岬菊花
2024-08-29 00:16:25
4397文字
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先輩として

黒山羊の学び舎イベント『白き侵略者』
パフィティ

鋭さを削った葉の囀りが、誰かの持ち込んだ風鈴とコンサートを行う涼しくて暑い季節には、森への立ち入りが禁じられる。三年生であるパフィティならばとうに知っていることであり、例年通りの、二週間だけの規則であった。
しかし今年は様子が違うらしい。なんでも、我らがグレートオールドワン寮に所属する男子生徒が一人、行方不明になっているのだという。なおかつ学校内に未確認生命体である白い蜘蛛が現れているらしい。
「よって、生徒諸君には所属している寮に関わらず、ペア及びグループを作り、魔法の森への調査を願おう。しかし無断で行うことは許していない。必ず我々教師の許可を取る様に。また、単独で向かうことは非常に危険であるため一切の許可をしない。調査内容も、行方不明となったグレートオールドワン寮の一年生男子生徒の捜索、及び白い蜘蛛の駆除であり、不必要に奥へと向かってはならない。蜘蛛への対処法はこれから伝えるため、確りと覚えておくように」
教室内に走る緊張感と、今朝見たよという恐怖と噂のような小声、そしてアウターゴッド寮生徒による嘲笑が一つまみ。笑わないのは、明日は我が身だと思っているからなのか、単純に行方不明の生徒が人間として心配だからなのだろうか。どちらにしても、パフィティはあたりを見渡すことはせず、どうするべきかを思案して止まらなかった。


「今、いいかしら?下級生を集めて演説がしたいのだけれど」
授業が一通り済んでから、パフィティはは同じ学年の同じ寮に所属する生徒数名に声をかける。皆緊張感が抜けたわけではない、いつ白い蜘蛛の姿を見るかわからないと視線を漂わせるものもいるのだ。そんな中で『人を集めて演説』だなんて、教師に任せればいいようなことだと眉をひそめていた。
しかしパフィティは必要な計画だと、彼らに内容を伝える。

端的にまとめれば、三年生の半分か三分の一ほどは下級生、特に一年生の面倒みることに専念しようという事であった。同級生が行方不明だと怯えているだろう。何よりこの学校に来て、やっと慣れてきたと思ったところで起きた事案なのだ、入学当初より不安定になっていてもおかしくはないはずだ。
故に上級生として、教師の目が届かない人にも積極的に保護を行おうというのである。身の安全もさることながら、心を落ち着かせるための行動をとることが、この学校で生き残る術にもなるだろうと。
「もちろん調査に行くことにも賛成よ。状況を知らないというのに『大丈夫』だなんて薄っぺらいことをいって、納得できる人が集まってるとは思っていないわ。だから貴方たちが勝手に動くよりも連携を強めたほうが、下級生も年上だからと気を張っている二年生にも丁度いいんじゃないかしら?協力したいという二年生がいたとしても、積極的にワタシたちに声をかけてくれるようになったら、これもまた連携がとりやすいでしょう?野心があるのは良いけれど、無謀に向かってはいけないと示しがつくのなら丁度いいはずよ」
見通しや計画として、緻密に詰められているとはいいがたい。ただ単に大まかなことを宣べて、なんとなく役割を持つこのが大体の目標に向かいやすいという一般的な話でしかないだろう。

だが今は、協力することによるメリットの方があるように思えた。実感し辛い危機が迫っているからなのか、同胞愛をもつ者同士だからなのかはわからない。それでも、少なくともこの場にいた三年生はパフィティの言葉に頷き、調査を主とする人と下級生の面倒を見ることを主にする人に分かれることに決まった。
寮に戻ってみれば、教師から大人しくするように言われたからなのか、普段より多くの生徒が談話室に集い身を寄せ合っている。自習をする者や読書にいそしむものもいるが、やはり気がそぞろになっているのが、目線のやり方や姿勢だけでも見て取れてしまう。
そもそもとして、三年生の幾人かが今ようやっと戻ってきたから、という安心感の欠如にもあったかもしれない。だからこそ、とパフィティは手を叩き場の注目を己に向けさせた。

「貴方たち!不安は強く理解しているわ!いつも通りに過ごせだなんて酷な人も、じわじわと考え込んで苦しくなる人もいるでしょう。だからこそ、ワタシたち、三年生が傍にいることにしたわ!幾人かは調査を主とします、ワタシも数日に一回は調査に向かうわ。けれど基本的に貴方たちと一緒に居ることを約束しましょう!それでも普段の生活の中では難しいでしょう。学年が違うというのは、思ったよりも大きな隔たりになるわ。普段はできるだけ同級生の人たちで集まってもらおうと思うわ」
本を閉じ、ノートの上にペンを放って、下級生たちは不安を汗として視覚化させて口をつぐみ続けている。堂々とした人に恥ずかしさを覚える人もいるかもしれない、ぼぉっと見つめているだけのものもいるだろう。けれどこの場で声を出しているのはパフィティだけであり、それが理想だと胸を張り続けまた言葉を発する。

「それでもいきなりは困るでしょう!だから今から、レクリエーションをするわよ!さ、貴方たちも上級生らしく楽しませなさい!」
「え、いきなり言われても、なんも用意できてないんだけど!?」
「いいのよ。さ、なにをしようかしら。好きなものでいいのよ。さっき読んでいた本の布教でも、勉強のずるの仕方でもいいのよ!知りたいことややりたいことをするのよ!」
突発的な提案にもほどがあるだろう、と特に三年生たちが顔を見合わせ引きつらせている。だが一人が手をあげれば、すぐさま拾い上げて大袈裟なほどの言葉を使い話を広げようとしていく。
彼女に協力的な姿勢を示したから、と言わんばかりに三年生の数名も話に乗りリアクションを行っていって。動いて、馬鹿みたいに燥いでいれば、馬鹿だなぁと思うくらいには肩の力も抜けていく。誰かがミュージックプレイヤーを再生させたのか、この談話室にそぐわないほどのポップミュージックと手拍子が響けば、一人また一人と形だけでも音を鳴らしてくれる。次第に表情も柔らかくなってきたところで、踊ろうかと三年生の誰かが下級生の手を引っ張るのだから、それに倣うものが現れるもので。

白い蜘蛛の脅威が訪れているとは思えないほど、グレートオールドワン寮に騒がしさと楽しい気配が訪れて、疲れるほど打ち解けたころにやっとお開きになる。
「さ、明日も元気な顔を見せなさい!それと勉強はしっかりするのよ!」
「はぁい」
気の抜けた返事が何人かから聞こえたところで、満足そうに笑ってパフィティは自室へと戻っていった。きっと冷静になればぎこちなくなるものも多くいるだろう。しかしそうなっても、三年生として仲介してやればいいだけである。

全ては皆が無事に過ごし、自分のみが安全であるため。パフィティの自己保身のための連帯感であった。



現状についての不透明さというのは、不透明であるという認識をしている影響により、一層強いストレスとしてのしかかり続けてしまう。たった三日であろうが、一日だろうが。知ることができるかもしれないのに、よく分からないという気持ち悪さが胸の、もしくはお腹の中に巣食って気分が悪くなるのは人として当たり前のことだ。
「潰すことは簡単だよ。ただすぐに姿を消してしまうから、見つけたら即座に対処しないといけないね」
主に調査を行うことにしている生徒からの報告は、吉報というには地道さを求められる程度のものでしかない。極端な数で現れないからこそ、すぐさま退散するのだろうから、襲われるリスクはあまり高くないはずだ。
しかし気を抜けないのも事実である。おびき寄せるためにした行動のうちに、人形を投げかけるという事もしたそうで、人形が落ちて数秒後に群がってきたのを確認しているらしい。勿論だが、それらも対処済みらしい。
「森の方では立ち止まることはやめたほうがいいだろうね。足元に這い寄られるかもしれない」
できるだけオブラートに包み、もしくは雑談の中に交えながら、しかし念を押しながら下級生に伝えるべきだろう。念のため不調がないかの確認もしあったところで、パフィティが手をあげる。今日は自分も調査に行きたい、という事だった。

「......大丈夫なのか?君、結構細いから力とかあるようには思えないけど」
「そうね。駆除という方には貢献しきれる気がしないわ。踏みつぶすにも、取り逃してしまうかもしれないわ。けれど調査の内容は『行方不明生徒の捜索』もあるはずよ?」
あぁ、と納得を示した数名の流れを途切れさせないように、続いて口を開く。
「そもそも蜘蛛の脅威について意識が先行しすぎていたわ。我らがグレートオールドワン寮の生徒が行方不明なのよ、一年生が一番気にするのはこれの可能性があるわ。だから今日頃にも、そちらの方で調査報告をするべきじゃないかしら」
さらに頷いてから、ならばグループを分けた調査にしようと話が進んでいく。最中に二年生が訪れて、自分も手伝わせてほしいと申請が来たため、行方不明生徒の調査の方に割り振ることで人数調節を図る。
白き蜘蛛の調査及び駆除は六名が先行して行い、五分ほど後から四名の生徒が行方不明生徒の調査を行う運びとなり。教師にも方針を告げると、森の入口辺りに二名ほどの教師が見張り及び駆除などを行う運びになり、三十分から四十分で戻ることで承諾が降りた。


「さて、緊張は良いけれど程よく力を抜きなさい。視野が狭まってしまっては、見つけるべき対象に気づけないわ」
二年生、今回は二人が協力してくれることになったが、彼らは目に見えて緊張しておりまるで入学したてのように肩が尖っている。パフィティともう一人の三年生の生徒が小さく笑っては、正面に立って顔を見合わせた。
「ほら、ワタシを見なさい。いつものワタシでしょう?」
「警戒するのは良いことだけど、僕たちを間違ったり、見失ったら大変だからね。ほらほら、緊張が抜けないなら、にらめっこでもする?」
「ッあ、だい、じょうぶです!」
「あ、じゃあ私はします!先輩、十秒だけやりましょう!」
「ふふ、いいわよ。ワタシの目を見てなさいな」
ゆっくりとだがリズムを刻み、一瞬で表情を強く作って見せれば、硬い紐が泡で解けたように笑みが零れていく。
「ワタシの勝ちね。いい顔をするじゃない」
ニコリといつも通りに笑い褒めれば、頬に夕焼けのような色が浮かんでくれるのだから、パフィティは誇らしげに胸を張る。
そろそろ時間だと告げる教師の声に森の方を見やってから、顔だけ振り向いては鼓舞するように言葉を告げる。
「一年生たちにも、同じくらい笑顔浮かべてもらえるように、ちゃんと調べるわよ」
はい、と揃った声は必要な緊張と、穏やかな日常の声に満ちていた。