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haru_haru0704
2024-08-30 09:02:26
10793文字
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哥舒臨将軍代理は書類が嫌い
子供になってしまった忌炎・カカロと、その面倒を見ることになった哥舒臨の話
※全年齢、CP要素はほぼなし
辺境の基地にて、哥舒臨はぼうっと観測モニターを眺めていた。
・・・暇だ。
残像の1体や2体・・・いや、100体や200体くらい現れてくれれば暇つぶしに役立つだろうに。
以前あれだけ湧いていた残像は、今や北落野原の奥に引っ込んでいて出てきやしない。
それはこの上なく喜ばしいことではあるのだが。それはそれとして、暇だ。
普段ならば、忌炎の部屋へ赴いてちょっかいをかけるか、気まぐれに仕事を手伝ってやったりするところだ。
だがしかし、今日はそれができない。なぜなら、忌炎が基地内にいないからだ。
「暇だな・・・」
暇すぎて、とうとう口に出してしまった。
実際暇なのだから仕方ない、と心の中で言い訳をする。
何か面白いことでも起きないだろうかと思いながら、哥舒臨はモニターを眺め続けた。
*
「大変です!」
不意に、1人の隊員が慌てた様子でやって来た。
「何事だ?」
「それが・・・忌炎将軍と、幽霊猟犬のカカロ殿が子供になってしまったらしく・・・!」
「・・・は?」
忌炎とカカロが子供になった。
言葉の意味は分かるが、内容がまったく理解できない。
あいつらは今日、今州城で開かれる終戦記念式典に出席しているはずだ。まあ、カカロの方は式典の警備役だが。
それが何をどうしたら、子供になるというのか。
「令尹様からの伝言によりますと、『ちょっとした事故が起きてしまいました。あなたが一番適任だと思うので、2人の面倒を見てあげてください』・・・とのことです」
「俺が適任?子守り・・・にか?」
あの年若い令尹殿は本気で言っているのだろうか。
忌炎もカカロも今州やその他の州への影響力が大きいため、強力な共鳴者を傍に置いて守りたい気持ちは分かる。
だが、実力もあって面倒見の良さそうな共鳴者なら他にもたくさんいるだろう。
哥舒臨は知り合いの共鳴者の顔を思い浮かべたが、明らかに自分が最も子守りに向いていないと断言できる。
「2人は今、本基地に向かって護送中とのことです。なので・・・」
「はあ・・・分かった分かった。やればいいんだろう」
*
装甲車の中から、隊員に連れられて2人の子供が降りてきた。
年齢は5歳ほどだろうか。
普段は筋肉質のでかい男どもだが、今や見る影もない。
小さくて、丸くて、ふにゃふにゃと柔らかそうだ。
忌炎は好奇心旺盛に、基地内をきょろきょろ見回している。
カカロは不安げに哥舒臨を見上げていた。
「あー・・・その、なんだ。よく来たな」
とりあえずしゃがんで目線を合わせ、声をかけてみた。
子供の扱い方などよく分からない。話しかける時はしゃがんだ方がいいということくらいは、なんとなく知っているが。
忌炎は大きな目をぱちくりさせた後、にこっと笑った。
「こんにちは!おれ、きえんです!」
「おれはかかろ・・・です」
「俺は哥舒臨だ。しばらくお前らの世話をすることになった。まあ・・・よろしくな」
ひとまず頭でも撫でてやろうと思って、両手をそれぞれの頭の上に持っていく。
「っ・・・!」
手が触れる寸前、カカロはぎゅっと目を瞑って縮こまった。
その反応に、思わず手を止める。
それはまるで・・・いや、まるでじゃない。暴力に怯える姿そのものだ。
忌炎は、動きを止めてしまった哥舒臨を不思議そうに見た。
「なでなでしてくれないの?」
「ああ・・・いや」
忌炎へと伸ばしていた手を動かし、わしゃわしゃと頭を撫でてやる。
「えへへ」と嬉しそうに笑うのを見て、やはり子供はこうあるべきだなと思った。
頭を撫でられることよりも殴られることの方が日常的などと、そんなことがあっていいはずがない。
「・・・おい、カカロ」
「う・・・?」
カカロは恐る恐る目を開けた。
「俺には、ガキを殴る趣味はない。あー、つまりだな・・・痛いことはしない。わかるか?」
「・・・ん・・・」
小さく頷く。
まだ疑いは残っているようだったが、それは仕方のないことだろう。
信頼というのは、一朝一夕で得られるものではない。
*
「なぜ俺が書類仕事を・・・」
哥舒臨は執務室の机に座り、書類を睨んでいた。
「仕方ないでしょう、今は将軍がちっちゃくなっちゃってるんですから。将軍代理として頑張ってください」
補佐の隊員はそう言いながら、書類を分類している。
彼は古参の隊員であり、哥舒臨が将軍だった頃を知っている数少ない人物だ。
「俺はこういう仕事より、指揮を執る方が好きだ・・・こんな時ばかり将軍代理だ何だと持ち上げられてもな・・・」
「あなたは昔から書類が苦手ですね。忌炎将軍とは大違いだ」
「・・・そういえば、忌炎とカカロはどうした?」
「あなたが書類と戦っている間に、食堂へプリンを食べに行きました」
「プリンね・・・微笑ましいことだな」
一方その頃、食堂では。
「ぷりんおいしい!」
「おれ、こんなうまいものはじめてたべた」
「おいしいね、かかろ!」
「うん」
2人は仲良くプリンを食べていた。
その様子をやや離れた場所から見守っていた隊員は、可愛さに思わず頰を緩ませる。
長らく辺境で仕事をしていると、子供を見る機会など滅多にない。だから、彼らの姿は最高の癒しだった。
*
哥舒臨が書類を片付けて食堂に行くと、2人は隊員と一緒に折り紙をしていた。
小さな手でぺたぺたと紙を折っている。
「あっ!かじょりんさん!みてみて!」
哥舒臨に気づいた忌炎が、ぱっと顔を輝かせた。
その手には、花の形に折られた折り紙を持っている。
「花か。なかなか上手いじゃないか」
「うん!かかろがつくったのもみて!」
忌炎に促され、カカロはおずおずと折ったものを哥舒臨に差し出す。
「おれがつくったのは、これ・・・」
耳のようなものが2つあり、ペンで目と鼻と牙が描かれている。
「犬か?」
「うん。いぬ」
「かかろはいぬがすきなんだって!」
「ああ、知ってる」
犬が好きなことは知っているし、本人がどこか犬じみているのも知っている。
「かじょりんは、いぬすき?」
カカロが尋ねてくる。
大人との会話に緊張しているのか、水色の瞳がゆらゆらと揺れていた。
「まあ、どちらかと言えば好きだな。この基地内にも犬がいるし、後で見に行くか?」
「いぬ、いるの?みたい!」
カカロは目をきらきらさせて、こくこく頷いた。
分かりやすい奴だ。子供だから当たり前かもしれないが。
*
犬と戯れた後に夕食をとり、風呂に入らせると、2人はすぐにうとうとし始めた。
「かじょりんさん・・・ねむい・・・」
忌炎はふにゃふにゃした声で訴えた。カカロもこっくりこっくりと船を漕いでいる。
「あー・・・将軍様が使ってるベッドが広いから、そこで寝るか」
忌炎が普段使っているベッドは、かなり大きいものだ。
それこそ、体格のいい男3人が並んで寝られるくらいには。
哥舒臨は忌炎とカカロを抱き上げ、ベッドへと運んでやった。
適当に並べて布団をかけると、2人はすぐに寝息を立て始める。
「俺も寝るか・・・」
部屋の電気を落とし、ベッドの端に寝転がる。
いつもより2時間も早い就寝だが、まあ眠れるだろう。
*
「ん・・・?」
ふと、哥舒臨は目を覚ました。
近くの置き時計を見ると、午前3時半。
ふわ、と欠伸をしながら寝返りを打つと、暗闇に水色の瞳がぼやりと浮かんでいた。
「・・・どうした?起きちまったのか?」
「ん・・・ちょっと、こわくて・・・いつものいえじゃないし・・・」
カカロは布団をぎゅっと握り、小さく背を丸めた。
「俺が怖いか?」
「ううん、かじょりんはこわくない・・・おれをなぐらないから」
「当たり前だろ。この夜帰軍に、子供を殴るようなクズはいない」
カカロは静かに頷いた。
「きょうあったひと、みんなやさしかった」
「良かったな」
「ん・・・あのさ、かじょりん」
「何だ?」
「おれも、なでなで・・・されてみたい」
・・・不覚。不覚だ。
不覚にも、カカロのことを可愛いと思ってしまった。
普段は可愛げの「か」の字もない、仏頂面のでかい男だというのに。
「仕方ないな・・・」
手を伸ばし、カカロの頭をわしゃわしゃと撫でる。
カカロは気持ちよさそうに目を細めた。
「へへ・・・なんか、うれしいな・・・」
「そうか」
しばらくそうしていると、カカロはうとうとし始めた。
「俺がお前を守ってやる。だから、安心して眠れ」
「うん・・・」
*
翌朝。
「ここはどこ・・・?」という声で、哥舒臨は目を覚ました。
忌炎は既に目を覚ましており、室内をきょろきょろと見回していた。
「ん・・・?お前、でかくなってないか?」
昨夜まではぶかぶかだった寝巻が、今朝はピチピチになっている。
身長も、30cmほど大きくなっているような。
「えっと・・・あなたはだれですか・・・?」
忌炎は警戒した面持ちで尋ねた。
「あー・・・俺は哥舒臨。忌炎お前、今は何歳だ?」
「え・・・っと、10才、ですけど・・・」
「はあ・・・なるほどな」
どうやら忌炎には、昨日の記憶がないらしい。
哥舒臨は面倒くさそうに溜息を吐くと、ベッドから降りた。
室内を見渡し、カカロを探す。
「おい、カカロ。警戒するのは分かるが、出てこい。俺は敵じゃない」
そう呼びかけるが、反応はない。
だが、この部屋のどこかにはいるはずだ。窓も扉も、内側から鍵がかかったままなのだから。
「カカロって・・・あの銀色のかみの毛をした子ですか?」
「ああ」
「起きたとき、いっしゅんだけど見ました。気づいたらいなくなってたけど・・・」
忌炎がそう言い終わった瞬間、コンコンとノックの音が聞こえた。
「哥舒臨将軍代理?お目覚めですか?」
「丁度いいところに。今開ける」
部屋を訪ねてきたのは、穏やかな雰囲気を持つ女性隊員だった。
こんな傷まみれのいかつい男が話すより、彼女が話した方が子供は安心するだろう。
*
女性隊員は一通りの事情を説明した。
忌炎とカカロが若返ってしまったこと。
哥舒臨ひいては夜帰軍が2人を保護していること。
2人は昨日この基地にやってきたが、その時は5歳だったこと。
「・・・というわけです。分かりましたか?」
「わかりました。ありがとうございます!おれ、今朝は気づいたらここにいて、すごくびっくりしたんですけど・・・そういうことだったんですね」
忌炎はぺこりと頭を下げた。
子供にしてみれば中々難しい話だったはずだが、もう理解したらしい。
昔から物分かりのいい子供だったのだな、と哥舒臨は思った。
忌炎はくるりと振り返り、姿の見えないカカロを呼ぶ。
「えっと・・・カカロもここにいるんだよね?出てきてよ。おれと友だちになろう!」
少しの間を置いて、カタンと物音がした。
恐る恐る、といった様子でカカロが顔を出す。
その額には、既に音痕があった。
「君がカカロ?おれ、忌炎。よろしくね!」
忌炎は嬉しそうにカカロに駆け寄ると、がしっと手を握った。
哥舒臨は肝を冷やしたが、幸いにもカカロは拒絶しなかった。
「・・・うん、よろしく」
カカロは既に、共鳴能力に目覚めている。
対して、忌炎はまだだったはずだ。
明らかな不均衡。カカロが忌炎を傷つけようと思えば、簡単にできてしまう。
杞憂かもしれないが、注意深く観察しておくに越したことはないだろう。
「・・・さてお前ら、その服だと窮屈だろう。別の服に着替えて、朝飯を食いに行くぞ」
*
「うまい。これ、なんていう料理?」
「これは今州シチュー。今州の料理だよ」
「そっか、ここネオユニオンじゃないんだっけ」
食堂で、忌炎とカカロは仲良く並んで食事をとっていた。
哥舒臨は向かいに座り、シチューを啜りながらその様子を眺める。
「ネオユニオンってどんなとこ?おれ、今州から出たことない」
「うーん・・・汚いし、らんぼうな人が多いかな。中央はちがうと思うけど」
確かカカロは、ネオユニオンのスラム街育ちだったか。
以前カカロ本人が、『野良犬以下の暮らしをしていた』と自嘲気味に話していた。
「そっか・・・カカロ、たいへんだったんだね」
「うん・・・でも、今日はうまいもの食わせてもらってるから。だいじょうぶ」
カカロはシチューを飲み、パンにもふもふとかぶりついた。
幼い彼にとっては、十分な量の食事があるというだけでも稀有な幸運なのだろう。
「足りなければ、おかわりしてもいいぞ」
哥舒臨がそう言うと、カカロは不思議そうに首を傾げた。
「おかわりって、何?」
「・・・・・・」
絶句してしまった哥舒臨の代わりに、忌炎が説明する。
「おかわりすれば、もっとごはんがもらえるんだよ」
「え、でも・・・おればっかり食べちゃったら、ほかの人の分がなくならない?」
「ガキがたくさん食ったところで、足りなくなったりしない。好きなだけ食え」
カカロと忌炎のやり取りに、哥舒臨は焦燥感のようなものを覚えていた。
おかわりは知らないのに、分け合うことは知っている。
それは、彼がこれまでどんな暮らしをしてきたのかを如実に表していた。
「そっか・・・ごはんがたくさんあるって、いいことだね」
カカロは嬉しそうに笑った。
忌炎もにこにこしている。
2人のそんな様子を見て、哥舒臨は『もっとクソガキだったら良かったのに』と思った。
哥舒臨の普段あまり痛まない胸が、昨日から疼いて仕方ない。
*
「あっ!見つけましたよ、哥舒臨将軍代理!」
「チッ・・・何の用だ」
「何の用だ、じゃないですよ!遊ぶのは、今日の分の書類を片付けてからにしてください!」
哥舒臨はカカロと忌炎を基地の外へと連れ出し、追いかけっこや植物観察に付き合ってやっていた。
適当な隊員に2人の遊び相手を任せなかったのは、自分の目の届くところにカカロを置いておきたかったからだ。
・・・というのは半分ほど建前で、本当は書類仕事から逃げる口実を作ろうと思っていた。
「書類なんて、1週間分くらい溜めておいても問題ないだろう。忌炎が元に戻ったら、やらせればいい」
「おれ?」
忌炎は、こてんと首を傾げた。
「ああ・・・そういえば、それは説明してなかったか。成長したお前は、この夜帰軍をまとめる将軍になるんだ」
「おれが、しょうぐん・・・」
「ですが今はこんな状況なので、哥舒臨さんが将軍代理です。そして、書類を溜め込むのは良くないことです。だから、さっさと済ませてください。哥舒臨将軍代理」
隊員は笑顔でそう言った。笑顔だが、目は笑っていない。
「口うるさい奴め・・・忌炎そっくりだ。あいつの教育の賜物か?」
「かじょりんさん・・・お仕事はちゃんとやったほうがいいですよ。おれたちのことは気にしなくてだいじょうぶなので」
「さすが、将軍は小さくなっても将軍ですね」
子供に諭されるとは。屈辱である。
「わーかった、わかった。やればいいんだろう」
ちらりとカカロを見やる。
しばらくの間、誰かに面倒を見させて大丈夫だろうか?
「?・・・かじょりん、仕事がんばって」
カカロは不思議そうにしながらも、小さく手を振っている。
まあ、この分なら問題ないか。
*
「はあ・・・やっと終わった・・・」
何とか書類を片付けた哥舒臨は、頬杖をつきながら大きく息を吐いた。
隊員は労いの言葉をかけ、てきぱきと書類を集めていく。
「お疲れ様です。哥舒臨将軍代理、食堂に行ってみたらどうですか?将軍たちが何かやっているみたいですよ」
「何か、ね。まあ折角だから行ってみるか」
哥舒臨が食堂に向かうと、忌炎たちがはしゃぐ声が聞こえた。
「楽しそうだな」
「あ!かじょりんさん、これ見てください!おれとカカロがもりつけたんです!」
「うん。フルーツのせた」
机の上には、やや雑にフルーツが盛られたホールケーキがあった。
雑ではあるが、子供にしては上出来と言えるだろう。
「ほう。上手いじゃないか」
褒めてやると、2人は嬉しそうにしていた。
単純な奴らだ。
「かじょりんさん、いっしょに食べませんか?」
「いっしょに食べよう」
「ああ、いいぞ。俺が切り分けてやろう」
*
夜。
哥舒臨は明かりを落とした寝室で、2人の寝顔を見ながら考え事をしていた。
昨日は5歳。今日は10歳。
順当に行けば、明日は15歳か。
15歳であれば、忌炎と哥舒臨は既に知り合っている。忌炎の性格からしても、特段問題は起こらないだろう。
だが、カカロは?
今日はまだ良かったが、15歳ともなれば身長も伸び、筋力もつく。
そしてあの用心深い性格と、攻撃的にならざるを得ない生育環境。加えて、共鳴能力。
見ず知らずの男が横で寝ていたとなれば、咄嗟に害する可能性は十分あるだろう。
「はあ・・・明日は早起きするか」
ひとまずは、カカロより先に起きなければいけない。
*
「眩しい・・・」
結局、昨夜は気を張っていたこともあり、深く眠れなかった。
カーテンの隙間から差し込む陽光が目に染みる。
忌炎とカカロは、まだすやすやと眠っていた。が、昨日と違うことがある。
哥舒臨の予測通り、身体が成長しているのだ。
ふう、と哥舒臨は息を吐いた。
カカロがいつ起きてもいいように、神経を研ぎ澄ます。
「・・・ん・・・」
哥舒臨の僅かな殺気に反応したのか、カカロが身動ぎする。
彼はゆるりと瞼を開き、数回瞬きをしてから起き上がった。
「・・・!?」
カカロは寝起きとは思えない速さで体勢を変え、獲物に飛びかかる直前の猛獣のように体を縮こめた。
当然、その視線の先にいるのは哥舒臨である。
カカロの両脚に力が入り、ギシギシとベッドが軋む。
その音で、忌炎も起きたようだ。
「カカロ、落ち着け。俺は敵じゃない。毎朝毎朝忘れやがって」
「・・・お前、誰だ。ここはどこだ」
「え・・・?何だこれ。哥舒臨将軍・・・?」
「はあ・・・説明してやるから、よく聞けよ。俺は哥舒臨。ここは夜帰軍の基地内で、・・・ッ!」
カカロは急に跳ね、勢いよく哥舒臨に殴りかかった。
咄嗟に腕で防いだが、拳から伝わった雷で腕がびりびりと痺れる。
哥舒臨が腕を振ると、カカロは後ろに飛び退いた。距離を取り、再度仕掛けるタイミングを狙っているようだ。
「い、ってぇなこのクソガキが・・・!」
哥舒臨の背後に、ゴウと黒炎が燃え上がる。
人の話を最後まで聞かないようなクソガキだ。多少焦がしてやっても問題ないだろう。
「将軍!室内で能力使わないでください!火事にするつもりですか!」
忌炎が叫び、気流が渦を巻く。
どこからともなく現れた青龍は哥舒臨の背後でぐるぐると回り、黒炎が散らないようにしているらしかった。
もっと炎の出力を上げれば青龍を吹き飛ばせそうだが、そうすると本当に部屋が燃えてしまいそうだ。
「チッ・・・お前ら本ッ当に可愛くないな!黙って話を聞け!口答えするな!」
「何が口答えですか!室内で火を出したら火事になる!当たり前のことでしょう!?」
忌炎はすかさず反論する。
カカロは更に警戒心を強め、じっと哥舒臨を睨みつけていた。
「あ~クソ、面倒だなお前ら・・・!」
哥舒臨は黒炎を引っこめると、デバイスを手に取った。
そこには、とある動画が記録されている。カカロの説得に使えるかと思い、撮っておいたものだ。
「これでも見ろ!昨日のお前らの映像だ!」
哥舒臨は再生ボタンを押した。
映し出されたのは、昨日の3人の様子だ。
『わあ!こんなに大きく切られたケーキ、見たことないです!』
『ぜんぶ食べてもいいの?』
『好きなだけ食え。まだ余ってるしな』
映像の中で、忌炎とカカロが嬉しそうにケーキを頬張る。
『おいしい!』
『うまい』
『よかったな』
『かじょりんさんは?』
『食べないの?』
『あー、食べる食べる。・・・うん、うまいな』
「・・・というわけだ。害意があるなら、のんびりケーキなんか食ったりしない」
映像を見せたことで、カカロも多少は納得したらしい。
猜疑心に満ちた目はしているが、ひとまず話を聞く気にはなったようだ。
「殴りかかって悪かった」
「おう、謝れるクソガキは嫌いじゃないぞ。ま、次やったら今度こそ焦がしてやるけどな」
「次は外でやってください」
忌炎はぴしゃりと言う。本当に可愛くない奴だ。
哥舒臨は大きく溜息を吐いた。
状況説明をしてやろうと思っていたが、段々面倒になってきた。
「はあ・・・説明の前に飯だ、飯。俺は腹が減った」
食堂まで行けば、適当な隊員に状況説明を押し付けられるかもしれない。
*
不幸にも哥舒臨に捕まった隊員は、状況を一から十まで説明させられていた。
昨日と一昨日は2人の年齢が低かったためにざっくりとした説明で済ませていたが、今回はそういうわけにもいかない。
忌炎とカカロの立場、今州や夜帰軍の状況、漂泊者の出現、残像潮の発生率なども含め、隊員はこと細かく伝えた。
「・・・というわけです」
「ありがとうございます。よく分かりました」
忌炎は礼を言い、軽く会釈をした。
カカロはというと、警戒心が薄れてきたのか、忌炎の隣で大人しくしている。
哥舒臨は、くわ・・・とあくびをした。
「まあ、そういうことだ。カカロの面倒はお前が見ろ、忌炎」
「分かりました」
「よし。じゃあ、俺は二度寝する。昨日はお前らのせいであまり眠れなかったからな」
「将軍代理が二度寝ですか・・・寝てるときに何かあったらどうするんですか?緊急時の指揮は誰が?」
忌炎は呆れた様子で尋ねた。
15歳の彼はまだ将ではなく、兵ですらなく、ただの軍医であったというのに。こういうところに気が回るあたり、将の素質があると言えるだろう。
「今は、一刻も争うような緊急事態が起こる可能性は極めて低い。万が一残像潮が発生しても、北落野原の観測部か前哨部隊から連絡が入る。連絡が来てから残像がこの基地に到達するまでは、数時間の余裕があるだろう。だから、俺が寝ていても何も問題はないということだ。分かったな?」
「はあ・・・そういうことなら」
忌炎は渋々といった様子で頷いた。
理屈は分かるが、それはそれとして勤務時間中に司令官が寝るのはどうなのか、という顔だ。
「じゃあな」
哥舒臨は忌炎の視線を無視し、食堂を後にした。
*
2時間ほど睡眠をとった哥舒臨は、基地内をぶらぶらと歩いていた。
もちろん、書類仕事から逃げ出すためである。
「ん?」
ふと、視界の端に浅葱色の何かが映る。
そちらに目を向けると、それが忌炎の青龍だということが分かった。
青龍は、訓練場あたりの上空をくるくると飛んでいる。
「あいつ、訓練してるのか?真面目な奴だな」
哥舒臨は訓練場へと足を運んだ。
訓練場では、忌炎とカカロがそれぞれ共鳴能力の訓練をしていた。
忌炎は青龍で、カカロは雷で的を攻撃している。
「お前ら、訓練してどうするつもりだ?どうせ明日か明後日には元の体と記憶に戻るんだぞ」
「無駄だと言いたいんですか?」
忌炎は拗ねたように唇を尖らせた。
「俺は無駄だと思うが、お前らがやりたいなら好きにしろ。ただし、体に負荷をかけすぎるなよ」
「はい」
忌炎は素直に返事をした。カカロも無言で頷く。
哥舒臨は近くにあったベンチに腰掛け、2人の訓練の様子をじっと見守った。
*
昼食の時間になり、3人は連れ立って食堂へと向かった。
会話もそこそこに、料理を平らげていく。
ちょうど彼らが食事を終えた頃合いに、ある隊員が哥舒臨の肩を叩いた。
「哥舒臨将軍代理。今日の書類仕事がまだ終わっていないのですが?」
「チッ・・・見つかったか」
そのやり取りを聞いて、忌炎が顔をしかめる。
「将軍、いや将軍代理。あなた、今でも書類を溜めているんですか?」
「本来なら忌炎将軍の仕事なんだがなぁ?お前がちんちくりんだから、仕方なく俺が代わりにやってるんだろうが」
「誰がちんちくりんですか!」
忌炎と哥舒臨が口論を始める。
その勢いの良さに、哥舒臨の肩を叩いた隊員も口を挟めなくなっていた。
カカロは、その様子を呆れながら眺めている。
「事実だろう。俺に仕事を押しつけた挙句に説教とは、図々しいと思わないのか?」
「・・・っ!」
忌炎の反論の勢いが弱まる。
自分の不調が原因であると理解しているから、あまり強く言い返せないのだろう。
カカロは「大人げないな・・・」と呟いた。
忌炎は悔しげに唇を嚙んでいたが、やがて口を開く。
「あなたって、何年経っても成長しないんですね」
「あ?」
「俺の記憶にあるあなたと、今のあなたは全然変わってない。これって、8年間まったく成長してないってことですよね」
忌炎は挑発的に笑った。可愛くない。
まったく、可愛くない。
「口のよく回るクソガキだな」
「あなたの方が子供っぽいんじゃないですか?」
忌炎と哥舒臨はしばらく睨み合っていたが、不意に忌炎が溜息を吐いた。
「はあ・・・もういいです。俺は明日か明後日には書類仕事ができる年齢になりそうですし。哥舒臨さんが溜めてくれた書類、俺が片付ければいいんでしょう?あ~あ、哥舒臨さんは未来の俺に仕事を押し付けてばっかりですね」
「ぐ・・・」
忌炎の当てつけるような言い方に、今度は哥舒臨が口を噤んだ。
己が失踪したせいで、ただの軍医であった忌炎に全ての責任と仕事を押し付けてしまったことは、悪かったと思っているのだ。本当に。
じわりと罪悪感がこみ上げ、哥舒臨は舌打ちをした。
「チッ・・・分かった、やればいいんだろ。やれば」
「あれ、本当にやるんですか?」
忌炎は意外そうに目を見開いた。
「お前がやれと言ったんだろうが。何か文句があるのか?」
「いえ、ないです。俺も書類の整理くらいなら手伝いますよ」
「ふん、勝手にしろ」
***
夜。
まだ眠くないだの、同じベッドで寝たくないだのと文句ばかり言う2人をベッドに叩き込み、哥舒臨も横になった。
「お前ら、明日こそは元に戻ってろよ・・・」
「まあ・・・善処します」
「保証はしないけどな」
忌炎とカカロの返答に、哥舒臨は溜息を吐いた。
そして、翌朝。
哥舒臨が願った通り、2人は元の体と記憶を取り戻していた。
これにてめでたく、哥舒臨は書類仕事から解放されることとなったのである。
──時折、彼はデバイスで映像を再生する。
それは、甘ったるい記憶。
ほんのひとときの、幸福で平和な奇跡。
「・・・ふ」
彼は小さく微笑む。
あの時のケーキの味は、しばらく忘れられそうにない。
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