ガレージの扉がきしみながら開き、吹き込む吹雪と共に朝日に照らされた鈍錆色の人型機動兵器、アーマードコアが乗り込む。クレーンのアームがACの両肩を固定するとACハンガーへ安置した。肩にはかすれた白いカラスのエンブレムがつけられている。
ACのコアの内部、コックピットで機体の固定を確認したパイロットの強化人間、C4-621は最終確認終了のコマンドを送る。しばらくして機体全体がぐらりと動く。ガレージが予め指定しておいた拠点へと飛び立ったのだ。
「メッセージを1件受信しました」
C4-621の脳深部コーラルデバイスのコンピューターが語り掛ける。メッセージを開くと送信者の名前が表示される。ハンドラー・ウォルターだ。この男は不良在庫として冷凍睡眠装置で霜をかぶっていたC4-621を購入し、仕事を与え、戦闘のサポートをしている。
「621」
年を経て深みを増した芯のある低いいつもの穏やかな声だ。解凍直後に見たた杖をついた男がこの人だったのだろうと思っているが、メッセージを送られるばかりでいまだに会ったことがない。
「仕事を終えたばかりのお前を休ませたいのは山々だが、ルビコン解放戦線から急ぎの依頼だ。ブリーフィングを確認しろ」
命令通りに送信されたブリーフィングデータを確認する。
「独立傭兵レイヴン、こんなことを頼むなんて気が引けるのだが、あなたにお願いしたいことがある」
C4-621をルビコン3で拾った傭兵ライセンスの名前で呼ぶアーシルのさわやかな声がいつになく歯切れが悪い。脳深部コーラルデバイスのCOMが、断られることを前提に依頼を持ってきていると音声分析結果を提示した。
そういえば、この人も顔を知らない。
――不要な思考を抑制します
COMが621の機能を最適化し、ブリーフィングに集中して思考する環境を整える。
アーシル曰く、グリッド179に異常発生した野生のミールワームを自爆させずに生きたまま確保してほしい。
ミールワームはルビコン3全体に張り巡らされた雲の中まで届く巨大建造物群の一つ、グリッド179全体に散らばり、構造体を食い荒らしているらしい。
「このミールワームを確保できなければ今生きている人が、未来を担う子どもが死を待つだけだ。あなたの選択が大勢の人の未来を守ることになる。――検討をよろしく頼む」
この後に控えている仕事はなかった621は承諾の連絡を送り、ガレージの行く先を変更した。
「621、この仕事の利益は薄いが、解放戦線との繋がりを強めるだろう」
ミッション内容に合わせてACのアセンブルを変えた621をウォルターは送り出した。
――システム 戦闘モード起動
グリッド179近傍へ独立傭兵レイヴンとして降り立つ。ACと繋がれた視界は砂嵐さえなければ地平の果てまで見渡せるほどはっきりと見える。
「独立傭兵レイヴン、来てくれてありがとう!」
アーシルが広域通信で呼びかけてきた。通信と共に送られてきた座標までアサルトブーストで飛ぶとそこには山のように積み上げられた白い培養ポッドと解放戦線のマークを掲げた大型輸送用ヘリコプターがいた。
「このあたりの手が空いているもの総出で捕まえているのだが、基礎柱近くはドーザー達が邪魔をしてくる。追加報酬をつけるから奴らもついでに追い払ってくれ」
道中で敵が来てもいいようにハンドガンと小型四連装マルチロックミサイルを装備しておいてよかった。
「あんたが傭兵か?」
山の後ろからACほどの長さがある培養ポッドの筒を両椀に持ったマッスルトレーサーが姿を見せる。まるでミサイルランチャーを構えているようだ。
MTはよたよたと歩きながらレイヴンに筒を渡す。
――左腕 未登録の物品が接続されました
COMがエラーを伝える。レイヴンはエラーを無視して培養ポッドを構える。開口部近くのボタンを押している間だけフタを開けることが出来るらしい。
「あの子らの近くでフタ開けて待っていたら来る。素直でいい子だ」
ウォルターを思わせるような声音でそう言うと、MTの操縦士は培養ポッドをヘリコプターへ積み込みに行った。
「独立傭兵レイヴン、新しいポッドが必要になったらこのヘリのところに来てくれると助かる」
アーシルの操縦する輸送用ヘリの識別信号を記憶したレイヴンは広範囲レーダーを起動させると基礎柱に集中する異形のエネルギー塊を見つける。アサルトブースト全開で反応へと飛んで行く。
基礎柱の出っ張りで空になったジェネレーターの回復をしつつ、ホバリングをしながらゆっくりミールワームの居場所へと向かう。予想した通り、ミッションの内容から四脚での出撃が最適だった。
暗灰色の体に青い筋模様を光らせるミールワームがいた。大きさは3メートルくらい、生身のレイヴンよりはるかに大きく、ACの手に乗るくらいの生き物だった。
それが数十匹集まって蠢いている。
レイヴンはクイックブーストで距離を取ると銃を構えた。なぜかはわからない。向こうから攻撃をするはずがないのに銃を構えずにいられなかった。ミサイルも起動したが、命中させるためにれらを視界に捕捉することを躊躇した。
「621、それがミールワームだ。危険を感じると爆発をする。刺激はするな」
非公開直通回線を通じてウォルターから命令が下る。レイヴンは武器を収める。
地上で指示された通り培養ポッドを開け、ミールワームの群れの下に構えた。しかし、ミールワームは動こうとしない。短い脚と胴体と変わらないくらい大きく開く口で基礎柱の表面に吸い付きながら破砕機のような歯で削り取り続ける。削り取られた場所は赤茶けたさび色の周囲と異なる色でわかりやすい。
「ミールワームがこんなものを食べるとは……表面に残ったコーラルの残滓を建材ごと捕食しているのか?」
ACのブースター音と金属をひっかく甲高い音と何かが欠ける音だけが絶えずに聞こえる。
ホバリングで消耗するジェネレーターの残像量といくら待っても動こうとしないミールワームにしびれを切らしたレイヴンは筒を群れの近くに押上げ、一番下にいたワームの尻を突っついた。
ミールワームが爆発した。
連鎖的に爆発するミールワームの爆風で押し出され、姿勢を制御しようとブースターを吹くも空になったジェネレーターからのエネルギー供給は間に合っていない。落下しながら姿勢を立て直し、地上ギリギリでブースターを吹かせて辛くも落下の衝撃を和らげて着地する。滞空時間を重視して装甲が薄いパーツで組んだせいで装甲の正面が激しく損傷している。さらになんだか分からない、理解したくない液体で光っている。
「おまえーー!爆発させるんじゃねえ!!」
爆風に負けないくらいの大声の通信が入る。耳をつんざく怒声に驚いて飛び上がるが、コックピットのシートベルトが押さえつける。
「……621、辛抱強く待てば入る」
ミッション失敗で損害賠償をすることになる連絡かと思いきやアドバイスだった。ウォルターを信じて再びレイヴンは捕獲対象へ飛んで行った。
ルビコンの冷たい太陽が沈み、星が出始めるころ、アーシルから連絡が入った。
「独立傭兵レイヴン、今日はこれで仕舞いにしてくれ、基礎柱の損傷が軽微なら、残りのグリッド内部は我々で対処ができるだろう」
満タンになった培養ポッドを地上で待つ四脚MTに渡すと報酬支払明細が届く。気晴らしに鉄くずにしたドーザーの分も入っている。
「傭兵さん」
ここで最初に出会ったMTが声をかけてきた。ぶつけて壊さないように向き直る。
「頑張ってくれたお礼と言っちゃなんだが、あんたが作っちゃったワームの肉片のミンチを分けてやるよ。タンパク質たっぷりだ」
空いているレイヴンの左手にMTが粘液滴る肉片を置く。常食している半固形キューブ入り食料ペーストを連想させた。
――後日
「カーラ、621が食事を、特にタンパク質を拒否するのだが、どうしたらいいだろうか」
「そんなことを聞かれてもねえ」
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