をしているんだろう。ジェイミーに似たころんがいるのなら、俺に似たころんだって存在するのだろうか。
 ズンズンと細い道を進み角を曲がったところで、見覚えのある背中が見えた。真っ新な白いTシャツに、均一に鍛え上げられたしなやかな筋肉が透けている。足を踏み出す度に、ユラ、ユラ、と揺れる三つ編みはいつもよりラフにまとめられている。大きなトートバッグを肩にかけているから、買い物の帰りだろうか。ジェイミー、と咄嗟に飛び出した声は、恥ずかしいほどに上擦り、ガサガサと掠れていた。
「ん、脳筋クンじゃねーか」
 くるり、と振り返ったジェイミーは、いつもと違いノーメイクだった。とは言っても、キュッと弧を描く唇は相変わらず艶やかだ。長い睫毛はやや下を向き、瞳へ小さな影を落としている。そのせいだろうか、茶色い瞳は、普段に比べしっとりと眠たげに見えた。
「今日は休みか?」
「あ、おう。ジェイミーは? 買い物帰り?」
「ああ、ちょっとした来客があってな」
「えっ」
 思わず息を呑んでしまったが、そりゃコイツにもコイツのプライベートってモンがある。当たり前だ。それに、俺はまだジェイミーのことを深く知らない。コイツがどんな生活を送っているのか、どんな食べ物が好きか、どこに住んでいるかさえも、よく知らないままだ。分かっているのは、名前と、出身と、目が覚めるように強いってことだけ。あまりにも分かりやすく反応してしまったことを恥じながら、悪ィな、と片手を上げ慌てて繕った。
「忙しいんだろ、邪魔しちまったな」
「いーや? 特に急いじゃねえよ」
「でもお客さん待たせてんだろ?」
 そう言えば、ジェイミーはニッと目を細めて笑った。さらり、と一房の前髪がほっそりとした頬にかかり、夕暮れへと差し掛かる風景の中、薄い色の影が長く伸びていく。
「へへ、なーに水臭ェこと言ってんだよ。それに、アイツにそんな感覚があるとは思えねェな。脳筋クン暇してんだろ? お前も一緒に来いよ」
「え、ええっ?」
 そう言えば、ジェイミーは踵を返しスタスタと細い道を進んでいく。慌ててその背を追うと、彼は扉の前にかかる鉄格子をカチャンと押し開いていた。
「え、もしかしてそこ、お前ン家?」
「そ。借家だけどな」
 コイツがどんな場所に住んでいるのか全くイメージができなかったが、その住まいは何てことのない路地の一角にあった。商店街から離れたこの場所は住宅地になっていて、遠くからは子どもたちが遊ぶ声が響いてくる。キィ、と開かれた木製のドアから、ジェイミーは顔を出してニンマリと俺を見上げた。
「どうぞ」
「あ、うん、お邪魔します、っ」
 顔を見れたらラッキー、ファイトができたら御の字、なんて思っていたのに、それを上回る現実を目の前にドギマギと心臓が跳ね回っている。カチ、と廊下の明かりが灯され、照らされるその先に見えたのは、玄関の横に据えられた小さな洗濯機だった。家主に従い靴を脱ぎ、ペタペタと足馴染みの良い床板を踏みしめる。丈の短いカーテンの先は、こじんまりとまとまったキッチン兼リビングへと繋がっていた。その真ん中に置かれた円形のテーブルの上に、何やらもごもごと蠢くものがある。なんだありゃ? と目を凝らしていると、その小さきものはピョンと跳ね上がって、勢いよくこちらを振り向いた。
「っあ! もしかしてそれ!」
「そう、コイツが客だ。ほーら、似たようなヤツが増えて賑やかになったぞ」
 ふふふ、と軽く肩を揺らすジェイミーを見て、再びテーブルへと視線を戻す。そこには、俺を手本にしたとしか思えない姿かたちをしたころんが鎮座していて、モグモグと口いっぱいにバナナを頬張り、機嫌良さげに目を細めていた。
「うっわー……俺そっくりのころん、初めて見たー……
「へえ、オレはよく見かけるぜ。今日は腹減ってそうだったし、自分の腹ごしらえもあるから買い出ししてたんだよ。飯、お前も食ってくか?」
「え! いいのかよ」
「小せェ方にだけ食わせて、デカい方に何も出さねえワケいかねえだろ」
 ニッ、と瞳を細める彼の言葉に甘え、椅子を引いて腰を落ち着ける。薬っぽさの中に花の香が混じる室内をソワソワと見回して、キッチンに立つスラリとした後ろ姿を見守る。うわ、うわ、うわぁ。ここでジェイミーは生活しているんだ。きっと古くから大切にしているのだろう本や小物が整理整頓され、然るべきところにきちんと納まっている。彼のことを、俺はまだよく知らない。それでも、この部屋にある何もかもに、彼らしいな、という感想を抱いた。
俺はこんなにもドキドキと胸が高鳴ってるというのに、コイツはなんとも暢気なものだ。コポコポと湯の沸く音をBGMにして、食べカスを口回りに付けたままコロコロと転がる卵型の生物を突く。ポヨポヨとした感触はやはり指先に楽しく、ついつい腹や頬を突きすぎてしまう。ギロリ、と剣呑さを増したつぶらな瞳と、今目が合った。オッ! やるかぁ? そう顔を近づけようとしたところで、トンと軽い音と共に椀が置かれた。
「ったく、あんまいじめてやんなって。可哀想だろ」
 ジェイミーが出してくれたそれは、黒いタレがかかったシンプルな細麺だった。その隣には茹でた葉物野菜や、目玉焼き、チャーシューのスライスなどが並ぶ。差し出された温かな茶を受け取って、ありがとう、と小さく返す。
「あー、悪かったな。急だってのに」
「気にすんな。一人分作るのも二人分作るのも大差ねえよ」
 そう言うと、ジェイミーはちゃっちゃと椀に盛られた麺を掻き混ぜ始めた。見様見真似で箸を取り、白い麺に黒いタレを纏わせていく。空気に触れると、ふんわりと甘辛く香ばしいかおりが鼻腔をくすぐった。ぱくり、と口に放り込むと、鼻先だけで感じていた香ばしさが、口内でがっしりと形になる。きっと見た目通りシンプルな料理なんだろうけど、一体何がどれくらい入っているのか見当もつかない。だから、今俺が分かることはひとつだけだ。
「うっまぁ!」
「へへ、だろ?」
「このソース、何が入ってんの?」
「干しエビと焦がしネギで作ってんだよ。決して健康的とは言えねえけど、時々無性に食いたくなるんだよなぁ」
 均一に混ぜた麺を小皿に取り分けると、ジェイミーは自分が食べるより先に、俺そっくりなころんの前へそっと置いた。さっきまで自分より大きなバナナを頬張ってたくせに、ころんは目をキラキラと輝かせ、勢いよく麺の山へ頭から突っ込んだ。夢中でがっつくその姿にニッと笑って、ジェイミーはようやく、自分の為に箸を動かし始めた。
「なあ、コイツよくここ来んの?」
「あー、ウチに来るのは三度目か? こんだけ飯食わせるのは初めてだけど」
「はあ、そうだったのか」
 ったくお前、お手本である俺を差し置いて、ジェイミーの家に入り浸るなんてどうなってんだ。皿の上へと乗り上げ夢中になっているその体の、必死で踏ん張る小さな足をチョンチョンと触る。ゲシッ、と蹴り返された指先がギンと痛んで、思わず、痛ェ! と声を張り上げてしまった。ジェイミーが呆れたように肩をすくめる。
「ああそうだ。ここに来る途中、お前に似たころんも見かけたぜ」
「え? ……マジか、オレみたいなヤツも居んのか」
 言えば、キョトン、としたその表情が、徐々に桃色に染まっていった。え、なになに、喜んでんの? 確かに、ころんは有名なファイターばかり真似するらしい。つまり、ころんのネタ元は、一流のファイターであると認められたようなものだ。
だからってお前、そんな顔して喜ぶのかよ。普段の溌剌と自信に満ちた表情と異なり、ふんわりと力の抜けた照れ顔が、トスッと胸の真ん中に突き刺さる。
「え、あ、うん。あれは確実にお前だったぜ」
「へえ~……照れくせぇけど、イッペン見てみてェな」
「中華街に居たぜ? その内会えるだろうよ」
 するり、と茶を飲みながら、ジェイミーがこちらを見る。そしてパッチリと瞳を瞬かせると、そうだな、とニンマリと口角を上げた。
「思ってたより早く会えそうだぜ」
「ん? 誰に」
「もうひとりのオレに」
 トントン、と右肩を指し示され、素直にそちらを振り向く。するとムニッと既視感のある柔らかさに触れ、それは顎の下を通ってコロリとテーブルの上に転がり出た。
「あ!? なんだよお前、ついて来てたのかよ!」
 クンクンと鼻を鳴らす仕草をして俺の手元を覗き込むソイツは、確かに先ほど街中で会った、ジェイミーにそっくりなころんだった。一体どこにくっついていたのだろう、全く気付かなかった。
「ははは! すげぇ、マジでオレそっくりじゃん。瓢箪まで持ってんのかよぉ」
 ジェイミーは薄い頬をピカピカと光らせながら、ふにゃん、と目尻を蕩けさせ笑っている。きっと犬猫に対しても同じような表情を浮かべるのだろう、かける声もふんわりと穏やかだ。その優しい顔つきにまた胸が高鳴って、今日だけで何度コイツに惚れ直してるんだと唇を噛んだ。ああやっぱり俺、コイツのこと相当好きだわ。
「よーし、お前もコレ食えよ」
 ジェイミーは椀から取り分けた麺を小皿へと追加し、黄色いころんをひょいと掬い上げ、俺ころんの隣に並べた。もぐもぐと食べ始めたその姿に彼は満足気に頷いて、ギッと椅子の背凭れに身体を預けた。
「お前の分、なくなっちまったな。悪ィ」
「あぁ? なんでお前が謝るんだよ」
「いやだって、お前の分取っちまったし、コイツも連れて来ちまったし……
「そんくらい気にしねーよ、ジェイミー様は寛大だからな」
 そう笑む視線が、するりと小さき命の元へ注がれる。伏せられた瞳を飾る真っすぐと長い睫毛が印象的で、俺は彼の目元にしばし釘付けになった。
 コイツは相手が誰であっても、いいぜ、構わねえよとこの家へと招き入れ、サラリと作り上げた手料理を振る舞うのだろうか。
 フと脳裏を過ぎった思考に、トンと胸元を叩かれたような心地になる。いや、そうであってもおかしくねえだろ。だってコイツはこの中華街の中で暮らしていて、知り合いも多く、皆に好かれているヒーローだ。今日はたまたま、知り合ったばかりの俺が、コイツの日常にお邪魔しているってだけだ。
そうは分かっていても、モヤモヤと喉元に突っかかるこの感覚は、苦み走った確固たる嫉妬だ。この穏やかで、特別で、いつまでも秘密にしておきたい静かな時間を、他の誰にも渡したくないと、つい本気で願ってしまう。
「ジェ、っ」
「あっ」
 自分が何を口走るかも分からぬまま彼を呼びかけたその瞬間、ジェイミーが大きな瞳を丸くして、ひとつ声を上擦らせた。視線の先では、食事を終えたころん同士がズイと近付き、ペロペロとお互いの顔を舐め合っている。
「あー……手足短ェから、こうやってお互いを綺麗にするんだなー……
 未だ謎に包まれたままのころんの生態を目の当たりにし、へぇと感心するように呟きながらも、その実心臓はバックンバックンと大暴れの真っ最中だ。背中にはじんわりと汗が滲んで、頬だけでなく耳元まで蒸されたかのように熱い。
だって、だってだ、あまりに丸っこすぎるとは言え、俺とジェイミーにそっくりな生き物が、目の前で分かりやすくイチャイチャしてるんだぜ。相手が何も思わねえヤツならまだしも、よりによって、喉が詰まるほどの想いを寄せる彼を、こんなにも隅々まで模していやがるんだ。
 燃えるように熱い顔を、どうしても上げられない。あっと声を上げ驚いたジェイミーが、どんな表情を浮かべているのか、目にするのが恐ろしい。むっつりと黙っているその間、向かい合って座る俺たちの合間で、ころんたちはチュッチュッと顔をぶつけ合っている。あーこれ、もしかしなくても、キス……してるよな? 顔を舐め合って綺麗にしているのならまだ分かるが、これは完全に親愛の情ってヤツだよな?
 そう気付いた瞬間、ビクンッと身体が跳ねて、真っすぐと顔を上げてしまった。視線の先のジェイミーは、ほっそりとした頬だけでなく、額や目元、襟ぐりから覗く胸元に至るまで、ホカホカと茹だったかのように火照っている。
「な、仲、良いんだな……
……そうだな」
 ポソリ、と呟く言葉の弱弱しさに、一気にギュンと心が上向きになる。ジェイミーはこの景色を前にして、決して嫌がっては、いない。むしろ、恥ずかしくて居たたまれないように見える。これってもしかして、もしかして脈アリ、だったり……する?
 ゴウッと燃え上がる心のままに、テーブルの上に添えられた彼の手を取った。びっくりし過ぎた彼の、脂肪のない額に薄っすらと皺が寄っている。
「ジェイミー、あのさ、俺実はずっと前から、ッ」
 グイと身を乗り出したその時、ちゅうちゅうと顔を寄せ合っていたころんたちがコロコロと転がり、重なり合うようにフォーメーションを組んだ。ジェイミーころんの背中に乗り上げたルークころんは、短い眉をキリリと上げ、勇ましい顔つきをしている、ように見える。思わずヤツらの動きに目を奪われていると、カクンッカクンッ、と俺ころんが前後に丸い体を揺すぶり始めた。
「え」
「あ」
 ただただ重なっているだけなら、見て見ぬ振りをすることもできただろう。しかしヤツらは、どこからどう見てもアレにしか思えない動きを、俺たちの目の前で、ヤってのけてしまった。
カァーッと沸騰するかのように熱くなった身体が、今度はザアーッと氷点下まで冷え切っていく。自分ではない自分自身が、今最もデリケートであろう部分を、こんなにも大々的に披露しちまっている。
「わ、わはは、わはははは! なんだコイツら、もしかしてSUSHIごっこしてんのかぁッ!?」
 彼の手を包んでいた手を慌てて解いて、重なり合ったころんたちをギチッと握り締める。ぶわっ、と遅れて吹き出す冷や汗がこめかみからダラダラと垂れていくが、そんなことを気にする暇などない。
「ッあ、そうだ! 最近できた寿司屋が面白くてさ、良かったから今度一緒に行かねえ!? 今日の礼もしたいし、なあ、いいだろ⁈」
……オレ、魚食えねえんだけど」
「えっ、マジで」
「ふふ、マジで」
 先ほどまでギュッと縮こまっていた広い肩から、ようやっとゆるりと力が抜けた。ジェイミーは次に俺がどう出るのかと、ニッと白い歯を見せたままこちらを伺っている。
「ッ魚以外もあんだよ、俺ハンバーグ寿司っての食ったんだけどさ、これがまた旨くて!」
「へえ。それじゃあ、脳筋クンのオススメ頼んでみるか」
「よっしゃあ!」
 勢いのまま取り付けられた約束に、パンッと胸が張る。ジェイミーの目から隠すようにヤツらを包んだ手のひらが、妙に熱いし、汗ばんでいるし、もぞもぞと動き続けている気配が今も尚感じられるが、こうなったら万事OKだ。
 寿司デートの日にちを決めるために、ジェイミーが席を立った。このタイミングを逃しちゃならねえ。重なり合ったころんたちをサッと窓際のスペースへと移動させ、その上を広げたタオルで覆った。モゾモゾと蠢く様子は相変わらず丸わかりだが、コトが終わるまで手の中に閉じ込めておくよりマシだろう。
 ジェイミーは小さな手帳を手に戻り、ぺらりとページを捲った。スケジュール管理に端末を使わないことや、細かく書かれたメモがすべて漢字であることなんかが、俺の胸にいちいち刺さっていく。
 ああだこうだと顔を突き合わせ予定を立てている内に、仲が良すぎる二匹はぐっすりと夢の中へ旅立ったらしい。目の端でちらちらと動くものがなくなり、俺はほっと息をついた。そのまま、ジェイミーの顔を見詰める。
スケジュール帳へと視線を落とす、彼の唇が薄っすらと開いて、小さな前歯が覗いている。その色を見て、俺はこれから先、彼の人生にどれだけ近付くことができるだろうと思った。願わくは、あの丸っこいヤツらの先を行く、深く濃い関係になれますように。
 こうして迎えたジェイミーとの寿司デート当日、ころんたちの生態が一部詳らかになったと報じられた。どうやらころんとは、手本にする人間たちの行動を真似し、その感情を包み隠さず表現する生き物らしい。
ってことは、もしかすると、アイツも。


【 了 】