ストグラシャッフルパージデー
桃園寺紀土 第XX話 雄鶏、夢幻泡沫 二次創作小説
※注意※
これは二次創作作品です。
本編、および演者とは一切関係ありません。
※台詞などは、できるだけ本編から抜き書きし、出来るだけ本編に忠実に書くようにしています。
他視点からも確認はしていますが、人名などの勘違い・ミスなどあるかもしれません。
その辺はご了承の上お読みください。
カッコよくて賢い、黒桃園寺さんを書きたかった。それだけ。
あとは桃園寺さんがMOZUで楽しい思い出を作れていたらいいな、という思いをこめて書いたつもりです。
そうなってるといいのですが。
※長いので、ゆっくり時間のある時に読んでくださいませ(本文33000字程度)
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二次創作 桃園寺紀土 ストグラシャッフルデー
第XX話 雄鶏、夢幻泡沫
―――長い時間熱に侵され、起きてみると、記憶にあるようなないような世界にいた
―――。
桃園寺紀土がふと目を覚ますと、どこかの駐車場にいた。
ここ数日、高熱を患い長く寝込んでいた為、頭がまだボーっとする。
なぜ自分はこんな駐車場にいるのだろう。
―――まだ、夢を見ているような。
夢うつつ。どこか現実感がない。
無意識に胸ポケットに手をやると、そこには無線機が入っていた。
ハッキリしない頭でそれを取り上げると、指が記憶している番号を押す。
途端、音の洪水のように会話が流れ込んできた。
『
―――福田さん、武器庫近く戻れるか』
『
―――それだとボスが
……』
けたたましく鳴り響くサイレン。これは、どうにも穏やかでない。
『
……おはようさん』
いつものようにそう声をかけると、返事の代わりに緊迫した怒号が耳に飛び込んでくる。
『
―――コンセルね、8人くらいダウンしてる』
『
―――めちゃくちゃいるぞ!』
緊迫した「仲間達」の声。どうやら抗争の真っ最中のようだ。
いつもなら返ってくるはずの「おはよう」がないのは少し寂しいが、戦闘に集中しているのならば仕方ない。
―――抗争か。相手はどこだ?
桃園寺はチッと舌を鳴らした。
せっかく楽しそうなことをしているのに、出遅れた。
早く仲間と合流したい。気が急く。今からではもう難しいだろうか。
仲間達は皆優秀だから、さっさと戦闘を終わらせてしまうかもしれない。
桃園寺は急ぎ車で街に飛び出す。
無線からは絶え間なく戦闘の報告が飛び込んでくるが、いまいちどこで戦っているのか、場所すらつかめなかった。
闇雲に車を走らせても、仲間の元へはたどり着けないだろう。
さてどうしたものか。このままでは抗争に混ざれない。
寝込み続けて鈍った体を動かすのには丁度いいと思ったのだが。
「どこでやってる?」そう無線で聞けばいいのだが、集中している皆の邪魔をするのも気が引ける。
桃園寺は車を停め、何とか無線から情報を得ようとする。
『
―――魔女カフェの
……』
聞こえてきた言葉を頼りに現場に向かってみる。
路肩に沢山の車両とヘリが停まっているが、少し遅かったのか仲間の姿は見つけられなかった。
無線からは複数のギャング組織の名前が聞こえてくる。
これは、大規模抗争なのかもしれない。血が沸く。
焦りつつ街中を飛ばすが、どうにも上手くいかなかった。
無線から聞こえてくる情報が、いつものように纏められず滑っていく。
『
―――シラバ行ってこい、いいぞ』
『
―――シナバだ。忘れたのか、構成員の名を。ウケる』
またボスが仲間の名前を間違えているようだ。
相変わらずボスはその辺のことはテキトーで通常運転だな、と苦笑する。
とにかく一刻も早く誰かと合流したい。楽しそうだ。
『
―――アジトのとこに福田さんがいるんで、直してやってください』
『
―――アジトってどこだ?』
『
―――えっと、武器庫前』
聞こえてきた無線に「これだ!」とばかりにアクセルを踏み込んで、桃園寺は愕然とする。
―――おいおい、待てよ。武器庫前?
……どこだ?
思い出せない。
自分の組のアジトだぞ、何故場所が分からない?
思い出そうとしても頭が真っ白になって、何も分からない。
熱で頭がポンコツになってしまったのだろうか。
それとも、やはりこれは悪い夢なのだろうか。アジトの場所を忘れるだなんて。
拳で何度か小突いてみるが、やはり思い出せない。これはマズイ。
―――さっきから何なんや、一体?
自分が自分でないような、そんな違和感。
今頃とっくに仲間と合流していてもおかしくないのに、なんでこんなに手間取っているのか。
あげくアジトの場所すら思い出せないだなどと。
天を仰ぎ額に手をやる。まだ少し、熱があるような気もする。
だったらこれは、熱がおかしくさせているのかもしれない。
―――勘弁してくれ。
そう思った瞬間、助けの船のように飛び込んでくる無線。
『
―――7067、武器庫前』
咄嗟に地図を開く。7067。ここか。
何とか拾ったその言葉に感謝しつつ、桃園寺は急ぎ車を走らせる。
7067という番地にまるで聞き覚えがないことが少しだけ引っかかるが、そこにいけば誰かしらとは合流できるだろう。
相変わらず無線からは戦闘の状況報告が飛び交っている。
随分とドンパチ激しくやっているようだ。
「みんな血気盛んやのう」
楽しそうでいいな、と笑う。
熱のせいでポンコツになってしまったが、アジトにさえ行けばきっとまぁなんとかなるだろう。
そう思いながら、桃園寺は急ぎ7067へと車を走らせた。
※ ※ ※
車を走らせ、7067番地に着いた。だが生憎周辺に人影は見えない。
桃園寺は車を降り、アジトがあるはずの番地をうろつく。
困ったことに、ここまで辿りついてみても、まだアジトの場所が分からない。
本当に自分は一体どうしてしまったのか。
―――アジトやぞ。なんでや
……?
何もかもが分からなくて、うろうろとその番地付近をうろつく。
これではまるで不審者だ。
アジトを忘れるだなんて、これは健忘症の一種かもしれない。
熱のせいで色々忘れてしまったのだ、きっと。全部、久しぶりに患った病気が悪い。
そうは思うが、何にせよ仲間と合流できなければ何もできないのも事実だった。
辺りをうろつき、ようやく路地に無数に落ちる血痕を見つけて、アジトが近いことを推測する。
細い階段を駆け上がると、そこは広い駐車場だった。
―――ここか?
そう直感し、歩みを進める。
駐車場の中央には二つの人影があった。
一人は倒れている、てつおだろうか?
もう一人はそれを治そうとしている個人医のレイラだ。
仲間の二人を見つけてホッと息を吐いたその瞬間。
―――ザザザッ
砂嵐のような、電磁波のようなものが体を突き抜けていく。
衝撃で、ぐらり、と視界が傾いた。
―――!?
訳も分からず、突然目の前が真っ暗になる。
激しい頭痛。
ぐにゃりと世界が歪む感覚。
立ってなどいられず、その場にガクリと膝を着く。
―――なんだ、これ、は
……。
なす術なく、桃園寺はそのまま意識を手放した。
―――――――――
走馬灯のように、夢を見る。
思い浮かんでは消えていく、いくつかの場面。
懐かしい、日本にいた頃の夢。
舎弟と共に過ごした楽しい日々、そして苦々しい思い出。
―――ああ、親父。
懐かしい、和装のあの人。そしてその横のアイツ
……。
胸が、苦しい。
……視界が、霞で真っ白に包まれる。
黒いハットをかぶった、赤い髪の男。
これは、この街に着いた日の夢か。
恐ろしく運転が下手なのに、教習所で働いてるとか言っていたっけ。
―――この男の名は
……?
何故かひどく懐かしさを感じるその男の名を思い出そうとした途端、その姿がぐにゃりと歪む。
ぐにゃぐにゃとすべてが虹色に歪み続け、どんどん闇に呑まれていく。
辺りを包みこむ、闇、闇、闇。
目の前に、大きく翼を広げた、漆黒のマーク。
MOZU。
これが、今の自分のファミリー。
何もかも無くしてこの街に辿り着いた自分を拾ってくれた、唯一の居場所。
背中の紋々と同じ呼び名を、与えてくれた場所。
歪み、ぐにゃぐにゃと揺らぐ世界。
どこかで歌声が聞こえる。
『みんな殺せ、白市民を詰めろ』と仲間達が囁く。
『
―――僕はね、白市民を守りたいんだ』
ふと、脳裏に浮かぶ声。
―――何故、お前が出てくる?
お前は一体、なんだ?
闇を裂いてチラつく、男の影。
炎のような赤い髪がチラチラと目の端に映る。
―――頭が痛い。
振り払うようにして、その「赤」を歪みに沈めた。
両手で漆黒の闇をつかみ、ぐにゃりと手繰り寄せ、身に纏う。
―――わしは、「雄鶏」。
血気盛んにすべてを蹴散らす、MOZUの「雄鶏」だ。
深い闇が体を包みこみ、そのまま体ごと、ぐにゃりと歪む。
……ああ、なんて悪夢だ。
―――――――――
桃園寺は先程と同じアジトの駐車場で目を覚ました。
あのまま気絶していたらしい。
酷く汗を掻いている。悪い夢でも見たのだろうか。
辺りを見回すと、既に仲間達が数名集まってきていた。場所はここで合っていたらしい。
ここは「武器庫」と呼ばれる、MOZUの複数あるアジトの一つ、のようだ。
相変わらずアジトのことはおろか、ファミリーであるはずのMOZUのこともほとんど思い出せていなかった。
分かるのは、誰が「仲間」であるかということだけ。
やはり高熱で記憶がおかしくなってしまったのかもしれない。
未だスッキリとはしない体調に、軽く頭を振る。
ボーっとしている場合ではない。
両手で軽く頬を叩いて気合いを入れ直す。
「あ! キッド、おはよう~!」
桃園寺の姿を見つけ、ろぎあが声を掛けてくる。
「おはよう」
車で戻ってきたのは、福田だ。
続々とアジトに戻ってきた仲間達が桃園寺に声を掛けてくる。
みな、高熱でしばらく寝込んでいた自分を心配してくれているようだ。
良い仲間達だ。
そう嬉しく思い、ふと横のろぎあを見て気付く。
―――そいえばわし、なんでこんな格好してるんや?
何故か身に覚えのない服を着ているのだ。
随分とラフな服装だ。MOZUらしくもない。
漆黒のスーツを身に纏うろぎあの隣に、ラフすぎる自分の姿は違和感しかなかった。
「
……服、それにしてくるわ」
「え? 別にそれでもいけそうな気もしなくもないけど」
ろぎあが笑いながら首を傾げる。
「いや、黒スーツがいいな」
MOZUと言ったら黒ずくめのスーツ。
やはりこの型を崩すのはいただけない。
「ちょっと行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい! 車ある?」
「ああ、どっかにあったはず」
さて、どこに車を停めたのだったか。
ここに辿り着くまでにだいぶ歩いた気はするのだが。
桃園寺が首を傾げていると、背後から明るい声が聞こえて来た。ヨシャパテだ。
「おはよう!」
ヨシャパテは、よく皆の世話をしている兄貴分のような存在だ。
彼は桃園寺を見るなり片眉をヒョイと上げる。
「キッドあれだ、武器を」
『持ってないだろ?』というように目配せして、拳銃を手渡してくるヨシャパテ。
「あ、ありがとう」
手渡されて初めて、そういえば丸腰だったことに桃園寺は気付く。
丸腰で抗争に加わろうとしていたのかと思うと、自分でも本当にどうかしていると情けなくなった。
よほど熱でやられてしまっているらしい。
ヨシャパテは手持ちを漁ると、肩を竦める。
どうやら銃本体はあったものの、補充の弾丸はなかったようだ。
「ちょっと待ってて、取ってくるわ」
「すまんのう」
ヨシャパテは言うが早いか、駐車場の奥の路地へと走り出した。
わざわざ自分のために取りに行ってくれたのだ。
本当に面倒見のいい男だ。皆から慕われているのも良く分かる。
その背中に視線をやっていると、ろぎあから声が掛かった。
「キッド、こっち来て~!」
今度はろぎあが車を出してくれると言う。
MOZUは、裏家業にしては人の良いヤツが本当に多いと桃園寺は思う。
こんな良いヤツらが何故ギャングなどしているのだろう?
そんな疑問が頭の片隅をチラリとよぎった。
その瞬間。
―――ザザザッ
唐突に脳内を走り抜ける、あの砂嵐。
「
―――ッ!?」
まただ。
襲う頭痛。たまらず片手で頭を抑える。
ぐにゃりと歪む視界。傾く体。
話かけてきているだろう、ろぎあの声が聞き取れない。
「ろぎあ?」
耳までやられてしまったのか。
これは、何か本格的にヤバい病にかかってしまったのかもしれない。
服を着替える前に、病院が先か?
そう伝えようと、ろぎあを見て桃園寺は硬直する。
自分の隣で、ろぎあが動きを止めていた。笑顔で、まるで、マネキンのように。
―――何だ、一体これは
……?
「大丈夫か? ろぎあ? ろぎあ!?」
何とか声を発する。
だが、ろぎあは動かない。
いや、ろぎあだけではない。世界の全てが動かない。停止している。
―――おかしいのは、わしの頭か。
ろぎあの姿がぐにゃりと歪む。
世界が渦を巻いて歪み、収束していく。
―――それとも、世界が、か?
嫌な汗が背筋を伝って落ちていく。
冗談はやめてくれ。乾いた笑いが唇に張り付く。
膝の力が抜ける。
全てが歪む渦の中に消え、視界が闇に閉ざされる。
桃園寺は再び、意識を失ったのだった。
―――そしてまた、夢を見る。
―――――――――
桃園寺は先程と同じ駐車場で目を覚ました。
また、意識が途切れていたらしい。
どれくらいの時間が過ぎたのかも分からない。
悪い夢を見たのか、酷く汗を掻いている。
額に浮かぶ汗を手の甲で拭った。
頭が妙にぼんやりとしている。
「
―――いいですよ、何時に開始しますか?」
誰かと話しているボスの声が聞こえ、桃園寺は顔を上げた。
ボスはうろうろとその辺を歩き回りながら、電話をしているようだ。
そして、駐車場には倒れている人影が一つ。てつおだ。
「
……どういう状態
……?」
困惑して思わずつぶやく。
地面に寝転がって天に向かい指を差すてつお。
一体何をしているのかとよく見ると、怪我をしているようだ。
「ダウンしてるんや」
どうやら個人医の到着待ちをしているらしい。
ダウンしている割には忙しなく動き、あちこち指を差している。暇なのだろう。
相変わらずの奇行っぷりだなと桃園寺は思った。
てつおはインフルエンサーで、いつもスーツに短パンという服装をボスから許可を得てしている。MOZUの中でもひときわ異彩を放っている存在だ。
電話を終えたボスに、車から降りて来た川上が、「応援してます」と声を掛ける。
一体何の戦いがこれから起こるのか、桃園寺にはまだ事情が呑み込めていなかった。
これは、ボスが誰かと戦うという流れだろうか。
記憶が飛び飛びになってしまっていることを悟られないように、桃園寺も「頑張って」とボスに声を掛ける。
「
―――川上! 来るよな!?」
前のめり気味に声を上げるボス。
「え?」
唐突な指名に驚く川上。
これは、川上は自分が戦うとは思っていなかったパターンか。
「
―――各組織、3
……」
ボスは無線に向けて二言三言、何かを喋っている。打ち合わせをしているようだ。
「選手として出るということですか?」
慌てたように言う川上。
「俺、路上ファイトは好きなんですけど、リングの上はちょっと
……。ストリートだったら全然いけるんすけど」
川上はだいぶ渋っているようだ。
リングで戦う、ということは、どこかの相手と殴り合いでもするのだろう。
ナンバー2の川上は、ボスからとても信頼されている。
ボスは自分だけではなくて、川上も一緒に戦いに巻き込みたいのだろう。
いつの間にかろぎあも駐車場に現れ、ボスと何やら会話を始める。
「あと20分」などの単語が断片的に耳に入ってきた。
試合開始が20分後ということだろうか。
「
―――いるんじゃねぇすか? 最高のパンチャー達が実は。隠れパンチャー達」
楽しそうに言う川上。
やはり殴り合いの試合のようだ。
面白そうなことをやるなと思ったが、参戦したいと名乗り出るほど桃園寺の面の皮は厚くなかった。
ボスの人選に口を出す権利は下っ端にはないのだ。
相変わらず倒れたままのてつおを跨ぎながら、ボスがこれから始まる戦いに向かって気合いを入れるように、上半身裸になった。
川上もそれに倣って脱ぐ。
川上は見事な褐色だが、対するボスは驚くほど色白だった。
まるで昼の光を知らない吸血鬼のような白さだ。
「ボス、色、しっろ!!」
川上がからかうように叫ぶ。
「色、白っ!」
「ほんとだ、しっろ!」
ろぎあまでボスをからかい始める。
このファミリーにおいて、ボスの扱いは時にとても軽い。
それはボスが皆から愛されているという証拠でもある。
二人の側にいると一緒に脱げと言われそうな気がして、桃園寺はさりげなくボスの視界から外れた。
背中の紋々は例え仲間であっても軽々しく見せるものではないだろう。
本格的な和彫りはドン引きされてしまう気がする。日本の極道とは違うのだ。
こんなところでノリで披露するハメになるのは困る。
そうこうしていると、ろぎあが桃園寺の下に寄ってきた。
彼女の人懐っこい笑みを見ると、つくづくギャングなど向いてないだろうにと思ってしまう。
……ザザッ
ちょっとした既視感。
ああ、いけない。これは考えてはダメだ。本能が思考を中断させる。
桃園寺はろぎあに片手を上げた。
「キッド、今のうちに徒歩で着替えに行く? 車出すと危なそうだから」
「おっけー」
とりあえずそう返事をして、そういえばさっきは着替えに行こうとしていたのだったと思い出した。
意識が途切れる前の記憶も、どうにも少し飛んでいるように思える。
頭の不具合。
そうとしか表現できない、不思議な症状だ。
「えっと、一番近い服屋が7207」
「7207、ああ、はいはい。行ってくるわ」
ろぎあの教えてくれた番地を地図で確認すると、桃園寺は走り出す。
「行ってらっしゃい」
ろぎあの送り出す声を背中に受けつつ、急ぎ洋品店へと向かう。
何故「車を出すのが危ない」のか、その意味を考えようとしたが、やはり謎の頭痛がしてそれ以上考え続けることができなかった。
これからボスの楽しそうな対決があるのだ。早く戻りたい。
少しでも早く済ませようと、途中からスケートボードに乗って洋品店へ急ぐ。
途中勢い余って転んだりしたが、何とか無事店に着いた。
落ち着いた雰囲気の高級洋品店だ。
ずらりと並んだ服の中から、出来る限り黒いシンプルなジャケットを選び、合わせてシャツもスラックスも一式、黒で合わせる。
本当は目立つ髪色を隠せるよう帽子も欲しかったが、生憎この店には取り扱いがないようだ。
少し手間取ったが、MOZUらしい黒ずくめの服に着替え終わった。
―――これよ、これ。
何で最初からこれを着ていなかったのか。
記憶が飛んでいてまるで思い出せないが、これでやっとしっくりきた感じがする。
桃園寺は満足するように頷くと洋品店を後にし、急いでアジトへと戻った。
※ ※ ※
桃園寺が駐車場へ戻ると、もうどこかに移動してしまったのだろうか、誰の姿もなかった。
皆、建物内に集合しているのかもしれない。
だが相変わらずアジトの場所は思い出せないままだ。
何となくこの辺だろうとアタリを付けて、桃園寺は駐車場の目立たない扉に手を掛ける。
組織の人間しか開けられないようになっている扉が、カチャ、と静かな音を立てて開いた。
やはりここだ。
そのまま中に入っていくと、そこはまるでどこかのオフィスのような空間だった。
その奥に、見慣れた複数の仲間の姿が見えた。
個人医の柳田に、恐らく彼に救助されたのだろうパンツ一丁のてつお。
ろぎあと、焼野原。
それからボスと一緒に戦うという話が出ていた、川上もいる。
だがそこに肝心のボスの姿は見当たらなかった。
それに、集合しているにしてはやけに人数が少ない。
これは何か動きがあったのかもしれない。
静かに様子を窺うと、皆、会議室のモニターの大画面に集中しているようだ。
桃園寺は音を立てないよう、ゆっくり会議室に入る。
画面は待機状態でまだ何も映っていない。
「
……今から何が始まるんです?」
「しばき合いが」
「しばき合い?」
やはり、先程話していた殴り合いのことか。それならば何故川上がここにいるのだろう。
「ギャングのボス全員で一斉に殴り合いするんだって」
「へぇ、えらい祭りみたいやな」
桃園寺は腕を組み、画面を見る。
「一対一じゃないからな、背後から狙われそう」
「いやぁ、うち勝てんのかな
……」
川上の言葉に、皆苦笑する。
そこで桃園寺はようやく、現在の状況を把握した。
今日、目が覚めた時から既に始まっていた、複数ギャングによる抗争。
その決着が恐らく着かず、ボス同士のステゴロの殴り合いで勝者を決定することになったのだろう。
「でもかなりどうやらボス、殴り合いに自信あるっぽいんだよな」
川上がそう言って首を傾げる。
「あの、いやぁ、ボスは強いっすよ」
焼野原が断言する。
「強いんだ
…?」
疑う川上。
「もちろん」
「なんてったって最古参ですから」
焼野原が、自信満々に頷く。
訳の分からない理屈だったが、そういうものなのだろう。
画面に、決闘場の映像が映し出される。
ずらっと並んだ五人のボスと、その後ろには大勢のギャラリーの姿が見える。
どうやらこちらに集合していないメンバーは、ボスを直接応援しに行っているようだ。
しまった、と桃園寺は思った。
モニター越しに見るより、直接見た方が絶対面白いのに。
だが今から向かったところで間に合いそうにもない。
仕方なく画面前で、MOZUの勝敗を決める戦いが始まるのを待つ。
「いつぞやの方程式が、頭に入って来なかったからな
……」
てつおがぼやいた。
「パンチ力=領土×歴史」
「ははは、聞いたことない」
よく分からない方程式だが、その方程式に当てはめれば、縄張りを広く持つMOZUの、最古参であるボスのパンチ力は最強ということになる。ならば、ボスはきっと強いのだろう。
皆で笑いながら画面を見続ける様は、もはやギャング同士の抗争ではなく、スポーツ観戦だ。
ふと、画面の中の人物に桃園寺は目を引かれた。
「
―――ヘラシギおる」
口をついてそう出た。
見覚えのある顔だと思ったのだ。
ボスと同じ白髪をしていて、黄色のスタジャンを着ている。
「シギ兄さん、ちょっとややこしいな見た目が」
ボスと紛らわしい、と笑いながら言う川上。
「
……あれ、ヘラシギなの?」
やはりあの男の名だ。ヘラシギ。
初めてこの街に来た時に街案内をしてくれた男。
何故だか妙に気になり、画面からその姿が消えるまで目で追う。
「
……記憶にあるヘラシギと色が違う
……」
そう思わず呟いた。
自分の記憶にあるのは、燃えるように鮮やかな真っ赤な髪だ。
あんな白髪ではなかったと思うのだが。
だが確かに画面の中のヘラシギは真っ白な髪をしている。
単純に考えれば赤い髪に飽きたのだろうが、何故だか違和感が拭えない。
あの男は赤髪のはずだ、という確信に近い何かを感じるのだ。
―――なんだこの感覚は。
どうしてそんな確信を持っているのか。その理由を考え始めると、またチクッと頭が痛む。
分からない。分かろうとしてはいけない。
ぐにゃり、と赤い髪をした男の姿が歪む。
桃園寺は息をゆっくり吐き出す。
体調が良くないでは済まされない、記憶の相違。
もっと根本的になにか、なにかが
―――。
深く考えようとすると、あの頭痛に阻まれる。
桃園寺はそれを誤魔化すように、画面の中のボスの奮闘を見守ることにした。
「ドーピングしてる
……」
画面の中のボスは、正々堂々と戦うのかと思いきや、こっそり薬をキメていた。
「鎮痛剤飲んでる! こいつキメてる!」
「痛いの嫌いやん!」
「はははは!」
「ドーピング、これ検査したらボス負けるぞ!」
皆でわいわいと、ボスのチキンな行動を観察する。
「ボス緊張してるなこれ」
「バキバキにキメてるし!」
「ビビってるな普通に!」
「置きIFAKSから始まるんよ」
情けないボスの行動が映しだされた。
殴り合いに自信がある人間の行動とはとても思えない様子だ。
観戦側は呑気に片手にビール状態で、それを楽しんでいる。
画面からは音声は聞こえず、何を会話しているかは分からない。
だがボスのことだから、調子よく何か喋っているのだろう。
おもむろにボスが両腕を組みだした。
これは、カッコつけているのだろうか?
次の瞬間、他のボスたちが一斉に走りだした。
「始まった!」
「動いてない! 不動や!」
試合が始まっても動かないボス。
悠々と他のボス達が殴り合いしているのを離れて眺めている。
「男らしいな
……」
「すごいすごい、ちょっと避けてる」
そう褒めたと思った途端、背後から一発殴られ、転ぶボス。
「あ、殴られたやん!」
「ボスぅ!?」
情けない姿を晒したボスが、反撃とばかりに相手を連続して殴りつける。
四発も連続で殴り相手をダウンさせ、また腕を組んで遠くから勝機を窺う。
さすがは、殴り合いに自信のあるボスといったところか。
「おおー!」
歓声を上げ、皆でボスを応援する。
「何で腕組んだままなんや」
悠然と腕を組み、他のボスたちが潰し合うのを離れて優雅に観戦している。
舐めた態度ともとれるし、頭脳派ともとれる動きだ。
「後ろから、後ろから来てるぞ!」
警告しても画面内には届かない。
ボスが背後から殴られ、再び転ぶ。
これはピンチか?
だが、こっそりとした大量のドーピングのおかげでダメージは少なかったようで、すぐに立て直す。
再び距離をとって、腕を組んだまま漁夫の利を狙うボス。
「漁夫だ、漁夫だ!」
功を奏して、他の組のボス同士が殴り合い、一人、また一人と倒れていく。
「あ、ヘラシギ、ダウンしてる」
画面の中に倒れた白髪の男を見つけ、桃園寺は思わずそう口にしていた。
何故か胸の底がザワッとする。だがその理由は分からない。
自分とは接点もそれほどないはずの男なのに、何故気になってしまうのだろう。
首を傾げている間に、勝機を窺っていたボスがとうとう動いた。
素早く転戦し、パンチの連打で弱っていた一人を倒す。
残るはあと1人だ。
「めっちゃ漁夫狙ってるじゃん!」
「お、お、おー!?」
最後の一人を、パンチからの華麗なキックの連続攻撃で沈める。
「まさかー!?」
「おおーー!!!」
最後に立っているのは、我らがボスその人だった。
「勝ったー!!」
その場にいた全員がスタンディングオベーションでボスの勝利を讃える。
恐らく焼野原以外全員信じていなかったけれど、ボスは本当に強かったのだ。
パンチ力=領土×歴史、だったのだ。
「ボスぅ!!」
「感謝!!」
桃園寺も手を叩き、惜しみない賞賛をボスに贈る。
名実ともにMOZUがロスサントス一のギャングの座を手にしたのだ。
仲間達の喜びもひとしおだった。
「信じられんくらい蹴ってたな、最後」
「めちゃめちゃ蹴ってた!」
褒め讃える仲間達。
「ドーピング王だ、ドーピング王!」
川上が茶化すように言うが、その顔はとても嬉しそうだ。
本当にボスは愛されているなぁと分かる。
組織のトップが慕われているのは、良いことだ。
―――本当は、もう少し尊敬もあった方がいいとは思うが。
桃園寺は小さく笑った。
画面の中では表彰式が始まったのか、倒れたボス達を一列に並べて勝利者インタビューをしているようだ。
音声が流れてこないので正確な状況は分からないが、ひとまず勝ったので良しとする。
決闘がお開きになるということで、現地で観戦していた仲間達がアジトに戻ってくるようだ。
その途端、パンツ一丁で観戦していたてつおがスーツを着始める。
すぐに続々と仲間達がアジトに戻ってきて、そこそこの広さのある会議室があっという間にいっぱいになった。
「
―――あ、桃園寺おはよう」
アジトに戻ってきた科場が声を掛けてくる。
「おはよう」
高熱で寝込んでいる期間が長かったのに、仲間達が変わらぬ態度で接してくれるのはありがたいと思う。
この組は、本当に暖かい。
「
―――じゃあ、レギオン行きますか」
ある程度仲間達が戻ってきたところで、てつおがそう切り出した。
「レギオン?」
「どうするんだろな、ボス次第」
川上もてつおの話に首を傾げ答える。
どうやら服を買いに行っている間に、ボスとの間で何か話が決まっていたようだ。
「ボスの帰りを待ちますか」
「ボスは無視するって言ってたから
……」
「うーん
……」
どうするか方針が決まらないまま、パラパラと歩き出した。
訳が分かっていない仲間に、ろぎあが説明する。
「ステゴロの大会でボスが優勝しちゃったから、警察と全面戦争ってマクドさんが言いだして
……」
「へぇ! なるほど」
「
……ポリと?」
マクドナルドといえば、警察のトップだ。
今度は警察とドンパチするということか。面白い。
あちら側のトップから言い出すとは、この街の警察も、どうしようもないな。
「ほな、行くかぁ」
散歩にでも行くような気軽さで出かけようとするヨシャパテの後に続き、桃園寺もレギオンへ向かおうとする。
今度こそ、暴れるチャンスだ。
懐の武器を確かめると、そこには数発しか入っていない拳銃が一丁のみ。
このままではろくな戦力になれない。
「何か武器くれ」
そう言ってあたりを見回す。武器はどこだろう。
実をいえば、このアジトの内部にもまるで見覚えがなかった。
数あるMOZUのアジトの一つだ。知らないものがあっても不思議ではないのだが、それにしても「忘れてしまっている」というよりこれは「見覚えがない」が感覚的に正しい。
「キッド、こっち来い!」
「OK」
ヨシャパテが声を掛けてくれたので、桃園寺はそれに従い、彼の後を追う。
アジトを出てキョロキョロとしていると、ヨシャパテはすぐ側で待っていてくれた。
右手奥の小道を進み、何の変哲もないシャッターを開けると、そこが武器を保管している倉庫だった。
やはり、この武器庫も見覚えがない。
自分が寝込んでいる間に新しくできた武器庫、なのだろうか。
それにしてはしっかりと使い込まれた感がある。
またもや、違和感。
―――なるほど?
頭の端に浮かぶ、微かな「気付き」。
桃園寺は片眉をひょいと上げる。
ヨシャパテが近くのチェストを指し示した。
中には大量の銃弾や、アーマー、道具類が収納されている。
「アーマーと、黄色のスーパースター1個ずつと、武器が
……、ああ、武器もこっち持ってくるわ」
そう言って奥の部屋へと走り出すヨシャパテ。
桃園寺は言われるまま、装備を整える。
使い慣れた拳銃に、ヘビーアーマー。
「よし、弾も5.56を千発くらい持ってくんだ」
すぐに戻ってきたヨシャパテが、そう言いながら武器を渡してくる。
アドバンスド・ライフル。
随分と仰々しい武器だ。
「これが最強の武器だ!」
ヨシャパテはとても楽しそうに言った。
この面倒見のいい男も、やはりギャング。
抗争を楽しむ、桃園寺と同じタイプの人間なのだろう。
言われた通りにチェストを漁り、最後に黄色の粉の入った包みを手にする。
「スーパースターって、何なのこれ?」
形状的には、恐らくアレだが。
「黄色いヤツ。薬物だぜ。お前忘れちまったのか?」
少し驚いた様子のヨシャパテ。
「全然もう、熱にうなされてて、何が何か
……」
正直に桃園寺はそう答える。
本当に、何も覚えていないのだ。ありとあらゆることが分からない。
この街のギャングだったら、抗争の度にクスリなど常飲していてもおかしくないだろうに。
「そうか」
ヨシャパテは「大変だったな」と言うように苦笑すると、普段通り桃園寺の装備を整えていく。
「あと好きなもの、適当に持って行くんだ」
本当に面倒見のいい兄貴分だ。
桃園寺が長く寝込んでいたことは周知されているようだ。
熱で記憶が混濁していることも、皆承知の上なのだろう。
桃園寺は親切に一から教えて直してくれる兄貴分に感謝した。
「外出たらそのクスリ決めるんだ。黄色いヤツ」
さも当たり前のように言うヨシャパテ。
この街ではクスリの存在そのものが、日本とは違い、とても軽い。
日本では決してありえなかった、「薬物」を今、手にしている。
ちょっとした緊張感。
―――いや、なんで緊張する?
これまで何度だって使っているだろう、ギャングなのだから。
ビビるな、情けない。今はそんな場合じゃない、急がねば。
「
……キメとくか」
兄貴分に言われたまま黄色いそのクスリを手に取ると、桃園寺は酒で一気にソレを流し込む。
即効性の薬物なのだろうか、瞬時に体に成分が染み込んでいくのが分かった。
「
……ああ
……」
視界が揺らいだかと思うと、すぐさま世界がぐにゃぐにゃと歪み出す。
『
―――警察10対ウチ10で、抗争を仕掛けられた』
無線からボスの声がした。
『
―――ぶっ潰しましょう、ボス』
『やりますか』『わかりました!』『OK!』
やる気満々の仲間達。
これはうかうかしていられない。
桃園寺はフラフラとした足取りで、武器庫を出る。
不気味に昏い虹色に歪む視界に、まともに歩くこともできない。
すれ違った銀河一らしき人影の、トレードマークのリーゼントすら認識できない歪みっぷりだ。
「
……どうしよ、だいぶキマってる
……」
ふらついて壁にぶつかった。
この視界の歪みっぷりは想像以上だ。
うろたえている自分が、まるで初めてクスリを使ったかのようで、少し可笑しい。
『
―――ボス、レギオン?』
『
―――レギオンですよ』
『
―――OK』
集合場所は、どうやらレギオンのようだ。
こんなところでノロノロしていたらまた置いて行かれる。
桃園寺はふらつきながらも駐車場まで走った。
虹色に歪んで落ち着かない視界に、ほんの少しの距離がやけに長く感じたのだった。
駐車場では仲間達がレギオンに向かうため、次々に車を出すところだった。
揺れるテールランプを眺めながら、桃園寺は一人歪む世界に視線を彷徨わせる。
暗い。とても暗くて、光が虹色だ。そして歪んでいる。
どこが天か地か分からず、転ばないようふらふらと体が揺れる。
こんな状態で車の運転など出来るわけもない。
誰かに乗せてもらわなければ。
そう思っていると、不意に視界がスッキリと晴れた。
不快な歪みも収まり、視界が唐突にクリアになる。
奇妙なまでに清々しい。今なら何も怖くない。
そんな高揚した気分になってくる。
ふと視線を横に向けると、レギオン集合のはずなのにボスの姿があった。
わざわざ戻ってきてくれたのだろうか。
瞬時に仲間達に囲まれるボス。桃園寺も駆け寄る。
「シャンちゃん、しっかり見てたよ」
ボスである、シャンダーマ
―に軽い口を利くてつお。
「ありがとね」
ボスはてつおの無礼を意に介さず、照れたように礼を言う。
「めちゃくちゃ沸いてたよ!」
「綺麗に、殴り倒してましたよ」
そう桃園寺も声をかけると、ボスは穏やかに「良かった」と返した。
先程の、あの滅茶苦茶に殴っていたボスとは思えない穏やかな返答が、逆に底知れない不気味さを漂わせている。さすがボスだ。
次々とレギオンに出発していく仲間達。
移動手段をどうしようかと思っていると、背後からろぎあの声が掛かった。
「あと一人乗れるよ~!」
「ああ、わし乗ってええかい?」
「はーい!」
「邪魔するで」
桃園寺が後部座席に乗り込むとすぐ、車はレギオンを目指し走り始めた。
道中、誰が結婚しただの、できなかっただのと、抗争とはまるで関係のない他愛のないおしゃべりが続く。
桃園寺は静かにただその会話を聞いていた。
これから警察との全面戦争だというのに、呑気なものだ。
―――戦というのは、もっとこう
……。
日本では、抗争はタマの取り合い。
道中など誰も一言も喋らない、緊張感に包まれていたものだ。
あの緊張感を思うだけで、背筋に嫌な汗を掻く。
こんな時に余裕を見せる奴は、とんでもなく強いか、もしくは命を無駄にする愚か者のどちらかだ。
だがこの街の抗争は、ゆるい日常会話を挟める程度には緊張感がない。
―――この街の抗争
……?
そう考えて、ふと桃園寺は片眉を上げる。
思い出せない。これもだ。
自分はギャングとして、何度も戦っているはずなのに、
どうやって戦っていたのか、具体的なことを思い出そうとすると何も思い出せない。
まるで、「MOZUとして経験したこと」全てが、記憶から消されてしまったかのように。
これをただの高熱で記憶があやふやになっている、で片付けていいのか。
―――いや。これは、もしかして。
ある種の閃き。
それが正しいかどうかは、これからきっと分かる。
再び襲ってきそうな頭痛に片手で頭を押さえて、桃園寺は窓の外に視線を投げた。
※ ※ ※
レギオンの駐車場は人で溢れかえっていた。
これから始まる警察との抗争を聞きつけ、ギャラリーが多く集まっているのだろう。
抗争だというのにまるでお祭り騒ぎだ。
駐車場に乗り付けると、ろぎあが急に声を上げた。
「あれぇ、ボス?」
「ボスがいる」
「ボスぅ?」
そんな仲間たちの声に視線を向けると、倒れている人影が見えた。
桃園寺は慌てて車を降りる。
「ボス、なんで?」
「倒れてる」
仲間たちが次々に倒れた人影に駆け寄っていった。
「
―――弱すぎんだろぉ!」
煽るような声が聞こえ、思わず辺りを見回した。
MOZUのボスに向かって、どういう了見だ。
殺気立って辺りを見回すが、人が多すぎて誰が煽ったのか良く分からない。
「どうなってんだよぅ
……」
嘆くヨネ婆の声が辺りに響く。
一体何があったというのだろう。
「
……ボス?」
様々な声が聞こえる中、個人医の葛城が人影を担ぎ上げ、隅で救助に入った。
やはり倒れていたのはボスに違いない。
「ボスはさっきの戦闘で身体痛めてんだ!」
「そうだよ、ボス同士の戦いで疲れてんだよ!」
周りを威嚇する銀河一達の声が聞こえる。
「
―――ボスが弱すぎんだろぉ!」
またも明らかに煽るような声。
桃園寺は反射的にライフルを構えた。
周りの仲間達も武器を構える。さすがに外部の者がボスを侮辱する発言は許されるわけがない。
ボスを弄っていいのは、MOZUの構成員だけなのだ。
だがすぐに殺気立った仲間達が武器をしまい始める。どうやらボスが制止したようだ。
―――これはもしや。
何かとんでもなくダサい倒れ方をボスがしたのではないか?
例えば、何かに躓いて転んだとか。
あのボスのことだからまぁ、ありえないこともない。
―――ボスが言及しないのなら、そういうことなのだろう。
そう悟ると、桃園寺も武器をしまい、仲間達の集まる場所へと合流する。
レギオンの端に溜まっていると、そこに新聞記者が現れた。
どうやらMOZUに対して取材をしているようだ。
「
―――すいません、今MOZUって今構成員何人ですか?」
随分とストレートに聞いてくるものだ。
そんな組織の機密をぺらぺらと喋るヤツもいるわけなかろうに。
「今は520人。一人増えて521人になった」
「64億! 64億!」
記者と話している仲間達の声に、思わず吹き出しそうになる。
いくらなんでも盛りすぎだ。
「ロスサントス内だと、
……521人」
「じゃあ、521人全員が戦うということですか?」
対警察との抗争の取材のようだ。
「最終戦争に出るのは何人なんですか?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、仲間達がテキトーな答えを返している様を、桃園寺はタバコをふかしながら眺める。
抗争前だというのに、本当に呑気なものだ。
『
―――みんな一回集合してくれ』
無線から、何事もなかったような声色でボスが集合を掛ける。
いよいよ始まるか。
「OKボス」
短く返事を返して、桃園寺は集合場所のレギオン奥へと向かった。
ボスを仲間達で取り囲んで、場はさながらスポーツの試合前の作戦会議のようだった。
あながちその感覚も間違いではないようで、警察側からは「10対10の戦い」とルールが提示されている。
ボスが示した作戦はこうだ。
『第一陣がルール通り出撃し、その後、何対何になったとしても、後ろから全員で襲い掛かる』
卑怯だ。卑怯の極み。だがそれでいい。
警察の決めたルールなどに従うギャングがいるだろうか。いや、いるはずもない。
「俺が合図したら第二陣も出てくれ」
「「「はい!」」」
気合いを入れる仲間達。
桃園寺も気合いを入れるため、愛用の仮面を身に着けた。
こうやって顔を隠すと、強い存在に変身したような気分になっていい。
MOZUの『雄鶏』に変身するのだ。
―――?
どこか既視感。何だろう。何かが記憶に引っかかるような。
……ザザッ
『
……本当は、個人医になりたかったんですけどね』
誰かと話した記憶、のようなものが脳裏に浮かぶ。
ちらつく、赤い髪。
―――またか。これは
……。
砂嵐のようなノイズの彼方で揺らぐ、記憶のようなもの。
探ろうとすると起こる頭痛。
はっきりとした違和感。
これは、もしかして。
もしかして、わしは
……、俺は
―――。
「
―――第一陣を発表する」
ボスの声に、桃園寺はハッと顔を上げた。
メンバーの発表だ。これは聞き逃すわけにはいかない。
騒いでいた仲間達もさすがにこの時ばかりは静かになった。
自分の名が呼ばれるかどうかを、みな集中して聞いている。
「ろぎあ、てつお、川上、
……ももぞのでら、葛城
―――」
ももぞのでら。
そんなヤツいたか?
一応に皆揃って顔にハテナマークを浮かべながら、先に続く名を聞く。
桃園寺もその名に聞き覚えがなく、首を傾げ。
「
……あぁ」
思わず苦笑してしまった。
「ももぞのでらって誰かと思ったら、俺か」
―――ボス、それ「とうえんじ」って読むんですよ。
読み方分からなくて一瞬固まったでしょ?
そうツッコミを入れたかったが我慢して、苦笑しながら手を上げる。
真面目に名前を読み上げているボスに横槍を入れるのは可哀想だ。
事情を分かっているメンバーは小さく肩を震わせ笑っている。
相変わらず構成員の名前があやふやなボス。
まぁあのボスのことだから仕方ない。後で訂正すればいいだろう。
「一旦呼ばれた人、こっち~」
もりるんるんが先導して、第一陣が集合する。
正直、それほど戦闘力のあるメンバーに思えない人選だと桃園寺は思った。
第二陣の方に主力の人材を残して、背後から襲って殲滅する作戦か。
いわば囮のような立ち位置の第一陣に選ばれたのは正直残念ではあるが、出番がないよりは余程いい。
まぁせいぜい大暴れしてやろう。
桃園寺はそう気合いを入れる。
ボスからは「第一陣が出て、合図で第二陣も出る」以外の作戦指示は特にないようだ。
「これ何? 警察見たら撃ったらええの?」
隣にいた葛城に聞いてみるも、葛城も細かいことはよく分かっていない様子だった。
取り敢えず戦えるよう準備だけして、ボスの合図を待つ。
まぁ、第二陣が何とかうまくやるんだろう。
自分達は適当に暴れるだけだ。
『
―――よし、じゃあみんな真ん中の公園に来てください』
無線でボスの指令が入る。いよいよ始まるようだ。
全員揃って移動を開始する。
見ればレギオンの駐車場には、抗争相手である警察の姿も多くあった。
―――ここで端からやってしまえばいいのに。
そんな物騒なことは誰も考えたりしないのだ。
これが日本だったらと思うと、なんと平和な抗争だろうと思う。
ぞろぞろとスタジアムに入場するように、レギオン公園へ集まる面々。
仰々しい武器を手に、桃園寺は気合を入れ直した。
それにしても、多数対多数の戦いなど久しぶりだ。血が踊る。
―――久しぶり、か。
そう、久しぶりのわけなどない。
自分が、MOZUの雄鶏であるならば。
それはつまり。
桃園寺は遥か上空を鋭い視線で睨みつけた。
※ ※ ※
驚くほど多くのギャラリーが集まる中、最終決戦は始まろうとしていた。
大規模抗争のはずなのに、やはりスポーツ感覚なのだろう。日本とはまるで違う。
MOZUと警察が入り混じり、戦場になる場所へと向かう。
「警察あっち?」
MOZU陣営に迷い込んでしまったのか、ギャル風の警官が声を掛けて来た。
正直、だいぶ可愛い。素直に好みだと思った。
ニコニコと笑っているギャル警官に、妙に親近感が沸く。
―――このコ、どっかで会ったことがある
……?
だが記憶を辿っても、思い出せない。
それはそうだ。思い出せるわけなどないのだ、今は。
きっとどこかで出会った誰か。名前の思い出せない、誰か。
困っているなら助けてあげようかな、と親切心が働く。
「
……警察、向こう」
対抗組織だと分かっていて、それでも教えてあげてしまう。
このコには親切にしてあげなければならない。
本能がそう、囁いているのだから。
笑顔で礼を言って敵陣に消えていくギャル警官の姿を見送る。
―――あのコが、戦うメンバーじゃないといいな。
目の前に現れてしまったらきっと、たぶん、あのコは撃てない。
そう思って、桃園寺は小さく笑った。
広場の中央を挟んで、両側にMOZUと警察が対峙する。
警察署長のマクドナルドが中央に進み出て、なにやら叫び始めた。
何を叫んでいるのかさっぱり分からないのは、距離があるからというより、マクドナルドの活舌の問題だろう。
ボスがマクドナルドの側に行き、無線で通訳をしてくれる。
ルールはこうだ。
二人のいる位置のラインが中央、その両側に分かれてスタートする。
10対10。全員ダウンした方が負けだ。
武器はアサルトライフルのみ。
それにしてもボスは何であの活舌を聞き取れるのか疑問だ。
武器がアサルトライフルのみと聞き、仲間達が騒然とする。
自分達が持って来ているのは、アドバンスド・ライフル。
アサルトライフルより遥に強い銃だ。
だが、向こうが武器を確認する様子もないので、そのままでいいだろうということにした。
騙されてくれるのならそれでいい。
マクドナルドが何やらもごもごと続けて喋っている。
「なになに? 何言うてるか分からん」
「もういいやろ」
血気盛んに叫ぶ仲間達。
「撃ち合うタイミングも分かってないんだけど」
「向こうから合図があるでしょう」
おっとりと言うボスの横で、ライフルを手に敵陣を睨みつける福田。
静かながらに好戦的な顔で笑っている。
そんな福田の様子を見て、桃園寺は不思議に思った。
この男は、こんなに血の気の多い男だったか。
もっと、落ち着いた雰囲気の男だったような気がするのだが。
……ザザッ
と、一瞬、記憶の片隅でバーカウンターのようなものが映る。
チクッと頭を刺すような、あの痛み。
―――ああ、なるほど。
これは思い出してはいけないということか、OK。
桃園寺はそれを振り払うように、頭を振る。
霞みかかる映像が、歪んで消えた。
そうだ。
MOZUの福田はヘリの名手で、戦闘力もピカ一。
こちらの記憶が正しいということになっているのだろう、今は。
桃園寺は思い出すのを止めて、中央で何かを叫び続けている警察署長を見る。
まるでピエロのような格好だ。
これで警察署長というのだからこの街は狂っている。
―――いや、そうでなくても狂っているが。
大声で恐らくルールを叫んでいるのだが、何一つ聞き取れない。
あんなに目立つところに一人で立っているとは、トップとしての危機感がまるでないようだ。
桃園寺はスッと目を細める。
絶好のチャンスだ。今なら難なく殺れる。そのまま狙撃してしまえばいい。
だが、そんなやり方はこの街ではルール違反だということも、理解していた。
ここは日本とは違う。
もっと、穏やかに。目立たぬように生きなければならない。
目立たぬよう
……。
―――ギャングなんてやっているのに?
自分で自分にツッコミを入れる。
ああ、そうだ。目立たないように、平和に生きようと
……。
口の端に、小さく笑みが浮かぶ。
そうだな。
そういうことなら、楽しまなければ。
いっそ割り切って、楽しんでしまったほうが、きっといい。
―――だってこれは、『夢』なのだから。
桃園寺はそう確信して、手にした銃を改めて握り直した。
―――――――――
相変わらず聞き取りにくい叫びを続けるマクドナルド。
「え、なんて??」
「何言うてるか一個も聞こえへんぞ」
茶々を入れる仲間達と一緒になって野次を飛ばす。早く戦いたくて堪らない。
敵陣を見回すと、その奥にチラッと見える純白のドレス。
あれはウエディングドレスだろうか。
「
……花嫁走ってんな? 花嫁おるぞ」
観戦者だろうか。随分と危ないところに来たものだ。
「
―――私がバァしたらスタートだ!」
叫ぶマクドナルド。
「ばぁ?」
「ばぁってなんだ?」
相変わらずこちら側にはその意図が伝わらない。
「ああ、手ぇ上げたらってことか」
葛城がその発現を汲み取って翻訳する。
マクドナルドの伝える気があるのか全く分からない説明っぷりに、仲間達は困惑しているようだ。
「
―――手を上げたら10秒後だ、行くぞ!」
「手を上げたら10秒後
……?」
「
―――それでは行きます!」
「もう隠れていいんだ?」
ルールが良く分からないまま、第一陣は行動を開始した。
一斉に自陣に散開する。
身を隠す場所を探して、桃園寺も走り出した。
良く見れば公園を半分に分けたMOZU側の方が、若干足元などが開けていて警察側よりも遮蔽物が少ない。これはだいぶ不利な立地だ。警察のクセにフェアじゃない。
まぁ、どこの警察もやはり卑怯なのは変わらないのだろう。
桃園寺はとりあえず手近な柱の陰に身を隠す。
「3・2・1、スタート!」
合図とともに、柱の陰から対岸を窺う。
黒い、恐らく警察の影を見つけ、そこに照準を合わせた。
先手必勝とばかりに引き金を引くが、弾が出ない。
「
……弾入ってへんわ。あぶね」
初歩的なミス。
こんなこと、本来あってはならないはずのミスだ。
だがライフルなんてついぞ使ったことなどないのだ。
MOZUの標準的な武器かもしれないが、撃った記憶がないのだから仕方ない。
桃園寺はライフルを構え、対岸に見えた人影に向かってトリガーを引く。
随分と簡単に連射できるものだ。
着弾した途端走り出す影に向かい、追撃をかける。
ちゃんと狙って撃ったはずなのに、銃弾は手前の壁に当たり、上がる砂煙で相手を見失った。
なまじ連射できてしまう分、反動でだいぶ照準がずれるようだ。
これなら普通の拳銃の方がよほど当たるのではなかろうか。
この仰々しい武器は、自分にはやはり合わないな、と桃園寺は感じる。
だが抗争は抗争。相手を倒さなければならない。
そう思いながら再度ライフルを構えていると、跳弾音と共に自分の隠れる柱に数発着弾する。
もう位置を把握されているようだ。
やっぱりこの目立つ髪は不利だな、と妙に冷静にそう思った。
その瞬間、柱に飛び散る血痕。
それが自分の血だと分かるのには、少しの間があった。
「あぶねっ」
どこから射撃されたのかと、警戒して柱の裏に隠れる。
だが、思っているよりも横からの射線に隠れきることができず、数発の銃弾が続けざまに桃園寺を襲う。
「あぶねあぶね! いたたたた、
……痛いっ」
パシュッと銃弾が体を貫く音が聞こえた。
激しい衝撃。
情けない悲鳴を上げ、パタリと地面に倒れ伏す。
撃たれた衝撃で思わず「痛い」と叫んだが、不思議と痛みは感じていなかった。
ただ、動けるかと言えばそれは確実にNOだ。
「
……ダウン」
悔しいが、ここまでのようだ。
初手で銃弾を入れ忘れたのが失敗だった。
せっかくならもっと撃ち合いを楽しみたかったのだが。
そんな風に思うのは、痛みを感じていないからだろう。
実際銃で撃たれたら、こんなものでは済まないのは身をもって知っている。
撃たれた衝撃の回数もかなりなものだったから、本来なら蜂の巣だ。
体の形を保っているのが不思議なくらいだろう。
着込んだアーマーのおかげか、それともあの黄色いクスリの謎の効果か。
なんにせよ、体が吹き飛ばなくて良かった。
倒れながらそんなことを思っていると、視界の片隅でぎこちなく奮戦していたろぎあが、どこかから射撃されて倒れる。
射角的に自分を倒したのと同じ相手かもしれない。
見事な射撃の腕だ。
「素晴らしい」
思わずそう呟く。
見回してみれば、第一陣として出たメンバーはもう辺りには見当たらなかった。
皆倒されてしまったのだろうか。
やはり力の差は歴然としている。この警察は強い。
『
―――もう第二陣はいっていいぞ』
ボスの無線が聞こえる。やはりほとんどがやられてしまったようだ。
ここからは第二陣にがんばってもらうしかないのだろう。
鳴り響く銃声。射線が辺りを飛び交う。
桃園寺のいる辺りは激戦で、救助も駆け付けられなそうだ。
そのまましばらく倒れていると、爆発音とともに地面が激しく揺れる。
誰かがルール違反のグレネードか何かを投げたようだ。
いいぞ、もっとやれ。
ルール違反でも何でもいいから、やっちまえ。
倒れたまま第二陣を応援する桃園寺。
辺りを見回すと、第一陣で最後まで残っていた川上がやられるところだった。
そしてMOZUの陣地を颯爽と駆け抜ける、マクドナルドの姿。
「
―――どこだ! シャンダーマ
―!」
叫びながら中央へと走っていく。
これは、負けたか?
ここまで敵の親玉が踏み込んで来ているということは、仲間はあらかたやられてしまったということなのだろう。
残念だなと思った瞬間、ふと、唐突に視界が白く霞む。
痛みはなかったが、出血の影響はあったということだろうか。
桃園寺はそのまま意識を飛ばした。
それからどう救助されたのかは、全く記憶にない。
激しい爆発音と衝撃で、桃園寺はハッと顔を上げる。
悲鳴と共に爆散する警察達。
走って仲間達と合流すると、ロケットランチャーを撃った川上が二度目の狙撃をされるところを目撃した。
もう勝負の決着はついているらしい。
最後の悪あがきをしたといったところだろうか。
「ロケラン撃っちゃだめだよ~!」
「ロケラン撃ったの川上!」
側を銃を持ったままうろうろする警察の姿が複数見える。
仲間達は両手を上げ降伏を示しているので、桃園寺もそれに倣って手を上げた。
勝敗が決しているのなら、これ以上戦う必要もない。
マクドナルドがまた聞き取りにくい発音で何かを叫ぶ。
「
―――もう試合は終わった! ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
口々に健闘を褒め讃えるように「ありがとう」と言い合っている。
「
……何やったんや」
桃園寺は思わずそう呟いた。
抗争というにはあまりにゆるく、スポーツというにはあまりにも物騒すぎる。
おかしな戦いだ。まるで野球の試合のような終わり方で。
「何やったんや」
もう一度、口に出す。
これは茶番だ。銃撃戦を楽しむための茶番。
でも、それでいいのだ。
―――これは、『夢』なのだから。
銃撃戦を楽しもうとしたっていい。
普段、銃なんか撃てないのだから。
普段、銃なんか。
そう。
『普段』は、『銃』と縁がない。
自分だけでなく、恐らくは、
―――他のみんなも。
「
―――最強のギャングと最強の警察の戦い、ありがとうございました!」
マクドナルドが場を締めるようにそう叫んだ。
やっぱり何を言っているのか良く分からない言葉で、延々としゃべり続ける男。
こちとら負けたんやぞ。誰かアイツをロケランでぶっ飛ばしてくれ。
そしたらちょっとはスッキリするかもしれない。
少しだけイラっとしながら、桃園寺はくるりと背を向ける。
「
―――また会う日を
―――」
さらに続けるマクドナルドの声を搔き消すように、ちゅどーん!と派手な爆発音が響いた。
振り返れば、黒煙と共に吹き飛ぶ人影。
続けざまに数回、爆発音が響く。
誰がやったか分からんが、ナイスだ。これであの男も黙るだろう。
桃園寺はそのままレギオンの駐車場へと歩き出した。
「逃げろ、逃げろ!」
仲間達の叫ぶ声が聞こえる。
鳴り響くサイレンは救急隊のものか、それともパトカーか。
試合が終わった宣言の後に爆発で吹っ飛ばしたのだから、これは逮捕案件だろう。
捕まる前に逃げてしまうに限る。
慌てて逃げ出す仲間達と一緒になって、桃園寺もその場を急ぎ後にした。
※ ※ ※
レギオンに停めてあった愛用のバイクに跨り、一目散にレギオンを後にする。
鳴り響くサイレンを背に、バラバラに逃走する仲間達。
自転車で逃げる川上を見守りつつ、桃園寺もアジトに戻る。
「クソ、どんなに頑張っても52キロしか出ねぇ!」
そりゃあそうだろう。自転車だもの。
小回りの利く自転車で大通りを走るのは、手段としてはどうなんだろうか。
「坂道きちぃ! 腿がパンパンだ!」
坂道に差し掛かって、悲鳴を上げる川上。
必死にペダルを漕ぐが、スピードはどうにも出ない。
「ふふ、大変そうやな」
頑張っている仲間を見るのはどこか微笑ましく感じて、桃園寺は思わずバイクを止めて様子を見守る。
「乗せてくれもう!」
諦めた川上が盛大に転んで自転車を放棄する。
「はいよー」
すぐ後ろで桃園寺と同じく川上を見守っていた紫の車、恐らくヨシャパテの車に、川上は転がり込んだ。
「何でチャリ乗ってんだそもそも
……」
それはそう。心の中でツッコミを入れる。
ボヤく川上を乗せた車が、猛スピードで桃園寺を追い越していった。
「はやっ!? 何あの車」
音速で走り去る車に驚きを隠せない。
レース用の車両なのか、それとも逃走用なのか。
すごい車もあったものだなぁ、と感心した瞬間、何故か脳裏に先程出会ったあのギャル警官の顔が思い浮かんだ。
―――ああ、あのコは。
きっとたぶん、今は思い出せない記憶の中にいる、あのコは。
自分のバイクに触れている彼女の姿が頭をよぎる。
……ザザッ
思い出すのを妨害するように走るノイズ。
はいはい、分かりました。
桃園寺は考えるのを止め、走り去った車の後を追い掛けアジトへと戻った。
桃園寺がアジトの駐車場に着くと、既に仲間達がパラパラと集まり始めていた。
「俺達の勝ちだ! ギャング一は俺達!」
銀河一が誇らしそうにそう語る。
どうやらすっかり、先程の対警察戦のことはなかったことになっているようだ。
まぁ、あんな茶番などどうでもいいのだろう。
「お疲れさまでした」
「おつかれ~」
労い合う仲間達と一緒にアジトへの階段を上がっていると、駐車場に残された倒れた人影を目にする。
「ボスが」
「ボス?」
よりにもよって、ボスが。
最後の大爆発で吹っ飛んだのは、どうやらボスだったらしい。
そう思うとちょっと笑えてくる。
何で最後でやられちゃうかな。
うちのボスは本当、そういうところがゆるくて面白い。
「
……お前たちを守って、手榴弾を拾って外に投げたんだよ」
救助を受けたボスが、ダウンした経緯を言い訳のように口にする。
一応、これはお礼は言っておくべき場面だろうか?
「かっこいい!」「ありがとうございます!」「さすがですボス!」
「ありがとう、ボス」
皆が口々にボスを褒め讃えるのに便乗して、桃園寺も一緒に礼を言った。
礼ついでにボスに「『ももぞのでら』じゃないです」と訂正したかったが、ボスは直ぐに仲間達に囲まれてしまって、そのタイミングを逃してしまった。
回復後のボスの歩き方がおかしいせいで、場が盛り上がる。
これはもう訂正する雰囲気ではない。
今日は『ももぞのでら』でいるしかなさそうだ。
ボスを囲みながら、皆でアジトへと向かう。
皆とても仲が良く、まるでギャングとも思えない、仲良しサークルのようなアットホームさだ。
―――まぁ実際、そうなんだろうけれど。
桃園寺は深く息を吐く。
―――一体、何人が気付いているのか。
感じる違和感。
思い出せない記憶。
本当は、自分が何者であるのか。
本当はどこで、何をしていたのか。
この何もかもが狂っているだろう世界の中で。
―――俺達は、『夢』を見ているのにすぎないことに。
……ザザッ
砂嵐のようなノイズが脳をよぎる。
だが、その力は先程よりも随分と弱く感じた。
この『夢』は永遠に続くものではないらしい。
世界を狂わせた『何かの力』は、もうだいぶ弱まっているようだ。
楽しいMOZUとしての時間も、この仲間達も。
―――すべては泡沫の夢。
※ ※ ※
アジトのパーティールームにメンバーが勢揃いして、祝勝会が開かれることになった。
ギャングのトップ対決を制し、MOZUが一位の座に着いたことを祝う会だ。
やはり対警察戦の敗北は、なかったことになっているらしい。
大きなテーブルを中心に、大勢が座れるようソファーの配置されたパーティールーム。
そこに座り切れないほどの人数の構成員が集まる。
桃園寺は壁際に陣取って、周囲の様子を観察した。
ボスは復帰後も腰を痛めているようで、相変わらずおかしな格好で歩いている。
銀河一が整体の心得があるらしく治そうと試みるが、どうやら重症のようだ。
腰を曲げてカッコ悪い姿のボスに、桃園寺も思わず笑ってしまった。
本当にボスは、最初から最後までずっとこうだ。
カッコいいのかカッコよくないのか、分からない。
でもそういうところがボスの愛すべきところなのだろう。
もりるんるんが再度ボスの治療を試み、今度は見事回復に成功する。
随分と腕利きの整体師のようだ。
「みんな集合したかな?」
てつおが全員揃っているか人数確認を始めた。
ボスはそのまま中央のソファーに座り、各々が好きな席へと座り始める。
ボスの座っている側は、当然のように誰も座らない。
こういうところだけは、きちんとボスを立てるのが面白い組織だなと思う。
―――あれ、実は結構寂しいんだよな。
日本でのことを思い出して、桃園寺は小さく笑った。
横で立っていた個人医のレイラに、ボスが声を掛ける。
「レイラ、座っていいぞ。遠慮するな」
「お隣いいんですか?」
「ああ」
「失礼します
……」
レイラがボスの横に座ったことで、その並びに女性陣が座る流れが出来たようだ。
他のメンバーは皆ソファーに座ったようだし、このままボスの並びにいると目立つ。
壁際に立っていた桃園寺はボスの対角に移動し、目立たぬよう床に伏せた。
壁とソファーの隙間に転がって、どことなく、しっくりくる感じを味わう。
―――ああ、これ。なんか妙に落ち着くな。
……ザ
…ザザ
……
脳裏に浮かぶ、様々な隙間。
―――なんやこれ?
まだ明確に思い出せないが、たぶん隙間とは何か縁があるのだろう。
桃園寺は誰からも咎められないのをいいことに、そのまま伏せていることにした。
ボスは左右を綺麗どころに挟まれてご満悦のようだ。
「
……領土と女の数は多い方がいい」
まるでハーレムの王のような謎の格言を言い放つボス。
欲望に正直なその格言に、皆揃って笑った。
「そうだよなぁボス」
「そりゃあそうだぜ」
素直な男達。
「じゃ、ボス。恋愛禁止、解禁ですか!?」
「
……わしだけや」
あまりに横暴な台詞なのだが、それが許されるのもボスの人徳。慕われている証拠なのだろう。
「まぁ、ボスが言うなら
……」
苦笑する仲間達。
遅れて集合したろぎあも合流し、ボスの隣に侍った。
セクシーポーズでボスを囲む女性陣の様子は、やはりハーレムのようだ。
ボスにはこういうのが似合う。
なんとなく桃園寺はそう思った。
「
……全員いるかな?」
改めて、場を仕切り直すように言ったボスの声に、皆静まる。
無線で集まれるメンバーは皆揃っていることを確認すると、ボスが喋り始めた。
「大丈夫かな? じゃあ、
……いや、まぁあのね」
一旦、言葉を選ぶように区切るボス。
「
……本当に、ありがとうございました」
突然、改まっての感謝の言葉。
「「「ありがとうございました」」」
それぞれ、ボスの礼に応える。
「とても楽しい時間を過ごさせてもらいました。これもみんな
―――」
ボスがそう口にした時。
―――ザザザザザッ
脳内を走り抜ける、これまでとは比較にならないほど強いノイズ。
突き刺すような激しい頭痛に、桃園寺は思わず顔を顰め頭を押さえる。
小さな悲鳴。
見れば、同じように頭を押さえる者、首を傾げる者、虚空を見つめる者。
反応は様々だが、一様にどこか様子がおかしい。
皆、あの不快な信号が通り抜けていく感覚に反応しているようだ。
あのノイズは、明確な「意志」を持った、何者かからのメッセージ。
恐らくはこの世界を歪めた、その根源となる何者かの。
―――もうすぐ、『夢』が終わる。この世界が見ている『夢』が。
その場の全員が、異様なノイズに言葉を呑んで押し黙った。
激しく戸惑う者もいれば、何事もなかったかのように笑う者もいる。
何度も納得するように頷く者もいた。
きっと違和感を抱いていたのは、自分だけではなかったということだろう。
しばしの沈黙が場を支配する。
「
―――です」
ノイズに乱入されたボスが、強引に話を切った。
せっかくの祝勝ムードが台無しだ。
皆、どう反応したものかと迷っているようだった。
微妙な雰囲気を掻き消すように、鳥羽が大きく声を上げる。
「すいません、ボス!」
「
……どうしました?」
「ボクから、ボスと皆様に特別なプレゼントを御用意しておりまして」
「何?」
ボスが片眉をヒョイと上げた。殊更嬉しそうに肩を竦める。
「お渡ししてもよろしいでしょうか?」
「相変わらず気が利くな!」
ボスが頷くと、鳥羽が用意したものをボスに手渡した。
「こちら、我らのボスをイメージした、シャンダーマティーニでございます!」
「シャンダーマティー二!」
「皆様にも配らせてください!」
「わぁ、ありがとうございます!」
次々に仲間達にカクテルを振舞っていく鳥羽。
鮮やかなカクテルを目にした仲間達の顔が、輝いていく。
「オレンジ色?」
「魂の燃え滾る、情熱の赤を表現してみました」
「おおー!」
場が俄然盛り上がる。
オリジナルカクテルか。なるほど、祝宴には相応しい。
いつの間にそんなものを用意したのだろう。気の回ることだ。
なんにせよ、微妙な雰囲気を掻き消してくれた鳥羽には感謝しかない。
「これで乾杯するか、最後」
カクテルを受け取った銀河一がそう言ってグラスを掲げた。
「乾杯しようか」
「最後? 最後ってなんだ?」
銀河一の失言に、すぐ入るツッコミ。
「ま、まぁ、明日もあるけどな」
誤魔化すように、早口で銀河一が付け足す。
きっと皆、気付き始めているのだろう。
この空間も、この仲間も、明日には全て夢の彼方に消え去ってしまうということに。
「ま、まぁ、明日もあるけど今日は一旦ね?」
口々に誤魔化すように、今日が素晴らしい日だったと言葉にする。
「今日は警察をコケにした一日だったからな!」
「ボスが勝ったんですから」
「うちがギャング一位になった日だ!」
「間違いない」
「やっぱ最強だよな」
お祝いムードを無理やり作り出していく仲間達。
―――本当に、良いファミリーだ。
桃園寺も鳥羽からシャンダーマティーニを受け取る。
「あ、ありがとう」
桃園寺は小さく礼を言った。
鮮やかな夕陽のような、とても美しいカクテルだ。
―――オリジナルカクテル、か。
ふと、カクテルグラスの赤に連想するように、浮かぶ男の顔。
『
―――店員のね、オリジナルカクテルを出そうと思って』
『
―――キッドはどんなのにする?』
親し気な会話を、ふと思い出した。
記憶の大部分がまだ霞の中にいるが、思い出そうとして起こる、あの嫌な頭痛はもう起きない。
だが桃園寺はそのまま、脳裏に浮かぶ赤い髪を記憶の奥に一旦しまう。
―――今はまだ、MOZUの一員だ。
もう少しの間だけでいい、このファミリーでいたい。そう思った。
全員にカクテルが行き渡るまで、ワイワイと会話をする仲間達。
Twixに結婚式を挙げた記事が載っていたらしく、女性陣が急に色めき立つ。
先ほどの警察との抗争のせいで、結婚式ができないかもと言っていたカップルらしい。
無事に結婚できたようで、良かったねと喜び合っている。
先ほどレギオン公園にいた、あの花嫁だろうか。
今日のこの日に、
―――この奇妙にすべてが歪んだ日に、挙式。
「今日」でないと結婚出来ない関係性なのかもと邪推すると、他人事ながら切ない関係性だなと思わずにはいられなかった。
全員にカクテルが行き渡ったことを確認して、ボスが立ち上がる。
「
―――よしじゃあ、手に持ってもらって。全員ご起立ください!」
「「「はい!」」」
ボスの声に、一斉に立ち上がる。
桃園寺もカクテルを手に立ち上がった。
「本当に、楽しい時間をありがとうございました。
―――乾杯!」
ボスの声に合わせ、皆で一斉にグラスを掲げる。
「「「乾杯~!!」」」
今日の勝利を祝うよう、一気にカクテルを飲み干す。
夕陽のようなカクテルは、どこか懐かしい味がした。
「いや~楽しかったな」
「楽しかったね!」
「ありがとうね~」
口々に楽しかったね、と今日一日を振り返る仲間達。
「
―――じゃあ、武器庫の前で一回みんなで写真撮って、自由行動にしよう」
ボスの締めの言葉に、仲間達は一斉にパーティールームを後にする。
この賑やかな宴ももう終宴だ。
桃園寺は皆の姿を最後に目に焼き付けると、ゆっくりとその後に続いた。
※ ※ ※
武器庫前で皆で並んで、記念写真を撮る。
インフルエンサーのてつおは、自分も映った状態で集合写真を撮れるという。
撮影係をてつおに任せ、MOZUのステッカーを背景にボスを中心にして二列に整列する。
写真撮影の都合上武器や被り物はなし、ということで、ずっと抱えていたライフルを駐車場の隅に置く。仮面も外し、しばらくぶりに素顔を晒した。
桃園寺はそのまま後列に移動し、前列の川上の背後に立つ。
多少かぶってしまっているが、これでいい。そう思った。
このMOZUというギャングの中に、自分の姿をハッキリ残していいのか迷いが出たからだ。
もうじきにこの夢は終わりを告げる。
その時、写真という「形」も消えてしまうとは限らない。
ならば、何も残さないほうがいいように思えた。
夢は、夢のままでいる方がいい。
夕陽が、並ぶ一同を赤く照らし出す。
まるで何かの青春映画のような光景だ。
楽しかった記憶をそのまま切り取るように、てつおがシャッターを押す。
落ちていく陽が徐々に辺りに影を落としていく。
「陽が落ち切ったのも撮ります」
てつおの声に、皆その場を動かず静かに待った。
「MOZU色に染まっていく
……」
「この街が
……」
闇色に染まっていく、ロスサントス。
「
……楽しかった
……」
鳥羽が涙声でそう言った。
楽しいこの仲間との時間が終わりを告げるのを、惜しんでいるのかもしれない。
「やめて、そういうの」
「まるで、終わるみたいじゃないか」
ボスが言う。
「明日も頼むぜ」
銀河一がそう続ける。
きっと皆、それを分かっているのに、まだ認めたくないのだ。
―――このファミリーが、消えてしまうことを。
桃園寺の隣では、科場が延々と煙草をふかし続けていた。
まるで言葉を呑み込んでいるかのようにも見える。
「でもなんか
……」
鳥羽が更に続けようとして、その言葉をてつおが切る。
「
―――よし、撮ります」
一瞬、静かになる場。
響くシャッター音。
「よし、OK!」
「はい、ありがとう!」
てつおが写真を共有できるように手配してくれるようだ。
さすがインフルエンサーだ、仕事ができる。
「
―――じゃあ、後は自由行動。各々楽しんで下さい!」
そうボスがその場の解散を言い渡すが、殆どの仲間がそこから動かなかった。
去るのを惜しんでいるようだ。
桃園寺はその隙に、隅に置いたままのライフルを回収する。
「
……MOZUでいられて良かった」
鳥羽が涙声で言った。
「泣いてる? 泣いてるの?」
「泣いてない!」
女性達が、しんみりとしている。
その様子を見守っていたボスが、彼女らの前へ進み出た。
「ありがとね」
「ありがとうございました!」
涙ぐむ彼女達に何か大事なことを告げるのかと思ったら、一言。
「
……DMください」
バチンとウインクをかまして、ボスは踵を返す。
―――ここにきてまでハーレム思考かい!
最後の最後まで、ボスはボスのままのようだ。
愛すべき、我らのボス。
桃園寺は口元に柔らかく笑みを浮かべ、その背を見送る。
ボスは車に乗り込むと、そのままあっさりとその場を後にした。
「ボスー!! ありがとうー!!」
「お疲れさまでした!」
走り去る車影に、口々に礼を叫ぶ仲間達。
桃園寺もボスに声を掛けたかったが、その隙もなくボスは去ってしまった。
駐車場には相変わらず、去りがたいのか皆が集まってうろうろとしている。
女性陣は集まって、鳥羽にもらい泣きをしているようだ。
その輪の中に何故か入っていくのをためらって、桃園寺は遠巻きに一人それを眺める。
―――そういえば、いつもこうしていたかもしれない。
蘇ってくる、「普通」の日常。
自分は、人の群れの中で生きるタイプの人間ではなかったはずだ。
それを思い出してしまったらもう、自然と人の輪に入ることが出来なくなってしまった。
夢がゆっくりと醒めていく。
沢山の人間が集まっているというのに、自分はいつも独りだ。
―――だが、俺はたぶん、これが正解だ。
輪に入らないまま、桃園寺はその場から離れて皆を見守る。
「パテニキ~! すごい楽しかったです、ありがとうございました!」
鳥羽にそう言われ、ヨシャパテが叫び声をあげて逃げ回っている。
「無理無理、ほんまに無理!」
どうやらしんみりした雰囲気が苦手のようだ。
「優しくしてくれてありがとうね、パテ兄い!」
「優しいね~!」
逃げるヨシャパテを追いかけ回して、その背中に礼の言葉を投げつける女性達。
あれは何ていう地獄だろうか。
その横では科場がひとり、ふらふらしている。
どうやら、クスリをキメているようだ。
科場なりに何か思うところがあるのだろう。
それとも、最後にどこかの銀行でも襲いに行く気なのだろうか。
こちらもこちらで、ある種の地獄だ。
―――感情のあるヤツらは、これだから。
ふとそう思い、桃園寺は小さくため息をつき壁際へと下がる。
壁際には同じく大勢で騒ぐのが苦手なのか、福田が立っていた。
何故だか福田を見るといつも、「報告した方がいいのでは」という気持ちになる。
これは、何かしらの『思い出せない記憶』のせいなのかもしれない。
話しかけようと思ったが、福田の周りに人が急に集まってきて、なかなか話すタイミングがつかめなかった。
口々に「明日はあれがやりたい、これがやりたい」と犯罪名を上げていく仲間達。
それに対して福田も、「明日やったっていい」と返す。
―――明日出来る犯罪なんて、君らにはたぶんないのに。
桃園寺はそう心の中でツッコミを入れる。
慣れない銃。人の良すぎる仲間達。分かってみれば簡単なことだ。
仲間達のほとんどは恐らく、ギャングとはなんの関わりもない一般市民なのだろう。
犯罪などとは、縁もゆかりもない
……。
―――自分とは、根本からして違う。
そう感じて、また壁が厚くなっていくのが分かる。
ひとしきり今日のお礼を言われる福田を、ただ側で見守った。
慕われるというのも大変なものだ。
会話の切れ間が出来たのをみて、福田にゆっくりと近寄る。
福田は桃園寺の顔を見ると、「お疲れ様でした」と声を掛けて来た。
その聞き慣れた声色に、どこか安心感を覚える。
「俺
……、ボスに名前間違われたままなんすよ」
つい、愚痴のようなものを零してしまった。
「確かに
……」
「『ももぞのでら』って誰なんやろって思いながら、ずっと動いてた
……」
苦笑交じりに言うと、福田が同情するような顔をする。
まぁあのボスだから仕方ない、そう言いたげな顔だ。
仕方ないのは、桃園寺にも分かっている。
最後まで訂正する隙がなかったのだけが、少し悔しい。
福田の周囲に続々と人が集まってくるので、桃園寺はそれからは会話に混ざることはなく、ただ話に耳を傾けていた。
口々にメンバー達が今日の思い出を振り返り、「楽しかったね」と語りだす。
皆、今日で終わりだということを自覚しているような喋りっぷりだ。
場がしんみりとした雰囲気に包まれる。
それをどこか他人事のように聞き流していると、突然ヨシャパテが明るく叫んだ。
「
―――解散しましょう、こんなのMOZUっぽいくないっす! 湿っぽいのはないっす!」
「確かにそうだね!」
「最後ロケラン撃ちましょうよ! ロケラン!」
湿っぽさを吹き飛ばすように、葛城がそう言った。
「ATMやってこようかなぁ」
強盗する気満々のヨネ婆。
「おぅ、好きなのやれ! ショータイムだ!」
ヨシャパテが無理やり、しんみりした雰囲気をお祭りムードに切り替える。
その声に従い、武器を取りに向かう仲間達。
―――最後に派手にぶっぱなすか。
桃園寺も少し遅れて、その後に続いたのだった。
武器庫から次々に武器を持ちだす仲間達。
「撃ったっていい!」
「やっちゃったっていい!」
「眠らなくったっていい!」
クスリでもやっているのかというテンションで、ロケットランチャーを担ぎ出す。
あの寡黙な福田ですら、どこか楽し気にロケットランチャーを構えてうろうろしている。
皆、祭りの最後を思う存分楽しむ気のようだ。
桃園寺もそれに倣い、ロケットランチャーを手にする。
あまりの大きさに驚いた。恐らくもう、こんな派手な武器を手にすることなど、二度とないだろう。
仲間達は「明日もよろしく」と、もう来ない明日の話をしている。
まだこの状況を理解していないのか。
いや、分かっていてもなお明日が続いて欲しいと祈っているのか。桃園寺には分からない。
武器庫を出ると、先走った仲間が数発ロケットランチャーを発射して、辺りに地響きを起こす。
一列に並んで、一斉に撃つようだ。
桃園寺も一緒になって列に並び、ロケットランチャーを向かいのビルに向かって構える。
「野郎ども、ショータイムだ!」
「「「了解!!」」」
ヨシャパテの号令で、花火代わりにと景気よくロケットランチャーを発射する。
弾道が何発も夜空をよぎり、ビルに着弾、爆発する。
「最高!」
「打ち上げ花火だ!」
上がる歓声。
何とも物騒な花火だ。
手に残る衝撃と、爽快感。そして、沸き起こるちょっとした背徳感。
いかにもギャングらしい派手な花火だ。
すぐに聞こえてくるサイレン。
「さっきの恨みあるから」
警察が駆け付けて来たのかと、皆サイレンに向かって照準を合わせる。
「一斉に構まえとく?」
「いくぞー?」
サイレンを鳴らす車両の姿が見えた瞬間、一斉にトリガーを引く。
誰かが「救急隊だ!」と叫んだのは同時だった。
警察に恨みはあれど、お世話になっている救急隊を撃つわけにはいかない。
桃園寺は咄嗟に照準をずらして何とか誤爆を防いだ。
派手な音を立てて救急隊の近くに何発も着弾する。
幸い救急車には直撃せずに済んだようだ。
車から降りてきた救急隊が、「何やってんの、ダメだよー」と苦情を入れる。
「打ち上げ花火だから、打ち上げ花火」
そういって、皆で笑って誤魔化した。
ビルの梯子を登っていく人影が見えて、桃園寺はロケットランチャーを構える。
―――最後に一発ぶっぱなすか?
……いや。
一瞬迷った後、撃つのを止めて武器を下ろした。
最後の最後まで、破天荒なギャングらしくはできなかった。
自分はあくまでも、白市民なのだから。
爆風が吹き飛ばしたかのように、頭にかかった霞みが晴れクリアになっていく。
砂ぼこりで煙る地表とは対照的に、見上げた夜空には細く欠けた青い月が美しく輝いていた。
「あーあ、終わりかぁ
……」
誰かがそう、名残惜しそうに呟いた。
―――この『夢』は終わる。
短い時間だったが、暖かく受け入れてくれた仲間達。
愛すべき存在だった、ボス。
MOZUの「雄鶏」でいられた時間は、楽しかった。
まるで、日本での無くしてしまった日々に舞い戻ったかのようで。
茶番だった抗争も、別れ際を惜しむ仲間達の姿さえも。
どこかが何かとても懐かしくて、少しだけ、愛おしい。
この世界すべてを巻き込んで、歪めてしまった『夢』が終わる。
何かが掛け違ってしまったこの世界が、終わりを告げようとしている。
混濁した記憶が、忘れてしまった日常が、少しずつ霞の中から姿を現す。
―――ああそうだ。自分がいるべき場所は、ここではない。
青く細い月を見上げる。
「捨てるかぁ
……」
自分にはあまりにも仰々しすぎる武器を、その場に手放した。
これはもう、自分には必要ない。
誰にも別れを告げることなく、桃園寺は独り、バイクで駆け出した。
―――――――――
夜の街に、あちらこちらで響く爆破音。
今頃、どの団体も皆、最後の夜を惜しんでいるのだろう。
ふと、無線が聞こえてくる。
『
―――皆さんお疲れさまでした! パテ、寝ます! おやすみなさい、また明日!』
『
―――おやすみー!』
『
―――お疲れさまでした!』
いつものように、お休みを言う仲間達。
『おやすみー。じゃーねー』
桃園寺もお休みを返す。
ヨシャパテは、気のいい兄貴分だった。そう思う。
夢が醒めたらもう、互いに知らない者同士になっているだろうことが、ほんの少しだけ惜しい。
そんなことを思いながら、行く当てもなくバイクを走らせる。
特に、何かやらなければいけないこともないはずなのに、無意識に何かを探すように闇に包まれた街に目を凝らす。
―――何を、探しているのだっけ。
まだ、大事なことは何も思い出せていない。
確信しているのはただ、自分の本来の居場所はMOZUではなかった、ということだけ。
ふと、病院に行ってみようと思い立つ。
桃園寺はそのままバイクを走らせ、ピルボックス病院へ向かった。
すべてが歪み切ってしまったロスサントスの街は、至る所が狂っていた。
倒れた電柱。放置された車両。
墜落したのか道を塞いだままになっている、戦闘機の残骸。
それを迂回して、病院へと辿り着く。
病院の中は多数の血痕が落ち、荒れ果てた雰囲気だ。
人はいるのに、ずかずかと入っていっても、声を掛ける者すらいない。
桃園寺はそのまま無意識に、院内に設置してある自動販売機の元へと足を向けた。
機械に触れてみて、なぜだが「これは違う」と明確にそう感じる。
―――探しているものは、ここにはない。
それだけを確信して、桃園寺はくるりと背を向ける。
大きな爆発音が、病院の中にまで鳴り響いた。
「派手な音が鳴ってんな
……」
まだ、諦めの悪いギャング達が最後の犯罪でもしているのだろうか。
「
……こんな荒れた街、ねぇよ」
そう呟き、再びバイクを走らせる。
少なくとも、自分の知っているはずの「この街」は、ここまで治安が悪くはなかったはずだ。
こんなに終始爆発音が響くほど、荒れ果てては。
この街は、歪み切ってしまっているのだ。
―――少し、疲れたな。
頭をからっぽにして、バイクを走らせる。
体が無意識に、どこかに向かっていた。
無線からは、MOZUの仲間達が次々に「おやすみ」を告げている。
皆、そろそろ眠る時間のようだ。
『
―――寝ます! 一日ありがとう! またねー!』
『
―――ありがとうございました! また明日ー!』
『
―――明日カジノだぞ』
眠る仲間に、明日の予定を告げるボス。
『
―――ボス了解です、失礼しまーす!』
『
―――了解』
『
―――また明日
―!』
『
―――おやすみ~!』
名残惜しむように続く無線。
桃園寺はそれに一切応えることなく、ただバイクを走らせる。
体が勝手に赴くまま辿り着いた先は、今日、目覚めた時に立っていたあの駐車場。
そこに無意識にバイクを停め、走り出す。
記憶がはっきりしなくても、体が覚えている。
いつもこうしてバイクを停めて、それから
……。
脚に任せて坂を下り、そのままBARらしき店の前で足を止めた。
ふと、まだアドバンスド・ライフルを持ったままなことに気が付く。
もうこれで最後だし、と、目の前の街路樹に狙いをつけ、数発撃ってみた。
反動で手が震える。
木の幹に無残な弾痕が残った。
サイレンの鳴り響く夜の街に向けて、何を狙うでもなく連射する。
立ち上る硝煙。薬莢がパラパラと落ちる。
「
……こんな感じなんやな」
感触を確かめるように、何発も撃った。
抗争に参加して、撃って、撃たれたはずなのに、今はもう遠い昔のことに思える。
ひとしきり撃って、やがて満足したかのように撃つのをやめた。
そのまま、無意識に店に足を向ける。
鍵のかかっていない扉を押し開け、中に入った。
店の中に人影はない。
銃を手にしたまま、つかつかと中を進み、店内をぐるりと見回す。
白い靄が晴れていく。
笑顔で迎える、赤毛の男の姿が脳裏に浮かんだ。
―――ああ、ここだ。帰ってきた。
記憶の底に眠っている、恐らくここが、本来の。
桃園寺は無意識に、暖炉の前の席に腰を下ろした。
疲れがどっと押し寄せてくる。
今日は、色々あった。ありすぎた。
無線に手をやり、最後に一言だけ告げる。
『
……桃園寺紀土、寝ます。お疲れさまでした』
『
―――はい、おやすみなさい』
『
―――おやすみ』
次々に返ってくる、ボスと、仲間達の声が耳に残る。
―――おやすみ、ボス。おやすみ、みんな。
さようなら、俺の幻のファミリー。
そのまま無線を切った。
MOZUの『雄鶏』も、これで眠りにつくことになる。
―――――――――
歪んだ世界が少しずつ形を戻していくのが分かる。
混濁した記憶が、何事もなかったかのように徐々に元の姿に返っていく。
世界が元に戻ったら。
すべてが掛け違って、歪んでいたこの世界は消滅してしまうのか。
楽しかったことも全て、幻でも見たかのように忘れてしまうのだろうか。
すべてがまるで泡沫の夢のように。
だから願わずにはいられない。
あの暖かかった仲間達を、あのMOZUを、ほんの少しでいい。
『奇妙で楽しかった夢』として、覚えていられたら
……。
桃園寺はゆっくりと瞼を閉じ、眠りに落ちる。
薪のはぜる音だけがパチパチと静かに響いていた。
おわり
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☆感想などもらえると泣いて喜びます。
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