どぅんEX
2024-09-01 01:04:51
63211文字
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立夏に会おう

本を手に取ってくださった方限定!本文テキストデータです。紙で読みにくい方是非こちらをどうぞ!※無敗の後日談も同時に掲載しています※
パスワードは新刊【立夏に会おう】内あとがきに記載ございます。

立夏に会おう
目次

Ⅰ 赤錆男と空の色

Ⅱ 嗅ぎ慣れぬ紫煙

Ⅲ 異常食欲狼

Ⅳ 信号O

Ⅴ ハリボテの閨

Ⅵ 無知の赦し

Ⅶ 鉄の揺籠

Ⅷ 二箱の情

Ⅸ 明日を願う

Ⅹ おじさん

Ⅺ 私たちは

Ⅻ 未来の話をしよう



◾️◾️◾️


 
 燃え残った灰の髪に不健康そうに隈の浮く目元、草臥れた印象の中で唯一美しく澄んでいる、古いデータファイルで見たような青空の瞳を持つ男が目の前に立つ。彼の佇まいにどことなく父のように思っていた男が私を送り出す時に見せた苦い顔が浮かんだ。

Ⅰ 赤錆男と空の色

 師叔フラットウェルからの指令を受けヴェスパーに潜入することが決まったのは何年も前のことで、シュナイダーで下積みすること数年。ルビコンから離れスピードと上昇推力に振り切った気の狂った機体のテストパイロットとしてシュナイダーの技術者のオモチャになってようやく機会が回って来たと思えば、ヴェスパー入隊からわずか半年で誂えたように第四隊長が静かに戦死し、その後釜に座ることになった。
 一般隊員の頃には足を踏み入れられなかった区画を横目に過ぎながら新たに権限が付与されるのならそれだけ情報が盗みやすいと思考を巡らせる。特に番号付きのアセンだとか、奴らの排除に役立つものであれば尚のこと良い。
 その目立つ経歴からラスティへの疑いを隠そうともしない第二隊長スネイルに促されて顔を合わせたのは、しばらく世話役になると言う情報局の長官であり第三隊の隊長でもあるオキーフという男だった。
面倒ごとを片付けたとばかりに踵を返しさっていくスネイルは既に眼中にもなく、上背のある男を見ながら似ている所なんて一つもないのにどうしてかその時フラットウェルを思い出した。指摘されたことはないけれど、どうにも自分は自身を庇護できそうな年齢の男性にすこぶる弱いという自覚はあった。
 道端で寒さに腐りそうな手足を抱えて蹲り、隣で死にゆく仲間を横目に自分だけはどうやってでも生き残りたいという本能に目を鈍く光らせた子供を拾い、自身と同じ道を歩ませた偉大な指導者の一人。フラットウェルに向ける感情はいつも複雑だった。師であり兄のような彼。ただ、死にかけた命を繋ぎ、たった一度だけだったが愛おしげに頭を撫でられた記憶が見たことも無い父への憧憬を募らせた事だけは確かだった。
 つまり私はフラットウェルに似た年代の男性にすこぶる弱いと言える。だからこそ困ったのはオキーフの外見だ。シンプルに言えば、とても、タイプだった。師叔と同じくらいの年頃で、彫りの深い顔立ちや高く通った鼻筋。ルビコンではあまりお目に掛からない白い肌と奥まった眼孔に嵌まる鮮やかな青い瞳。目元を縁取る皺の一つや頬骨の窪みに色気すら感じた。彼の目の下に色濃く浮かぶ隈が少々痛々しいが、たったそれだけのことだ。彼の顔が好ましいことに変わりは無い。
 こんなところで好みの男と出会わなくても良いだろうにと思わないでも無かったが、出会ってしまったのはもうどうしようもない。好みだからといってアクションを起こすわけでもないので、敵陣にあるというのに節操のない自分の感性に呆れて思考を放棄した。
「あなたがオキーフ隊長?」
「オキーフでいい、敬語も無しだ落ち着かん。それと、世話役とは言うがたいして出来る事はないぞ。名前は」
 デスクに腰掛け何事か手を動かしながら紡ぐ言葉は平坦なトーンのはずなのにやけに耳に馴染む声色だ。困った、声まで好みだったとは。
「諜報部門の長官たるあなたの事だ、既に知っているのでは」
 好奇心半分、間諜としての判断半分でわざとオキーフに揶揄いをかけた。ディスプレイを映す凪いだ目は動かず繕われた笑顔を浮かべるラスティに向けられることもない。
「上官命令に背くつもりか?」
「失礼しましたオキーフ長官、ヴェスパーⅣラスティ着任致しました」
 お得意の人付きのする笑みを浮かべて冗談めかして名乗ってようやく、彼はラスティに目を向けた。確認するかのように群青の頭髪に、健康的な肌の色に、機械的な光の下ですら瞬く瞳をじっと見つめた。
「ラスティ赤錆か。分かりやすくて良い」
 目の色を指して、オキーフは告げた。良い名だと飾る意図のないその言葉は不思議と耳に馴染む。物心ついた頃から道端で同年代の子供達と身を寄せて生きてきた自分に名前などある訳もなく、当時は互いにお前と呼び合っていたラスティにこの名を与えたのは掃き溜めから連れ出してくれたフラットウェルだ。 
大人たちに散々痛めつけられ傷ついた体を引き摺って、反抗心で酷く睨みつける私の手を引いた彼は名が無いのならと「ラスティ」と名乗れと一言告げた。その名が自分の瞳の色になぞられていると気が付いたのはそれから随分たった後だった。
「私も気に入っている」
 つまりはこれが本心だ。敵地に潜入している身で警戒を怠っているわけでは決してないが、初めて自分に与えられたものを褒められると言うのは良い気分だった。だからこの感情ごと彼に近づけばいい。アーキバス中の情報を掌握するオキーフに近づけばそれだけ企業有利の戦況を打破するきっかけも掴めるだろう。全て利用して、成せばいい。
 嬉しそうにニコニコと笑顔を貼り付けてよろしく頼むと差し出した手をオキーフはうんざりとした表情で握り返した。ゴツゴツと固いオキーフの手のひらはあの日繋がれたフラットウェルのものよりも大きく、冷たかった。

ーーー

 半年前にシュナイダーからの推薦を受け、専用機スティールヘイズとともにヴェスパー入りしたその男。軽々と空を舞い、確実にミッションをこなす姿は有望な新人と言ったところで、入隊直後から専用機とはと顰蹙を買うことも少なく無かったが申し分のない働きでその全てを黙らせた。ヘルメットを取り人の輪に混ざれば軽い口調だが人好きのする態度で同隊にとどまらずメカニック、果ては別部隊にまで友人関係を拡げる始末。
 完璧な企業の犬、そう見えるからこそ男がどこぞの間者だと気がつくのに時間は掛からなかった。それはあまりにも身に覚えのある仕草で星外のツテを使ってシュナイダー周りを漁れば程なく答えに辿り着く。
 アーキバスに出資しているシュナイダー幹部にコネを持つ解放戦線の重鎮である師叔ミドル・フラットウェルの秘蔵っ子、映像データで見る限り二人が軽量機体で空を駆る様はよく似ている。流石師弟と言ったところか。男にスパイのイロハを仕込んだのも奴だろうただ、戦闘中に暗号とは言え解放戦線と通信で情報のやり取りをしているのもあまりにも稚拙だ。戦闘中の通信は傍受しにくいとは言え、個別にアンテナを張りさえすれば簡単に通信記録は手に入る。その結果がこれだ。
 男は完全に黒だった。あとは裏切り者の情報をスネイルに報告さえしてしまえば解放戦線から送り込まれた間諜は何もなすこと無く無人AC用の生体部品と成り果てる。のだが、そうするには惜しいと思う気持ちがないわけでも無かった。パイロットとしての腕前は一流ではあるし、リリース計画に賛同しあの男と同じく間諜である自分の身を思えば弱みを握り自由に扱える駒が増えるのは悪くない話だ。
 何よりあの目、狼の癖して望む未来へ飛び立とうと懸命に足掻くあの姿は嫌いではない。いざ顔を合わせてみれば趣味が悪いのか、こちらの容姿を見た途端惹かれている様なそぶりを見せるが、それでいて目の奥に荒い獣のような鮮烈さが宿っていた。気を抜けば喉でも食い破られそうな気迫を持って。
なるほど、穏やかさとはいっそ無縁と言える気性の男だろう。叙情的に表現すれば夕陽のような、とでも表せそうな瞳をあえて赤錆と名付けた師叔もそう思ったのか。
 何度思い起こしても間諜とするには拙い仕草に男本人と育てたであろうフラットウェルに言いたいことはある。ありはするが、こちらの気も知らずニコニコと無害を装って差し出す手に毒気を抜かれた。どう転ぶにせよ、関わらないと言う選択肢はないのだから。オキーフは諦めて差し出されたラスティの手を握り返した。



◾️◾️◾️



Ⅱ 嗅ぎ慣れぬ紫煙

失敗した。

 責め立てるような、敵対者を見るように鋭い。自身に向けられるそれらの視線を感じて、ラスティは思考が絡まることを止められなかった。
 何気ない会話のようだったと思う。どこそこの武器が良いだとか、慰安に与えられる女性たちで容姿やテクが優れているのは誰であるとか。それなのに、ラスティがふと発言した〝何か〟が引き金で、汗臭い男たちの間に流れる心地よい空気が今や見る影もなく、飽和しそうな緊張感だけがこの場合に残された。
 間諜としてアーキバスに潜入して以来、ここまで追い詰められた気持ちになった事は無かった。いっそのことベイラムの拠点を一人で潰して来いと言われた方がマシだ。何せ、ラスティは一体自分の発言の何が問題だったのか、皆目見当もつかなかった。いっとき前に自分が何を言ったのかさえわからないほど、ありふれた話だったはずなのに。
 背中に伝う汗と下がる体温、痛いほど鐘打つ鼓動を誤魔化して必死に頭を働かせる。向けられる疑いを躱して、にこやかで人当たりの良い第四隊長を演じるには何を告げれば。そうして無意味に口を開こうと
「その冗談で喜ぶのは俺だけだと言っただろう」
 ラスティ。そう呼びかけられたかと思えば、口の中に味わい慣れない紫煙が絡まる。自身が咥えていたであろうタバコをラスティの口に押し込んで、第三隊長オキーフは気だるげにラスティと肩を並べた。
一体何を。そう口にしそうになる言葉を飲み込んで彼を見れば、それで良いとばかりにオキーフは目を細めた。ただ、彼が助け舟を出してくれたことには間違いがなく、ラスティはその舟にしがみ付くより他にない。
「それは失敗したな。貴方が喜ぶものだから鉄板なジョークだと思ったんだが
 困ったように眉を下げ、唇の中で少し湿ったタバコを逆手で摘んで語る、いつも通りの第四隊長の姿に場の空気が一気に緩むのを肌で感じた。何より、情報長官に裏打ちされた言葉はアーキバス内部では何よりも信頼に足るらしい。第四隊長の冗談には肝が冷えただの、驚かせないでくださいだのと口々に言う社員たちに応じていると、背中を一度軽く叩かれ、触れ合っていた厚い肩が離れ温かい熱は途端に逃げていく。
 慌てて追いかけると大股ではあるがゆったりとした歩調のオキーフに追いつくのは簡単なことだった。少しだけ丸まった、大きな背中。情報局長官、第三隊長オキーフは確かに今しがた、愚かにも失態を犯したスパイを救ってみせた。
 彼の持つ肩書きに、何か役に立つ事もあるだろうと親交を深めようと試みたこともあった。しかしオキーフは必要以上にラスティに踏み込ませることはしなかった。所詮は数度フィーカの共をしたくらい。つまり庇われる程の親しい間柄だとは言いがたく、何より聡い彼が他の社員が気がついた違和感を見逃すはずもないのだ、そのはずなのに。どうして庇ったのかと言葉を継ぐ前に、彼はラスティの手からタバコを奪い、もう一度その口に咥えさせた。
「あれはルビコンでしか通用しない俗習だ。気をつけろ」
 アーキバスに再教育センターを経ないルビコニアンが居ないのは、お前も知っているだろう。遠い昔にしか向けられたことのない、しようのない子供を見るような優しい顔をしたオキーフは、ラスティが自身の与えた紫煙を一度吐くのを見届けた後、それだけ言って背を向けてハンガーの奥へと消えて行った。
 手の中で燻るタバコと、肺の中を満たしたどうしてか甘く感じる重さの名残に、ラスティは立ち尽くすことしか出来ない。初対面のあの日から好ましく思っていた彼から与えられた突然の情に、先ほどまで冷え切っていた体は熱を持ち血管は音を立てて脈打った。手元のタバコが燃え尽きる頃、ラスティの心にあったのはオキーフのことをもっと知りたいという強い願いだけだった。


◾️◾️◾️



Ⅲ 異常食欲狼 

 シュナイダーお得意の正気を疑うような軽量パーツを組み込んだ、装甲強度度外視の機体を自在に駆る男。それが書類上で見るラスティへの感想だった。
 身長一七二センチ、ヴェスパーの中では小柄と言うほどでもない第四隊長、ギラギラとした目を隠そうとする解放戦線の狼。
 第九世代の強化手術を受け、焼きついたコーラルからある程度解放され、人間としての感覚を取り戻しつつあるオキーフにとって、その男はやけに鮮烈に映った。己の所属の隠し方だの、長官であるからという理由で自身に擦り寄るところも、オキーフからして見れば間諜としてあまりにも拙いとしか言いようのない有様だった。
 ただ、ラスティの口から時折溢れる理想だとか覚悟、自由を夢見る瞳があまりにも眩く輝いて、こちらへの好意を隠す気もないものだから。しまいきれない尾を隠してやる程度には、オキーフはいつしかこの男から目が離せなくなっていた。
 だからだろうか、アーキバスの社員食堂で食事を平らげるラスティの目が、食べ終わってもなお飢えたままな事に気がついたのは。腐っても企業の食堂ではあるし、なんならラスティもオキーフも隊長職にある。提供される食事の量が飢えを滲ませるほど少ない訳は無い。実際ラスティよりも上背のあるオキーフはアーキバスに来てから徹夜続きで食事を受け付けなくなる事はあれど、飢えを感じることは一度も無かった。何より、腹が減ったら追加で頼めば良い。それで懐が痛むほどアーキバスはまだ困窮してはいない。
 ただ、シャワーブースで隣り合った時に見たラスティの体を思い出す。頸にある端子と手術痕、全身に刻まれた大小様々な傷跡の残る強化人間にはよくある裸体。しかし実用的に鍛え上げられた身体は観る者が違えば鑑賞に足ると絶賛でもされそうな美しさを持っていた。そうして水濡れのまま晒されたラスティの首や手首は確かに身長に対して見ると太くしっかりとしていた。まるで犬猫でも見るような感想ではあるが、オキーフはこの直感が正しいことをなんとなくではあるが確信している。
 栄養が足りなかったのだろう、ルビコニアンの食糧事情は企業勢力と比べるまでもなく悲惨なものだ。幼い頃にしっかりと食えていたのならきっとラスティは一八〇センチはゆうに超えていたんじゃなかろうか。潜り込んだ敵陣で今まで得ていた以上の食を摂取出来るようになったことで体が今までの分まで糧を欲している、ならばその食欲を衆目に晒すことは間諜たるラスティにとっては難しい。戦場に身を置いたものなら一度は飢えを経験するだろうが、満たせるだけの兵糧がある中で飢えを満たせないのはどれほどの苦しさか。
 これ以上踏み込むのは危険だと分かってはいたが、数度フィーカの共をして、余計なことを言う口を煙草で塞いで以来、好意的な面差しで懐くラスティの飢えを満たすことができるのに手を貸さないという選択肢をオキーフはとることが出来なかった。自分がここまで情に厚い方だとは思わなかった、何せ数十年ぶりの感情の発露だ。だからこの感情を楽しむのも悪くはないだろう。そう、思った。
 初めは情報長官への貢物として後ろ暗い秘密を抱える役員が持ってきた果物を渡した。ラスティは南国で育つ甘酸っぱい匂いのする鮮やかな果実を手に、訳が分からないと言う顔でオキーフの部屋のソファで困惑したまま動かなかった。仕方なく皮を剥いて口に突っ込むとあまりの甘さに驚いたのか、柔らかい果肉ごと指を喰まれた。そのまま垂れた果汁ごとオキーフの指を舌先でなぞり、こくりと喉仏を上下させて一言「うまい」とラスティは言った。
 稀に見せる鋭い光とは違う、穏やかに煌めく瞳に無言で先を促すようにカットした果物を差し出した。「良いのか」と遠慮したように言う口にもう一切れ放り込んで「俺の好みじゃない」と言えば残りの果実をペロリと平らげる。口の中の名残を惜しんでいるのか、もごもごと口を動かしながら目元を緩める若い狼を、いつになく愛おしく思った。

その次は珍しく酒保にあった茶請けの菓子を、その次は、その次は。

 ラスティは与えたものがなんであれ美味そうに食べた。腹が満たされるからなのか、オキーフとの時間が気に入っているからなのかは分からないが、ラスティは誰よりも美味そうに楽しそうに食事をする。その姿を見ることに何よりも喜びを見出すようになるのに時間は掛からない。それでもなかなか消えない飢えの気配に、最終手段とばかりに仕事をダシに部屋に二人分の食事を執務室に運ばせた。それと同時にラスティにも同じ内容の依頼を出す。仕事が煮詰まるとオキーフが部屋から出てこないのは常だったので怪しまれる事はないだろう。
「残りは食べろ」
 フィーカ一つと近くにあったスープだけを手に取ってオキーフは言った。
貴方は何がしたいんだ?」
机の上に広がった大量の食事を見て果実を与えた時と同じ顔をするラスティの疑問は尤もで、そういえば理由を話したことが無かったと思い出す。
「腹が減っているだろう、いつも」
 隠しているつもりだったのかバツの悪そうにラスティは顔を顰める。散々オキーフの与えたものを食べながら隠せていると思っていたあたり、やはり甘い男だ。それすら仕方のない奴だと思うほどに、オキーフは目の前の男に愛情を抱いている事を自覚せざるを得なかった。
「俺が食べさせたいだけだ。お前は美味そうに食うからな」
 表情を崩すことの少ないオキーフが珍しく口角をあげてラスティにもう一度食事を促すと、定位置となったソファーに腰掛けるラスティはもう何も言わず、ただいつもと同じ様に料理を口に運ぶ。その表情は心から食事を楽しむ者のそれで、オキーフは満足そうに味わい慣れたフィーカに口をつけた。いつもと同じはずの泥水がやけに美味かった。

その日以来、ラスティの目に浮かぶ飢えは綺麗さっぱり消えた。

 人のまばらな早朝の喫煙室で、疲れ果てた男たちがタバコを吹かす。本国で広がる健康志向だの、その結果の分煙だので本社を置く星から遠く離れたこのルビコンでも、喫煙者は肩身の狭い思いをしている。
 どこぞの第一隊長殿のやらかしを拭うため、第二隊長殿と缶詰にされて時計の短針二周分。ようやく解放され疲弊した体には重く肺に流れ込むタールが必要だった。どこで手に入れたか記憶にすらない金属製のライターを擦り、タバコに火をつける。
(今日はあいつに何を食わせてやれるか
 夜勤明けの整備士やオペレーターが疲れ果てた声色でボソボソと喋る音を背景音楽に、一息つくオキーフに向かって迷いない足音が近づいてくる。何事かと顔を上げると哨戒任務明けのラスティがよそ行きの微笑みを顔に貼り付けて喫煙所の扉を潜り、慣れた様子でオキーフの隣に陣取った。
 少しだけ剥がれた仮面の下、目の奥に甘えた光を滲ませる様子に、ここ最近吸いかけのタバコを奪われるのを思い出し、またかと思いつつ咥えたタバコを指で摘んで差し出すと今日は違うのだとばかりにラスティはその手を追いやった。
 そのまま唇をオキーフの耳元に寄せ、普段より幼なげな口調で。
「オキーフ、三センチ伸びた」
 パイロットスーツがキツくなっていたんだ。なんて言いながら赤錆の色をいたずらが成功した子供のように細めた。
 そう言われれば、近づいた気のするラスティの瞳を見て(ああ、またこいつの記録に手を入れないとな)と頭の端で思いつつ、それも分かった上で自分に擦り寄り、甘えることを覚えた年下の男を見てオキーフは一度だけ、珍しく声をあげて笑った。



◾️◾️◾️



Ⅳ 信号O

 例えばうっかりと滑らせた口を煙草で塞がれたあの日、それとも目立つ行動を避ける必要があったので必死で耐えていた飢えを満たされたあの日々だとか。上官であり、間諜である私が最も警戒しなければならない男、情報局長官オキーフは自意識過剰でないのならラスティに施しを与え続けている。
 今だってそうだ、非番を把握していたのだろう彼は「来るか」と一言告げてラスティを部屋に招き入れ、ルビコンではそうそうお目にかかれない艶々とした果実を定位置となった席に置く。今では慣れたもので果肉を潰さないように器用に皮を剥いた果物を咀嚼しつつ、いつも通り無感情の冷めた瞳のままで端末に向かうオキーフを見る、がやはり彼の腹の底は読めない。
私と同じように顔が好みだったか?と思わないでもないが、それはあまりにもポジティブな考えだ。ラスティ以前にアーキバスに潜入した同志が何人彼の手で命を散らせたことか。
 フロイトと並んで彼の名を知らしめたとされるアイランド・フォーの動乱について我々が知るところはあまりにも少ない。それ自体が彼の能力の裏付けだ。アーキバスが第九世代の再手術までぶら下げて招致した男ともなれば尚のこと。今思えば初めて顔を合わせた時から解放戦線と繋がっていると気がついていただろうに、いつでも消せるだろう私の命を握ったまま何を求めるでもなく、慈しみとも取れる行動をとり続ける彼の真意など全く分からない。が、私がそれを放置し逃げのびて安心するような男ならばフラットウェルに見出されここに立ってはいない。
 なにぶん顔が良くその手の好意には敏感にならざるを得なかった訳で、その程度のことで絆される可愛さも持ち合わせてはいないはずの私を困惑させる彼の優しさへの警戒と、毛色の違った興味は尽きることはない。自答しても出るはずのない解を探すのは効率が悪いし、何よりそんなノロノロとしたスピードの思考は趣味ではない。シンプルに行こう。自分の身の安全とひいてはルビコン解放戦線の為にと言い訳をして、オキーフが私をそばに置く理由をこの身を持って探ると決意した。

一度目の昼
 特段の任務もなく、通常の哨戒を終えた後。部下に細かなローテーションの指示をすれば今日の仕事は終わりだ。珍しく日の高いうちに解放された私が向かったのはハンガーと各隊詰め所のちょうど中間地点にある喫煙所だ。近さでいえば隊長格用に誂えられた居住スペースに併設された喫煙所へ行く方が良いのだが、さまざまな階級や隊が入り混じるここは情報収集には打って付けだった。軽い笑顔を貼り付けて煙たい空気の中に身を滑り込ませれば、一人吹かすのが寂しいのだろうと誰にも疑われることはない。
 それから部屋に篭り気味のオキーフも定期的にここには顔を出しているようだ。理由は私と大差ないんだろう。それにしては彼とここで顔を合わせる頻度は多いような気がしていると、ちょうど喫煙所の曇りガラスの扉からぬうっと大きなシルエットが現れる。
「オキーフ」
 また眠れていないのか、濃くなった隈に縁取られた目でこちらを一瞥すると、私の呼ぶ声に応えてのそりと隣におさまった。拳二つ分の距離をあけて馴染みの一本を口に咥え、酒保の安ライターを何度も擦るが一向に火花が散らない。一度ライターを持ち上げればオイルはまだ十分にあるようで、オキーフは緩慢に同じ動きを繰り返した。疲れのピークを超えているのか苛立ちすら感じていないようで、固くなった指先で何度も火をつけようと試みている。
「私の火を使うか?そのライターはどうにも機嫌が悪いらしい」
「はあ、そうらしいな」
 そう言って諦めたのか役立たずのライターをジャケットに仕舞い直し、咥えたままのタバコを「ん」と一度上下させた。このまま火をつけろということらしかったが、私にとって好都合だ。彼が差し出した先端に、私も咥えたままのタバコを近づける。じじと火種がゆっくりとうつる音、あくまでも自然に、そう思って避けていた視線をオキーフに向ける。もう少し驚くかと思ったが彼の瞳は凪いだままだ。
まっすぐ向けられる柔い視線と混ざるタバコの香りと、何より彼の息遣いが心地よくてしばらくそのままで居たが、向かい側で談笑していたオペレーターの咳払いで現実に戻された。
「助かった」
 ゆったりと煙を吐いたオキーフは一言そう言うと前に向き直る。そのまま他愛のない話をして、手持ちのヤニが切れたのを合図に喫煙所を出る。一度だけ振り返ってみてみるがその頃にはもう別の隊員と会話に興じている。イマイチ掴み切れないが、シガーキスの距離を許されている事が分かっただけでも良しとしよう。時間に余裕がある訳ではないけれど、この関係を早々に暴いてしまうのは情緒に欠ける気持ちがして、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
二度目の夜
 約束をした訳ではないけれど、やはり彼はそこにいた。もし彼がハンガーから距離のある第三隊の詰め所から、わざわざ私に会いに来てくれているのだとしたら夜間警護明けの今日、きっと眠れない身をここに連れて来るだろうと確信めいた予感があった。明け方前の喫煙所で私を待つ貴方は一体どんな気持ちでそこに居たのか、いつか話してくれる時が来るだろうか。その時まで私は貴方の隣にいるとも知れないのに求めてしまう。そうしてたった二人きりの喫煙所で肩をぴたりとくっ付けて並ぶ。
「今日も眠れないのか」
「もう随分と、スッと寝付くという感覚が俺には分からん」
 珍しく身の上話をするオキーフは短くなった煙草を灰皿に潰し入れると、新しい一本へ火をつけた。今回も酒保の安ライターだが前回とは色が違う、諦めて買い換えたらしい。カラフルなそれは彼には似合わないと思うが、口にふくんだ煙を吐き出す姿は何度見てもセクシーだ。鼻腔をくすぐる刺激、以前味わった彼の煙草の味を思い出す。
「眠れるように子守唄でも歌おうか」
 あなたが部屋に誘ってくれるのなら、と甘えた声を出したままオキーフの吸う煙草を強請った。一般的に許されるであろうパーソナルスペースを大きく超える距離に顔を近づけて、短くなりつつあるそれを挟み支える彼の人差し指に、甘えるように傷だらけの指先を絡める。
絡まった指先は跳ね除けられることはなかった。重ねた拍子にピクリと動いた彼の指はそのまま自身の口から煙草を抜いて、吐息のかかる位置で甘える形の良い唇にそれを差し入れた。彼の唾液で湿った煙草が落ちないように唇で挟んで少しだけ体を離す。
「おいたが過ぎるんじゃないか」
 ふう、と顔にかけられた煙の意味も知らず、思わず吸い込んだ刺激に驚いて咽せる。オキーフは私の口から溢れる煙草を器用に受け止めて呼吸の整った私の口にもう一度差し込んだ。いきなり酷い仕打ちだと泣き真似をするラスティを鼻で笑うけれど、煙草を完全に奪われて手持ち無沙汰になった彼の手は、絡ませたラスティのすりすりと甘える手をそのまま好きにさせ、分け与えた煙草が燃え尽きるまで指先であやしたままだった。


三度目の朝
 オキーフはどこぞへの先行調査の為にしばらくの間基地を空ける事になる。情報局長官である彼がわざわざ出向くほどだから行き先については第四隊以下の隊長格にすら秘匿されており、その重要度は計り知れない。
 彼が出発するのを見送ってすぐに、感じ慣れない監視の目を何対も感じた。勘づいてはいたが私の見張りも兼ねていた彼がいなくなる以上、別の隊員が当てがわれるのもわかる。ただの監視というには鋭い気配に、彼が部下たちから送られる彼への尊敬が透けて見えた。
 オキーフは全てを面倒だと言わんばかりに口からため息を溢す男だが、生来の人徳は隠せないようだと苦笑する。懐が広いのか、腹に一物抱えているが故の面倒見の良さなのか、ラスティにはまだ分からないが確かに彼の隣は心地いい。頭に響く理想への血潮のうねりが穏やかになるほどに。
 私を甘やかし庇護する気配すら見せる男が遠くに旅立った今、下手な動きはかえって情報部の隊員や、もっと悪ければシュナイダーという威を借るルビコニアンを排除するきっかけを虎視眈々と狙うスネイルに与える事になる。色々と考えてみたが、とどのつまりしばらくの間何もできない。ならば思い切り遊んでやろう。メンテナンスのついでにスティールヘイズに乗り込んだまま、ラスティは口角を上げてメッセージを打ち込んだ。

一通目
『やあオキーフ、そちらはどうだい?私はあいも変わらず哨戒任務や解放戦線との小競り合いで忙しくしている。もちろん怪我は無いから安心してくれ。だけど、貴方がそばに居ないのがこんなに寂しいなんて知らなかった。貴方はどうだ、私の事を少しは恋しく思ってくれているだろうか?そうだったら、嬉しい』

 場所の把握ができていない為に、バレンフラワーの機体データだけを頼りにメッセージを送る。相当な遠方だと聞いているので、ラグはあるので半日もあれば届くはずだが、彼から返事は来なかった。そうだろうとは思っていたから落ち込みはしないが。

二通目
『そちらは大分寒いと聞いているが、あなたが凍えていないか心配だ。私がそばに居たのなら手でも握って温めてやれるのにな。無事に帰ってきてくれ、オキーフ』

 二通目のメッセージを送信した後、基地ですれ違う第三隊員からの妙な視線を感じる。なるほど、彼が今回の監視役の一人かと笑顔で手を振ってやると嫌そうな顔をして足早に去っていった。
 第三隊、それ自体がアーキバスが招致してまで手に入れたオキーフの為に作られたものだと聞いている。故にかの部隊に属するものたちは総じて隊長への尊敬だとか忠誠だとか、とにかく士気が高かった。それゆえ敬愛する上官にふざけたメッセージを送る私の事が気に入らないようだ。諜報部門の隊員がそれで良いのかと思いはするが、私も人のことを言えたタチではないので立つ瀬が無い。しかし、彼から返事は来なかった。
 それから何通も何通も遠い地にいるオキーフへメッセージを送り続けた。やはり変わらず返事はない。文章がまわりくどかっただろうか?直球に伝えてみるのも大切かも知れない。彼の真意を試すために始めた事だがこうも返事がないと不安にもなる。何通送ったのか、数が曖昧になった頃

『貴方が恋しい』

とただ一言、それだけを送った。
日を跨いで初めて彼から返事が届く、中を改めると雪深い山に日が落ちる画像が一枚だけ添付されていた。どうやら元気でいるらしい。この画像データから察することのできる情報がどれだけある事か。これを使ってアーキバスの調査地域を解放戦線に流すとは思わなかったのか?それとも構わなかったのか。彼の真意はわからないし、もちろん貴重な情報源だ、流すに決まっている。決まってはいるが、彼からの返事に浮かれたように指は自然と返事を打ち込んだ。
『貴方と夜明けが見てみたい』
 オキーフの見たであろう日没に準えて、未来の約束を強請る。彼から返事は来なかった。

 何度目かの夜を越えて、遠方での調査を終えたバレンフラワーがホバリングを解いて四つ足でドックに戻ってくる。愛機から横付けされたタラップに移動したオキーフは出迎えるようにひらりと手を振るラスティを眼で捉えピクリと眉間に皺を寄せる。諜報に特化した機体らしい、ゴーグルと機体との接続端子のついた特殊な作りのヘルメットを脱いだ汗に濡れる額が熱を誘う。
「いたずらは程々にしておけ、部下からの視線が痛くて敵わん」
肩を並べて歩きだすラスティに向けたオキーフはいつもの調子を崩さないし、監視していたことに対する釈明も無い。
「私はどれだって本気だったさ」
「どうだかな、暗号かと解読を試みた時間を返して欲しいくらいだ」
「長官ともあろう人が、そんなことに」
 時間を使ったのかと言う言葉は出ずに、目をかける年下の男から送られた恋文を必死で読み解こうとしているオキーフの姿が浮かんで思わず吹き出した。笑うラスティを無視した足音がオキーフのそばに駆け寄る。私を監視していた件の部下だ。尊敬する隊長から指示を貰い、ヘルメットを受け取るとじろりと一度こちらを睨みつけそのまま足早に去っていった。
「どうやら嫌われてしまったらしい」
「あれでも可愛い部下だ、虐めてくれるなよ」
 シャワーブースに向かうオキーフについて行くが、彼は拒否はしなかった。ただ思わぬ形で反撃されてつい、拗ねた口調で相手を詰める。オキーフが部下を褒める言葉がとにかく気に入らない。
私よりもか?」
 半歩前を歩く彼がシャワーブースの更衣室に入ったタイミングを見計らって腕を引き、顔を無遠慮に近づけた。
「そうだな、全くお前は生意気な坊やだ」
 近づいた顔を片手でひらりと押しのけて備え付けのタオルを手に取り脱ぎやすいとは言い難いスーツに手をかける。意にも介していませんと言いたげなオキーフについてラスティは部屋の中程に進む。そうしてパイロットスーツを上半身だけ落とし、汗を拭くオキーフの剥き出しの背中に擦り寄った。
同性の同僚にまとわりつかれる気味の悪さにか、それとも希望を持つのなら動揺にか。オキーフは動きを止めて背に頬を当てて立ち尽くすこちらの気配を窺っている。これもまた拒否はされない。浮き上がった背骨を指で辿り、汗で湿った香りを放つ頸で息を吸う。これでも彼は動かない。
どこまで許されるのか、試したい。それが間諜としての判断なのか自信もないまま、頬を当てた分厚い体を抱きしめるように両手をオキーフの体の前面に回して抱きついた。いつ触れても冷たさを感じる指先とは違って、彼の身体は暖かい。この温度を抱くことを許されていると悟った途端たまらなくなる。抱き返してくれない体にもう一度強く縋りついて、強化人間の弱点の一つである首元にある端子に舌を乗せて唾液を塗り込むようにべろりと舐り音を立てて唇を当てた。
「ラスティ、やめておけ」
少しだけ、いつもよりほんの僅か上がったように感じる息遣いをこぼしたオキーフは汗を拭いていたタオルでラスティを覆うとそのまま頭をかき混ぜた。タオルからのぞくオキーフの顔は僅かに赤く上気して、繕い忘れたように太い眉を下げて。
 ああ、触れたい。片手で彼の頬を捉え、タオルが頭に掛かったままの不恰好を晒したまま、背伸びをしてオキーフのかさついた唇に吸い付いた。ちゅっと鳴るリップ音を最後に離れた二人の距離に、やはり彼は何も言わなかった。

n日目
 オキーフが身体的接触を拒まないことは実証された。つまりは、彼にとって私はそういった対象になり得ると言う事で良いんだろう。そうは言っても欲にかまけて間諜に手心を加えるような男でないことはこの数ヶ月で、なんなら積み上がった解放戦線の先達の死体で理解している。
 数時間前に帰投したオキーフはスネイル、ホーキンスとブリーフィング中、しばらくこの場所に用事のないことは確認済み。自然な仕草で調整中のバレンフラワーに近づいてするりとコックピットに乗り込む。ここまで試す必要があるのか、本当のところはもう分からない。ただ、自分が見たくなった。彼がどこまで私の事を受け入れてくれるのかを。
 髪を後ろ手で捲り上げ頸の端子をバレンフラワーから伸びるコードに接続した。起動シークエンスはスティールヘイズとそう変わらない、慣れた手順でバレンフラワーを起こす。エネルギーが回ってすぐ、ラスティの眼前に広がったのはどこぞに監視用の子機でも展開しているのか、珍しい晴れ間に臨む山肌の映像だった。
「っ゛ゥ!!!」
 途端情報の奔流、バレンフラワーに搭載されたセンサーというセンサーが全てラスティの脳内に集約される。監視しているであろう各地の映像、何らかのビーコンと、アーキバスからではない、出所不明のきな臭いミッション依頼。処理仕切れないデータが際限なくラスティの頭に流れ込み、頭が焼き切れそうな痛みに襲われる。
咆哮を上げることだけはなんとか抑え、思わず頸の端子からケーブルを引き抜こうと滑る手を首筋に回した。しかしデータを受信する最中に脳内処理機能の半分をバレンフラワーに持って行かれているこの状況で強制的に接続を切れば私自身に何が起こるのか分からなかった。
 いつまで耐えればいい、分からないが勝手に機密情報の宝庫であるバレンフラワーに搭乗している身だ、助けを求めようもない。目から脳髄でも溢れているのか訳の分からない汁が滴り落ちる。制御を失った口からは涎がダラダラと流れ続けているし、生き残った味覚が感じた血の味で鼻血を吹いていることに気がついたが止める術などない。あまりの痛みにお世辞にも広いとは言えないコックピットの中で何度も体が跳ねる。暴れた拍子にぶつけた膝の痛みが気にならないほど、全身を襲う苦痛はひどいものだ。
 苦しい、痛い、痛いっ、全身をミールワームが這っているような気持ちの悪さと脳内を巡り続ける膨大なデータに意識を落とすことさえできない。助けてほしい、痛い、助けて、助けてくれオキーフ。
 無意識に願った救いがフラットウェルではなく彼であったことに愕然として、明確に涙だとわかる雫が頬を伝う。ああ、私は彼に何を望んで

「よく耐えた。それを外していたら廃人だったぞ、ラスティ」
まるで幼子に言い聞かせるような優しい声と濡れた顔を拭う手が照明の光と共に注がれた。

 偉いぞ、と自身のテリトリーを荒らされたのにも関わらず、オキーフは必至で端子が抜けないように握りしめていたラスティの両手に手を添えて優しく手のひらを開かせる。霞む視界の先でオキーフがコンソールを叩く姿が見え、全身を苛んでいた痛みが途端に消え去った。極限まで緊張して座席から浮いていた体が鈍い音を立てて座面に落ちる。掻き毟られて血の滲む頸からバレンフラワーを解放したオキーフは、今度は素早く自身とラスティの頸をケーブルで接続した。
 調整という名目で機械と繋がれることはあれど、生身の人間同士の脳を繋ぐだなんてよっぽどの事だ。機械を介さない接続は直接相手の脳内を覗くのと同義で、ある程度プロテクトをかけることはできるが確実な防御をすることは不可能だった。つまりは相当に身も心も許した相手でないと、真人間から気狂いと評されがちな強化人間と言えども行わない行為だ。
 この尋問にでも転用できそうな接続方法がスパイへの拷問や自白に使われない理由はたった一つ、無理に情報を得ようと接続すれば逆にこちら側の情報を与える事になり、接続中に自決でもされれば正気を失う。つまりは死なば諸共、と言ったところだ。そうだとしても今の傷ついたラスティには好ましく思っているこの男を拒絶するだけのエネルギーは残っていないし、接続した時点でオキーフにもそれは伝わったはずだ。聡いはずの彼は情報を抜き取る絶好の機会をふいにして、自身の命すら危険に晒しラスティの傷を癒やそうとしている。
荒く上下していたラスティの胸が穏やかな呼吸を取り戻して、一つ息をついたオキーフは自身の袖口で汚れ尽くしたラスティの顔を雑に拭い直し、脱力した体を抱え上げ、コックピットを後にした。タラップに移るや否や肩に担ぎ直され、そのままどこぞへと連れ去られる。
「担ぐ、だなんて色気が」
 何とか軽口の一つでもと喋りかけるがその先は言葉にならず、口からだらりと唾液が垂れ彼のジャケットを伝う感覚に顔が熱くなる。
「この体勢が一番調整しやすい、馬鹿になりたくないなら文句を言うなよ」
 今俺との接続が外れればお前の神経回路は焼き切れるぞ、と恐ろしいことを事もなげに言い放つ男から躾と言わんばかりに強い信号を一つ流されて、体に走る目の覚めるような感触に「うっ」と呻き、オキーフの背で思わず足がびくりと跳ね上がる。時間が遅い事もあって最小限の人員しかいないハンガーは常にない状態の二人を見咎めることはしなかった。
 踏み出す足に合わせて揺れる自身の手を見ながら、エラーを吐く脳内を撫でるように彼から与えられる調整コードがジワリと侵食するのを感じる。それは過負荷で暴走を続けるラスティの思考と体の制御機能をも徐々に落ち着かせ、うまく制御できなかった顔中の筋肉がようやく稼働しはじめる。動きを確認するように何度か口をモゴモゴと動かすと若干痺れた感覚はあるが、これなら問題ない。
「酷い目にあった」
「学びがあって良かったな、情報局員の機体には触らないほうがいいと」
特にバレンフラワーは特別だ。調整なしで乗ればお前のようになる。知る者は多くないが、と深い声が落ちる廊下は人払いされたのかどこまでも静かだ。
彼女から見た景色は美しかったよ、オキーフ」
 互いに無言を貫いていたが、ふとバレンフラワーから流れた景色を思い出し、思わず口に出す。苦しみの中にあったが、バレンフラワーの見せた景色の数々はとても美しいもののように思えた。処理性能が違うだけで景色の感じ方にもここまでの差が出るのかと思いながら、オキーフと頭を繋いでいたままだから、無意識にバレンフラワーのことを彼女と呼んだことにラスティは気が付いていない。
 良かったな、と言ったのがオキーフの肉声だったのか、それとも思考だったのか。ダイレクトに思考の接続なんて試したことのないラスティには、これが正常な動作なのか判断できなかった。それでも彼の信号は心地よくて、ともすれば涙さえ出そうなほどに優しい。きっと他者からの情とは、彼から送られてくるこんな、感じたことの無いような安らぎと胸を締める切なさの事を言うのだろうと、経験もないのにぼんやりと考える。
 彼に触れたいと願うのに体は未だ言う事を聞かず、担がれた姿勢のままオキーフの裾を掴み細い力でそれを引くことしか出来ない。引かれた裾に返事をするように、オキーフから甘さすら感じる信号が緩やかに送られてくる。
 また甘やかされていると喜ぶ幼い気持ちもそのままに、思い至った私達それぞれの感情は至ってシンプルだ。オキーフ自身も持て余しているだろうその心、彼は頭の中に傷ついた私を招くほど憎からず思ってくれていて、きっとそれは愛と呼ばれるような何かで。
私も彼に特別な思いを抱いてしまった。命がけの潜入、死に近い戦場で戦い続け、気の休まる時間もないような悲惨な極限の状況下に芽生えた感情を愛と名づけて良いものかラスティには分からない。ただ、今だけは、私を抱えたままどこぞへ連れ去る彼の背が温かいと喜ぶ心が全てだった。



◾️◾️◾️



Ⅴ ハリボテの閨

 こんなにも師叔フラットウェルを恨んだことはない。人生で初めてと言って良いほどに、どうしようもなく惹かれてしまった男に組み敷かれながら、ラスティの脳内はフラットウェルへの恨言でいっぱいだった。
 ルビコン解放戦線の偉大な指導者の一人である彼は生き残る術も、戦う術も、ルビコンで自由に羽ばたく術も全て、ラスティに叩き込んだ。かつてのフラットウェルと同じように、間諜としての働きを期待されていたラスティに施された教育の中にはもちろん、房中術も含まれていた。
 含まれて〝は〟いた。と言った方が正確かもしれない。何せフラットウェルは空を飛ぶことばかりに特化して、その才能も幸いして体を使った仕事を求められることが今日まで一度もなかったという。
 師に似るとは言ったもので、自分の存在感を、価値を示すのにAC以外の能力をラスティも必要とはされなかった。狂ったシュナイダーの技術者たちに部品として扱われたことはあれど、その他にはせいぜい整った顔で相手の警戒心を解けと仕込まれたくらいだ。

 それが今、こんなにも恨めしい!

 嗅ぎ慣れたオキーフの匂いに包まれて、あやす様に頬や首筋に口付けられながら徐々に上る体の熱を持て余す。ラスティは好いた男を喜ばせる術一つ、満足に身につけてはいなかった。あるのは教科書通りの知識と万が一に備えて自己開発した初心者同然の後穴のみ。とてもでは無いが慣れた手つきでラスティの体を愛撫してくるオキーフに通用するとは思えない。
 けれど、この好機を逃す訳にはいかない。オキーフの気まぐれが続いているうちに、なんとしてもラスティは彼の関心を一身に集めなければならなかった。
 そもそも今日だって抱いてもらえるなんて露ほども思っていなかった。ミッション明けの疲れた体を引き摺って、スパイだと知りながら私を守ろうとする男に甘えるために彼の私室に押しかけて、追い出されないのをいい事にデスクでしかめ面をして端末を弄り回すオキーフの肩に擦り寄った。
 失態を犯したスパイを救い、飢えた狼に糧を与えて笑って見せたオキーフ。物心ついて以来、初めて許された甘えに惹かれる気持ちも止められず。
それでも彼を観察したのはもはや習性で、オキーフ自身もどこかしらからの間者であると気がついたのは少し前の事。きっとオキーフは隠すつもりも無かったのだと今なら分かる。それが彼が私に許した距離だった。
 理想を忘れた事は無い。ラスティは抑圧されない空をいつだって夢見て生きてきた。彼が立ち塞がればきっと引き金を引けるだろう。だが、まだその時では無い。今はただ、目の前の甘えを許す男に愛されていたかった。名の付けられない気持ちでも、今はこのまま許されていたかった。
 しつこく着信を知らせる端末を苛立たし気に操作する彼の頬に唇をあて、こちらを見てほしいと強請るように吸い上げる。反応を返されたことはないが拒否される事もない。
チラリと見た端末には通信相手の名は出ていない、秘匿通信だろうか。肌触りの悪い頬を堪能していると着信を告げる耳障りな音が消えた。代わりにオキーフのディスプレイにゆっくりして表示される〝……依頼〟ともはや見慣れた文言。どうやらオキーフ個人に宛てたミッションのようだった。
 斜めから覗き込んで読みづらい文字をオキーフから目を逸らしたまま追い、気もそぞろなままにもう一度荒れた肌の感触を味わおうと顔を近づけた。不意に空を切る唇に、慌てて彼に視線を戻す。戻して、彼の目を見た。
 まっすぐ、今までにないほど真剣な目をして覚悟を決めた色を滲ませた空の色。いつにない様子に声をあげることも出来ずに時間が止まる。節だった指先が甘く首筋を撫で、頬を両手で包み、顎を固定した。
 
フィーカと重い煙草の香り、雄臭い息遣いが唇に触れている。

 あれだけ待ち焦がれた口付けはあっけなく離れて瞼が潤む。
「オキーフ」
やめないでくれ。訳も分からず与えられた口付けでも、離れていくのはこんなにも惜しい。ぼやける視界のまま濃い隈の浮かぶオキーフの目に縋り付いた。引き剥がされるのを覚悟しながら、頬に添えられた手が逃げないように上から覆って指を絡める。
 先ほどまで覗こうとしていたディスプレイのことなどすっかり忘れて、口付け一つに縋る男の姿に、オキーフが薄く微笑んだ。諦めたような、受け入れたような。言葉にしがたい表情を浮かべて、彼はラスティにもう一度口付ける。
 喜ぶように緩んだ唇をくるりと舐めて、開いた歯列を通り過ぎ、与えられた熱に喜び暴れるラスティの舌を捕まえて引き摺り出した。そのまま音を立てて絡み合わせ啜られ、眦から雫をこぼしながらラスティは甘えるように鼻を鳴らした。
 そうして二度目に与えられたキスにぐずぐずと溶かされる。言外に今からラスティを抱くのだと色を滲ませたオキーフの目に縫い止められ、気がつけば衣服をむかれて押し倒されるようにベッドに追いやられ、ラスティの思考は冒頭に至る。
 自己処理程度でしか慰めを知らぬ、触れられる度に歓喜して震えようとする体を尻目に、彼に触れられる事を夢見て何度も何度も自身で慰めた陰茎は、まるで現実のように感じられない光景を前に力無く萎え、垂れたままその無様を晒している。
 彼に気に入られる為にはどう鳴けばいい、初心に体を震わせてはダメだ。もっと欲を煽れるように、また抱いてもらえるように。オキーフが胸元にキスを落とすのに合わせて「ぁん」と態とらしく声をあげる。脇腹を撫でる手に媚びるように体をくねらせ、アピールするように萎えたままの腰を突き出す。
 体を撫でるカサついた手のひらの感触に心が震えている。嬉しい、もっと触れてほしい、うまく反応できているだろうか。頭の中はとうの昔にぐちゃぐちゃで、ラスティは目の前に居るはずのオキーフすら満足に見えてはいない。熟れる心を裏切って、熱を持っていた体は徐々に冷たくなっていく。
 胸元に風が通った。ああ、オキーフが離れていってしまう。満足させられなかった。こんな事ならもっとフラットウェルに教えを乞えばもう、二度と触れてはくれないのだろうか。初めてのキスで濡れていた瞼にもう一度膜が張って、今度は雫になって流れ落ちる。
(これが最後ならもう一度キスくらいしたかった)
 ラスティは焦点の合わないままに体をぐたりと投げ出した。そうして何度か瞬きを繰り返して初めて。

「ラスティ」

 目の前の男に呼びかけられている事に気がついた。絶望的な気分だった。少なくとも私に甘い男だから、酷いことは言われないだろうと希望を持ってはみるけれど。これで終わりだと言われたら。震える腕を伸ばして未だ着衣のままのオキーフのジャケットの裾に縋る。
「無理をするな、お前のままでいい」
 ラスティの赤錆の目がようやくオキーフを見た。視線が絡まったことを喜ぶように、彼の目は緩く弧を描き、赤くなったラスティの眦を憐れむように唇を寄せ涙の跡を舐めとった。瞼に厚い舌が這う度にオキーフの硬い髪が頬を撫で、唇を犯す。
 オキーフがあやす様に顔に唇を滑らせていると、くんっと引かれる感触。出所に目をやると唇を犯した髪を食んで、強請るように引いていたラスティがそこには居る。先程まで冷えていた体にはもう一度火が灯り、続きを促す様に萎えていた陰茎が少しばかり持ち上がって存在を主張する。
 その熱を移したいとでも言うように、ラスティは自身を組み敷く男の背に両腕を回し、半身を持ち上げそのまま首筋に頭を埋めた。
「あなたに抱かれたい」
 震える声で告げると同時に、ラスティは頭をもたげる自身の陰茎をオキーフの腹へと擦り付ける。へこ、へこと慣れた様子で腰を振り、不格好に捲れ上がったオキーフのシャツとその奥の肌に先走りを塗りつけていく。
 独りよがりな自慰を手助けするように、オキーフはラスティの耳を喰み、穴に舌を差し入れてぐじゅぐじゅとかき混ぜる。
「っ……ん、あっ゛うぅ」
 そのままでいいと、オキーフが言うから。彼の言葉を免罪符にラスティはすっかり勃ち上がった陰茎を必死になって擦り付けた。何度も何度も腰を振り、すっかり捲れ腹の上でぐちゃぐちゃにたまった服めがけて亀頭を突き入れる。裏筋をこする腹筋の凹凸を味わうように陰茎をねっとりと這わせ、服溜まりにピタリとつけたはくはくと呼吸する尿道口を捏ねるように腰を回す。
 快感を追うことだけに必死になって、脳内に走る火花を溶け切った顔で味わうラスティの手がジャケットから滑る。体がベッドに沈む寸前、オキーフの片腕に強く抱き込まれ、緩やかな快感を貪っていた陰茎が勢いよく互いの硬く張った腹筋に挟まれる。丸く開いていた尿道口が亀頭ごとぶちゅりと押しつぶされ、中から先走りが思い切り押し出され射精のように散る。
「゛お゛っっうぅ゛」
 先走りを射精まがいに撒き散らして、喉の奥から唸りラスティは暴れるように腰を振りたくった。
「いい子だラスティ」
 肉欲に負けてへこへこと揺れる男の腰を撫でながらかけられる甘ったるい言葉に、以前オキーフの指ごと喰んだ果実を思い出す。ゆっくりとベッドに押し倒されもう一度キスされる。口腔内を思うままに蹂躙したオキーフの頭が首筋を通り、胸元でピンと立つ乳首に一度だけ強く吸い付いて離れる。思わぬ刺激に触ってもいないのにピクリと震える陰茎をあやす様に撫でながら、オキーフの顔は鳩尾、脇腹をなぞる。
 蜜をこぼしその時を待つ陰茎が、オキーフの呼気を感じて何度もはねる。期待に溶けるラスティの目を見てオキーフは一度小さく笑う。そして与えられた熱い舌に、ラスティは悶え叫ぶように嬌声を上げ続けるしか無かった。

ーーー

 思うままに甘やかされ望むままに鳴かされ続け、詰まった鼻をピスピスと鳴らしラスティはベッドに沈む。必死で噤んだ言葉の代わりに何度も好きだと訴えてきた甘えを滲ませた目は今は瞼の向こうに隠れ、イキ狂った余韻で赤く色づき、意識も無いのに小刻みに震える裸体に上掛けを被せ、オキーフは一人立ち上がりライトの点滅する端末に近付いた。
 抱こうと思えばオキーフはいつでもラスティを抱くことは出来た。我が物顔で部屋に入り浸り、無遠慮に何度もキスを強請ってお世辞にも整っているとは言い難い荒れた頬に戯れ、言外に触れてくれ、愛してくれと訴え続けたラスティ。
 媚びるように肩を寄せてくる年若いこの男に焦がれた日から、鍛え上げられた歪な肉体を愛でる事を想像しなかったと言えば嘘になる。それでもラスティを抱かなかったのは、ひとえにオキーフの愛故だ。一種の哀れみとも言えるかもしれない。

 オールマインドの計画の駒である限り、いずれオキーフはラスティに背を向ける。

 己に課した使命に対して酷く従順な男だ、オキーフが立ち塞がれば迷いなく引き金を引くだろう。その後どれだけの喪失が己を襲おうと、迷わずその道を行くだろう。その様はきっと、どこまでも憐れだ。 

排除依頼
対象 ヴェスパーⅣ ラスティ

 浮かぶ文字を無表情に見つめたまま、オキーフは慣れた手つきで端末を操作すると、まるで普段と変わらないとでも言うように静かに電源を落とした。
 オールマインドに人間の、ましてやその心の理解など、到底出来はしない。かつての自分がそうであったように。ベッドに戻り、汗で額に張り付いたラスティの前髪を梳かす。涙と鼻水、唾液にまみれた顔を手近な布で拭き清め赤いままの額に慈しむように唇を落とす。

「お前が俺の喜びだ、ラスティ」

オキーフは選択した。それが、オキーフがラスティに捧げられる全てだった。

電源の落とされたその端末に秘匿回線から通信が入ることは、二度と無かった。



◾️◾️◾️



Ⅵ 無知の赦し

 最高の気分で、最悪の気分。高く上がった体温とまとまらない思考をそう言い表すしかできなかった。

 星外企業が長らく壁の陥落に関心を持って寄せていたことはもちろん把握していたし、ルビコン内での覇権争いで遅れを取り焦ったベイラムが番号付きまで失って撤退したことでアーキバスが動くことも想像に難くない。解放戦線として失いたくない拠点ではあったが、現状の戦力差を鑑み第一隊長フロイトと私が出ると言うのなら壁越えは必ず果たされる。それを望まなくとも確実に。だからスネイルより哨戒の名目で小規模な解放戦線の拠点を潰させられた時、これ幸いにと師叔に暗号通信を送った。
 残念なことに間諜としての尾を掴まれつつある今(すでにバレていて泳がされていると言った方が正しいのかもしれないが)、アーキバス拠点の近場では以前のように通信はできない。味方の命を潰しながら送るそれがフラットウェルに届いたことを確認しその場を離れる。『貴方にも〝まだ〟失いたくない手駒があるだろう』私以外に、と言外に付け足した嫌味に彼は何も返してこない。シュナイダーへ身を置いた日からだとすると、ずいぶん長い間顔を合わせていない弟子からの不機嫌な子供のように書き添えられた言葉にフラットウェルは何を思っただろうか。昔の自分ならこんな真似しない、いや、したかもしれないが
 作戦目前で独立傭兵へと変更された僚機を伝えに再度フラットウェルに通信を飛ばすと件の独立傭兵のファイルとともに『思い切りやれ、構わない』と彼は言った。複雑な気持ちのまま、きっと壁越え当日にその場にはいないであろう逃がされた誰か達を想像した。嫌味を言ってはみたものの師叔を苦しめたい訳ではない、願わくば彼が逃した誰かが自分の前に立ち塞がらなければ良いと思った。
 しかしそう思った比較的優しい心持ちは戦場に出てすぐに消えた。本当に、本当に愚かとしか言いようがない奴だった。接敵直後に私の正体を悟って離脱したパイロットはまだいい、問題は既に刃を交えながらこちらに通信を試みたあの大馬鹿ものだ。自分の命可愛さに敵方に潜入している同胞に命乞いするなど、あまりにもふざけている。一体、私が何人の命の上に立っていると思っているんだと。隠し通せているとは自分でも思ってはいないけれど、まだ盗める情報も削ぐことのできるアーキバスの戦力もある。ルビコンを解放するために戦線に身を置く兵士ならばその命くらい捧げてみせろ。
 戦闘の高揚と言葉を遮るために手にかけた戦士とも呼べない男への苛立ちで身体の熱はぐんぐんと上がる。生存本能とでも言うのか、戦闘での興奮が性的反応に結びつきやすい自覚はあった。今日のような日には特に。分厚いパイロットスーツに阻まれて勃起した陰茎は窮屈そうに身体に押しつけられたままだ。 
茹だる身体を誤魔化しながらスティールヘイズを降りて、作戦成功を祝う隊員たちやメカニックに笑顔で手を振る。いつもならば寄るシャワールームを素通りしようとすれば「お祝いしましょう隊長!」だの「奢ってください!」だのと調子のいいことを言う部下たちに囲まれる。
 普段なら仕方がないなと仮面をつけて付き合うところだが、腹に向かって勃ち上がろうとする陰茎が少しの動きで快感を拾おうと足掻く。昂った体と心が今にも悲鳴を上げそうだ、きっと瞳孔だって開いているだろう。肩に回される部下の腕を振り払いそうになるのを必死で我慢してあげる笑い声は空虚で。とにかく、とにかく限界だった。
「ラスティ」
 真っ赤に茹だる脳内に水でも注ぐように無感動な声が馴染む。大騒ぎする隊員たちに囲まれたままハンガーの扉を見ると、第三隊の仕事、今日は確か全体のオペレーションだったか、上がりでハンガーには用事の無いはずのオキーフが上等な酒を片手にこちらをじっと見ている。彼の視線を熱を持った目でじっとりと見つめ返せば片手を上げてちょいとラスティを手招く。残念そうな声を上げながらも、彼の仕草を見た隊員たちはようやくラスティから離れそれぞれの持ち場へと戻っていく。
 人々から解放されてポツンと一人たつラスティの姿を認めた彼は言葉もなく踵を返す。重たい足音を響かせながらハンガーを出て隊長職の居住スペースに向かうオキーフの背中を追う最中にもじくじくと膿む性器の熱に舌打ちしたくなる。意思に反して自慰を強要される体質には辟易していた。
ただ自分で処理できるならまだ良い方で、シュナイダーの連中に失禁防止用に差し入れられた尿管を抜かれ、拍子に零れた滴ごと勃起したままのモノを乱雑に拭かれる屈辱たるや、思い出しただけでも気分が悪い。
 不快な記憶が支配する脳内に顔を顰めていると、目の前の大きな背中が監視カメラの死角立ち止まり振り返る。慈しむように見つめられると高揚していた心がほんの少しだけ凪いだ。だって彼は私に屈辱を与えたりはしない。落ち着いた気持ちのまま一段と濃くなったオキーフの目元を見つめ返すと、彼は酒を持っていない方の手で性感をなぞる様に首筋に触れた。
 発情を悟られた恥よりも、それを許された喜びが勝る。彼に触れられるようになって快感を知った雄膣がきゅんと甘く戦慄いた。

ーーー
 何度も抱かれて馴染みのあるオキーフのベッドに腰掛け、酒瓶を机に置く彼の手を引いてそばに寄せた。そのまま両手で骨張った頬を引き寄せて口寂しさに唾液を垂らす口内にオキーフの厚い舌を迎え入れる。喫煙後なのか少し苦い舌を撫でて甘えるように吸い付くとオキーフは甘やかすように背筋から腰に手そ滑らせた。熟れ切った体には分厚い衣服の上からの刺激がもどかしく、もっと味わいたい気持ちを殺して口付けを解く。唾液で濡れたオキーフの唇を清めるように何度か舐めた後、彼が脱衣を手伝おうとするもの待たずにパイロットスーツを性急に地面に落とし汗濡れの裸体を晒す。
 酷い高揚ですでに勃ち上がり切った陰茎を見せ付けるように扱きながら股座を開き、熱くなった性器で目の前のストリップに釘付けになっていたオキーフに媚びる。
「ん、オキーフ、舐めて」
 ドロドロに溶けた声色で強請れば仕方ないと言いたげに眉を下げる癖に、従順に床に膝をつき年下の男の望むまま呼吸が触れる距離に顔をさげた。その姿が更なる快感を呼び、涎を垂らしながら自身を慰める手を早め、彼の奉仕を待つ。
じっとりと湿度の高い目で私の自慰を堪能したオキーフは吸い寄せられるように睾丸とアナルの間をじゅう、と強く吸い上げる。期待していた刺激に思わず媚びた声がでた。震える太ももを抱き寄せ、私の傷だらけの手を陰茎から外させて指を絡めて握り込むとオキーフは唾液で糸を引く熱い口腔に先走りを垂らす亀頭を迎え入れる。
唇で覆った歯を器用に使ってカリ首から先端に向かってクニュ、クニュと押し潰されると甘い痺れに腰が小刻みに震えはじめる。堪え性のない陰茎の先からどんどん先走りが溢れてくる。オキーフがそれを見逃すはずもなく、口淫によってでっぷりと勃ち上がりきった陰茎から口を離し、自由な片手で血管の浮いた竿の部分を乳でも絞るように扱き同時にダラダラと涙を流す亀頭にちゅう、と吸い付いた。
「あ゛ぅっいい、すき、オキーフすき」
 大きな手で陰茎を覆われて握られて先端を緩急つけて吸われ、固くした舌で泣きどころを舐られ抉られると、まるで女の膣に挿入して居るような快感が押し寄せて思わず腰を振りたくって続きを強請る。
先走りといつの間にか用意されていたローションでベトベトになった指先で物欲しそうにヒクヒクと収縮する窄まりの皺を伸ばしながら、オキーフは大きく口を開けて陰茎を根元まで呑み込んだ。前への刺激で思わず力み、ぽかりと口を開けた後孔に太く節だった指が挿入される。そのまま容赦なく喉で扱かれながらぷくりと主張する前立腺をくるくると撫でられ、じんわりと揉み込まれるともう何も考えられなかった。
 目の前に迫った絶頂で思わず体がベッドに倒れ掛かるも手を後ろにつきなんとか耐えて、強請られるまま陰部に顔を埋めて必死に奉仕するオキーフを見る。口の中に収めた陰茎を味わうように動く舌と締め付ける頬肉の動きに思わず雄膣がきゅう、と媚びる。くちゅくちゅと出し入れされる指に合わせて徐々に収縮が速くなり、口から漏れる吐息も獣のように荒くなる。耐えきれずシーツを引きずるように腰をへこ、へこと動かした途端、オキーフは喉の奥に迎え入れたラスティの陰茎をギュウと引き絞り、二本の指で腫れ上がった前立腺を雄膣の収縮に合わせて何度も強く挟み潰した。
「あっ、あ゛イク、いく゛っィクうぅ!!」
 弱点を知り尽くされた攻めに耐えられる訳もなく、赤く色付いた乳首を見せ付けるように背中を逸らし、自由になる膝から下をピンと伸ばしオキーフの喉奥に吐精した。絶頂の余韻を楽しむように震え、指の刺激をねだり続ける雄膣を掻き回しながら、一滴も残さないと言うように喉奥から少しだけ抜くとオキーフはそのままラスティの一番敏感な陰茎を強く吸いあげる。尿道から無理やり精子を吸い上げられる感覚に半泣きになりながらヘコヘコと腰を揺らすことしか出来なくて、全て吸い尽くされた後ようやく背中をベッドに沈ませた。
 イッたばかりだと言うのにはしたなく半勃ちになった陰茎が揺れるまま足を閉じることもできず肩で息をしていると、平然と口に出された雄汁を飲み干してベッドサイドの棚からコンドームを取り出したオキーフがのそりと熊のようにベッドに乗り上がる。
「少しは発散できたかと思ったが」
 寝転んだラスティを足先までベッドに引き上げてやりながら触れてもいないのに元気よく硬さを増すラスティに向かってオキーフは感心したように声を出す。
恥じる気持ちくらい少しはあるぞ、私にだって」
「それは良かったな。気分は」
 こういうところが優しくてずるいと思う。普段そんな仕草を出すことはないのに、私が弱っていると気がつくと寄り添おうとするし、スイッチが入るとどこまでも奉仕する側にまわってしまうこの人が、ずるいと思う。胸に湧き上がる愛しさを誤魔化すようにオキーフの手元からコンドームを奪い取って封を開け、服の上からでもわかるほど隆起している彼の中心に手を伸ばす。
「貴方が続きをしてくれるなら、すぐにヨくなる」
 私に付けさせてくれとそこを引っ掻くとやはり呆れたような、いつも通りの表情をするくせに待ちきれない私を見越してボトムスから床に落とす。ジャケットを脱ぎながら規格外の陰茎にコンドームを被せる指を見る目は、それでも情欲に揺れていた。
 二人して全ての肌を晒して、視線を合わせる。フェラの後だからキスをしようとしないオキーフに構わず口付けて、ベッドに押し倒した。オキーフより体格が恵まれないといえど鍛えた成人男性に押し倒されて呻き声一つ上げない姿に期待で背骨が甘く震えたつ。
早く、早く欲しいと後孔から睾丸までをオキーフの陰茎で擦り甘えると、彼の両手が尻肉を掴み大きく開いた。この中に入れたいと、オキーフからの無言の懇願に思わず陰茎が震え先走りが彼の腹筋に落ちる。後ろ手でコンドームを被せた時よりも大きく育ったオキーフ自身を掴み、その時を待ち侘びて口を開けていた雄膣にゆっくりと挿入する。
「あっ、あっあぅ゛っ」
「はっ、あ
 一番太いカリ首を超えた瞬間ずるりと砲身の半分を受け入れて、散々弄られた前立腺と亀頭がキスをして中をギュウ、と強く締め付けてしまい高い声が出る。自分の喘ぎの後ろでオキーフが低く呻く声が聞こえて気持ちも、気分もいい。帰投前の、彼に触れられる前の身内の情けさに怒り狂って荒れていた心が急速に萎んでいく。慣らすように愛おしい男の陰茎をゆっくりと出し入れする。快感と目の前で気持ちよさそうに目を細める男の表情に茹だった頭でああ、ただそういえばとひとつ思い出す。
 壁越えで唯一いいことが有ったとすれば彼と出会えた事だけだ。僚機が独立傭兵に変更になったと聞いた時、あわよくばその傭兵が失敗でもしないかと期待していたが彼の姿を見てそんな考えは吹き飛んだ。自分以外であそこまで高く空に近づく男を私は知らない。フラットウェルが助けたかったであろう者たちとは違う、切り捨てられた誰かの乗っているジャガーノートの視線を誘導しながら確実に急所にミサイルを叩き込むレイヴンを語る誰か。それを今、思い出して。
「オキーフ、ひとつだけ、いい事があ゙っん……たんだ」
 人の体の上で善がりながらいきなり何だと促すようにこちらを見るオキーフに内緒話でもするように「面白い男がいたよ」と伝えると黙り込んだオキーフはいつもの丁寧さが嘘のように、無言で雄膣の奥の奥まで貫いた。
「イ、ぁ♡んあああ゛っ♡」
 覚悟もしないまま一番の泣きどころ、雄膣の奥にハメ込まれ突然の刺激に呆然とした陰茎は射精をせず、訳もわからずラスティは雄膣を盛大に震わせて、中だけで果てた。
「ベッドでのマナーくらい知っておけ」
 ラスティ、と腰を大きな両手で掴み、甘く重たい声でオキーフは囁いた。

ーーーーーー

 スネイルからラスティへの疑いの目は誤魔化しが効かないほどに育っている。優先的に回される解放戦線との小競り合い、実働がメインの第四隊と言えど前任の第四隊長の頃には無かった程の出撃頻度。
 ラスティは仲間であろうと容赦なく手にかけてきた。間諜として潜入した男だ、その適度で折れるとも思ってはいないが出撃頻度もミッションの難易度も日に日に増加の一途を辿る。
 ハンドラー子飼いの独立傭兵を僚機とした壁越えへと追いやられた時、ラスティはそこで死ぬかもしれないと思った。援護があるとは言え解放戦線側の要所だ、たった二機、それも連携の経験も無いバディでこなすには割に合わない仕事だった。
 G4のことを知らぬ訳でもあるまいに、ハンドラーに言われるがままこれ幸いとフロイトを外したスネイルの思惑が何かなど、分からないほど鈍感では無い。が、第二隊長殿が整えたどう転んでもアーキバスに益しかもたらさないソレに下手に手を出せない状況で、ラスティのあの甘やかな体に二度と触れることが出来なくなるかもしれないと思うと、気が狂いそうだった。
 だがどうだ、あいつは五体満足でアーキバスに戻り、隠しきれない苛立ちと何かしらの高揚と、命を脅かされ熟れるしか無かった体で俺を誘った。脱がすのも待たずにパイロットスーツを床に落とし、上気する裸体を晒し見せつけるように開いた股座の間、赤くぽってりと色付き腫れ上がった蟻の門渡りが誘うように震えていた。
 抱かれる体でなければ色づくことの無い皮膚の一部が内側から媚びるように腫れ上がり男を誘う。そんな風に己の体が作り替えられた事にも気が付かず自らの手で自身のペニスを甘やかし、寂しげに何度も口をすぼませる後孔を見せつけながらこちらを誘うラスティに、堪らず蟻の門渡りを食むと感極まったように「あんっ」と高く鳴いた。
 それだけの事に心底興奮してしまう。若い男の肉体を貪って、感じ入る熱い声に勃起すら。情報局の長官が聞いて呆れる、そんな愚かな男に成り果てた。
 しかし自分の感情がラスティの挙動ひとつで揺れ動く、それがどうにも嬉しくて。望まれるままに絡みつく太ももを抱き寄せ、傷だらけの手でめちゃくちゃに扱かれ匂い立つ中心を同じほどの熱を持った口腔に咥えこんだ。

ただ、閨で他の男の話をするのはやめておけ。



◾️◾️◾️



Ⅶ 鉄の揺籠

 ブリーフィングルームを出ながらオキーフの足は迷いなくハンガーへと向かっていた。宇宙港襲撃の折に突如現れた技研の遺産、通称アイスワーム。差し迫った脅威の排除を目的とした作戦は企業のみならず独立傭兵、果てはならずもの集団まで巻き込んだ大規模作戦へと姿を変えた。今しがた第四隊を除く第三隊以下の作戦内容が内示され各隊長は会議室に背を向けそれぞれ隊の指揮に戻っていった。
本来であればオキーフも第三隊の本部に向かい作戦開始まで待機がてら英気を養うべきなのだろうが、頭に浮かぶのは当たり前だとばかりにアサインされ、最前線に送られるあの男のことばかりだった。
 あのデカブツを前にして情報戦を得意とする第三隊の出番はない。合同での作戦で主導権をベイラムに譲った以上、アーキバスはアイスワームを討ち果たした後の利権争いで少しでも優位に立つ必要がある。我々の仕事はそこだ。部下を惑星封鎖機構拠点の掌握に向かわせる間、バレンフラワーで各戦況を把握し適宜指示役として飛び回る手筈はすでに整えた。であるなら、後の心配事と言ったらやはりラスティのこと。
 RaDから提供されたオーバードレールキャノンの出来は門外漢から見ても見事なものだった。無駄のない設計とその破壊力は急拵えとは思えないほどで、射手への負担も最低限に抑えられている。まあ射手が無茶をしなければ、の話だが。だからこそ射手となった男が気になった。
バレンフラワーとの接続で血を吹いて卒倒しかける神経回路のままでは無茶はできない。思考と同じスピードて進んだ歩みでハンガーへ辿り着き、喧騒の中へ入り込むと慌ただしく準備に追われるクルーたちの向こう、出撃を待つスティールヘイズの足元で何やら話し込むラスティがこちらに気がつき、隣の整備員に断りを入れ厚いブーツの底を慣らしこちらに向かって来る。
「軽量二脚でレールキャノンの射手とはな。冒険が過ぎるんじゃないか」
向かいに立つラスティのパイロットスーツの襟ぐりを手持ち無沙汰に整えそう告げる。
「どうせブリーフィングは聞いていたんだろう。射撃には自信があるし貴方も知っての通り私は優秀だから」
何だってこなせてしまうんだ、と錆色の目を細くして笑う男は殊の外上機嫌に見える。
「タンクにでも乗り換えたらどうだ。その能力を発揮できるだろう」
「冗談、あんななりじゃ飛べもしない。それで貴方の持ち場は?」
「旧宇宙港近くの中規模拠点だ。スネイル不在で惑星封鎖機構を叩くなら指揮を執る奴がいるだろう。それに、お前が気持ちよくぶっ放した後の処理もある」
「貴方がその手の冗談とは、珍しいな。とても魅力的な誘惑だが、私は今からデカくて長いヤツとデートでね」
「減らず口を。頸を出せラスティ」
 相互接続用ケーブルをチラつかせながら顎をしゃくるとラスティは目を大きく見開いて、照れたように朱を走らせた。
「今、ここで?」
「何を考えているのかは知らないが、あの玩具はお前でも荷が重いぞ。調整なしでリミッターでも外してみろ、お前の神経回路なんぞ一瞬でトぶ。バレンフラワーの比じゃない負荷だ」
 かつての〝おいた〟を出されてばつが悪いのか、ラスティは眉間に皺を寄せて唸る。出会った頃のわざとらしい表情はそこにはなく、随分と素直な顔つきになったものだと感動すら覚えた。
外さない」
「いいや、お前はする。あのお気に入りもいるようだしな」
 セックス中に名を出すほどだ、いいところの一つでも見せたいんじゃないのか?と睨め付けると思わず出てしまったといった奇妙な音を喉から鳴らしてラスティは表情を崩している。
「ああ、いいなそれ」
 それだけ言うとラスティは接続ケーブルを奪い、髪をかき上げ頸の端子にケーブルを繋ぐ。寂しそうに揺れるもう片方の雄端子をこちらに向けてくる、傷の名残で所どころ色の違う手ごと掴み、そのまま脊髄につながる弱点へ同じく接続させる。途端、主導権を握る前に丸裸になった思考の波にラスティの感情が送られてくる。ドクドクと脈打つように歓喜に跳ねるその信号が、オキーフからの嫉妬が嬉しいのだとラスティの喜びをダイレクトに叩きつけてくる。
(可愛い男だ)
 思わず惚気のような感情を返し、思考も体もケーブルひとつで全て繋がったように感じるままに、目も閉じず物欲しそうな視線でこちらを見つめるラスティの頬を思わず擦る。自分と同じく間諜の身でありながら随分と懐いた狼に、もはや愛おしさを隠すことは難しい。ラスティが自分に好意を寄せるほどに、いや、好意を向けられていなかったとしてもこの男に惹かれる心は言うことを聞かないはずだ。効率化の極みに至っていた第二世代型のオキーフが再度強化手術を行ってまで願っていたものが、人としての生が確かにそこにある。そして、それを与えるのがたまたまラスティだったと言うだけだ。たったそれだけの事が生まれ直したこの身には奇跡のように染み渡った。
『キ ス し て』
 思考の共有よりももっと強固な意思を脳内に響かせて接吻を強請るラスティの形の良い頭を引き、耳元に唇を寄せた。
「お前が無事に戻って来たら何度でもしてやる」
 男が好む声色で息を吹き込んでやると、ん、と満足そうな声を漏らして今度こそラスティは瞼を落としオキーフからの調整を全身で受け入れた。体を明け渡し全神経ををいじられるに等しい刺激に脱力する腰を支えて積み重なった機器類に座らせてやる。万が一リミッターを外した際の保険として神経回路へのアクセスに何重にもプロテクトをかける。慣れない信号を受け止めるラスティの体が跳ねるたびに硬く張った太ももに手を添え宥めるように愛撫する。その度に周りからの痛い視線を感じはするが、あくまでこれはアイスワーム戦を控える同僚への調整だという体を崩さずオキーフは粛々とその儀式を終えた。

ーーー

 惑星封鎖機構との全面戦闘の指揮を執る最中、並行して行われたアイスワーム討伐部隊の音声通信を幾度となく確認する。独立傭兵がうまくやっているようで、多少の離脱者は出ているものの順調に事は成されそうだ。ヘッドセットに映し出される戦況を見えるに、こちらの基地制圧も予定通りのスケジュールでまもなく完了すると見えた。他社の人間とおしゃべりに興じるスネイルの珍しい姿を無感動に流し聞きしながらバレンフラワー内部に新たに二つディスプレイを表示をさせ混成AC部隊の決着の時をモニタリングする。
 何度も大地を抉り、岩と土と僅かな雪を撒き散らしながら敵を滅ぼさんと躍動するデカブツの泣き所へと、かの独立傭兵はスタンニードルランチャーで三度目の直撃を見舞う。
それ見た事かと、ラスティがリミッターを外す声を聞く。射出する瞬間にスティールヘイズの操るオーバードレールキャノンから湧き上がる熱と光、カウントダウン終了と同時に祈りにも似た掠れた声が耳に届く。果たしてその祈りは届き、三度目にしてその巨軀はようやくルビコンの地に倒れ伏した。
『やったか!?』
 異様に荒い通信と気に入ったレイヴンにかける言葉の少なさから、機体もラスティ自身もろくな状態でないことは伺いしれた。時を同じくして各拠点に送っていた部下たちから惑星封鎖機構を退けたとの報告が入る。この先の事後処理はホーキンス率いる第五隊と第八隊長ペイターが統率する傭兵部隊が主力となって動く手筈だ。引き継ぎ終了次第帰投するようにと第三隊員に指示を出し、オキーフは座したままのバレンフラワーを動かしバートラム宇宙港に向けてブースターを吹かす。
 程なくして見えてきた宇宙港で焼き切れたレールキャノンの砲身からは黒煙が上がっていた。そのすぐ側で整備班の手で接続ケーブルだけかろうじて外されたスティールヘイズが熱で一部を変色させたままの姿で沈黙している。澱みなく回収部隊が動いているところを見るになんとか指示は飛ばしたようだが、そこで力尽きたか。
手づから調整した神経へのプロテクトが破られているのだろうから、どのみち自分が再調整をすることになる。であるなら早いほうがいい。あいつの神経回路が無事なら良いがとコア同士を近づけて、ピクリとも動かないスティールヘイズにバレンフラワーの足を絡め固定する。
 バレンフラワーからスティールヘイズに飛び移りそのまま遠隔操作で開いた群青の機体のコアに足をかけ中を覗けば、見事にボロボロの状態を晒したラスティが鼻血まみれの顔面と眼圧保護のためか涙を流し続ける充血した目をなんとか微笑みの形に変えて出迎えた。
「それで?リミッターは外さないんだったか」
「そ、の予定だった。あなたに先見の明があってよかった。おかげで、いきてるよ」
 口もまともに回せずにぐらぐらと揺れる頭を支えてやりながらラスティとスティールヘイズとの繋がりを慎重に引き抜いていく。脇の下に手を入れてそのまま持ち上げ肩に担ぐと、ぐぅと苦しそうな声が聞こえたが無視してバレンフラワーのコアへと連れ込み普段より深くシートに腰掛け、自身に覆い被さるような体勢でラスティを抱き込んで座らせる。
汗でじっとりと張り付いた髪をかき上げて頸の端子を顕にし「繋ぐぞ」と短く伝えてラスティと深く交感すると、入り込まれる衝撃で肩に頭を預けるやけに熱い体がぎくりと震えたが、容赦なく焼け爛れ荒れ果てた男の中で旅をする。
 損傷箇所に前もって準備しておいた治療パッチを当てつつ、片手間でアーキバス基地への航路を設定すれば持久力に優れたバレンフラワーは四つ足を動かして未だ騒がしい宇宙港を後にする。しばらくホバリングを続け格納ヘリを待機させた岩肌に着地してガシャン、ガシャンと四脚特有の忙しない足音を立てながら帰路を急ぐ。調整も大部分が終わり腕の中の男は幾分か体の熱が落ちついていた。
「バレンフラワーは優しく歩くんだな。振動が気持ちいい」
 眠っていたのか気絶していたのか怪しいラインで意識を落としていたラスティが緩慢に頭を上げて唐突に呟く。痺れが取れたのか、舌足らずではあるが明瞭に言葉を紡ぐ姿に一応のところ安堵した。繋がったままで隠せるものでもないその感情を受け取ったのか妙な顔をしてせっかくあげた顔をもう一度オキーフの体に押し付け表情を隠してしまった。
「昔見た小さな子供を乗せて、親が嬉しそうに揺らしてたきっと、あれに似てる」
分厚いスーツ越しのはずなのに、肩口で動くラスティの口からの刺激がくすぐったい。汗で束になった髪を梳かしながら男の言葉の意味を考える。幼子をあやす親と、揺れる
「揺籠か?」
「ああ、あれはそう言うのか。私には縁がなくて」
 知らなかった、とやけに世間知らずな言葉に、ルビコンでは揺籠を知らずとも大人になれる環境があることを眼前に突き付けられる。ただ、それを哀れに思うほどオキーフもうぶでは無かったし、それはラスティも同じだろう。互いの過去を語り合ったことは無く、きっと今後そんな機会も訪れることはあるまい。
「でも、心地いい」
 そう言ったきりラスティはオキーフの首筋に頭を乗せた状態で体の力を抜いた。繋がったままの脳内から気絶ではなく眠りに落ちたことを伝えてくる。寝入る横顔に頬擦りをして、約束通りしっとりと濡れたこめかみにキスをする。抱き潰した後とも違う、幼子を相手にしたような寝息を腕に抱えたまま。オキーフは基地に着くまで頭を撫ぜる手はそのままに、たった一本のケーブルで溶け合った繋がりを断ち切ることはしなかった。



◾️◾️◾️



Ⅷ 二箱の情

 レッドガンの殲滅には骨が折れた。それは言葉通りの意味でもあり、もはや隠せない程に胸の下からジクジクと這い上がる痛みが消耗した体を責め立てる。ライガーテイルの調整が間に合っていたら、自分はここにはいないのだろう。乱れた弾道を描いた、歩く地獄を冠するミシガンの射撃を思い出す。
 そう思いながら今しがた馴染みの整備士から受け取ったばかりの、普段使っている酒保のライターでは味気なかろうとオキーフに送るつもりで手配していた年季の入った、それでいて見事な意匠のライターを手の中で弄ぶ。オキーフがミッションの時間を早めてくれていなかったらどうなっていた事か。また、オキーフに救われてしまった。傷だらけの手から温度を分けられ温くなっていく金属は思考を緩やかに促している。
 彼と自分の関係を表す言葉を、ラスティは今だ見つけられずにいた。ルビコンと彼を天秤にかければ自ずと答えが出るものかと思えば、そういうわけでもなく。オキーフが目の前に立ち塞がれば自分は間違いなく彼を殺せるだろう。だというのに、大きくルビコンに傾いた天秤を横目に心が叫ぶのだ。あの男を愛しているのだと。間諜としての打算なく彼に何かを与えたいと思う程度には、ラスティはオキーフのことを愛してしまっていた。
 オキーフも自分を好ましく思っているということに気がついたのは随分と前のことだ。互いに鼻が利く身の上だ、隠すつもりのない感情はすぐに露呈する。気だるげな目が、指先が己の身に触れる時に瞬く喜びの色。
 思い出すだけで胸を熱くさせる風景を遮るように痛みを思い出す。折れたかヒビの入った肋骨は甘い甘い感傷を遮るように叫び、はあ、とうんざりした息をつく。本当は今すぐにでもオキーフの私室に赴き、生体認証登録済みの、ラスティの前では意味をなさない扉を開いてタバコとフィーカの香りに埋もれたいところだが、どうやら許しては貰えないようだ。
 幸い唯一の憂いも今しがた晴れたところだ。帰りがけに通りがかった第五格納庫。そこに第五隊長の機体はなく、無惨な姿のデュアルネイチャーが一人きりで火花を散らして沈黙していた。解放戦線、師叔ミドル・フラットウェルとレイヴンによる奇襲、通り過ぎざまに伝え聞いたホーキンス戦死の報。賊は逃げおおせ、息のあった第八隊長ぺイターの回収が優先された。
(殺し損ねたか)
 仮にも同僚の死を前に、ラスティの目は薄情に冷え切ったままだ。そもそも彼らが死地に向かう様に情報を流したのは他でもないラスティだ。つまりは、死んでいてくれないと困る。同じ釜の飯を食おうと日々の営みを共にしようと、彼らの命は屠るには重く、しかしその価値は焦がれてやまないルビコンの自由な空に比べて遥かに、軽い。
 第五隊長は朗らかで、いつでも年下の隊長たちの話を人好きのする笑みで見守っていたし、他の隊長に接するのと同じようにラスティにも親切だった。第八隊長も癖は強いが仲間として考えればある程度は誠実だったように思う、まあ嫌いだったが。
 つまりは、彼らとは上手くやっていた。けれど、ヴェスパーもアーキバスも、ラスティにとっては排除すべき敵以上の意味を持つことは無い。ただオキーフはホーキンスと親交があった。思うところがあるとすれば、彼には悪い事をしたなと。ホーキンスのことを知った彼がラスティにどんな態度を取るか、怖くないと言ったら嘘になる。ただ、きっと変わらずあの荒れた唇は私を受け入れてくれると確信があった。でなければとうの昔に自分はここに立って居ないだろう。今この場に立つ自分の命こそが、その証明だ。
 気がつくと冷えた頭の中の一角にいつも、年上のあの男がいる。知らずのうちに口角が緩く上がり、痛みに引き摺る足音は軽やかに。こんな姿をフラットウェルが見たらどう思うだろう。そう考えるのに、どうしてか今の自分が嫌いではない。オキーフは深度三の調査ミッションの最中だ、戻るにはしばらく時間が掛かるだろう。治療が終わったらオキーフを部屋で出迎えるのもいいかもしれない。彼を殺さなければならないその日まで、懐く獣のように侍るのも悪くは無いだろう。
 思考の合間にいじくり回したライターをポケットにしまい、医務室の扉を潜るラスティの端末が嫌な音を立てて鳴り響く。笑顔を消してベッドに腰掛け、簡易な治療を受けながらクソッタレな第二隊長閣下からのミッションに目を通す。何の面白みもない硬いフォントの指令書に、ついに来たか、そう思った。
 第三隊、オキーフの正式な報告も待たずに割り振られた、不明機体の排除命令。それは、ラスティへの死刑宣告だった。

ーーー

 思ったよりも重症で、ヒビだと言い聞かせた胸の痛みは折れた肋骨の悲鳴だった。医務室での療養を余儀なくされたラスティはミッションの準備が整うギリギリまで、狭くて嫌に清潔な部屋に監禁された。着替えすら先んじて用意され己の部屋に帰ることすら許されない。そのまま死ねと言うことだろう。幸い探られて困るような痕跡は自室にはない。
 ホーキンスの排除が決定打になったか。誂えられた死地を前にそう思うが、アーキバスに潜入した目的である機体情報や勢力図のあれそれは既に戦線から星内企業に持ち込まれただろう。ヴェスパー上位の排除もわずかだが成功、いい加減潮時だった。
 サイドチェストの上に置かれたパイロットスーツを緩慢な動作で手繰り寄せながら、この先のことを考える。相手は十中八九戦友だ。彼はまさに、恐ろしく澄んだ暴力と言い表すより他にない。たった一人その場に立つだけで簡単に形勢がひっくり返る、背中を預けるに心強く、敵にするには悍ましい。赤く燃えるルビコンの空を誰より自由に飛ぶ、独立傭兵レイヴン。
 戦友のことを駄犬と罵り厭うスネイルのことだ、一度に始末ができて手間がないと言ったところか。だが相手が戦友であっても負ける気は毛頭ない。硬い音を立てて留め具を固定し、全身に纏ったゆるく波打つスーツから空気を抜くと気の抜けた音を出して体にピタリと濃紺が張り付いた。整備の終わりを告げるメカニックからの通信に了解したと短く答えながら、ラスティはハンガーとは逆方向に足を向ける。少し寄り道するくらいは見逃してほしい。
 期待半分、諦め半分で生体認証済みの扉を開く。自室よりよほど愛着のある室内は人の気配もなくがらんとしていて、脱いだままのジャケットが無造作に椅子の背にかかる様が唯一家主の気配を残している。ジャケットを指先でなぞり、意味もなく棚の上に置かれたマグを手に取り彼がよく座っていたディスプレイの前に置く。沈黙した画面の横で半分ほど埋まった灰皿。横にはプラスティック製の安物ライターと、彼の好む重いタールのタバコが二箱積み重なっている。
 手の中で温くなったライターが硬い音を立てて灰皿に寄り添う。直接贈るつもりだったが、これで良かったのかもしれない。オキーフの顔を見たら離れ難い、そう自覚できるほどに入れ込んでしまっていた。せめて最後に抱きしめるくらいはしたかったが、仕方がない。机の上で主人を待って、一日で消費される予定だったであろう馴染みの二箱をそのまま掴み、感傷を置き去りにして部屋を出た。
 
 スティールヘイズは死地に向かう前だと言うのに、いつも通り涼しげな顔で己のコアを預ける男を出迎えた。最後の燃料供給ケーブルがメカニックによって外されるとブリッジが横付けされ後はラスティの搭乗を待つだけとなった。
 ラスティは細いタラップの手すりを握りながらぐるりと格納庫を見渡す。出撃準備で忙しなく動くメカニックに誘導員、彼らは一様にラスティによくしてくれた。顔を見れば名前だって、趣味だってわかる彼らに向ける感情はそれでもどこまでも冷え切っていた。薄情な自分に安心して、呆れた。
 シュンと軽く風を切る音に反射で片手をかざす。傍に抱えたヘルメットが手をかざした拍子に落ちる鈍い音と共に安っぽいライターが手の中に収まった。
「忘れ物だ。あれを吸うには火が必要だろう」
 俺の火は分けてやれないからな。いつも甘えのついでにタバコの火を分け与えていた事を指して、何でもないと言う顔をして彼は立っていた。感情を載せない表情とは裏腹に、雑に撫で付けられた髪と解けかけた靴紐、普段から必要最低限にしか身を繕わないオキーフがそれでも急いでここに来たのだろうと言う風体で。
 ここに来る前に内通者を通じて必要な荷物はすでにアーキバスの外だ。そこに小さく収まっている二箱を思い出す。私が持ち出した事に気がついて、わざわざここまで追ってきたのか。その行動で自身が間諜に入れ込んでいると示すことになると気が付かない訳もないだろうに。静かに向けられたオキーフの目を見る、その瞳の青空にたまらなくなって、欲の赴くまま感情に火をつけた。
 落ちたヘルメットもそのままに大股でオキーフに駆け寄って、少しだけ高い位置にある彼の首筋に両手を回し思い切り抱きつく。当たり前のように背に添えられた腕が嬉しくて、ガサガサと触りの悪い肌に頬ずりをする。ちゅ、ちゅとリップ音を立てながらオキーフの頬にキスを贈る頃にはメカニックも誰も彼もが動きを止めて、タラップの上で抱きしめ合う男たちを見つめていた。出撃前とは思えない静寂に包まれた格納庫でラスティを呼ぶオキーフの声だけがラスティの耳をあやした。
「口枷はもういいのか」
 頬にばかり構うラスティの顔を両手で覆って、一度だけ唇を合わせたオキーフの言葉に、彼には何一つ隠し事なんてできなかったのだと痛感させられる。
「もう必要ない」
 そうして深く口づけて、苦い味のする舌を啜る。応えるように動くオキーフがラスティの舌の根を掬い弄ぶ、息が上がるがそんなのは構わない、今に至ってどう思われようとも関係ない。一秒でも長く彼の熱い呼吸を、絡められた舌を堪能していたい。オキーフの背を掻き抱きながらラスティは熱い全身を目の前の愛しい男に擦り寄せた。
 ただアーキバスを離れる私はどんな姿を見られようが問題はないが、ここに残るオキーフは危険なんじゃないだろうか。ベタベタに垂れた口周りの唾液を舐め取られながら溶けた目を彼に向けるが、汚れを最後に手で拭き取ったオキーフはもう一度何も言わずにラスティの中に舌を忍ばせてじゅう、と大きな音を立てて年下の男を味わい尽くした。
「無事に戻れ」
オキーフはラスティの額の上に慈しむように唇を押し当てた。誰が聞いても疑う要素のない単純な無事を祈る言葉に、目頭に不意に込み上げるものがある。彼の真意に気がつけないほど鈍感ではなかった。もとよりそのつもりではあったけれど、オキーフに「無事に古巣へ戻れるように」と願われたのだから。
「必ず」
それを聞いてようやく、オキーフは不器用に片頬だけをあげて笑って見せた。

ーーーーーー

「第三隊長殿、先ほどの
 激しすぎる逢瀬を望まずして見せられたアーキバス内でも古馴染みのメカニックが気まずそうに声を掛けてくる。彼以外にも聞き耳を立てているのか、スティールヘイズが出撃した後の第四格納庫は普段の喧騒が嘘のように不気味なほど静寂を保っていた。
「あいつは、今日死ぬだろうな」
 口数少なくそうとだけ応える。男色も珍しくない前戦だ、これでオキーフとラスティの逢瀬は〝引き裂かれる恋人たちの最後の時〟とでも一般職員の中では認識されるだろう。スネイルや自部隊のメンツはまあ、なんとでも言いようはある。万が一生き残った時の保険だとか。それを押し通すだけの仕事をこれまでしてきた訳だからそれくらいの言い訳は通す。
憐れみの視線を背中に受けながら用のなくなった格納庫を後にするオキーフの仕事はここからだった。
 彼のコンタクト先を得るには骨が折れたが、無駄にならなかった事を喜ぶべきだろう。これで子犬は親鳥に回収される。もしあの独立傭兵に負ける事があったとしても、一人で置き去りにされる事はないはずだ。非合法的に手に入れたかの師叔の秘匿回線を開き座標と端的なメッセージだけを添えて送りつける。

 歩みを止めぬ儘にジャケットからむき身のタバコを一本取り出し、見事な意匠のライターで火をつけ深く煙を味わった。これがオキーフの選んだ人としての人生だった。



◾️◾️◾️



Ⅸ 明日を願う

どうにも、旗色が悪い。

 ベイラムを退けて、アーキバスがルビコンに踏み入れてから初めてと言っていいほど勢いづいている筈の企業をして、敗色を見るものはいない。ただ、オキーフの勘とも経験とも言えない何かが順調に見える行進の先に影を見た。情報局の長官として得たデータを見ても、ツテから集まるルビコン内の情勢を見ても一退する事はあれど、それは一進とともにある。バスキュラープラントを掌握した今、コーラルをめぐる資源戦争でのアーキバスの勝利は間近に迫っていることを示す。
 ただ、ヴェスパー部隊の番号付きもごく僅か。主戦力たるフロイトは一体どこで油を売っているのか、やつ好みの戦場だというのに一向に姿を表さないし、第二隊長もいつにない高揚を隠せぬままに新しいオモチャにご執心だ。下位の隊長格を失った上にこの有様、ヴェスパー内部の足並みが揃わなくなっているのは確かだろう。
 そして独立傭兵ラスティお気に入りのレイヴンは飼い主を奪われて尚、いやに明瞭で不気味なほどに読めない動きを繰り返す。背後に何があるのか当たりくらいはついている。あれらの望む結末もある程度は。実際にあの独立傭兵が星を焼く道を選んでいるのかは定かではないが、もたらされる結果が碌でもないことは分かりきっていた。 
 ああ、そうだ。いつだってコーラルが絡むとこの身すらままならない。腹の底から澱んだ空気を全て吐き出すように息を吐くと、決別したはずの耳鳴りがする。まるで高く囁くような声、あるいは死を恐れるような喚き声の如く。ルビコンにはうんざりすることが多すぎる。それらは何一つだってオキーフを自由にしてくれやしない。企業も、コーラルも。オールマインドも、何もかも。

【焼けた空の上でレイヴンが戦っている】
 
 自由な烏は、ルビコンを選んだ。刻々と変わる戦況をどうにか保たせる為に残存勢力を用いた配置図を組み上げる手が止まる。独立傭兵のたった一言がルビコン内部のパワーバランスを一気に覆した。この闘争の果てがいよいよ見えなくなってしまった。 
だがどう転ぶにせよ地上に残る企業勢力、特に諜報を担当しているような人間の安全は保障されない。だからこそ各拠点に配置していた部下たちへの命令を書き替えた。なんだかんだと目をかけてきた者たちだ、せめて空に上げてやるくらいのことはしてやれる。チャンスがあれば命くらいは拾えるだろう。
『第三隊に空に上がるように伝えろ、方法は問わない』
 唐突に通信を繋がれ困惑する部下に、でなければ死ぬぞとは伝えなかったが、一呼吸おくと優秀な彼らは命令を受託した。退避行動を取る部下の動きを見届けてオキーフは戦艦の格納庫から姿を現しバレンフラワー越しの空を見上げる。中空域に待機していた身では、ザイレムはいまだ遥か高みにある。
「お前もそこにいるのか、ラスティ」
 艦船は高度を上げバレンフラワーのレーダーでおおよその戦況の黙示が可能になる。スネイルに引き連れられ先行した艦隊にとって、見知らぬAC一機が楽しそうに暴れ回る様はまさに悪夢だろう。その相手の識別コードが死んだ人間だというのなら尚のこと。新型機の情報は把握していたが、あの機体もお前に良く似合う。バカ正直に口輪を外したエンブレムに思わず笑いがもれた。姿形は違えども、軽々と空を駆けるラスティは美しい。撃墜される味方の悲鳴を聞きながら思うのはそればかりだ。
 地上でも解放戦線がラインを押し上げている。部下から最後に送られた情報はシュナイダーの新型機ACまで投入された、アーキバスにとっては頭の痛くなるそれだ。ここでもラスティの持ち帰った情報はしっかり活用されていた。
思えば、本当に何故この男だったのだろうとは思う。ただの間諜だ、平常時であれば何の感慨もなく処分するだけの、自身にとって何の意味もなさない存在だったはずだ。それなのに、生まれ直したばかりの自分にはやけに眩しく思えたルビコニアンの男に惚れ込んで、ラスティを前にアーキバスも、一度は賛同したオールマインドの宿願さえも等しく価値など無くしてしまった。

あの男と共に行きたいと願う自分がいる。手を伸ばしたら、それを握ってくれるのなら。共に生きたいと。

 応援要請が出ていない以上、手出しは無用だろうと静観を決めていたスネイルは断末魔とともに伏した。これ以上の無駄死には必要ないだろう、指示の基盤を失った部隊へ撤退のシグナルを送る。この後はどうするか、このままアーキバスに恩を売っておくのも悪くはないし、一旦星外に出てツテを頼って基盤を固め直すのも悪くはない。あいつにまた会う為の身の振り方を考えよう、ルビコニアンが勢い付いている今ならばラスティの身もしばらくは安全だろうと。

閃光だった、赤い。

 不明機体は交戦する事もなく、赤い閃光一つ轟かせてスティールヘイズを撃ち落とす。全てがスローモーションのように感じた。全身の毛が逆立ち、瞳孔の収縮音さえ聞こえそうなほどに。力を失ったスティールヘイズが落下を始めたその瞬間、ヴェスパーⅢオキーフは全ての権限を放棄して、そのまま空へとその身を投げた。
 真っ白になりそうな頭でラスティの落下軌道を計算し、バレンフラワーの機動力では僅かに届かない差を武器類を一斉に背面に吹かせそのまま全てをパージし補う。二脚よりも二倍近くある重量で脚を極限まで体に沿わせると弾丸のように徒花は落ちる。伸ばした手が以前より分厚くなったスティールヘイズの腕を捉え、そのまま決して離れないように抱きしめる。アラートとなって届くバレンフラワーの叫びがけたたましくコア内部に反響し二つの機体の重みでぐんぐんと増す落下のスピードに意識が遠のきかける。
『ラスティ、ラスティ』
 もはや何処に届くかもわからないエラーを吐いたままの状態で回線を繋ぎ、愛する男に呼びかける。地上の接近を伝える信号が何度も表示されて、諦めたように消えていく中、酷い雑音混じりの音声でラスティは答えた
『あぁ、オキーフ』
 しばらくぶりに聞いた声は掠れていて、それでもいつも通りセクシーだった。彼を送り返してからずっと恋しかったその声色に微笑んで、オキーフはブースターを逆噴射させる。せめてラスティに明日が訪れるように、と願いながら。

ーーーー 

っ、ハッっ」
 衝撃にか、止まっていた心臓がスティールヘイズの蘇生機能で無理やり鼓動を取り戻す。急に酸素を取り込んだ肺がキイキイと泣き、咳き込もうにも全身に鈍い痛みが走り思わず体を丸めた。持ち上げた左腕は折れているのか手首から下がだらりと垂れ下がったままだし、そこら中から血が吹き出しているが、満身創痍なりに命に関わる負傷がないのは幸いだった。とにかく訳のわからない状況をなんとか把握しようと無事だった方の手でコンソールを叩く。
 最後の記憶は赤い閃光だ。その先のことは思い出そうにも気を失っていたのか何もわからない。ただ明滅する意識の端でオキーフの声を聞いたような気がした。着陸しているにしては嫌に傾いた重力を感じる機体のシステムが回復し始め、自分がどこにいるのかをざっと確認する。現在座標は戦闘していた位置から幾分か離れていたが、降り立った場所は解放戦線の拠点に近くのようで周りに敵機体の反応はない。ただ、解放戦線のACやMTがスティールヘイズを取り囲むように待機している。異様な光景に眉を顰めると最後に外部カメラが接続される。
 
 スティールヘイズの足元で、バレンフラワーが雑草のように踏み潰されている。

 脚の何本かは既に無く、脚の接続部分は無茶苦茶につぶれている。胴体の半分も掛かった圧力にか不恰好に潰れ、かろうじて無傷であろう片腕でスティールヘイズが崩れ落ちないように支える姿勢。射出が間に合わなかったのだろうコアを半分だけ浮かせたまま、彼女は完全に死に絶えていた。
 あれだけ苛んでいた全身の痛みも忘れ、彼の名前を叫びながらコアから這い出す。スティールヘイズを支えてくれていたバレンフラワーの片手と剥き出しになったケーブルを頼りに沈黙する徒花に飛び移る。足を引きずりながらもなんとか半分開かれたコアに辿り着くとぐったりとして動かないオキーフがそこにいる。墜落の衝撃でコア内部まで変形がおよび、突き出たいくつもの部品がオキーフの体を貫き折れている。
「オキーフ、オキーフ返事をしてくれ」 
 割れたヘルメットを脱がせ呼吸の確認をするとほんの僅かに彼が生きている、微かな吐息があった。片腕だけでは大柄な彼を助け出すことができなくて、パイロットスーツの襟首に噛みついて足で踏ん張りなんとかコアの外へと引き摺り出す。奥歯の割れる音と鋭い痛みが一瞬走るが今にも消えそうなオキーフの命を前にして痛覚は正常な働きをすることはない。
血で汚れた顔を拭うが彼はピクリとも動かない。傷の様子を伺うためにオキーフの全身に視線を走らせるが突き刺さった破片が止血の役割をしているので下手な手出しはできず、完全に潰れてしまったのか普段より厚みのなくなった彼の片足に自然と口元が戦慄いた。パイロットスーツ越しだというのに普段から低い彼の体温が更に下がるのを感じる。
 嫌だ、いやだ死んでしまう、オキーフが。自分を庇って息絶えそうになる愛する男を前にして、ラスティの常ならば冷静に動く思考が絡まり悲鳴を上げる。コア内部に残っていた薬剤をオキーフの首筋に打ち込むも外傷が酷くなんの助けにもなりはしない。それでも細い呼吸で懸命に生きようとしているオキーフを腕の中に抱えて、ラスティは辺りを見渡した。
周りを取り囲むのは馴染みのない機体ばかりで、緊張したように彼らは銃を向けている。旧知の機体がいない訳でも無かったが、助けを乞うには私は味方を殺し過ぎた。今すぐにでも撃てるであろう、真っ直ぐに向けられる銃口が、解放戦線への献身の答えだ。
 ふと頭上を影が過ぎる。前線に出張っていたはずのツバサ、師叔フラットウェルが武装を解いて二人の前に進み出た。力の限り叫ぶ、彼なら私の話を聞いてくれるはずだと、フラットウェルならオキーフを助けてくれるだろうと根拠のない信頼に縋って。
「助けて、助けてくれ、彼を」
 ラスティの絶叫にツバサが膝を折る。しかし返事がないことに焦れて、ラスティはなおも言い募る。
「彼は役に立つ、あなたも知っているだろう!このままでは、死んでしまう。ああ、オキーフ
 徐々に小さくなっていく呼吸を抱いたままツバサを見上げる。
「助けてくれ、フラットウェル」
 それはラスティが彼に拾われてから初めての、フラットウェルへの哀願だった。
『武器を下せ、ヴェスパーⅢを回収する』
 解放戦線を率いる実質の指導者の言葉に周りを固めていた機体は次々に銃を下ろす。安堵からか痛みの感覚が濁流のように押し寄せる。苦痛のあまり今にも落ちそうな瞼を何度もあげて、もう一度腕の中のオキーフを見ると眠ったように閉じられたままの目の下には変わらず濃い隈が陣取っている。その表情が苦痛に満ちていない事だけが救いだった。傷に触らないように顔だけ近づけてその目元にキスをして、どうかあなたに明日を。その願いを最後にラスティはピクリともせず、まるで死んだように動かない。慌てたようにコアから降りたフラットウェルが自身の無事を確認して安堵の息を漏らしたことをラスティが知ることは終ぞなかった。



◾️◾️◾️



Ⅹ おじさん

 彼がこの村に来たのはルビコンでも僅かに感じられる季節が一度巡る前の事だ。家の手伝いで畑の手入れをしていた時の事、農業で生計を立てるこの村ではあまりお目にかかれない重装備の男たちが、足を引きずり折れているのか腕を吊るしたその人を連れて来た。
村長だった父に男たちは何事か伝えた後、残されたのはたくさんの物資と罪人のように疲れた目をした彼だった。ひと目見ただけでも分かる鍛えられた体と、体に無数に残る傷跡を見てすぐに気がついた。彼はきっとルビコンを解放しようと戦ってくれている戦士だと!
 俺の生まれたこの村はルビコン内でも僅かな夏が巡ってくる。なんでもずっと昔に星を燃やしたという災害から遠く離れていたおかげで大地が死ぬことを免れたのだという。貴重な大地と、僅かな夏のおかげでこの辺りはルビコンでも有数な農業地区として手厚く保護されていたのでこの村の人々は戦場とは無縁の生活を送ってきた。
ただ、星の外から来た悪者が生活に必要な燃料を奪いに来ていて、それを阻止するために戦っている人たちが居ることは母から寝物語で何度も聞かされた。
 この村にそんな人が来るなんて!とその日の晩に父に根掘り葉掘り質問をしてみたけど、いつも快活に笑う父が珍しく困ったように苦笑いをして何一つまともに答えてくれなかった。教えてくれたのは「療養の為にうちの村に滞在すること、それはいつまでになるのかは分からない」といった当たり障りのない情報だけだった。外から来たあの人のことが信用ならないのか、母なんて「あの男には近づかないで」と眉をさげて言うものだから困ってしまう。
過保護気味の母を見て、遅くに生まれた子だから心配なのだとみんなは笑うけれど、自分だってもう十二を超えた立派な男だ。だから隠し事なんてしてほしくないのにとヘソを曲げる。
 幸いその人が暮らすようになったのは我が家が昔に農具や野菜の種を保管するのに使っていた高床の倉庫だったから、彼と話す機会を得るのにはそう時間がかからなかった。家族の目を盗んでこっそり家に近づいて、鍵のかかっていない扉を薄く開けて中を伺う。
「私に何か用事かい、ぼうや?」
 横から突然かかった声に驚いて飛び上がると、伸ばしっぱなしにした髪をくくりもせず、たまに剃っているのかまばらの髭を生やしたままで壁に肩を預けた家主が俺を出迎えた。うん、やっぱり彼にはこの村の大人にはないカッコ良さがある。これが戦場帰りってやつなのかも。
「父さんも母さんもおじさんのこと何も教えてくれないからさ、話がしたくって。あのさ、もしかしてだけどおじさんは戦士なの?MTよりもおっきな機械に乗って戦うってほんと?あ、父さんはね、この村に来た日におじさんを案内した人だよ、鳥の巣みたいな頭の」
 矢継ぎ早に言葉を重ねる俺に驚いたのか、目をぱちぱちと瞬かせたおじさんは気だるげだった表情を優しく変えてこちらを見る。
「ああ、なるほど。君が噂の村長の息子か」
「俺のこと知ってるの?」
「ああ聞いたさ。お母さんを困らせる、やんちゃで困った坊やの話をね」
 くすくす、とやけに上品に聞こえるを笑みを溢しながら俺の頭に触ろうとした傷だらけの手は何故か頭に触れることなく固まって、力無く元の位置に帰っていく。どうしたんだろうと思いはするものの、それよりも早くおじさんと話がしたかった俺は手を差し出し名前を名乗る。そうしてようやく、おじさんも怪我をしていない方の手で俺の手のひらを握り返した。嬉しくなって何度もブンブンと振ると小さい笑い声が聞こえて来たのを俺は忘れられなかった。
 そこから俺とおじさんのささやかな交流は始まったと言うわけだ。初めは眉を潜めていた母さんもおじさんから聞いた話を楽しそうに語る俺をみて何も言わなくなったし、いつしか手土産だと食べ物を持たせてくれるようにもなった。父さんはやっぱり困った顔をするけれど特段何か言ってくるようなこともなく、両親のお墨付きを得た俺はおじさんとの日々を全力で楽しんだ。
 おじさんの腕の怪我が治り、吊っていた包帯が取れるほど時間が経ったと言うのに、今だにおじさんは自分の名前すら教えてくれない。もちろん身の上話なんて全くしないけれど、代わりに俺の話はよく聞いてくれた。とっておきの話を披露した後に目尻をさげて笑う姿には思わずドキッともした。
その笑顔が見たくて、おじさんに話すための話題をノートにストックしたりもして。話が逸れたけど、つまりは俺がおじさんについて知っていることはとんでもなく少ないってことだ。  
知っていることと言えば大きな事故でケガをしたから傷を癒しにこの村に来たってことと、あまり外に出たがらないって事くらい。だから畑の帰りに寄ってみても本当に人が住んでいるのか疑わしいくらいおじさんの家の周りだけ静かだった。
 あんまり閉じこもっていても体に悪いんじゃないかと野菜の種や苗を持っていって一緒に植えようと誘ったけれど普段どおりの惚れ惚れするようなかっこいい声で断られるし、なんとか腕を引いて家の外に連れ出しても部屋までの階段に腰掛けていつも遠くをぼうっと見つめるのが関の山だった。
それでも日光を浴びるのは気持ちがいいらしく温かい気候になる頃には玄関先で一人日光浴する姿も見られるようになったし、玄関先に腰掛けてまどろむおじさんが俺を見つけて「やあ、坊や」と呼んでくれるのようになったのは嬉しかった。
 そんなおじさんが感情を露わにするのは、おじさんの療養を助けてくれるからとうちの村にはなかった物資を定期的に持って来てくれる重装備の戦士さんたちの前でだけだった。彼らが父さんと何やら話をしているのをおじさんと二人腰掛けて見ていると、おじさんは彼らが帰ろうとする時必ず声をかけていた。
「あの人は無事なのか?」
 来る度に村では滅多に食べられないお菓子をくれたり俺のことを沢山可愛がってくれる戦士さん達だけど、おじさんの縋るような声に一度だって返事はしなかった。引き止める声を聞いても鬱陶しそうに一瞥だけして去っていくのを、おじさんはいつも何も言えずに見つめていた。静かに佇む手を引いて家まで連れ帰るのを何度か繰り返し、また寒さが去った頃に俺は意を決しておじさんに問いかけると決めた。
「そのタバコ、ずっと持ってるけど吸わないの?」
 湿気ちゃうよといっていつも寂しそうに手の中で転がしているタバコの箱を指差し隣に座ると、おじさんは少しだけ甘い顔をしてポツリとつぶやいた。
「これが残っている間はあの人の香りをほんの少しだが、感じられる」
「いつも戦士さんたちに聞いてる人のこと?」
 自分の話をすることが滅多にないおじさんの言葉に繋げるように問いかける。きっと俺が探りを入れようとしている事に気が付かれているけれどおじさんは何も言わなかった。何も言わずに、最後に残ったタバコに火をつけて嗅ぎ慣れない紫煙を細く空に吐き出している。
タバコなんて父さんたちが吸う姿で見慣れているはずなのに、人差し指と中指で支えられて口に吸い込まれていく細いシガーから目が離せなかった。
「いっつも返事もらえてないよね無視されるの、辛くないの?」
「全く、君が気にするような事はないよ」
 本当に傷ついていないのか、さっぱりとした口調で答えた後、たっぷり時間をかけておじさんは呟いた。
「だが生きているか、死んでいるかも分からない人を待ち続けるのは、辛いな」
 そう言ったきり、湿気た煙を吸い込みながらついに空になったタバコの箱をじっと見つめた後に耐えるように目を瞑ったおじさんは何も話さなくなった。あんまりにも寂しそうだからその手を握ってあげようとして身を乗り出した時、道の向こうから見知らぬシルエットがこちらに歩いて来ていることに気がついた。遠目からでも分かるほど背の高いその影は不自由なのか片足を庇うようにひょこひょこと頭を揺らしている。
 見知らぬ大人の登場に驚きおじさんを起こそうと手をかけようとした瞬間、件の男がそれを止めるように指を一本立てて唇の前にかざした。どうしていいか分からず固まっているとゆったりとした足取りで近づいて来たその男は質の悪い義足をズボンの裾からはみ出させたままおじさんの前に立ち、緩く煙を天に伸ばすタバコを、乾燥で割れた唇から奪い去ってしまった。
 落としたと思ったのか目を開けてもう一度掴もうと薄く口を開けたままのおじさんが、目の前の男を見て固まった。あんなに大切にしていたタバコの箱がグシャリと潰れる音までさせて。
「お前がいつも強請るからどうかと思ってはいたが、なるほど。悪くはないな」
 吸い差しのタバコを奪い深く吸い、その煙をふぅとおじさんにかけた。
「オキーフ」
 おじさんは呆然とした顔で、色をなくした声で煙越しに男を凝視する。その声が普段の穏やかな声色からはあまりにもかけ離れていたから思わず助けないと、とそう思って二人の間に体を入れようと腰を浮かせるけれど、それよりも早くおじさんは男に向かって腕を伸ばす。鼓動を探すように男の心臓の上に届いた手のひらが震えている。誰も動けないまま時間が過ぎる、数秒だったのか数分だったのか混乱した頭では判断できなくて。
 
「ああ、オキーフ」

 おじさんは手の中で潰れていたタバコの箱を放り投げて、涙声のまま男の手を両手で握って祈るように額を押し付ける。

「随分といい男になったじゃないか、ラスティ」

 離れていた距離を埋めるようにもう一歩踏み込んで額を手に擦り付けるように俯くおじさんの顔を上げさせた男は、今にも涙が溢れそうになっている無精髭の顎を愛おしげに撫でさすった。妙に艶っぽいその仕草につい目を逸らしてしまったけど、呼びかけに答えるように嬉しそうに泣き声をあげるおじさんに複雑なような、嬉しいような思いがしたのは確かだった。

おじさんのことを「ラスティ」と呼んだ男の声を聞き、俺は初めておじさんの名を知った。



◾️◾️◾️



Ⅺ 私たちは

 目の前に居るオキーフの姿にまるで現実感がない。整えるのが面倒だと言って後ろに流していた髪が、全体的に伸びたのか赤茶けた組紐でまとめて結ばれ、首の後ろでひょこひょこと不器用に歩く度に揺れた。ソファーなんて気の利いた物のない小屋の中、はっきりしない頭のまま朝起きたままで皺のついた粗末なベッドに腰掛けたオキーフの頬を撫でる。彫りの深い目元をなぞり、すっかり染み付いてしまった隈を擦ると彼の目はどこか嬉しそうに緩む。
最後に抱きしめられたハンガーを覚えている、望むまま与えられた抱擁も、祈るように口付けられた額の温かさも。二度とは会えないかもしれないと思った男から与えられた慈しみを忘れないように。繰り返し、繰り返し何度も夢に見た。
 最後まで愛すら告げてくれなかった唇に、手入れをすることもなく皮が剥けカサついてしまった唇を合わせる。上唇をそのままペロリと舐め上げればオキーフは小さなリップ音を立ててラスティの唇を吸い、舌同士を絡め合わせた。性急さのない、呼吸すら穏やかなままの口付けで互いの唾液を啜る。情愛を沸き立たせるように背を撫でる感触も、時折頬を滑りあやす手も、全て私の知るオキーフそのものだった。だが、少しでも触れる場所を増やしたくて置いた彼の太ももの歪さにようやく現実という像を結ぶ。
「おそいじゃないか」
 本当は、迎えに来てくれて嬉しいのだと、万全ではなくなった身体を引き摺ってまで自分を追いかけてくれた貴方がどうしようもなく愛しいのだと。そう伝えたいはずなのに口から出たのは素直さとは程遠い、子供のような涙声だった。
「お前の父親が厳しくてな、会う許しを得るのも大変だったんだ。大目に見てくれ」
 せっかく結んだはずの像が歪む。決して幸せではなかったはずの企業で過ごした日々のように、酷い顔を晒すラスティの頬や額に何度も口付けながらオキーフは軽口を投げてよこす。
「あの人は頑固でね、でも貴方の粘り勝ちのようだ」
 強がって返す言葉も震えていて、目から零れた雫は重力に従いオキーフの頬を濡らす。彼はやはり目尻を下げてはらはらと落ちる涙を拭い「待たせて悪かった」と泣き笑いのように不格好に上がった口角にキスをした。その仕草に堪らなくなって、ベッドに腰かけたままのオキーフの頭を思い切り抱き込む。前屈みの姿勢から解放された背骨と背中の筋がぴきりと嫌な音を立てた。彼に聞こえてないといいんだが、そんなことを思いながら胸に当たる高い鼻と服越しでも分かる呼吸の温かさにもう一度ぎゅうと抱きしめる力を強める。生きていてよかった、よかったオキーフ。
抱きしめた拍子、愛おしい人に触れられて健気に育ち震える乳首にオキーフの温い呼気が染みて思わず腰が跳ねる。目の前に彼が居て、たまらない顔を晒して私に触れてくるのなら、もう我慢をする必要はないだろう。
さてオキーフ、父から共にある赦しが出たのなら初夜はどうする?」
「お前が許すなら」
 いつもの貴方なら、自制心が無いだとか呆れたような声を出すだろうと思ったのに。予想に反して欲しいと一瞬の躊躇いもなく言ったオキーフの唇へ思い切り噛みついた。今度は互いに、官能を引き出すようにじっくり、じっとりといやらしく唾液で濡れた肉厚の舌を絡め、ちゅると音を鳴らしながら口腔へと招き合う。深く息を奪い合いながら立ったままのラスティの手を引いて自身の横に座らせたオキーフは、ディープキスでぐっしょり濡れた口周りを綺麗に舐め取って、いつもラスティにしたように足の間に跪こうと硬い床に足を付くが、右足の義足が嫌な音を立て緩慢だった動きが止まる。
なあオキーフ、私に任せてはくれないか」
 ラスティは音を立てた金属と足の付け根をなぞり、徐々に体に這わせた手でオキーフの分厚いジャケットを落とす。中に着込んだシャツを捲りあげると協力するようにオキーフは袖から腕を抜いていく。いつも奉仕する側でストリップを楽しんでいたのは自分だからなのか、鍛えられた上半身を前に浮き足立つラスティを見て悔しそうに眉間の皺を深くする。ベッドボードの棚の中からさりげなくローションを置いてオキーフのそばに置くとさらに深くなる眉間の皺が愛おしい。
 機嫌を取るように首筋や鎖骨を吸い上げるラスティが一瞬動きを止め、そのまま薄い色づきの慎ましい頂に吸い付いた。口の中で柔らかい粒を転がし、物理的な刺激で硬くシコってきたそこを舌と歯でくにくにと摘んでみたり。ちらりと窺った顔は普段より血色が良いけれど、胸に吸い付く男を愛おしげに見つめるばかりで息の乱れは一つもない。
「よふないほか?」
「口に入れたまま喋るなラスティ。視覚的にはかなりくるが特別良いってわけでもないぞ」
「悔しい、いつも私ばかりじゃないか。絶対気持ちよくしてやる」
「構わないがお前するよりされる方が好きだろう」
 お前がしたいなら付き合うがな、と嗜めるように肩を叩いたオキーフの手がそのままするりと胸元に這わされ、愛撫をねだって乳輪ごと浮き上がった乳首をくるりと摘み搾り上げた。
「あっ♡う、ぅぅ急に触るな、貴方と違ってこっちはかなり、んんっ♡くるんだっ」
 そのまま動物の乳でも絞るように先端に向かって何度も扱かれると触れられていない腰が種付けしたそうにふらふら揺れた。
「ようやくお前を抱けるんだ、俺を開発したいのなら次にしてくれラスティ」
 目の奥をドロドロに溶かしたオキーフが、焦ったそうにラスティの纏うつなぎの襟元を引く。欲しくてたまらないといった顔を隠しもしないオキーフに全身の血が沸騰しそうなほど興奮した。こちらをじっと見てその時を待つオキーフと視線を合わせたまま、急いで野暮ったい袖から両腕を抜きベルトもボタンもすべて緩めベッドの下へ一続きの衣服を落とす。色気も何もないけれどインナーも急いで脱ぎ捨て程よい寒さに鳥肌を立てた裸体を晒した。真っ赤に腫れた両胸の頂と半ば立ち上がり涎を垂らす陰茎に身惚れている男をベッドに押すと抵抗もなく彼は巨体を荒れたシーツに沈ませた。
 簡単な作りをした脚の装具を片手で外し、ごとりと床に置いてからオキーフに迫り裸の胸に腰を下ろす。ひくひくと男を誘う後孔から真っ赤に熟れた蟻の門渡り、硬く張りのある睾丸がオキーフの少し汗ばんだ肌と合わさる。触れた場所を前後に揺すると気持ちが良くて、鼻から高い声が抜ける。まだ触れてもいない中心は一人遊びで完全に立ち上がる。脱ぐタイミングを失って穿いたままのオキーフのボトムス越しにしっかりと膨れ上がった欲望を横目で確認してラスティはずり、と前に身体をずらし普段より幾分の荒れた呼気をこぼす唇の先に自身の陰茎を差し出した。
「オキーフ」
 舐めて、と言葉にされるよりも前に、オキーフは口元に差し出され既に期待で先走りすら漏らした雄の象徴へ嫌がる素振りすら見せず舌を這わせた。ぱくぱくと汁を溢す先端を啜りながらオキーフの手が彼の奉仕で硬くなったり柔らかくなったりと忙しい臀部の肉を揉みしだく。ピッタリと腰をつけたままでは触れにくいのか腰を持ち上げる仕草をするオキーフを手助けするように、押し付けて甘えていた陰嚢を名残惜しくも持ち上げ隙間を作り、両手を使って彼が触れやすいように期待で引くつく後孔を割り開いた。
「あっ、あっあ゛んっ♡」
 いつの間にか手に出されていたローションで入口をほぐされ、たった一本差し入れられた指に、ラスティの中が感極まったように蠢いた。歓迎するように収縮を繰り返しもっと奥へ奥へと懸命に強請る。
「ラスティ?」
 しばらく抱かれていないとは思えない程柔らかく解れた蜜壺に、まるで咎めるような声色をしたオキーフは指を増やし緩く出し入れしながらラスティを詰める。
「んぅ♡こんな、ところで出来る娯楽なんてそんなにないだろ。あっ、あっ♡んん、はしたないなんて言わないでくれ、貴方が教えたことだ」
 出し入れされながら何とか反論の一つでもと一人遊びに興じた日々を自白する。と、緩やかに動いていた二本の指が中で一際大きく張ったしこりを押し込んだ。
「まっ!だ、め゛駄目ダメダメ♡あっ、あっ゛〜〜〜♡」
 中に入った指ごとギュウギュウと後孔を痙攣させて、温かくて柔らかなオキーフの口腔に射精する。久しぶりに人の手で高められ腰がへこ、へこと情けなく動いているのにオキーフは容赦なく出された精液ごと柔らかくなりかけた陰茎を吸い、じゅる、と濡れた音を立てながら管に残る残滓まで容赦なく奪い飲み干した。
 オキーフは未だ震えるラスティの身体を腕の力で足元までずらし、自身の陰茎にローションを垂らして淫らな音がなるほど激しく扱きあげた。口数の少ない男のおねだりに柔らかく萎えていたはずの中心が首をもたげる。指を二本入れても十分な余裕のあった後孔に、夢にまで見たオキーフの陰茎をあてがった。騎乗位の姿勢で目の前の硬い腹筋に手を置きながら先端を出し入れするとくぷ、くぷと間の抜けた音が鳴る。
「ん、ん、あん♡」
 入口を抜ける快感に夢中になって幼稚な動作を繰り返すと「は、あ」と気持ちよさそうに感じ入る声が耳元でこぼされて頭の中が蛍光色に染まり出す。股の間に視線を向けると赤黒く隆起した竿が先端だけ蜜壺に含まれて飢えたように血管を浮かせて順番を待っていた。いつか誰かが言っていた、好きになるとどんな姿も可愛く思えるなんて言葉をふいに思い出す。なるほど、勃起した性器にすら妙な愛おしさを、愛着を感じる今あの言葉は本当だったのかもしれないと熱に浮かされた頭でぼんやりと思う。ぼんやりと思ってそのまま一気に奥まで咥え込む。
「あっく、」
 普段より少しだけ高い声を漏らして、密着したオキーフの腰が震える。
「そんなに、気持ちよかった?」
 珍しく声を漏らすオキーフの鼻先でニヤリと微笑んでやると、彼は意趣返しでもするように腰をくんっとあげて中をついた。たったそれだけで気持ちが良くて情けない声が垂れ流される。一人で慰め続けていた雄膣は成人男性の平均を大きく越えるオキーフの陰茎をこともなく飲み込んで、もっと先に欲しいのだと健気に中の男をキュンキュンと食む。
しばらく馴染ませた後にラスティはたん、たんとリズミカルに腰を打ちつけ始める。遅漏気味のオキーフがイくより先に何度も果ててしまうのはいつもの事だけれど、主導権を握った今日くらいは耐えてみせようと擦って欲しそうに震える前立腺を何とか外し抽送を繰り返す。
 冷静にあくまでオキーフを気持ち良くするために、そう思っていたはずなのに徐々に上がる息が熱い、後孔が切なくて、腫れ上がったしこりを思い切り突いてほしい、もっと、もっと深くにほしい。オキーフ、おきーふ。
「泣くな」
 あ、と思う間もなく媚びる雄膣から名残惜しげに陰茎が抜かれ、くぅと鼻が鳴る。腕を引かれるままにベッドに背中をつけ、じっとりと汗ばんだ髪をオキーフに梳かされた。収まりが悪いのか短くなった右足を何度も動かしてポジションを取り、丁度いい距離に落ち着けてようやく、ラスティの顔の横に手をつきバカになった涙腺からとめどなく流れる滴を吸い取り視線が絡む。
「言ったろう、お前はされる方が好きだって」
 汗で滑る足を持ち上げて肩に乗せようとして、高さの合わない足ではバランスが取れずぐらりとオキーフの上体が傾いた。
「え、へへ」
「笑うなよ
 思わず締まりのない笑い声が出て、格好のつかなかったオキーフはうんざりしたように大きく息を吐いた。泣くなと言ったり、笑うなと言ったり忙しい。忙しいけれど、私のことだけを見て、私のことだけを考えて、私の為にここまで身体を張る人間を、私は貴方しか知らない。近場にあった枕もタオルも、シーツすら巻き込んで自身の腰の下とオキーフの右足の下へ敷き、挿入しやすい位置を探る。
見るからに不格好で、少し間抜けなセックスだろう。それでいい、それがいい。二人で溶け合えるのなら何だって構わない。それが私と貴方が勝ち取った、今この時なのだから。
「あ、゛あっあ゛ああぅ♡」
 自分で腰を振りたくっていた時とは違う、雄膣の中を余すことなく味わうようにゆっくりとされる挿入は頭が真っ白になるほど気持ちがいい。肥えたカリ首が前立腺を引っ掛けたまま奥へ進まれると下半身全体がじん、と甘く痺れる。体内を蹂躙するオキーフの硬い陰茎が容易に奥まで到達してキスでもするように優しく最奥に何度も触れ合わされる。
「お゛キー、ふ♡それ、あっすき、好き♡」
 決して奥には踏み込まない優しい接吻に、内側からの刺激だけで喜び、先走りでベトベトになったラスティのものがびくり、と一人でに震えて腹を打つ。中だけでイケる体に作り替えられていたとしても、前への刺激が甘く気持ちいことに変わりはなくて。両手で自身の太ももを抱えた体勢だと慰めることもできずにピスピスと鼻がなる。そうするとオキーフが身体を支えていた手を一つ外して健気に勃ち上がり男の愛撫を待っていた陰茎に手を添えて、抽送に合わせてねっとりと扱きあげた。
「あ、あ♡きもち、おきーふ゛う、ぁあ♡」
 搾り取るような手コキを腰が蕩けさせながら味わっているぱちゅ、ぱちゅと可愛らしい水音を鳴らしながらオキーフは腰を振る。わざとギリギリまで抜き空気を含ませると、抜けていった陰茎を求める胎に再び突き入れ亀頭で前立腺を押しつぶす。耳を犯す結合音に涎が垂れる。それを見ているオキーフは心底楽しそうで、嬉しそうで。
 自分の快感よりもラスティへの奉仕を優先した動きに追い詰められ、目の前に絶頂がチカチカと瞬き出す。負担にならないようにと必死で抑えていた足はついに手から離れて、オキーフの腰に強く巻き付いて奥の奥を、その先を強請る。
「おきーふ、イきたい゛お゛く♡おくに欲しあんっああ、゛んおお゛っ」
 中を貫いて、その先をぢゅ、ぢゅと重く捏ね回す。二人の腹の間で揺れる陰茎を下から上にねっとりと絞りあげられ、亀頭に肌のささくれ立ったオキーフの親指が添えられる。この先の刺激への期待で涙が溢れて前も見えない、荒い息遣いと飲み込めない唾液が筋となっていくつもこぼれ落ちて、オキーフは仕方のない子だとでも言うように笑って。結腸から一気に引き抜かれたオキーフの怒張が、乱暴な仕草で雄膣に押し入って最奥を貫いた。
「イ゛ク゛っイグいくいくっいぅ〜〜〜♡」
 同時に擦り上げられた亀頭になす術もなくプシっと高い音を立ててラスティの陰茎は潮を吹き、思い出したようにどろりと勢いのない射精をした。ずっと欲しかったオキーフから与えられる絶頂の余韻を味わってガクガクと震える身体を労るようにトン、トンと中を愛される。気持ちよさに汗を散らせながらこちらを伺う生身のオキーフがそこに居る事が嬉しくて、オキーフ、オキーフと何度もか細い声で泣いて甘えてた。
 ずっとイっている様な快感に目をとろりと溶かしてオキーフの目ばかり見つめていたけれど、股間あたりがやけに水っぽく生暖かくて。様子のおかしさに下肢をみる、突かれるたびにしょわ、しょわと潮とも違う臭いが鼻につく。
「嘘だろ、私、ああ、すまないオキーフこんな」
「出せて偉いな、気にするな」
 失禁した恥ずかしさよりも、オキーフの傷に触ったらどうしようとそればかり考えて青ざめるラスティの震えて縮こまる内壁を漏らされるのも構わずに、オキーフはトン、トンと突き続けた。内側から膀胱を刺激されて耐えられるはずもなく、何度も失禁を繰り返し、二人の体とシーツも枕もマットレスも全て汚してラスティの陰茎はようやく落ち着きを取り戻し、くたりと力なく垂れ下がった。
 もう何も考えたくない、何も考えられない。それでも中を圧迫するオキーフは未だ硬くそそり勃っている。かわいそうだ。頭の方向に転げていたので尿濡れにならずに済んだローションの蓋を開けて二人の結合部に思い切りぶちまける、ドロドロになったそこに満足して濡れた足をもう一度オキーフの腰に巻き付けた。
「貴方のいくとこ、見せてくれ」
 そう言って強請ればこちらの体が落ち着くまで緩やかな愛撫に留めてくれていたオキーフはラスティの顔の横に両手をついて、アンアンとうるさいだろう年下の男の声を聞きながら必死に腰を振りたくった。汗の浮いたその顔がやっぱり好みで、自由な両手で浮き出た腕の血管をなぞり、筋肉の盛り上がった肩を渡り、少し骨ばったオキーフの頬を両手で包む。旧世代型の名残かイクのに時間がかかるオキーフだが、気持ちよさそうに呻いて、夢中で腰を振っている姿を見るのは好きだ。
 イケそうなのか早まる律動と荒い息にラスティの鼓動もどんどん強まって、受け入れている蜜壺は健気に侵略者を舐めしゃぶっている。青い目だ、空のような。私の、私だけの。ああ、どうしようもなく

「愛してる」

 やけに明瞭な告白は意識することもなく、オキーフへ向かってするりとこぼれ落ちた。驚いた顔をした彼はそれでも腰を跳ねさせて、低くセクシーな声で果てる。じんわりと温かいオキーフの種が愛おしくて、そのまま濡れた腹の上をなぞると、オキーフはラスティを孕ませるかの様に腰を回し、胎の中にすべてを吐き出した。中に出した実を結ばない白濁をそれでもと塗り込めるオキーフの動きににもう一度しょわ、と尿が滴る。
 言葉もなく、激しい呼吸を落ち着けながら二人して濡れたマットレスだけのベッドに寝転がる。オキーフの腕に頭を預け、引き攣れた彼の右足の断面にそっと手を這わせた。 
先ほどまでベッドに付けていたからかそこは熱を持っていて他の部位よりも随分と体温が高い。痛みがないといい、そう祈り撫でるラスティの瞼の上にオキーフの唇が当てられる。
アーキバスにいた頃、彼はこんなにキスをしてきただろうか。あんなに忘れたくないと思っていた彼の熱なのに、一番欲しかったものを与えられた今となってはうまく思い出せなかった。呼吸を整えた彼は、他の人間から見たらきっと微々たる差なのだろうけれど、幸せそうに眦を下げて私を見つめていた。

「愛してる、オキーフ」

生きていてくれて、迎えにきてくれて、ありがとう。
 
 ようやく伝えられた本心に、オキーフは何も言わなかった。彼は一番大切なことは言葉にしない。それでも、返事の代わりなのか頭に敷いていた腕ともう一方の手でしっかりと抱きしめてくれるこの温度以外に、ラスティも望むものはなかった。私たちはこれでいい、これがいい。そのままうっとりと目を閉じて、しばらくの間二人してお互いの香りに熱に酔いしれた。

 翌朝勢いよく振りまいた失禁の後処理でメチャクチャになった寝具を庭に出し、シーツもマットレスも何もかも必死に洗う姿を遠目から訝しげに窺っている坊やの姿が目に入り、何とも居た堪れない気がした。これは夏の立つ頃の話だ。



◾️◾️◾️



Ⅻ 未来の話をしよう

 意識が戻った頃には既に、ラスティは遠くへ追いやられた後だった。

 ラスティを受け止めた記憶の続きは見知らぬ粗末なベッドの上から始まった。どこもかしこも鋭い痛みを発していて、意識を取り戻したと言っても自由とは程遠い有様。思い通りに動くのは目くらいのもので、くるりと視線を動かし辺りを見渡すと何もない部屋と厳重に施錠されているであろう扉がある。起きあがろうと痛みに耐えてようやくついた手から歪に傾く体の重さを感じ、長く連れ添ってきた右足を失った事に気がついた。太ももの中腹から先、保護パット越しになぞる断面はグロテスクな感触と激しい痛みを伝え、久方ぶりに感じる拷問の如き苦痛に呻く。鎮痛剤でもあればいいが、それは望めないだろう。命を繋ぐ処置以外は最低限、ルビコニアンがアーキバスの情報部門の長に見せる対応としては至極真っ当だ。
「ラスティは、生きているか」
 額に脂汗を滲ませながら監視カメラに向けてそう声をかける。交渉するには自身の弱点をあまりにも曝け出した問いかけだった。特殊情報局員が聞いて呆れる有様だ。それでも自分がここにいる意味を、あの男の無事を確かめずにはいられなかった。返事の代わりにドアの施錠が解かれる重たい音が響き、銃を持った男に続くように壮年の男が入室してくる。
「無事だ、お前に会わせることはできないが」
顔を合わせるのは、初めてか。ミドル・フラットウェル」
 昔ラスティの通信を傍受した際に聞いた記憶のある低い声に顔を上げると、不格好に上体を起こしただけのオキーフの前に、ルビコン解放戦線の実質的指導者が立つ。
「うちの貴重な戦力を救ったことについて礼を言うべきか?」
「いいや、遠慮しておく。俺が好きでやったことだ」
 あいつが無事ならそれでいい。フラットウェルが顔色も変えずに「生きている」と言うのなら、それは本当なんだろう。無意識にこわばっていた肩の力が抜け、深い息を一度だけ吐き出した。
「話をしようオキーフ。我々も同志の恩人だからといって敵方のお前を懐に迎え入れてやる程優しくはないのでな」
 何人殺した、ヴェスパーⅢと呼びかける師叔は言葉の強さとは裏腹にその声には憎しみも憤りも無い。ラスティがアーキバスに潜入するよりも前、フラットウェルによって送り込まれたであろう間諜は全てオキーフの手でファクトリー送りになった。どこぞで生体部品として運用されているかもしれないが、生きていると呼べる状態の者は居まい。
「少なくとも、八人」
なぜ、ラスティを助けた」
 オキーフの返答を聞いてようやく表情が動く。思い悩むように眉に力を込め、深い皺を刻ませるフラットウェルにどう答えるべきかオキーフは考えあぐねたはずだと言うのに、答えを出す前に口は自然と開かれた。
「愛しているんだろうな、あの男を。だから俺よりも先に死なせたくない」
 残されるなんてごめんだと、ラスティ本人にすら告げた事のない飾り気も情緒も何もない告白をフラットウェルに投げつける。自嘲気味に掠れる声にフラットウェルは一瞬目を見開いたが、すぐに眉間に皺を刻み直し先ほどよりも気の抜けた空気を出しながら大きな大きなため息を吐いた。
 思い返せば事あるごとにラスティはフラットウェルとオキーフを重ね合わせていた節があった、それも気が付いた頃には消えていた仕草だったが。憎からず思う男から受けた嫉妬心を煽るには十分な所業に対する、一種の意趣返しだったのかもしれない、ラスティと特別な絆を持つこの男への。
 もはや何も問うまいとかぶりを振ったフラットウェルはここからが本題だと身を正してオキーフに向き直る。
「ラスティはお前が解放戦線の役に立つのだと言った、ならお前の価値を示して見せろ」
 それが唯一ラスティに会う方法だ、と付け加えられた言葉に対する返答は、自分の頭に指を刺せば事足りた。

 施錠されたままの部屋で未だ残る企業の補給地や、既に放棄された基地に巣食うドーザーどもから各拠点を奪取するためにオペレートすること幾度、傷の回復を見て粗末な義足と共にたった一つの座標を渡される。やはり苦虫を噛み潰したような顔をするフラットウェルに短く礼を言うと収監されていた基地の外におぼつかない足取りで立つ。
 義足を固定する為に足に嵌め込まれた器具に追跡装置が付いている事に気が付いてはいたが、せっかくほんの数ミリであろうと築けた信頼を壊す理由が無い。路銀も持たぬ不自由な身の上だ、遥か遠くに示された座標を目指すには何度も何度も荷物同然の扱いを受けた。数週間をかけてようやく辿り着いた先に居たあいつは、最後に抱きしめてやった時と比べてすっかりくたびれていた。
だと言うのに全く男タラシなやつだ。慕わしいのだという視線を隠しもしない幼い子供が俺からラスティを守るように前に立ち塞がろうとした時にはそうだな、お前を久方ぶりに目にするんじゃなければ笑ってただろう。嬉しそうに泣くラスティに連れ込まれた納屋のような部屋で抱きしめ愛した体はどこまでも甘く、会いたかったと口にするより雄弁に、あいつの体は俺を食い締めて離さなかった。
 しばらく暮らしてみると確かにこの土地はルビコンの中では温暖な部類で過ごしやすく、傷を癒すにはちょうど良かった。ここまで恵まれた気候なら企業に目をつけられそうなものだが、土地が豊かな事に反比例するかのようにここでは資源、コーラルがほとんど湧かない。エネルギーだけでは腹は膨れず、だからこそ解放戦線はこの場所を貴重な農耕地として守ってきたのだろう。
 ラスティをこの場所に送り出したフラットウェルの優しさが本人に伝わっているのかは疑わしかったが、わざわざ教えてやるほどの義理はない。ここに来てからと言うもの、ACに乗って戦場を駆け回っていたのが嘘のように穏やかな日々だった。再会してすぐに無精髭を剃り落とし、髪を整えたラスティはすっかりアーキバスにいた頃の小綺麗な男に戻った。
あの荒れ具合も色気があってよかったと言ってやればプライドが許さないのかヘソを曲げられたが本心だったのでしょうがない。それから、毎朝恭しく義足をつけたがるラスティに軽くなった足を差し出せば、引き攣れた断面の跡を好き勝手撫で回した後キスされてようやく歩くことを許されるし、村長に許可を得て裏の荒れ放題だった土地を耕して慣れない農業とやらも手を出した。
二人して泥だらけになりながら植えた作物はすくすくと育ち、早めに植えたイモの花は枯れ疲れたようにヘタレこんでいる。軽く土を掘り返すと立派に育った根が見えてもう収穫の頃合いだろうと笑い合ったのは昨日のこと。
 ラスティに惚れている様子の坊やが口を出すおかげか、想定外に豊かに実った野菜たちを前にして収穫するための準備が全く足りていなかった。ある程度は借りることができたけれどそれで全て賄う訳にも行かず、顔が売れているラスティを一人残し、オキーフは挙動の怪しい車に乗って隣町に買い出しに出た。
スティールヘイズによく似たカラーリングのボロ車は村の翁から譲り受けたものだ。譲渡された時点ではうんともすんとも言わなかった車も有り余る時間を二人してメンテナンスにあてた結果、ムラはあるもののしっかりと走行するようになった。
 一通りの資材を買い込んだ後、不自由な足を引き摺りながら街を歩く。豊作といえど今回は失敗も多かった。植物によってアルカリ性の肥料は使えないだの、植えた後にも追肥と盛土が必要だの。強化人間といえども、情報端末の恩恵を受けられないこの地においては二人して役立たずもいいところだ。
たが役立たずなりの努力も無駄ではなかったようで、男二人が必死に畑を耕す姿に村の者たちからの警戒が薄れ街に行くならこれを買え、あれを変えと盛りだくさんのアドバイスとメモを渡された。
 企業勢力の残党も、惑星封鎖機構ひいては宇宙政府からの圧力もオールマインドの思惑も。ルビコニアンが束の間の自由を享受しようとこの後に降りかかるだろう、この星に渦巻く山積みの問題は何一つ解決だってしてはいない。いないけれど、手の中で無機質に揺れるメモや一人帰りを待っているだろうラスティの姿を思うと金も、仕事も、真っ当だと胸を張れるものは持ち合わせていないが、確かに今の生活は幸せだった。
 ここまで片道数時間かかる、買い忘れがないか確認しようと荷物でパンパンになった車に戻ろうと踵を返すオキーフに見知らぬ男が近づいた。何を話すでもなく通り過ぎた男を一瞥すらせず、ポケットに入れられたデータ端末を見る。残念ながら、ルビコンⅢはそう易々と俺たちに休暇を許してはくれないようだ。

ーーー

 ようやく村に戻って車から荷車に荷物を移す。こんもりと盛り上がった資材や食材を覆うように布をかけ紐をしっかりと止め、踏ん張りのきく左足で地面を蹴り仮住まいと畑の中間に立つ古びた倉庫へと向かう。舗装もされていない砂利道に足を取られ汗を流しながら荷車を引くと畑で蠢く青い頭が見える。名前を呼んで手を振ると土をいじっていた手を止めてラスティが嬉しそうに起き上がる。
「戻ったのか、おかえりオキーフ」
 暇を持て余したのか実った芋を掘り返しドロドロ姿で、晴々とした表情を浮かべてラスティはオキーフに向かって大きく手を振った。後ろにはすでに収穫された芋やカボチャなんかが山のように積まれているが入りきらないものは掘ったまま畝に置きっぱなしになっている。荷台からカゴを一つ取って近づくとふと野菜の上に見慣れないものが見えた。
「写真か、アナログは珍しい」
 そばによって見てみるとラスティと二人で映る自分の姿がある。下から仰ぎ見るように写された写真の中でもラスティの瞳は美しく瞬いていて、思わずカサついた中指でその相貌を撫でた。
「さっきまで坊やがいたんだが、その時に置いていったのか」
 へえ、よく撮れているなと感心するようにラスティはオキーフの手元を覗き込む。
「この前誕生日に貰ったってカメラを持ってきた時があったろう?あの時何か写したがっていたから貴方を呼んだのだが
「ああ、あの子供が走って逃げたあの時か。なるほど、お前だけを写したかったんだろうに酷い事をする」
「失恋の経験は早いほどいい、あなたもそう思うだろう?」
「どの口が言うのだか」
 失恋知らずで本命の年嵩男までもを見事に射止めて見せたラスティが垂れた目を細め笑っている。髪に跳ねた泥を払ってやりながら空のカゴを渡すと、両手に抱えていた芋をどさどさと入れた。パンパンに野菜の詰まったカゴが四つ、一度荷車を空にしてもう一度取りに来るか。泥だらけの手をしたラスティの代わりに汚れないように写真を避難させると、その下から育てていた覚えのない見事に実った赤い果実が現れた。
「トマト?」
「ルビコンの気候だと植えるには少し早いらしい。それは坊やからのお裾分けだよ」
 オキーフが手に取ったトマトを見て採れたては美味いらしい、生は初めてだとカラカラ笑うラスティの楽しそうな姿に、オキーフはたまらなくなる。自由を渇望した狼が、飛ぶ事も出来ないこの大地に根を下ろし幸せだと肩の力を抜いて、何も成さないはずの男のそばにある。
「来年は育ててみるか。来年がダメならその先でも」
そうか。フラットウェルはなんだと?」
 聡い男だ、がらにもなく未来の約束を持ち出したオキーフの真意にラスティはすぐ気がついた。
「町で接触があった、レイヴンを見つけたと」
「生きていたのか、よかっただが、一体どこで」
 行方不明だった戦友と慕う男の無事を聞いて、ラスティの体から喜色がふわりと立ち上る。食卓を囲みながら如何にレイヴンの戦いが素晴らしかったか、共闘してどれだけ誇らしかったかと熱を上げて何度も何度も聞かされていた身としては素直に奴の生還を歓迎しようと思える。
「技研都市だ、何度も目撃されているから生きてはいるようだが詳しい居所が全く把握できない。残留コーラルが邪魔をするのかあるいは妨害工作か。レーダー類も効かないらしい」 
「それで我々に彼を探すミッションが回ってきたと言う訳か、ルビコンの解放者を放っておく訳にもいかないからな。まったく、フラットウェルらしい。まるで私たちを呼び戻す為に誂えたような内容だ」
 目に見えて浮き足立つラスティに仕方がないと鼻から息を抜く。もう少しくらいは隠遁生活を楽しめるかと思っていたところだったから残念に思う気持ちもあるが、どうしたってこの男は自由の先へ行くだろう。ならその様を特等席で楽しもう、今更お前が居ない人生なんて耐えられないのだから。
「トマトを育てるのは次の夏になりそうだ」
 視線を落としていたオキーフにそう笑いかけ、汚れた手で頬に触れてきたラスティに思わず動きが止まる。
「思うに、私たちはもうしばらくは休暇を取っても許されるんじゃないか?今まで死に物狂いで身を捧げてきたのだし」
 無理をしている風でもない、穏やかなカーネリアンの輝きを細めた瞼に隠しオキーフの持ち上げていた果実に食らいついた。裂けた実から濃い色の汁と種がオキーフの手に滴るのも気にせず咀嚼し飲み込んだラスティはペロリと自分の口元を舐める。
「それに、どうやらここでは貴方はあまり襲われないようだ。お互いに傷が癒えきったわけでもないし、私としても暫くはこのまま過ごす方が安心できて良い。だから、いつか訳くらいは話してくれてもいいぞ」
 気が付かれていないとも思わなかったが不意打ちで突き付けられるとどことなくバツが悪く低く唸る。お前のために古巣を敵に回したなどと、とてもじゃ無いが言えそうにない。そんな年上の男の仕草を笑ってラスティはもう一度、もう一度と手の中の実にかぶりつく。食べやすいように方向を調整してやると顎で自分を示されるので半分無くなった手の中のトマトを口にする。
「戦友が姿を見せないと決めたならどれだけ急いでも無意味さ、貴方の義足だって新調しないと」
「戦闘にも耐えられる足を作るのなら二ヶ月、いや、今の物資状況なら半年はかかるぞ、いいのか?」
「言ったろ、急ぐ旅じゃない。だから、まずは腹ごしらえといこうオキーフ。貴方の故郷では夏の祝いに芋料理を振る舞うのだろう?その話を聞いて、これでも楽しみにしてたんだ」
 口にした赤い実は加工前提の品種なのか酸味が強くて、一応のところ口の肥えていたオキーフにとっては、とてもじゃないが美味いとは言い難い。昔ラスティに食べさせた果実の方が甘みも旨みも余程強い。だと言うのに、俺たち二人の未来にいきなり割り込んできたこの実を好ましく思った。二人で咀嚼し、すっかりオキーフの手元から消えたトマトの名残の残る指先から手首にかけてペロリと何度か舐めとったラスティは荷車を待てないと野菜の詰まったカゴを持ち上げ家に向かう。
自由気ままな背を追いかけようとしてふと足を止めてこの後作る料理に思いを馳せた。自分のルーツの伝統料理と言えどはるか昔に離れた母星の記憶などないに等しく、正確に作る自信はない。ないけれどそれすらあいつは楽しそうに受け入れるんだろう。
 そうだとて料理が不格好になっても食卓くらいは彩りたいとカゴに積まれたままの、未来を約束された赤い実を手に取った。先を行き遠くなった背中に聞こえないと分かった上で呼びかける。腹を満たしたら明日の話をしよう。これから先も二人で生きる、未来の話をと。






立夏に会おう





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あとがき
オキラス、愛し合ってくれて本当にありがとう。
これが言えたら満足です。
またこの場を借りて今回の本を作るにあたってご協力頂いたお三方のご紹介とお礼をさせてください!
・表紙&裏表紙のお野菜イラスト担当 留美さん
・裏表紙写真イラスト担当 すずかさん
・ブルートゥの喪に服して早何ヶ月?限界入稿添削担当 ぽち山
本当にありがとうございます、おかげで発行できました!!!
本では読みにくい方向けで後日ネットにアップ致します。閲覧用パスワードは『0725』で設定しますのでよろしくお願いします!

※この本は非公式ファンブックです。公式と一切関係はございません。二次創作をご存じない一般の方や、関係者様の目に触れぬようご配慮お願い致します。無断転載・複製・複写・インターネットへの掲載は禁止です※

立夏に会おう
サークル どぅんランド
発行日 2024年8月25日
発行者 なすどん(どぅんEX)
Twitter @dondadondaadon
連絡先 [email protected]
印刷所 ねこのしっぽ 様
 


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エピローグ『stay lucky』


撃墜された身でよく生きてくれていたと、そう思った。

 道端で拾い上げ、自分と同じ道を歩むようにと育てた愛弟子が空から落ちたあの日。地上で指揮を取りながら聞いた愛弟子を乞う男の叫び声ではじめてオルトゥスが撃墜されたことに私は気がついた。
 何度も繰り返される男の声へ応えるように絞り出されたラスティの囁きは戦場の中だと言うのに脳内に響く。墜落ポイントがダイレクトに送信されてきたのはその数秒後。そうして、それが地へ墜ちる2人から送られた最後の通信だった。

 少しだけガタつく車の中からのどかな村や畑の様子が見て取れる。ルビコンの中でも温暖な気候だと言えるこの土地にようやく立てるようになったばかりのラスティを追いやった。自由を手にしたルビコニアンが次に石を投げるのが誰かだなんて火を見るより明らかだったからだ。
 車を降りて畑のそばに寄ると監視員から送られてきた姿より随分と健やかになったラスティが土にまみれてせっせと収穫に勤しんでいる。
「オキーフ?」
 足音に気がついて顔を上げたラスティは私の姿を見て顔を歪める。
「なんだフラットウェルか」
 無愛想に名前を呼んで、手に持っていた野菜をカゴに収めて近づいてくる。嫌そうなその仕草が一種の甘えであることに、私は最近ようやく気がつけたところだった。
 この子のそばにあの男を送り出してから数週間が経った。ラスティが言った通り元ヴェスパーⅢオキーフは従順にも解放戦線の役に立って見せた。それが真にラスティに会いたいが故なのか、苦い気持ちで解放した途端迷うことなく愛弟子の住処にたどり着き今日に至るワケだから、その献身を認めない訳にもいくまい。
 嫌々ながらも通された小屋の中は古さが目立ちところどころ床材の色だって違うが、仲睦まじく棚に並ぶカップや2人分の洗い掛けの食器がこれが幸せなのだと訴えてくる。
 机の上に出しっぱなしだった皿を片付けながら席に促してくるラスティはこの上なく充実している姿を晒す。
 喜んで飛びつくだろうと思ったレイヴン探しのミッションを先延ばしにしてまでお前が何を望んでいるのか、親がするほどには優しさを向けてやれなかった子供の行く末を確認しに来た訳だが早々に望みは叶ってしまったようだ。
「そうか、良かったなラスティ」
「急になんだ」
 貴方にそんなこと言われると酷く不気味だ、と棚に並んでいたカップとは違うマグにフィーカを入れてラスティは席に着いた。
「私に宣言するくらいだ、あの男は余程お前を愛しているんだろう」
……は?」
誰が誰を、なんだって?
 凄む顔に何も言えなくなるが根掘り葉掘り厳しい眼差しで責め立てる男にフラットウェルは即座に白旗を上げた。昔からそうだ、気に入らないことや納得できないことがあると絶対に引かないのがラスティのいい所であり、悪いところでもあった。
「あの人は……私にまだ何も言ってくれてないのに?!貴方には言ったのか?!」
 昔のままのキィンと響く怒りの声に懐かしさを感じる。これ以上は何も言うまいと口をフィーカで塞いでいると引き摺る様な足音と立て付けの悪い扉がギィと鳴く。
「ラスティどうした、外まで声が」
どうにも、間の悪い男だった。
「オキーフ話が頼んでいた物?ありがとうそれも大事だが、私たちは話さねばならない事があるようだ。それも、今すぐに」
 フラットウェルはゆっくりしていってくれ。早口でそれだけ言うとラスティは足の不自由な男を最大限に気遣った早足で寝室だろう奥の部屋へと引っ張りこんだ。
 困惑したようにフラットウェルに視線を寄越したオキーフを無視して解放戦線を率いる重鎮はフィーカに集中する。この先に踏み込むほど野暮ではないし、何よりラスティと恋仲だろう男を直視するにはあまりにも身の置き場がない。
 2人の姿が扉の中に消えた後、しばらく声が響いていたかと思えば急に静寂が訪れる。気まずさの中で、心に浮かぶのは存外穏やかな感情だ。
 よく生きてくれていたと、そう思う。親代わりのようなことは何もしてやれなかったが今生きて幸せになろうとしている愛しい子供を見て、フラットウェルはその幸福がいつまでも続くようにと心から願った。