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いを
2024-08-31 22:55:09
1246文字
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刀神
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手のなる木の下で
青嵐
・紫垂月さん【Metol_P】
お借りしています。
襷を掛け、着物の生地がぎゅっと擦れる音がした。絹の音は甲高く、耳に残る。
筆を持ち、和紙に走らせていく。黒々とした墨汁が和紙の繊維に滲み、流れ、吸収されていった。
日の出前の薄明るい空の明かりのみを頼りに、符をつくる。一定時間通常の符をつくると、身体の中の血液が馴染んでいく気がした。
自分に使う符を6枚ほど書いたあと、文机の上に置いた小刀を左手で持ち上げる。木目のない木の鞘を抜きさって、右の親指に切っ先をあて、そのまま引くとわずかな血飛沫が机の上に飛び散った。
「
……
」
奥歯をちいさく噛みしめ、腕の筋にそって流れて行く血液を数秒眺めてから、まあたらしい和紙に親指を押しつける。ジリジリとした確かな痛みが脳に響いた。
これがいずれ〝特別製〟の符になる。
血液が和紙に滲み、文机の端からとろりとした血液が床に落ちる。
この身に流れている血液、内臓が腐り落ちるまであとどれほどだろう。
憎しみや怒りなどない。
とっくの昔にそれこそ腐ってしまった。
天照には血のしがらみに取り憑かれた刀遣いは掃いて捨てるほどいる。青嵐もそのうちのひとりであるというだけで、特別だということもない。
ただの人間が呪い、憎み、妬み、恨んだ結果どうなったかは青嵐にも分からないが。負の感情というものは良くも悪くも強い力を発揮するのだから、あまり想像したくはない。
血の符が3枚床に落ちる。親指からの傷口はもう乾いてしまった。
血のにおいよりもさらに濃いにおいを知っている。
甘く、華々しい香りだ。その香りは書によると沈静化作用や抗菌作用があるという。あの神の匂いにそのような作用があるのかどうかは分からないが。
いや
――
嗅ぐ、というより聞く、といったほうがいいだろうか。それこそあの神に聞いてみなければ分からない。
「血のにおいがするかと思えば」
「ふふ。紫垂月殿には煩わしかったでしょうか」
符をひとつにまとめ、桐箱に仕舞う。
開け放たれた雪見障子からは、太陽がすっかり顔を出していた。
紫垂月頼宗。純白の太刀の刀神。
青嵐の独り言には答えず、ただ彼はくすりと笑った。
「血のにおいも甘美なものとする刀神もいるだろうけどね」
「ふ」
襷をほどきながら首をかたむけて笑う。
「おや。お出かけですか」
紫垂月頼宗は仕立ての良さそうなスーツに着替えていたようだった。ようやく姿を見てみとめることができた。
「まあね」
かろやかに笑う神だ。
藤の花をたやすくさらってしまう風のように。
「
……
花の匂いが濃い」
呟き、ゆっくりと立ち上がる。
部屋から見える庭に、金木犀が咲いていた。藤とは違う香りだ。
うっすらと橙色かかった花が枝と一緒に揺れた。
「酒にはあまり酔いませんが、花の香りには酔いそうです」
このつぶやきは届いていないのだろう、彼は庭を見ていた。いや、実際見ているものは違ったのかもしれない。
けれど今まさに、朝の涼やかな風が甘い香りを運ぶ。
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