涼華
2024-08-29 01:12:47
2163文字
Public 支部掲載済み
 

虫の温度の誘蛾灯

ダングレ、抱きしめられたいけど愛情に溺れたくない面倒なおじさんのもだもだ、短い

 抱きしめたい、抱きしめられたい。なんて甘ったれた、同僚の女軍人に言わせれば軟弱な欲に思考を支配されることがたまにある。

 それは常人より虫に近い体温が温かなものを求める時。
 それは銃声と爆発音、虫ケラが呆気なく墜落し死んでいく断末魔に包まれた自室で過ごしたくない時。
 それは優しい優しい恋人に身体の隅から隅まで暴かれ愛され尽してなお寂しさにも似た心の隙間に風が吹き込む時。
 馬鹿で愚かな虫ケラの俺は自分ではない他人と触れ合いたくなる。温かな熱で凍えた身体を暖められ、がちがちに凝り固まった身体を解され、埋まりきらない孤独の隙間をゆっくりと満たされたくなる。
 こんな子供じみたこと、出来ることならしたくない。けれども中毒のように繰り返し求め、与えられたそれは手放すには遅すぎた。

 そうして今日もそんな欲を未練たらしく抱えたままうろうろと廊下を行ったり来たり。目の前にあるのは件の恋人の部屋。同僚に見られるわけにはいかないし、抱きしめられるのはここでだけ。
 意を決して部屋の扉をかつん、かつんと虫ケラの右腕で軽くノックする。部屋の内からは入ってもいいよ、と声がした。

………管理人の旦那、その今、時間はあるか?」
〈うん、特にやる作業もないし大丈夫だよ〉
 ほら、おいで。そう言って手招きされる。俺の幼稚な要求なんてお見通しだったらしい。ふらふらと誘われるようにして近づき、椅子に腰掛けた恋人の膝に乗り上げた。
いつも悪いな……重くないか?」
〈平気だよ。重たくもないしむしろ少し減った?〉
……よくわかったな」
 元より人肉食を好む助手人格やかつての戦場に今もなお取り残され続けている課長代理の人格を被るとしばらく食欲を無くすことも多かった。その上しばらく前に新たに抽出されたエドガー家継承者である病弱な男の人格を被るようになった後は後遺症で食欲も落ちるし夜眠れなくなることも多くなった。そうして徐々に疲弊した身体はこのひとのぬくもりを求めた。今回ここに訪れた理由なんてそんなもんだ。
 くたりと身を預け肩口に顔を埋める。それほど遅い時間でもないし、仕事着の黒いシャツのままだからシャワーも浴びていないのだろう。すん、と鼻で息を吸えば業務中僅かに浴びた返り血であろう血の臭いに混じってほんのりと汗のにおいがした。
 虫ケラと同じくらいには嗅覚が鋭いこの身体はこのひとのにおいを良いものだと感じているらしい。その証拠にフェロモンを垂れ流すつがいを探す虫みたいにいつの間にやら生えてきた虫ケラの触覚は忙しなく動き時計頭を何度も確かめるようにつついた。
〈うふふくすぐったいよ〉
「悪い俺にも止められないんだよ
〈いいよ。私も沢山君に触れるから〉
 細身の両腕で抱きしめられることで感じる温度。とくとくと流れる血潮の音。
 そして敏感な感覚器官越しに知るこのひとの文字盤の温度、滑らかさ。チクタクという針音が生む振動。それから、ひとの手で触れると不思議と温度を感じない炎が放つ僅かな熱。虫ケラの感覚でなければ感じない、俺だけにしか感じられない温度。そんな馬鹿みたいな優越感が自尊心を僅かに満たした。

「だん………
〈気持ちいい?〉
「きもち、いい
〈嬉しい?〉
〈うれ、し
〈幸せ?〉
「しあわ、せぇ
 ぴくぴくと触覚が揺れる度このひとの情報が増える。今でもいっぱいいっぱいなのに、もっともっと頭の中にこのひとの情報が増える。虫ケラ程度の容量しかない脳みそがこいびとで埋まっていく。
 このまま業務も、契約も、目的も、全部全部失くして、このひとのことだけ考えていたくなる。そんな破滅へと誘う欲を振り払い、ゆっくりと身を起こした。
〈もういいの?〉
「今日は、これくらいにしとく」
〈うん、わかった〉
 自分勝手に抱擁を求め、勝手に離れていく俺に機嫌を悪くするでもなく恋人は最後に頬をするりと撫でて俺を解放した。
〈抱きしめて欲しくなったらまたおいで。もちろん、それ以上でもいいけど〉
 俺が自分の腕の中に収まるのが当たり前なんだと言いたげに、結局望んで戻ってくるってわかっているように、優しげで、けれどもどこか傲慢な誘いの言葉をひとつ残す。まるで、青い爪のあの人の手のひらの上にいた時みたいだ。
 抜け出すには、逃げ出すにはもう、遅すぎた。温度のない、いいや、虫ケラだけの温度を持った誘蛾灯に魅せられてしまった。吸い寄せられた虫ケラ おれはもう、焼かれて塵になるしかない。
……うん、また来るよ」
 いつか訪れる破滅から目を逸らし、そう言い残して部屋を出た。










グレゴール
人肌恋しい虫おじさん
人肉食勢とか反社人格のせいで食欲が無くなりがちだし最近ではタバコを吸うと咽せる人格も出てきて踏んだり蹴ったり
好きなものにはずぶずぶに依存してハマっちゃう危険なタイプ
こんなんでもヤることはヤってる

ダンテ
無自覚傲慢ムーブ時計頭
猛アタックの末に恋人の座を勝ち取ったので大抵のわがままは笑って受け入れるスパダリ
ついでになかなか甘えてくれない恋人が突如やってきて抱きつくだけ抱きついて帰っても耐えられる自制心の鬼
こんなんでもヤることはヤってる