吾妻
2024-08-28 00:04:40
3867文字
Public GOD EATER
 

for YOU

お誕生日おめでとうございますにかこつけた弊社ソマ主♀です。
2の時間軸で意味もオチもない1本ですが、今年もお祝いできて嬉しいな。
できることなら、極東までの長い遠足の終わりも見届けられたらいいですね。

……おい」
 苛立ちを込めた声を投げかけると、無人の屋上で鉄柵にもたれかかるようにして佇んでいた女の背中がびくりと震えた。
「なにしてる」
 咎めるように続けると、恐る恐るといったふうに、女が振り返った。悪戯を見咎められた子供のような、バツの悪い顔で。
「ちょっと、シャワーを浴びに……ですね……
 青白い月の光の下で、女――月城ルイはへらっと笑った。敬語じみた口調で話すのは、後ろめたいことがあるときの癖だ。
「お前にとってはここがシャワールームだってのか」
 シャワールームは居住区画の一角――つまり地下にある。下手な言い訳だ。
「へへ、月光浴といいますか……
……
…………ゴメンナサイ」
 無言で睨みつけてやると、観念したように項垂れた。
 まったく、勝手にベッドを抜け出す癖はいつになったら治るのだろう。ふと夜中に目を覚まして、隣に寝ていたはずの相手がいないという状況が、どれほどこっちに心労をかけるのか。この女は、何度言い聞かせても学習しない。
 徹夜明けのところにちょうど遠征から戻ってきた「安眠枕」を抱き込んで眠りに就いたつもりだったのに、疲労のせいで都合のいい夢を見たのではないかと、自分の頭を疑ってしまったほどだ。
 あきらかに誰かが寝ていたはずの場所がからっぽになっているのは、心臓に悪い。
「ほ、本当にシャワーは浴びたんです! 色々したあとすぐ寝ちゃったから! そのあと部屋に戻る前にちょっとシオに挨拶しようと思っただけ! すぐに戻るつもりだったんだってば」
 互いに疲れていたはずなのに、久々に顔を合わせた勢いで寝る前にベッドでもつれあってしまったのは事実だ。それも、そこそこ濃厚に。結果としてルイはほぼ気絶状態で寝付いてしまったので、夜中に目を覚ましてシャワーを浴びたくなったというのはわからない話ではない。
 つまりは隣にいなかったから、慌てただけ。その焦りを八つ当たりのようにぶつけたかっただけなのだろう。
 失うのを恐れている。出会って三年経った今もなお。むしろ、近年の方が重症化している気もするが。
 ため息をついて、隣に並ぶ。吹き付ける風が、まだ半ば濡れたままの女の髪を揺らす。洗い立ての、甘い香りがした。
……ちゃんと乾かせ。風邪ひくぞ」
 出会った頃より幾分か伸びた髪に指を差し込み、梳いてやる。心地よさげに目を細める姿は、まるで人懐こい猫のようだ。
「だって、早くベッドに戻りたかったんだもん」
……戻ってこなかった奴がよく言う」
「あれれ? ソーマさん、寂しくなっちゃった?」
……ここまで探しにきたんだからわかるだろ」
……
 投げ込まれたからかいを正面から打ち返してやると、ルイは言葉を詰まらせた。
 相変わらず、反撃に弱い。出会った頃はやり込められるばかりだったが、近頃は形勢が逆転してきた。
 ぷいと背けられた横顔が仄かに赤らんでいるように見え、髪を梳いていた指で頬を撫でた。どれだけ屋上にいたのか、湯上がりだったはずの女の肌はすっかり冷え切っている。
 やがてルイは、隣に並ぶ恋人に体重を預けるようにもたれかかってきた。
「何してたんだ、こんなところで?」
「考え事してたらついここに来ちゃったんだよね……。実は最近ずっと悩んでて……
 珍しい告白だったので、意外に思うと同時に少しだけ肝が冷えた。
 ルイは周りが考えているほど能天気ではない。むしろ思考は現実的でシビアですらある。そんな彼女が陽気なお調子者に見られているのは、彼女自身が敢えてそう振る舞っているからだ。悩みや負の感情を極力表に出さない彼女が、正面から〝悩んでいる〟と告げてくるなんて。もしかしたら、かなり深刻な状況なのかもしれない。
 ベッドから抜け出してフラフラと出歩いている飼い猫を連れ戻しにきた気分だったが、一瞬で目が冴えてしまった。
……人に言えない類の話なのか」
 なんで自分に相談しないんだ、と喉元まで出かかったが、口から出たのはやや遠回しな言葉だった。それでも、野生の勘じみた観察力を持つ女は言外の意図を的確に汲み取って、うーんと唸って見せる。
「ソーマさんには特に話せないというか、話したくなかったというか……
「何だそれは」
「だってサプライズが必要でしょ。誕生日プレゼントには……
…………は?」
 想定していたどことも違う場所に話題が着地して、ソーマは思わず気の抜けた声で問い返していた。
「でもね、いくら考えても全然いい案が浮かばなかったの! 研究に必要なもの……とかは私みたいな素人には全然わからないし、趣味のもの……は、結構ソーマは糸目をつけずに買っちゃうほうだし、小物とかも思い浮かばなくて。みんなにも相談してみたんだけど、みんなテキトーなことばっかり言うし……
 一気に吐き出して、ルイは目の前にある屋上の柵にぐったりともたれかかった。
 徹夜明けかつ中途半端な睡眠しかとっていないので、頭がうまく回らない。誕生日? プレゼント?
 今にはじまったことでもないが、ここ半月ほどは特に多忙で日付感覚が麻痺してしまっており、今日が何日なのかもパッと思い出せない。確かに誕生日が近かったような気もするものの、そもそもソーマは自身の誕生日にまったく重きをおいていないので、殊更気にしたりもしなかった。
 自分ではちっとも大事にできないものを、身近な人間が慈しんでくれるのは有り難いと思う。だが、それを理由に自分の命や生まれを肯定できるほどには、まだ割り切ることができずにいる。
 だから、ルイがそれほど頭を悩ませているとは知らなかった。
「『お前が戻ってくるならそれでいいんじゃない?』とか『ルイが考えたものなら何でも喜びますよあの人は』とか、みんな勝手言ってくれちゃってさ……私は真剣なんですけど……
 大体誰が何を言ったかは想像がつく。
 確かにここしばらくルイが馴染みの連中とコソコソやり取りしていたのは気づいていたが、まさかそんなことになっているとは思わなかった。
……なので~」
 わざとらしく声を上げたルイが、もたれていた柵から体を起こす。
 そして、ソーマに向き直ると両腕を広げて見せた。
「今年は私がプレゼントということ…………
 意気揚々と発せられたはずの言葉は、しかし、途中から尻窄みになって途切れる。
 発言主はというと、途中から恥ずかしくなったのか、両手で顔を覆ってうつむいてしまった。
 顔を覆い隠していても髪から覗く耳までは隠せない。もともと白い肌は恥ずかしさからか赤く染まっている。
……念の為に訊くが、今のは誰の入れ知恵だ?」
 そんなに恥ずかしがるということは、自主的に思いついたネタではないのだろう。ルイは両手で顔を覆ったまま、震える声で「レア博士です……」と絞り出した。
 予想外の名前が飛び出してきて、頭を抱えたくなった。サクヤあたりかと踏んでいたのに、どこまで何を聞きにいっているんだ。
 身内に意見を聞いた段階で、もはや答えは出ているだろうに。

 コウタとアリサの見立ては正しい。
 そもそもソーマは自身の誕生日をめでたい日だとは思っていない。祝ってもらえるのは嬉しいが、それにかこつけて金品を贈られるのにも負い目を感じてしまう。
 今だって、ルイがそれほどまでに頭を悩ませてくれていること自体は嬉しいが、だからといって何かを買ってもらおうという気にはなれない。
 彼女からもらいたいものが、一つだけあると言えばあるのだが。
 それは金で買えるものでもなければ、一日や二日抱き合ったところで満たされるものでもない。
 何より、自分にそれを望む資格があるのかどうか、ソーマにはわからなかった。
 例えば未来や、人生のようなもの。この先も続く約束に似た何か。
 欲しいと望めば間違いなく彼女は頷いてくれるだろう。きっと、何の躊躇もなく、だ。
 それがいいことなのか、ソーマにはまだわからない。
 いつかその願いを告げられる日がくるのか、それさえも。

……やっぱりこんな話するんじゃなかったな」
 顔を覆っていた両手を下ろし、気まずそうに視線を泳がせながらルイが呟く。
 まだ頬や耳には赤みが残っていて、どこか少女めいたあどけなさを垣間見せるその顔は、とても極東いちの神機使いとは思えない。
 気づけば、勝手に手が伸びていた。ソーマは片腕を持ち上げて、未だ顔の傍に浮いたままのルイの腕を掴む。手の内に感じる女の肌は、ひんやりと冷たい。
……来い」
「へ?」
「お前がプレゼントなんだろ」
「え!? いや、それはそのう……言葉の綾といいますか……
「嫌なのか」
 真正面から見つめて問いかければ、ルイは少しだけ困ったような顔をして、
……嫌じゃない」
 と、答えた。
「だったら戻るぞ」
 ぐいと腕を引いて促せば、ルイはそれ以上抗わずに大人しく後ろをついてくる。
 それでも、どこか納得のいかない様子で「もっとプレゼントにふさわしい物があると思うんだけどなぁ」などと呟いているので、ソーマは内心で嘆息した。
 お前がいいのだと、どうやって伝えればいいのか。実に悩ましい問題だ。
 たとえどんな未来が待っていても、この手を離さずにいられたらそれでいい。
 そんなささやかな願いこそ、叶え難い世界だと知っていても。
 共に生きていきたいと思える運命に出会ってしまったのだから。


【終わり】