しゃどやま
2024-08-29 19:29:16
3202文字
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【ネタバレバッドエンド】WHITE

ファントムがチェズレイを精神漂白計画に巻き込んだ話

 ファントムは楽器店を出てリムジンに乗り込む前、思い出したように言った。チェズレイと部下たちを止める。
「俺を連行する前に、ちょっと人を迎えてもいいかい?」
 困ったように笑い、眉を下げるファントムに、チェズレイは頷いた。
「いいでしょう。あなた以上の不審者など存在しないでしょうから。車を回せ」
 部下に命じ、駅へ向かわせる。
 ファントムを――エドワード・ウィリアムズを待っていたのは、寒さに鼻を擦る少年だった。
「ボス、紹介しよう。向こうで一緒に暮らしていたルークだ。俺の事情は知らなかったが……どうしても置いては行けなかった」
 チェズレイは疑う。カモフラージュのために行動圏内から引き取った孤児だとは調べがついていたが、それをヴィンウェイまでつれてきた意図が解らない。マフラーを巻き、ウインドブレイカーを羽織った姿は十七より幼く見えた。ファントムはチェズレイの傍に近づき、囁く。
「特殊な訓練も何も受けていない。本当にただの一般人だ」
「なぜ切り捨てない?」
「言ったろう? 置いてはいけなかったんだ」
 青い瞳が陰る。チェズレイの知らない色を目元に宿らせて、ファントムは息を吐く。
「コードネーム・ファントムとあろうことが甘いことだ。いいでしょう。子供一人を隠せないほど、狭い舘ではありませんから」
「恩に着るよ」
ほ、とリラックスした様子を見せるファントム。まるで平凡なその仕草が、チェズレイの心に染み込んだ。

 掃除用具を持って舘を歩き回っている少年に、チェズレイは冷たい視線を向けた。
「あ、ボス」
「ルーク・ウィリアムズ。何をしているのです」
 バケツにブラシを入れたものを見せつけながら、ルークは言う。
「父さんに「なにかの役に立て」って言われたんだ。掃除でもしようかなって。困っちゃうよな……急に学校も通えなくなるなんて」
唇を尖らせたルークの行動には、殺意も欲望も何もない。チェズレイは目を細めた。
「父からはどんな説明を?」
「悪い人に見つかったって」
……なるほど」
「あ、ボスのことじゃないぞ! 安全のためにボスに雇って貰って、僕やみんなの平和のために頑張ってるって」
 チェズレイは顎に手をやる。才能に惚れ込んでついてきた、と本人は言っていたが、なんの目的があってのことなのか。ルークに問う。
「それを信じている?」
「父さんはキザだから、全部は信じてないけど……刑事が狙われやすいのは知ってるし。嘘をついてる感じじゃなかったから」
 まるで無垢な雛鳥だ。チェズレイの言葉が通じない世界から来た少年は微笑む。
「あと、裏社会から世界を守るなんてヒーローみたいじゃないか。ボスは秩序ある裏社会を目指してるって、父さんが言ってたよ」
 明るい声に、チェズレイは一歩後退る。己の体に暖かい血が流れている違和感。鼓動を隠すように背を向け、言葉を投げかける。
――掃除はもういい。子供は部屋で勉強をしなさい」
「同じぐらいの歳じゃないか」
 不満の声色を無視しながら、チェズレイはファントムを探しに階段を降りた。

 一年後、ファントムはチェズレイにとってなくてはならない存在になっていた。己を凌ぐ知勇を持ち、判断力に優れ、闇の世界にいてもなお暖かい手の平を持つ。部下として振る舞いながらもファントムはチェズレイを叱る。己を大切にしろと怒鳴られた日もあった。ルークの父親として語る言葉も、チェズレイには愛おしかった。
 驚いたのはルークの成長だろう。ファントムの意向でコロシはさせていない。しかし護身のために教えた銃は、驚くほどの速度で上達する。ただのファントムの付属品ではなく、一人の駒として優秀さを見せていた。チェズレイのことを家族のように思うあどけない姿とは裏腹に、鋭い狙撃の腕を持つ。
 充実、だ。チェズレイが寝椅子で息を吐く。ファントムが紅茶を準備している音を微かに聞きながら。
「ボス。もうすぐ誕生日だな」
「そうですね」
 誕生日。欲深い下衆どもからのプレゼントが届く日。雪の季節、母の記憶が蘇る季節。紅茶がティーテーブルに置かれる。
「少し話したいことがあるんだが……ルークを呼んでもいいかい?」
「どうぞ。くだらない誕生日パーティの相談であれば、私は眠りますが」
「はは、厳しいな」
 タブレットを使い、ルークに連絡するファントム。チェズレイの向かいの椅子に座り、唇を開いた。

「俺は世界から不幸な人間を消したいと思っている」
……は?」
 チェズレイの驚く顔へ向けて、ファントムは流し込むように語る。感情を操作する実験。その拠点がハスマリーにあり、情報を得るためにルークという少年を引き取った。けれど今では彼のためにも、負の感情を消し去って平和な世界をつくってやりたいと思っている。
 ファントムの言葉は、こう締めくくられる。
「みんなを“濁りのない”精神にするんだ。そうすれば傷つく子供はいなくなる」
 チェズレイは呼吸ができない。汗が背中に浮かぶ。
 自分がとてつもない過ちに足を踏み入れる寸前だと、本能が警告する。
「それ、は」
「ボス。お前だって見てきただろう? 負の感情に囚われて、攻撃的になる人々を。苦しんできたというのを、俺は知ってるよ」
「ば、馬鹿なことを……
「ルークも戦災孤児なんだ。今は元気だが、記憶を取り戻したらトラウマに苦しむだろう」
 朗らかなルークの笑顔が浮かぶ。仲のよい親子の光景。
 もしチェズレイの父に、負の感情が無ければ。
母の旋律はいつまでも透明で――
「嫌かい? そうじゃ、ないだろう?」
 大きな声をあげればいい。そうすれば部下が飛び込んできて、彼を射殺する。
 真剣な青い目。
「ファントム……っ!」
 チェズレイの言葉は掠れ、己にさえ聞こえない。
 ファントムは立ち上がると、一歩チェズレイに近づいた。
「認めてくれた、ってことでいいんだな?」
「ぁ……
 手が伸びる。首を絞められることを恐れたチェズレイは堅く目を閉じる。
「ありがとう、チェズレイ」
 頭を優しく撫でられたことで、ファミリーのボスは死んだ。

「僕も最初に聞いた時はびっくりしたよ」
「なかなか飲み込みが悪かったな、ルークは」
 ファントムが温め直した紅茶をミルクティーにした。ルークはチェズレイのカップにまで砂糖をいれ微笑む。
「ルークも、この……精神漂白に、賛成を?」
 己の喉からあふれる怯えた声色に驚きながら、チェズレイは問う。ルークは目をガラス玉のように丸くした。
「うん。悪いやつにだって、やり直す機会があるならすごくいいことだと思うんだ。つらい決断かもしれないけど、そのほうが絶対彼らのためになると思う」
 そう、ですか、とチェズレイは答える。
 穏やかにファントムは微笑む。
 甘いミルクティーに口をつけると、心が落ち着いていった。


==今はまだここまで==



これが世界平和のため、悪を止めるためだと信じるルークと、ボスと呼ばれながらもその実人質とトラウマから操られているチェズレイ。本編通りに陥落したシキ。



 怪盗ビーストが吠える。
「ヒーロー……! おまえはヒーローになるんじゃないのかよ!」
 ルークは頷く。どうして僕の目標を知っているんだろう。
「そうだよ。僕はみんなを救ってヒーローになるんだ」
 悪者へ、銃口を向けた。

 チェズレイはタワーの最上層で、ファントムからの通話を受け取る。
 探っていたミカグラの公安たちを引きつける役目――囮の役目を、無事に果たしたと、チェズレイを褒める言葉。
 締めくくりの言葉はこうだった。
「お前は俺が思った通り、優秀だよ」

「この高さだ。見知らぬ忍者さんも無事では済まないでしょう」
「ミカグラを救うためだ。この命ぐらい、いくらでも」