kikou
2024-08-28 02:24:03
2037文字
Public 企画_祝福の花束
 

怯者

お題のやつ
①指をからませて手をつなぐ
②花を育てよう
③きみのトナリ

 玄関のそばにある姿見の前で襟を正し、くるりと一回転。出かける前のルーティン(身だしなみチェック)をこなしてセシリアは満足げに「よしっ」と呟いた。ほどなくして、ばたばた階段を駆け下りてきたオズバートは、下階にいたセシリアを見止めるなり「げっ」と声をもらす。大方、小言を言われる前に隠れて先に一服しようとでもしたのだろう。
「や、やぁ早いね……
「先生もね。あっそういえば、あれ持った? ほら、昨日言ってた――
「あぁ論文? 大丈夫ちゃんと鞄に入れたよ」
オズバートは左手に下げたトランクを軽く持ち上げて見せる。
「あ~……ちょっと一服いいかな」
「えぇー早く行きましょうよ」
「君の隣は色んな意味で緊張するんだって……
オズバート曰く、煙草は精神統一になるらしい。難しい魔法の精度も上がるとか。今日はその難しい魔法を使うのだから、一服というおまじないをしておきたいのだろう。今日使う難しい魔法、要するに瞬間移動。空間転移魔法というのだったか。オズバートは頻繁に使っているのだが、自分一人だから気軽に使えるのであって、他人を一緒に連れていくのは難易度が違うらしい。が、セシリアとしては同じだと思っている。他人は難しいというくせに、家具だの食材だのは平然と一緒に転移させているのだから、気分の問題だと睨んでいるのだ。
「別に煙草なんて吸わなくても大丈夫よ。ちゃんといつも服も鞄も一緒に移動してるじゃない。」
「それとこれとは別――
煮え切らない態度のオズバートにがばりと後ろからセシリアがぶら下がる。首に腕が入ったのか「ぐえ」と呻き声が聞こえた。
「どう? あたしのことはコートか何かだと思ったらいけそうじゃない? 」
「き、きつい……くび、首締まってるから……
首に巻き付けた腕をオズバートがぺしぺし叩いてくるので、仕方なく首から胴に腕を巻きなおす。
「ほら、これでいいでしょ先生。早く行きましょ」
「えぇ……お願い、ちょっとだけ」
「だめで~す。カウントダウンしますね! 3、2」
往生際悪く棚の上に置いてある煙草に伸びるオズバートの右腕をセシリアが掴む。そのまま指をからませガッチリ手をつないだ。
「1」
ヒュッと聞こえたのはどちらかが息を飲んだ音か、転移時の風の音なのか。ただ、景色が変わる直前、彼の左手からトランクが滑り落ちていくのをセシリアは見た。

――――――――――
 
 先ほどまで自宅の玄関前だった景色が雪景色に代わっていた。目の前には知り合いの住む小さな小屋がある。一瞬の浮遊感のあと、戯れで掴んでみた手は勢いよく振りほどかれ、人の気配が遠ざかる。
「不可抗力で!!そ、それは、まだ早っ、というかその――あぁっ!?あれ!?すまない忘れ物! 取りに戻っ――
ずさっと倒れたのか転げたのか、何故か雪の中で膝をついていたオズバートは言いたいことを言うだけ言って、またすぐに姿を消した。

「いらっしゃ~い。二人とも……あれ?セシリアちゃんだけ? 」
小屋の扉が開き、ハイネック姿の知り合い――ヘレナが顔をだす。
「なんか、先生忘れ物とりに行ったみたい。転移して消えちゃった」
「あら……じゃあ中で待ってましょうか。何か飲むでしょう? 紅茶? 珈琲? あ、ハーブもいくつかあるのよ? 」
「わぁどうしよう。悩んじゃう――

――――――――――
 あたりは相変わらずの雪景色だが、今日は晴れているためガラス張りの温室の中は暖かい。日が暮れるまで、暖房も不要だろう。アトンは植物に水をやりながら、資材置き場の近くで座り込む男を眺める。
「オズさーん。いつまでそうしてるんすかぁー? 」
……もう少しだけ」
「うぃーすっ」
 つい先ほど、オズバートは突然現れたかと思うとトランクを抱えたまま「少し放っておいてくれ」と引きこもった。引きこもるといっても、温室に小部屋などはないので作業机の陰に収まっているだけなのだが。見慣れたものなので今更驚きはしない。アトンが声をかければ、何かしら返事は返ってくる。話を促せば今に至る経緯も語ってくれる。彼がこうなるのは慣れない弟子の扱いにキャパオーバーしたときで、大抵の理由が些細なのろけだ。たしか今日も手を握られてびっくりして、そのままこけて、恥ずかしくて死にたい、みたいな話だった。なにやってんだろうこの人。
水やりを終わらせたアトンが資材置き場に戻れば、少し持ち直したのかオズバートが作業机に置いてあるシャーレを眺めていた。中には細長い種子が入っている。
「あっそれ、ヘレナさん花を育てようとしてるみたいで。何の花の種か俺にはさっぱりですけど」
「ん~キク科かな 」
「へぇ種見てわかるもんなんすね」
「えっいや、分からないけど……
「わからんのかい」
「まぁキク科は多いから、意外と当たったりするんだよね」
「勘じゃん~! 」

後で合流したヘレナが「たんぽぽ」だと教えてくれた。キク科だった。