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tsugaruringo
2024-08-28 11:52:51
5195文字
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(桂主︎︎ ♀)木戸夫婦が湯治に行く話
新政府になって夫婦になった桂(木戸)と⚔️が温泉旅行で仲を温め直す話
⚔️=弊刀(名前、外見描写あり)
⚠️直接ではないが行為匂わせ描写あり
仕事以外で机に向かったのは久方ぶりだ。
木戸は開いた襖から見える見慣れない景色をぼんやり眺めていた。
紅葉の栄えも終わり、大半の葉が落ちた木々に冬の足音を感じる。
いつも以上に広々とした低い机には湯のみが2つだけ。
座布団は自宅にあるものより弾力があり、硬い畳に直接触れないように優しく包んでくれるようだ。
客人をくつろがせるために作られた部屋は、彼の張り詰めた精神をほぐしてくれる。
___
数か月前。
「奥様が、温泉に行きたがっておりました」
ある晩、木戸に夜食を持ってきた女中がこっそりと伝える。
「温泉?
…
そうか、たまには彼女も気分転換が必要だろう。必要な準備さえ教えてくれれば手配して
…
」
女中は彼の言葉をわざとらしく遮る。
「お言葉ですが、『旦那様と』行きたいと仰っております」
木戸は言葉を詰まらせた。
この言い方、きっと妻は...るいは警告しているのだな。
幕府の時代を終わらせるため、木戸___かつて「桂」と名乗っていた彼は、生まれの長州藩の志士だけでなく、多くの浪人を率いてきた。その中には、元黒洲藩の浪人である「隠し刀」も。
隠し刀は「るい」と名乗り、こちらが期待する以上に桂たちに肩入れし、戦力になってくれた。
しかし本来の彼女は戦闘を好まなかった。得意としていたはずの暗殺でさえ、依頼をこなした後の顔色は芳しくない。
桂はそんな様子を知っていながら、どうしても彼女の技術を頼らざるを得ない状況を心苦しく感じていた。
だからこそ、「深い仲になりたい」と告げられ、比翼連理の関係を結んだ日から、桂が思い描く日ノ本の姿がより具体的になった。
「愛する彼女が戦いから切り離される世」にする。
幕府の後を担う新政府が正式に始動し、彼女もまた自身の旅にけじめがついたところで、
桂は自らを「木戸」と名乗り、そして彼の姓を彼女に与えたのだった。
しかし、実際の夫婦生活は膨大な業務量に押し流されてしまっていた。
木戸は職場に泊まりがけで働き、数日家に帰らないことは珍しくない。
そして帰ってきたと思ったら会食による酩酊状態で、女中たちの手を煩わす。
彼女とごく稀に顔を合わせ、食事をともにしても、あまり会話を持ちかけてこない。
以前は少ししつこいくらいに明るく話しかけてきていたのに。
だが、そうなっても仕方がないのは木戸も理解している。
約束通り、るいを戦いの場から遠ざけることには成功したが、このまま夫である自分からも遠ざかってしまうなんてなったら本末転倒だ。
そんなことはわかっているし、罪悪感は抱えつつも、なかなか人に頼りきれないまま日々が過ぎていった。
「いかがでしょう?旦那様」
詰めるような女中の質問に、木戸は溜息をつく。
「わかった。少し先にはなってしまうだろうが、休みを数日取れるよう働きかけておくよ」
彼女のことは、ずっと変わらず愛しているつもりだ。
だが、時に形にしなければ、それは簡単に薄れていき「無い」ものになってしまう。
後日、事情を聞いた伊藤たちは安心したような笑顔で快諾した。
「もう是非に!数日といわず1週間でも1か月でも!俺木戸さんにはずっと休んで欲しいと思ってたんですよ」
あまりに喜ぶ伊藤の様子になんだか複雑な感情を抱きつつも、仕事はなんとか整理の道筋が見えそうで安心する。
「戻ったよ
…
」
日が変わるか変わらないかの真夜中の刻、そっと自室の扉を開けると、いつもは寝ているはずの妻が起きているのに気づく。
その視線は、戻ってきた夫の顔にまっすぐ注がれていた。
「一緒に行けそう?」
るいは不安そうな、苛立ってもいるような感情を込めて、淡々と質問を投げかける。
後ろめたいことはないはずなのに、なぜか責められているような気がして鼓動が早まる。
「
…
伊藤君たちに代行を頼んだら、二つ返事で受け入れてくれたよ。だから、君と温泉は問題なく行ける」
その言葉で、彼女から見えた薄暗い感情が嘘のように消え去り、満面の笑みが浮かぶ。
「良かったわ。じゃあ、おやすみなさい」
そして、くるりとそっぽを向いて瞬く間に寝息を立てた。
___
「久しぶりね、こうやって2人で過ごすの」
襖の向こうを眺める夫に、妻は語りかける。
「ああ...」
木戸が視線を戻すと、るいは姿勢正しく正座をし、彼を見つめていた。
宿までの道中、改めて会話すると、彼女は出会った頃よりもまろやかな顔になり、落ち着きを持った声色になっていることに気づく。
年齢によって完成した穏やかさなのか、政府要人の妻として求められてきた振る舞いがそうさせているのか。
もしくは、私が彼女の無邪気さを奪ってしまったのか。
木戸は正座に座りなおし、息を吸い、机に両手をついて頭を下げた。
「改めて、君には謝らないといけない
…
今まで寂しく辛い思いをさせて、本当にすまなかった。」
るいはまぁ、と目を見開くが、すぐにふふふと笑う。
「まったくだわ。でも孝允さんが今日一緒に来てくれたから全部流してあげる」
その笑顔には、10年以上前から変わらない光の欠片が見え隠れしていた。
ああ、良かった。
和解を確信した木戸は体勢をゆっくり崩し、再度茶をすする。
つられるように、彼女も茶を飲む。
見たのは初めてではないはずなのに、髪を耳にかけ、目の前の湯のみを持ち上げる姿すら淑やかだ。
「もう少ししたら、湯に入りましょう」
___
その宿には、護衛の数人以外に客は見当たらなかった。
新政府、および木戸らに不満を抱く者はまだまだ多く、いつ命を狙われてもおかしくない。元々小さめの宿ではあるが、おそらく、妻か主人かが木戸にとって安心できる環境を整えてくれたのだろう。
「ぁあ~
……
」
念願の入浴に、ほとんど頭まで湯舟に沈めながら、木戸は快感の呻きを上げた。
「湯治」という文字通り、日々酷使して固まってしまった体が癒されていく。
「気持ちいいみたいね」
壁の向こうからるいの笑い声が聞こえる。
どうやら男湯と女湯を隔てる壁は竹だけでできているためか、お互いの音が相手まで響いてしまうらしい。
「君が誘ってくれて助かったよ」
「私も来れてよかった」
声の大きさから、彼女はかなり壁に近いところで話しているようだ。
それならばと、木戸も泳ぐように移動し、壁に寄りかかるように後頭部をつける。
「そうそう、最近、龍馬から手紙をもらって
…
」
「彼は息災かい」
…
「先日、高杉君はまたもややってくれてね
…
」
「ふふふ、相変わらずね」
…
壁越しで、今までなかなか話せなかった、お互いの近況や仕事の話に花を咲かせる。
君との会話はこんなに楽しかったっけ。
いつかの小さな長屋で、長州藩屋敷で、君と隣同士で。
思い出してみれば、君とは色んな場所で飽きることなくたくさん話した。
「さすがにちょっと熱くなってきちゃった、先に上がるね」
彼女が立ち上がる水音が聞こえる。
思わずのぼせてしまうほど、時間を忘れていたようだ。
「ああ、私も後で行くよ」
湯から上がり、浴衣に着替えて個室に入ると膳が用意されていた。
地元の港から取れたであろう海鮮をふんだんに使った、豪華な刺身や料理。
そして、地酒が入った一合の徳利。
「すっごく美味しそうだよね!」
先に座っていたるいは、驚く木戸に共感するように明るい茶色の目を一層輝かせた。
見た目通り、料理はどれも素材が新鮮かつ旬のものが使われていて、絶品だった。
役人たちとの会合のように、気を使う必要のない豪華な食事なんて久しぶりだ。
「あら?もう飲まないの?」
仲居に追加の酒の勧めを断る彼を見て、るいは目を丸くする。
かつて木戸と遊郭や宴会に同席していた彼女は、彼がどれほど大酒飲みかを知っているため、その少なさに驚いているのだろう。
「うん
…
酒はいつでも飲めるけど、君とこういう時間はめったに取れないだろう」
当然酒は飲みたかったのだが、今の木戸にとって彼女の前で飲みすぎてしまうのは、せっかくの旅を無碍にしてしまうようで気が引けた。
「そうなの?でも、嬉しいわ」
るいは猪口に両手を添えて満足げに微笑む。
食事を終える頃には、いつもより控えているとはいえ、木戸の頭と体は酒で緩んでいた。
崩したあぐらで座りながら、少し遅れて徳利の中身を空ける彼女を正面から見つめる。
彼女は浴衣姿に、わずかに水分が残る黒い髪を簪でまとめている。
普段はずっと洋装で体が隠れる服を着ているせいか、ゆったりした浴衣から伸びる細く白い手足につい目が行ってしまいそうだ。
そして、酒が回っているであろう目元は赤く、大きな瞳が長い睫毛の下でとろりと溶けているようにも見えた。
「なあに、にやにやして」
るいはいたずらっぽく木戸を睨み返す。
「え?」
「私変な顔してたかしら」
「まさか、美人さんだよ」
照れたように笑い声を上げる彼女は、あの頃と同じ。
___
食事を終え、自室に戻ると2人分の布団が横並びに敷かれていた。
縁側から聞こえる虫の鳴き声が、夜の静けさを物語っている。
まだ寝るのが惜しくて、夫婦は布団の上で並んで座りながら、月だけがうっすらと照らす藍色の景色を眺めて思い出話に花を咲かせる。
「今だから聞きたいんだけど」
るいは興味津々で木戸に尋ねる。
「いつから私と付き合おうって思ったの?」
『私から言おうと思っていた』
数年前の京都。
るいが初めて思いを伝えた時、思わず彼の口からその言葉が漏れた。
ああ、そんなことも言ったっけ。
木戸は記憶を辿りながら、答えを探す。
江戸の長州藩屋敷で、君から縁の結び目をもらった時か。
いや、潜伏中に君のことを思い出しながら空腹と寒さに耐えていた時か。
はたまた、薩長の宴会で、私と歩んでいくことを伝えてくれた時か。
「すまない、忘れてしまったよ
…
だけど、君のおかげで、私は自分のことが前よりは好きになれた。そんな人と、共に生きたいと思ったんだ。いつしかね」
おそらく期待した回答ではなかったにも関わらず、彼女は感心したように頷く。
そうだ、君はずっと私の隣から離れず歩こうとしてくれた。
時には私の背を守り、時には私の弱さも、情けなさも受け入れてくれた。
こんなにたくさん私にしてくれたというのに、なぜ私は彼女の願いを1つ叶えることすら先伸ばしにしていたのだろうか。
いつの間にか自分の腰に夫の手が回っていることに気づいたるいは、その意味を問うように彼に向かって首をもたげた。
「孝允さん?」
「
…
嫌じゃなければ、久しぶりに同じ布団で寝ていいかい」
意図を読み取った彼女は、くすりと笑い、身を乗り出して彼の唇に自分の唇を重ねる。
長らく忘れていた火花が甘く全身に走った。
「私はもう前みたいに若々しくはないけど、それでもいいかしら?」
「そんなわけはない。今日改めて確信したんだよ。君は今もずっと可愛くて、ずっと美しいって」
夫から真剣な眼差しを向けられたるいは、心臓を掴まれたように顔を赤らめて固まってしまった。
為すがままになった彼女を、木戸は自分の体と一緒にゆっくりと横たえらせる。
「愛してるよ」
深まる夜が夫婦を世間から隠し、小さな部屋で彼らの身体は溶け合っていった。
「さっき君はもう若々しくない、と言ったけど、それはお互い様ではないかな」
木戸は、自らの腹のあたりをさすりながら冗談交じりに言う。
かつて戦場で刀を振るうために洗練された肉体は、籠りがちな生活によって柔らかな脂肪に覆われようとしている。
数回にわたる閨により快楽で半ば呆けた顔で、るいは彼の体を撫でながらおかしそうに笑った。
「今のあなたも、触り心地が良くて好きよ」
「そういうことだ」
___
翌朝。
るいは鏡台に座り、鼻歌を歌いながら化粧をしている。
どうやらこの旅で彼女は木戸が良く知る天真爛漫さを取り戻したようだ。木戸は安堵の溜息をつくと同時に、新たな不安が芽生えはじめる。
家に帰ればまた、仕事に追われる日々だ。
そうなったら、再びすれ違うような生活に戻ってしまうのだろうか。
「孝允さんがこの国のために毎日頑張っているのはわかっているわ」
背後にいる夫の不安を見抜いたかのように、るいは鏡を見ながら口を開く。
「だから、家に帰れなくても、一緒にご飯を食べられなくても、それは仕方がないと思う」
「君には
…
苦労をかけてしまうね」
化粧を終えた彼女は、後ろを振り返って木戸を正面からぎゅっと抱きしめる。
「でも、たまには構ってちょうだい?」
「
…
もちろんだ」
君には敵わない。
準備を終えた妻の手を取って、木戸は宿の扉を開けた。
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