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AZUMA Tomo
2024-08-30 00:46:33
8288文字
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祥恵
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箱に閉じ込められてしまった東雲祥貴と千葉恵吾【完】
タイトルの通りです。山なし落ちなし意味なしの(Occult Ludic Companyにとっての)日常系小話。
サクッと読めます。祥恵要素がありますが、別に付き合ってないです(重要)。
突如、視界が暗転する。
何事が生じたか瞬時に判断することは叶わず、東雲祥貴は己の体がなすがままに折り畳まれていくのを感じるのみだった。あまりに予想外の出来事を目の前にすると声を出すのも難しいというのは東雲にとっては事実であったが、一方、隣に居た男は何か言葉にならない声を上げて同時に「事故」に巻き込まれたのはわかった。
「事故」と言うべきか、「事件」というべきか。
東雲は体を襲う衝撃にその麗しい瞳を閉じたまま、数秒前の出来事を思い出し、この出来事を「事件」と呼ぶことにした。しかし、現在重要なのはそんなことではない。
体を強制的に浮遊させられる衝撃。次に予想されるのは地面への激突による衝撃だ。それに備えて瞼をなんとか開き、真っ暗な空間を確認しようとするものの、青み掛かった灰色の瞳はその空間を正確に把握することはできなかった。そして東雲の予想通り、体が地面へ向かって急速に落ちていく。
「
――
グァッ!」
カエルの潰れたような声が己の真下から聞こえてきて、東雲は慌てて体を起こそうとした。地面に直接叩きつけられるのかと思っていたがそうではなく、人の体の上に落下したようだった。
「わっ、すまな
――
いったァ!」
即座に腕に力を込めて上体を起こしたがそれも半端に終わってしまった。東雲の真上に空間はなく、天井と思しきところへ勢いのまま頭をぶつけてしまった。勢い余りすぎて、おそらく打撲してしまっただろう後頭部を抱えてうずくまることもできない。まだ自分の体の下敷きになっている人物が居るためだ。
「えらい音したけど
……
祥ちゃん、大丈夫か?」
東雲の真下から男の声がする。「事件」に同時に巻き込まれた千葉恵吾の声だ。先程は東雲の体躯に潰されて情けない声を出していたが、その千葉でさえ心配するほどの勢いだった。東雲は痛みに涙目で全身に冷や汗をかきながらも、男の柔らかなイントネーションの方言を聞いて安堵する。その声色から重大な怪我を負っていないということがわかったためだ。東雲は痛みを堪えながらゆっくり呼吸をして、返事をする。
「
……
出血はしていないよ。君こそ、大丈夫かい」
「祥ちゃんよりは頑丈な体してるから、なんてことはないけど
……
それより俺の上から退いてもらえる?」
「退けるなら退いているさ、勿論
……
だいぶ、厄介なことになってしまったね」
暗闇に慣れてきた灰青の瞳は自分の真下で気まずそうな表情を浮かべている男の姿を捉えることができた。特徴的な緩い癖っ毛に、彫りの深い整った顔立ちの男
――
千葉恵吾は東雲を真っ直ぐ見上げることなく、真っ暗闇に慌ただしくその視線を動かし続けていた。
東雲が後頭部をぶつけたことから、この空間に高さがないことは勿論、前後左右にも余裕はないことが見てとれた。腕も足も伸ばすことは叶わない。東雲も千葉も日本人男性の平均よりかなり大柄であるため余計に圧迫感を覚える。この空間の窮屈さでは、自身の体を千葉の体の隣へ移動させることさえ不可能だと思った。
千葉は一通りいろんな場所へ目配せをした後、何やら足を動かそうと試みていたがやがて諦めて、体が折り畳まれた状態のまま太腿を東雲の太腿に預けることにしたようだった。場所とシチュエーションさえ整っていれば、ふたりは「そういう」体勢だった。
「くそっ
――
股開かれるのなんか初めてなんやけど」
「
……
そうなんだ。意外だね。てっきり君もそういう経験があると思っていたが」
「祥ちゃんと一緒にすんなや
……
」
ふたりは軽口を叩き合いながら、それぞれが四方を囲む壁の様子を確認していた。隙間らしい隙間が存在せず、溶接跡もない。東雲が頭を打ちつけた際の音からもわかっていたことだが、壁自体はだいぶ分厚いもの、もしくは壁の外に空間がないようだった。生き埋め状態なのかと思いきや、息苦しさを感じることもない。ただただ狭い空間にふたりきりで閉じ込められた状態だった。木製であれば火だるまになることを覚悟して東雲の能力で焼き切るという選択肢も浮かんだが、並の能力では燃えたり溶けたりするような素材でもなさそうだった。
「何でできているんだ、この壁
……
」
「こんな任務やと思ってなかったから分析装置なんか全部置いてきてもうたで」
「通信は?」
「さっきから試してるけどあかんわ。電波暗室みたいになってる」
「
……
困ったなあ」
東雲は未だズキズキと痛む後頭部に溜め息を漏らした。
任務の内容はただの人捜しだった。東雲と千葉は認知症を患った老年女性の捜索をしていた。依頼者は警察にも勿論届けを出していたらしいが、Occult Ludic Companyに捜索を依頼してきたのはその女性が大層な資産家で、万が一にでもどこかの組織に人質にされてしまえばとんでもない額の身代金が要求されるだろう可能性があったからだ。そしてその組織の中に警察も含まれる可能性もあるのが、現代社会の悲しい実情だった。
人は移動すれば必ず痕跡を残す。そう断言しても良いほど街には情報が溢れている。その女性も例に漏れず移動する様子が街の至るところに記録として残っており、その足跡を辿っている最中だった。警察やその他の組織よりも先に女性を発見したふたりは、あと一歩のところで彼女に手が届かなかった。
認知症を患った女性にとって東雲と千葉のふたりの大男が不審者に見えたのだろう。彼女が装着していたナノマシンデバイスが防衛機制として発動し、彼らを謎の空間に閉じ込めてしまった。
「
……
あの婆さんがナノマシン使いって言ってたっけ?」
「
……
いや、依頼者は何も
……
万が一の装置だから、黙っていたのかもしれない」
「最悪や
……
祥ちゃん、次の定時連絡は?」
「あと二時間後、だったかな
……
担当は綿奈部くんだね」
「二時間後
……
長いな
……
」
非常事態が発生した場合に仲間が分かるように、Occult Ludic Companyでは任務の際に定時連絡を義務付けていた。具体的には現在位置座標と任務終了の推定時刻を送信するようにしている。東雲は女性を発見した直後にその連絡を仲間に向けて発していた。
今回は人捜しで戦闘が発生しないという想定だったため定時連絡のスパンを少々長めに設定していたが、それが仇となった。
東雲は自身で二時間後と発言しておきながら、その途方もない長さに頭痛がする思いだった。そもそも、二時間後に異変が察知されたとしても、救助が二時間後に来る保証もない。その上、ふたりが閉じ込められている空間自体が東雲の発信した座標であるとは限らない。
「暑いぃ
……
」
東雲と千葉は、互いが並の人間より仲が良いとは思っていた。しかし、こういう状況に遭遇するなど思っていなかった。千葉は東雲から終始視線を逸らしながら、愚痴をこぼす。密着している以上、多少体感温度が高くなるのは自然なことだった。窮屈な空間の僅かな隙間を縫って、手扇子で顔を冷やそうとしているが、無駄だ。何故ならこの空間に熱が籠る要因がもうひとつあった。東雲の姿勢だ。千葉に覆い被さる形になっているが、腕を伸ばしきれるほどの高さもない上になるべく千葉から距離を取ろうとするあまり、非常に絶妙な角度で肘を曲げておかねばならなかった。しかしそれが東雲の体温上昇に一役買っていた。自身の大きすぎる体躯を支えるにはそれ相応のエネルギー消費が必要であり、エネルギーとはつまり熱だった。
「
……
確かに、暑いね」
「
……
祥ちゃん、ほんまに大丈夫? 腕、プルプルしてない?」
「
……
しているかしていないかで言えば、しているね」
千葉は東雲から視線を逸らしていたが、逸らすにも限度がある。視界にどうしても入ってしまう東雲の体は、自身の体重を支えるために震えていた。
「鍛え方が足りひんのちゃうかあ?」
やっとこちらと目が合ったかと思えば、大層意地悪な表情で東雲を笑う。この状況で寝そべっているだけの人間は暇なのだろう。
「君が、僕と同じ状況でも
……
そのセリフが吐けるかな?」
千葉の茶化しを皮肉で返すが、胸の内ではもう少し筋力をつけておけば良かったかと後悔している。しかし、誰がこんな状況を予測できるだろうとも東雲は波立つ心を宥める。全身をバランスよく鍛えていたつもりだった。プランク維持時間の世界記録に挑戦をするわけでもない限り、こんな状況で使う筋肉ばかりを鍛えるわけもないのだ。
「俺は祥ちゃんとおんなじ状況やないからなあ、わからんなあ」
眼下では整った顔を持った男が意地悪に楽しそうにほくそ笑む。その笑みが様々な女性を魅了してきたことは東雲も承知の上で、この色っぽい笑みを歪ませてやりたいという八つ当たりじみた気持ちが心を徐々に侵食してくるのを感じていた。
自身の体勢維持が二時間も続くわけもないという諦め半分、楽しそうに冷やかしてくる千葉への苛立ちが半分。
「
……
オーケイ。君がそういう態度なら、こちらにも考えがある」
「あ? いきなり何
……
?」
「そもそもこの姿勢を保ち続けることが自体が馬鹿馬鹿しい。君がそのつもりなら僕は遠慮なく失礼するよ」
東雲は言葉の通り千葉への遠慮などどこかへ放り投げ、一気に腕を脱力させると己の上半身を千葉の上半身へ重ね合わせた。
やっと呼吸を整えてひと休憩を入れられると思い安堵する反面、自身の耳の真横では千葉がなにやらうるさく騒いでおり、落ち着く暇もないなと溜め息が漏れ出た。
「はあっ? おい、なんやねん、重いって!」
「
……
この状況がいつまで続くかわからないのに、筋トレばかりして消耗するわけにもいかないのでね」
「祥ちゃんの体熱いって! 退いてくれ」
「だから退けるなら退いてるって
……
」
脱出する術が見当たらないのは千葉も理解していた。しかしそれでも文句を言いたくなる。ひとしきりぶつぶつ何か言っていたがやがて互いに諦めた。諦めたものは恥じらいだとかプライドだとかに似た様々なものだったが、具体的に何を諦めたのか、ふたりは理解することなくただこの状況を受け入れた。受け入れざるをえなかった。
そして何もすることがなかった。そうなるとできることといえば他愛もない会話のような独り言のぶつけ合いくらいだった。
「ああ
……
汗臭いかもなあ
……
」
東雲は人一倍嗅覚の鋭い男だった。それは洞察力という意味でも使われる言葉だが、この男に限っては字義通りの意味も持ち合わせていた。そして男のそんな言葉に千葉はむすっと言葉を返す。
「そんなんしゃあないやろ、今日ずっと外回りやったんやし」
覆い被さって抱きつく姿勢になっているため、千葉の表情を見ることはできなかったが明らかに不機嫌な声色に対して慌てて訂正を入れる。
「いや、君じゃなくて僕が
……
君は特に気にならないというか、いつもの香水の香りだよ」
「えっ、ああ、そういう
……
祥ちゃんかて別に汗臭いとか思わんけど
……
」
「まあ、自分の臭いというのは僕自身が一番気になるものだから
……
君が不快でないのなら良かったよ。むしろ君の匂いはなんというか
……
」
千葉とここまで接近したことはほとんどないため、改めてこの男の匂いを知覚することとなったわけだが、東雲はその匂いに僅かな懐かしさを覚えた。どこかで嗅いだことのある匂い。千葉が普段つけている香水の奥から感じ取ることのできる柔らかなもの。それが何なのか思い出すことができず、東雲はぼやく。
「何だろう、この香り
……
以前どこかで
……
」
「アッ、ちょっ
……
くすぐったいって」
東雲のぼやきは本人の無意識のうちに千葉の耳元へ囁きかけるようなものに変化していた。艶のある東雲の声は性別を問わず人を魅惑するものだった。男が思い悩み没頭するほどにその声は美しい夜の色を感じるものに染まっていく。
「ちょっと待ってくれ
……
もう少しで、思い出しそうだから
……
」
「んあっ、ま、待てはこっちのっ
……
セリフ
……
!」
千葉の明らかな動揺に気づかないわけもなく、今度は東雲が千葉を揶揄う手番だった。千葉から見えぬようにニヤリと笑みを作り、緩い癖毛から覗く男の耳へ唇を少し寄せる。そして吐息に乗せるように言葉を紡ぎだした。
「
……
どうしたんだい、そんな声を出して
……
」
「ひんっ
……
くそ! あほ! やめろや!」
抵抗して声を大にして相手を詰るものの、顔に熱が上っているのは東雲にもわかるほどだった。普段は余裕綽々で様々な表現をもって相手を馬鹿にする千葉には珍しく、単純な罵り言葉しか出てきていない。耳へ与えられる刺激に対抗するほどの余裕がないのだ。東雲は追い討ちをかけるように声をさらに低くして湿っぽく囁く。
「ボキャブラリーが小学生並みだね
……
千葉くんは耳が弱いのかな? 舐めてあげようか?」
「んんっ、やっ
……
舐めんな! ほんで囁くのやめろ!」
「ふふっ
……
わかったわかった」
東雲は夜を共にする相手の性別は関係ないと思っている人間だが、だからこそ友人と恋人のラインを明確に区別すべきだとわかっていた。無論、そのラインを曖昧にすることで恋仲にもつれこませるという手段も持っていたが、少なくとも千葉相手にそうすることはない。
そして何より、そんな戯れをしている間に記憶の中に眠っていた匂いに辿り着くことができたため、これ以上千葉を揶揄う必要もなくなったのだ。
「君の匂いさ、何だか赤ちゃんみたいな匂いなんだよねえ」
「はあ?」
突拍子もない東雲の発言に、千葉は呆れの声を上げる。慌てたり怒ったり呆れたり忙しい人間だなあと、東雲は千葉の様子をまるで他人事のように思っていたが、その原因の大半は東雲自身にある。
「赤ちゃんだよ、わからない?」
「わかるわけあるかい!」
「ええ? 自分の匂いなのに?」
「祥ちゃんは自分の臭いこそ気になるって言ってたけど、普通は自分の臭いの方がわからんもんやと思うで。大体赤ちゃんの匂いってなんやねん」
「甘いミルクというか
……
あとは新陳代謝、皮脂の匂い
……
?」
「やっぱり俺が臭いって言いたいんか。遠回しに失礼すぎるやろ」
「違う、違う。甘くて良い匂いだねって言ってるんだよ」
「いや、よくわからんって」
そんな風に東雲と千葉が互いの見解を否定し合っていると、ブワッと暴風が吹き荒れて真っ白に明るすぎる空間に曝された。
唐突な浮遊感が彼らを再び襲う。
東雲は無意識に目の前の存在を胸の中に抱き込み、地面に叩きつけられる衝撃に備える。通常大男と評される男を庇い切ることはできなかったが、なんとか千葉の体の真下へ己の腕を忍び込ませることに成功し、千葉への衝撃を緩和させた。
「く、う
……
!」
そこまで高いところから地面へ落下したというわけでもなかったようで、予想よりも痛みは小さかったため喉の奥で呻くだけに留まった。
明るすぎる空間に周りを把握することができず、しかしそれでも即座に警戒態勢をとろうとした。それは千葉も同様で、東雲の腕の中から脱け出すと次は東雲の背中へ回りこみ、互いにしゃがんだ状態で自身のナノマシンデバイスを発動させる。
「千葉くん、無事か!」
「俺はだいじょ
……
」
「待て! 落ち着け! 武装解除しろ!」
ふたりにとって聴き馴染みのある男の声が響き、明るさに段々と目も慣れていく。真っ白だと思っていた空間は、暗闇に慣れすぎた目が実像を捉えきれていなかったというだけで、東雲と千葉が「事件」に巻き込まれた地点だった。そして彼らの目の前には例の老女と、紫色のツナギに身を包んだ男
――
Occult Ludic Companyの仲間である綿奈部綱吉が立っていた。
「
……
綿奈部くん?」
「ツナ! なんや知らんけどようやった!」
「タケシくん? ごめんねえ、おばあちゃん、間違えてお友達を捕まえちゃったみたいで
……
」
なぜだか老女に「タケシくん」呼ばわりをされている綿奈部はそれでも上手に彼女を宥めすかしながら、東雲と千葉が立ち上がるのに手を貸した。東雲は心から感謝の気持ちが湧いてあがるのと同時に、どうして綿奈部がこの場に居るのか疑問でならなかった。
「綿奈部くん、ありがとう! でも、どうしてここに? 定時報告まであと一時間は残っているのに
……
」
「どうしても何も
……
任務終了推定時刻が直前の定時報告時刻とほぼ同時間として伝達されているのに、終了報告がいつまで経っても来なかっただろう。お前らふたりが居て追加報告もなしに終了時刻が延びるわけもないから心配して来てみたら、婆さんがひとりで
……
」
「タケシくん、おばあちゃんとおうちに帰りましょう」
老女から優しい眼差しで呼びかけられた綿奈部は、やれやれという表情で首を左右に振って「詳しくはあとで話す」と老女を含めた三人を自身のタクシーへ乗せた。
老女のナノマシンデバイスは、元は特定の物体を任意の場所で見えなくするというものだった。数ある結界術のひとつである。老女が蓄えているという資産もその能力で隠されており、そもそも彼女が見つからなければ報酬が支払われる見込みもなかったらしい。
「家族総出で謝っとったし支払いがあったから許したけどなあ
……
やっぱり最初に手付金はとっとくべきやったかあ
……
」
後日、カフェバー『ユートピア』にて。東雲は目の前で項垂れて店内の掃除をしようとしない『社長』の背をモップの柄で突っつきながら溜め息を漏らした。
「早く掃除してくれよ
――
手付金を貰っていないって初耳だが。もしかして君、成功報酬に目が眩んだのかい」
「そら初耳やろ、手付金貰ってないとか祥ちゃんに言ってへんし
……
人捜しで大金を払う人間はようさんおるけど、それにしてもとんでもない報酬金額やったからァ」
「『やったからァ』じゃあないよ、まったく
……
今度から任務を引き受けるときは僕が見積書と契約書を作るべきかな
……
」
「ヘタクソな真似すんなや。この業界は俺の方が長いんやから、でしゃばってくんな」
「報酬に目の眩んだ人間にそんなこと言われる筋合いはないね」
ふたりが無駄な口喧嘩を繰り広げているとカランと金属音が店内に鳴り響く。
「おう、ふたりともお疲れ」
「お、『タケシくん』やん! どうしたん?」
まだ開店時間でもない『ユートピア』に遠慮なく入店してきたのは『タケシくん』もとい綿奈部だった。
「やあ、『タケシくん』。今日は特に用事がなかったと思うけど、どうしたんだい。オープンまでまだまだ時間はあるけど」
「お前らふたりともふざけた態度とりやがって
……
その『タケシくん』が婆さんから小遣いを貰ってきたからOLCの報酬として処理しようと思っていたのに。そのまま俺のポケットに入れておくこともできるんだぞ」
「ツナ、お前は主演男優賞をもらうべき逸材や。ようやった! 金はよこせ」
「会計を透明化しようとする姿勢は素晴らしいね! さあ、報酬の明細をこちらへ送信するんだ」
文字通り目の色が変わったふたりを見て綿奈部はこれ見よがしに深く長い溜め息をつき、やれやれと首を左右に振る。この仕草は東雲と千葉を目の前にしているときは特段多く見られるものだった。
「はあああ
……
お前ら、ほんと、仲が良いよな
……
」
「は? なんでそういう話になんの?」
千葉がうげえと吐く真似をして見せるが、一方、東雲は綿奈部の言葉に快活で爽やかな笑顔を瞬時に浮かべてみせた。
「綿奈部くん、僕たちは仲が良いなんて言葉に留まらないよ! 今回の「事件」を通して仲が深まったとでも言うべきかな」
「おい、祥ちゃんまで変なこと言い出したら収拾つかんくなるやろ」
「何を言っているんだい、千葉くん。あの暗闇の中で僕たちは互いに身を重ね合って濃密な時間を過ごしたじゃないかあ」
「
――
最悪や。おい、ツナ、祥ちゃんの言葉を真に受けんなよ」
「あっ、やっぱり
……
婆さんの術を解除したときに抱き締め合ってたのはそういう
……
」
「そういうことだね! 千葉くんは耳が弱くてね、それはもう可愛い反応を
……
」
「ふたり揃ってやめろ! 俺がツッコミに回るときが一番めんどくさいねん!」
実は綿奈部はふたりの仲を疑っていた時期もあったが、今回の会話を聞いている限りしばらくそのような関係になることはなさそうだと内心安堵しながら、普段はほぼ不可能な千葉への集中砲火に嬉々として参加したのだった。
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