冬灯夜
2024-08-31 15:07:32
5105文字
Public ルミナリア
 

その足跡の名が、きっと

ルミナリア ラウル+??
#ルミナリア版ドロライ企画【ラウル】【ep3.人に歴史あり】
・波々斬ノ国で出会った誰か
・ワタムスビ戦を終えて何故か一人残されてしまったラウル

 歴史には二種類がある。

 と、ラウルは考えている。
 一つは人間の歴史。言うまでもなく、人がこれまで連綿と紡いできたもの。創神歴……つまりは源獣信仰が確固たるものとなった頃からが主と言えるだろう。
 もう一つは源獣の歴史。生きていたとされる頃から石化した現在まで尚、マナを生み出しこの世界の礎たる山の如き獣達。
 この二つは交わっているかのようですれ違い、交わらないかのようですぐ傍にある。
 それを色濃く残すのが遺跡であり、当時の書物であり、遺跡を研究してきた者達の軌跡だ。
 何故源獣は石化したのか。源獣以外にマナを生み出す存在はないのか。源獣信仰が生まれる以前、世界はどんな形だったのか。さて、人の身では今や知ることは難しい。だからこそ暴きがいがあると考えている人種もいるわけだが。
 いずれにしても、残るのは記録だ。記憶は歴史にならない。思い出を、感情を、傷跡を、ただこの身にだけ残していく。
 記録の積み重ねだけが歴史になる。
 だからこの旅路はきっと、歴史にはならない。

 ――なんだけど、まあ、これは残らなくて正解かもしれないなあ、なんてこともあるわけで。

 これは、その記憶の一部である。


《鳥主ハリーオゥ》

「飛びましたわー!!」
「そうね、鳥だものね……
「おい、あまり不敬なことは言うなよ」
「先手打ってるとこ悪いけど、戦ってる時点で今更でしょ」
「前回も全力をご所望でしたもの! 行きますわよー!」

「何でお兄さんこっちに残されるの……? 前回も今回もさあ!? 一番研究してるのお兄さんだと思うんだけど!」
「不純で不潔で不埒者だからでしょう。そんなことよりボクがお嬢様のお傍に侍れないなんて……! こんなこと許されませんよ!」
「さらっと罵倒挟まないで! お兄さんちゃんと清潔だから!」


《太魚サンカラ》

「飛びました!!」
「これ、跳ねたって言うんじゃない?」
「お嬢様ならそう仰います!」
「そう……
「それより砂の中を泳いでることには言及しないでいいのか……?」
「あら、ハザールは砂の国よ? そんな土地を作り上げたことに喧嘩売ってるのかしら、エド?」
「売ってないしサンカラ様に不敬を働く気もない」

「だから……だから何でまたお兄さんだけ……!」
「わたくしも行きたかったですわ……市場で教わった『三枚おろし』なる技を試してみたかったのですわ」
「源獣を捌こうとしないの! 今回は残って正解だわアナマリアちゃん!」


《亀将ワタムスビ》

「回ってますわー!!」
「喜べおっさん、ようやく会えただろ! 水流全部防げ!」
「この量と勢い全部ってお兄さんの体力が先に削れるってえぇぇ!!」
「あわあわがキラキラで水面もゆらゆらで素敵ですわ!」
「ああもう、楽しそうで何よりだよ!」
「次来るぞ!」


……ん?」
 亀将ワタムスビとの激戦を終えた後。
 普段自分達が存在している階層とは違う場に残っていたのは、ラウルだけだった。
「あれ? エドー? アナマリアちゃーん?」
 呼びかけても自らの声が微かな反響を伴って聞こえるばかり。
 さてこれはどういうことだろう。
 これまでの源獣との戦闘の前後には何らかの問や試練があった。だが戦った全員でなく、一人だけ残された、というのはなかったことだ。共に戦った彼らは、恐らく元居た場所に戻ったのだろうと推測は出来るけれど。
 問題はただ一人残された自分である。
 先程まで圧倒的存在感を示していた亀将ワタムスビもその姿を消していて、本当に一人きりだ。
 上空は深い青と赤がベールのように重なり棚引いて、星が瞬いていた。足元は天然石と思しき煌めきの上を揺らめく水が覆っている。戦っている最中はこんな観察も出来ないほどに余裕がなかったが。
「うーん……せっかくだから調査したい所だけど、もし時間切れなんかで出られなくなったら洒落にならないしねえ……
 源獣がその姿をくらませている以上、楽観視は出来ない。
 ひとまず辺りを見回しながら歩き出し――程近い場所に人影が佇んでいるのに気が付いた。背格好からすると成人男性、ということは。
「おーい、エドかい? だい……
 大丈夫か、という言葉は途中で途切れる。
 ぱしゃぱしゃと水を跳ねながら駆け寄った先の人影は、ラウルの見知らぬ人物だった。
「どうも、こんにちは」
「あ、はい、どうも」
 柔和な笑顔を浮かべた男性は会釈をし、ラウルも反射的に挨拶を返す。
 男性は水色を基調とした波々斬ノ国の伝統衣装を身に纏い、三叉の槍を携えていた。帽子の天辺から靴の先までの質を見るに、それなりの地位にある者が纏うもののようだとラウルは推測する。
「ええと、あなたは」
「僕は残滓ですよ。どうしてかマナに還り切らず……いや、或いはワタムスビ様のマナに、僕という意識がしがみついているのかな」
「残滓……?」
 どういう意味か、と首を傾げたラウルに、まあ亡霊みたいなものです、と彼は簡略に答えた。
 本人がそう言うのだし、敵意も感じられないので、事情を知らぬラウルが考えた所で答えは出まい。それより先に確認しておかなければならないことがある。
「ちなみに、ここから出る方法とかご存知ですかね?」
「ああ、大丈夫でしょう。その内ワタムスビ様がお帰しになってくださると思います」
 その答えにひとまず息を吐く。真実かはともかく、情報があるとないとでは大違いだ。
「何でお兄さんだけ残っちゃったのかなあ……
「さて、それは僕も分かりませんが……どうやらワタムスビ様は少々お疲れになったようですので」
「え、もしかしてやり過ぎちゃったりしましたかね!? す、すみません……
 うちの何事も全力全開ヒャッホーな子達が!
「いえいえ、とてもはしゃいでおられましたよ。元気に回転されてましたし水流も絶好調でしたし」
「はしゃ……あ、そうですかぁ……
 エドワールもアナマリアも見事に自分を盾にしてくれたので、実際ラウルは大変だったのだ。とても。物凄く。
 げんなりしたラウルに、伝統衣装の男性はくすくすとささやかな笑みを零した。
 ラウルはそんな彼を失礼にならない程度に伺う。残滓だと言う彼は、一体何者なのか。亀将ワタムスビの領域にこうして存在しているわけは。
……あのぉ」
「はい」
「あなたは、亀将ワタムスビの使者なのですか?」
 使者、化身、そういった類の何かなのだろうか。
 恐る恐る切り出したラウルの言を、彼は一笑に付した。
「まさか。僕などがワタムスビ様の代弁など烏滸おこがましい」
 それならば何故ここにいるのか。考えても仕方ないと思ったのに、探らずにはいられない己にラウルは内心苦笑した。学者の探求心というやつだ。
「答えて差し上げられればよいのですが、僕も何故ここに存在しているのか、本当に分からないのですよ」
 彼は申し訳なさそうに眉を下げる。
「ああいや、こちらこそ不躾に、というか一方的に色々と!」
「いえいえ」
「いやいや」
 そんな大人同士の益体もないやりとりが続いた後で、ぽんと彼は手を叩いた。
「では、僕からもあなたにお尋ねしてもよろしいでしょうか? それでおあいこということで」
「それは勿論! お兄さんに答えられることだったら何でも」
 とはいえこんな不思議空間にいるような人物の問いに、一介の考古学者が答えられるようなことがあるのだろうか。そう思わなくもなかったが、一方的に訊くのも実際申し訳ない。
 どうぞ、と手振りで促すと、彼は一つ頷いて。
「美しいものを、愛しいものを、そのままに終わらせたいと思ったことはありませんか」
 ――当初と変わらぬ穏やかな微笑みのまま、彼はそう問うた。
 ラウルの脳裏を様々な光景が駆け巡る。
 例えば故郷。例えば旅の途中で。例えば槍を振るった先に。例えば、共に旅をした――
……、ない、とは言えないかもしれませんね」
「そうですか」
 歯切れ悪く、しかし否定もしないラウルの答えに、やはり彼は微笑みを浮かべたままだった。
 責めるでもない。喜ぶでもない。何かの事実を確認しただけの相槌。
「ああ、警戒しないでください。ワタムスビ様の問答とは違いますよ。あなたに何かを課すものではないし、僕にはそんな力もありません」
 さり気なく周囲と彼に構えたのを察せられ、ラウルは小さく息を吐く。随分と『出来る』人のようだ。
「僕は僕のしたことに後悔はないつもりです。でも……未練、なのかな。あなたがこうして僕と会話をしてくれていますから……少しだけ、訊いてみたくなってしまったんですよ。こう思うことは他の誰かにもあるものなのだろうか、と」
 困った風に笑う彼から他意は感じられなかった。なのでラウルも、もう少しだけ真剣に考えてみる。
「あるでしょうね。人間の考えなんて、人と違ってるようで似通ったもんです。だからきっとあなた以外にもそう思う人はいる。実現の仕方とか、そもそも実行するかしないか、そういう違いはあるだろうけど」
「なるほど。ではいつか誰かが、『それ』を実行するかもしれませんね」
「否定は出来ませんね」
 それが自分でない保証もないのだ。多くの人が色々な形で同じことを思い、実行し、そうして歴史は出来上がっていく。
……そうだ、でも、一つだけ」
 先程思い起こした四つの影が、再びよぎる。そうすると、不思議と苦笑めいたものが浮かんでくるものだから、ラウルは抑えることなくそのまま表情に乗せた。
「子ども達が頑張ってるから、彼らが足掻いてる内は俺も足掻きたいと思いますよ」
 元気いっぱいで、抱えた何かを秘密のつもりにしていて、過去を断ち切りたくて未来を切り開きたい自分より年若い子ども達。
「ああ……
 彼はため息のように、或いは感嘆の吐息のように、声を漏らした。
……ふふ。そうですね……あの子達はきっと、足掻き続けてる……
 天を仰ぐ彼の瞳の先にいるのは、一体誰なのだろう。
 つられて空を見上げると、いつの間にか夕焼けのようになっていた。太陽はないが、眩く赤く空が染まっている。
「綺麗だ」
……ええ。とても」
 思わず呟いたラウルに、彼は頷いた。
 夕焼け色の空に胸が僅かばかり締め付けられる。彼の声が穏やかなのに泣きそうだからかもしれないし、ラウルの知るどこかの夕陽のようであるからかもしれない。
 暫し言葉もなく空を見上げていると、白い光がぼんやりと見え始めた。
「お?」
「お帰りの時間のようですね」
 足元から丸く立ち上る光は、これまでの源獣との空間でお馴染みのものだ。亀将ワタムスビが目覚めたのか、どうやら帰れそうだと安堵の息が零れ落ちる。
「ありがとう。お会い出来てよかった」
「こちらこそ色々とどうもありがとうございます!」
 静かに、彼は笑う。
 あなたのお名前は。――問いをラウルは呑み込む。
……或いは、これはワタムスビ様の御慈悲なのかな。あなたがここに残ったのは……
 白い光の向こうから、彼が独り言ちるのが聞こえる。
 それはどういう、と口を開いたがラウルの声は音にならなかった。白い光に阻まれて。

「さようなら。あなたの紡ぐ歴史に、どうぞ幸あらんことを」

 ただ、彼の言葉が、真摯で誠実に、響いた。




「ラウル!」
 気付くと海辺に立っていた。目の前には四人の子ども達。
 今の今まで問答していた空間から引き戻されて、僅かな戸惑いと不思議な感傷が残っている。
「どこに行っていたんですか、まったく!」
「あんただけいないから流石に焦ったぞ」
「エドとアナマリアからも時間差あったし……もしかしてまだ何か試練があったの?」
「無事でよかったですわ~!」
「ぅおっと。試練ではなかったけど……まあ似たようなものっていうか……
 太陽は燦々と降り注いであたたかく、磯の香りが鼻をくすぐる。濡れた靴はずっしりと重い。
「あの空間に残ってたってことか?」
「何があったの?」
 戻って来たのだ。身体にその実感がのしかかる。
 だが、その前に。
「いや質問より先にシャルルを止めて!?」
 感激で抱きついてきたアナマリアを引っがし、シャルルの杖に及び腰のラウルは叫んだ。
 マイペースなお嬢様に過激派従者、知的好奇心の塊と我関せずの青年。
 戻って来た実感を強制的に味わいつつ、気付けば胸の感傷はすっかり届かない所まで飛んでいたのだった。