溶けかけ。
2024-08-28 21:14:15
1743文字
Public ほぼ日刊
 

あなたの色に染まります

白薔薇の花言葉の話、返答編です。
ヌヴィレットが悪い男でした。(結論)
まあ、元ツイでもヌヴィレットが悪い男と書いてあったので良しとします。

 大丈夫、大丈夫。
 緊張で高鳴る胸を押さえ付ける。握り込んだ花束がくしゃっという音を立てた。

「お疲れ様、ヌヴィレット」

 今しがた、会場の片付けを終えた彼に話しかける。数日間行われた映影のイベントはパレ・メルモニアと教令院の協力により、大成功に終わった。勿論、この国の代表者であるヌヴィレットは運営側として携わっていた。計画立案から始まり、教令院とパレ・メルモニア、出資者との確執を納めたり、警備の手配をするのも全て彼の仕事だった。

……フリーナ殿か。此度の出展作品も良いものだった」

 ヌヴィレットに「ありがとう」と返す。僕は演出家として幾つかの映影に関わっていた。きっと、いつものように忙しい合間を縫って全ての作品を観てくれたのだろう。まったく、そんなことをするのなら少しは休めばいいのに。

「私と同じくらい多忙であった君に休めと言われるとは心外だ」

 ヌヴィレットが呆れたように溜息をついた。

「おや?僕としたことが口に出てしまっていたようだね。なら、遠慮はいらないか――ちゃんと休むんだよ、ヌヴィレット」

 フリーナはわざとらしく肩を竦めたあと、ヌヴィレットの前で爪先立ちをすると、彼の額を撫でた。
「こういうときは屈むんだよ」とフリーナが言えば、ヌヴィレットは渋々といった様子で屈み込む。わしゃわしゃと大型犬を撫でるような手つきに徐々に彼の髪はぼさぼさになっていったが、ヌヴィレットはそれを気にも留めずに受け入れている。
 その様子を見ていた誰かが「忠犬」と彼を例えた。なるほど、確かに似ている。

「忠犬だって、面白い例えだね」

「私は犬ではなく龍なのだが……

 真面目な顔をして眉間に皺を寄せるヌヴィレットにフリーナは腹を抱えて笑い出した。彼女が笑うのに合わせて背後から、かさかさという音が聞こえた。

「フリーナ殿、それは?」

 ヌヴィレットの指摘にフリーナが固まった。だが、それは瞬きの間のことで彼女は満面の笑みを浮かべて持っていたものを手渡した。

「はい。今日まで頑張ったキミへの贈り物だ。いつも僕の公演後にくれるだろ? だから今回は僕が渡す側になってやろうと思ってね」

 白薔薇の花束を手渡す。大丈夫。彼はきっと気づかない。白薔薇を選んだ理由も、巻かれた青いリボンの意味も。

「ありがとう、フリーナ殿……ふむ。いい香りだ」

 花の香りを確かめる姿すら様になっているように思うのは惚れた弱みだ。白薔薇とヌヴィレット――ミスマッチだと期待していた二つは程よく調和していて、フリーナは鼻知らんだ。

「じゃあね、もう帰って寝るよ」

 結局、フリーナの欲しい答えは得られなかったのだ。欠伸を一つして、目蓋を下げる。たったこれだけの仕草でも眠そうで今にも帰りたいフリーナを演出するには事足りていた。

「ああ、おやすみ。フリーナ殿」

 ヌヴィレットの声は優しくて――それが無性に苦しかった。



 踵を返して歩き出したフリーナの肩を誰かが掴んだ。耳元にかかる吐息は少しだけ熱い。

「ありがとう、フリーナ殿……私の自惚れでなければ、これは君からの返答と受け取っていいのかね?」

 ぞわりと肌が粟立つ――気付かれていた? いつから? 困惑するフリーナにヌヴィレットがなおも続ける。

「どうして、という顔をしているな……分かるとも。――私は貴女に相応しい。私は君の伴侶に足るべき存在だと訴え続けてきたのだから」

「知っていたのか!?」

 ヌヴィレットが頷く。彼の瞳は獲物を前にした肉食獣によく似ていた。

「白薔薇には幾つかの花言葉があるが……ふむ。そうだな、『あなたの色に染まります』といったところかね?」

 言い当てられたフリーナの顔が火がついたように赤く染まる。

「青いリボンは信頼、安定感の意味があると聞いたことがある。あぁ……それかサムシングブルーという可能性も……

 ヌヴィレットがくくっと笑う。どこか嬉しそうなそれにフリーナは自身がずっと彼の手の平の上で踊っていたことに気がついた。



 けれど、もう遅い。
 うさぎは自ら、龍の巣穴に飛び込んでしまったのだから。