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三井が卒業した日、宮城は告白に失敗した。
卒業式後、後輩たちに囲まれていた三井がひとりになったタイミングをどうにかつかまえたのに、いざ告白というタイミングで、三井のクラスメイトが彼を探しに来てしまったのだ。
ヒマだったら顔出してよ、練習につきあって、と別れ際に言ってみたものの、大学でのバスケが高校よりヒマだとは思えない。三井が母校を訪れてくれる確率は低い。
三井は神奈川を離れて、春から一人暮らしを始める。卒業式がダメなら引っ越しを手伝えればそのときにと思っていたが、すでに堀田が手伝う手筈になっていて、この計画も失敗した。
フラれたのではなく告白すること自体に失敗したのだし、あれこれ言いわけを作ってウジウジしていた自分が悪かったと宮城は悔いたが、遅かった。
あんなにも毎日一緒の時間を過ごして、部活の帰りもくだらないことで笑いあっていたのに、あっけなく終わってしまった。
パスを受けてくれる三井のいない体育館で、ふざけて肩を叩きあう三井のいない帰り道で、宮城はひとり右手で左腕をつよく握った。
喪失は突然だし、奪われるときは一瞬だと知っていた。居心地のよさにひたって、関係を新しくして続けるために踏み出せなかった自分に舌打ちする。
連絡先はもらえたから、まだ望みはある。けれど、新一年生が入学しキャプテンとしてやることが増えたのと、手遅れの後悔が気後れにつながって、受話器を持ちあげただけで、指が止まった。
山ほどの疑問が浮かぶ。自問自答にまともに答えられなくて、テストなら赤点間違いなしだ。
――大学生って授業何時に終わんの? 授業のあとに部活だよね? 練習って何時までやってんの? 大学から三井サン家まで何分かかんの? バイトしてんのかな、そんなヒマねーよな。メシはどこで食ってんのかな。外か? 自分で料理してるとか? ヘロヘロになって帰ってくるなり玄関で寝てんじゃねーの? ねえ、じゃあいつ電話していいの? このメモ、電話していい時間書いてねーよ。
受話器を握りしめて時計を仰いで、果たして今はかけていい時間なのかどうかがわからなくて、結局受話器を置いてしまう。
三井宅の電話番号も暗記してしまったのに、そんなことをくり返して、はじめこそアンナにからかわれていたものの半月も経つとアンナにも飽きられた。もう四月も終わる。今日こそかけると腹を括って電話の前に立ったとき、ベルが鳴った。
「うおっ、あ、はい、宮城です」
電話の一番近くにいた宮城が電話を取る以外にない。驚いて裏返りそうになった声を落ちつけて名乗ると、いくらか緊張した声が聞こえてきた。
「ええと、湘北高校バスケ部OBの三井と言いますが、リョ、リョータくんは
――」
「は!? え、三井サン!?」
「なんだよ宮城かよ。緊張して損したな」
宮城の驚きをよそに、かしこまっていた三井の声が気抜けする。その声が、体育館の床にへばりついていた姿をよみがえらせて、宮城は大きく息を吐いた。
「どうしたんすか、もしかして大学生活もう行きづまったんすか?」
新しい環境は、馴染もうとするだけで疲れる。三井ならばどこへいっても持ち前の人なつこさでやっていけるだろうと思うからこそ、疲れて俺の声聞きたくなったとかなら嬉しいなと、宮城は調子よくからかった。
「おまえな、ひと言目がそれはねえだろ。焼きそばだよ、焼きそば」
三井から発された食品名に宮城の思考が止まる。ラーメンなら、部活帰りに三井とよく食べた。桜木が一緒のこともあったし、安田と一緒のこともあった。だから、ラーメン食いに行こうぜって約束してたろと言われたなら、戸惑わなかった。
当然のように焼きそばと言われても、焼きそばが三井とまったく結びつかない。
焼きそばを食べに行く約束してたっけ、でも焼きそばなんて屋台では食べるけど店のメニューには
……鉄板焼の店ならあるのか? などと、動き始めた思考が焼きそばと三井との関連を探るが、めぼしい解答にたどりつかない。
「あの
……焼きそば、って、なんすか」
初めて焼きそばという食べものについて聞いた人みたいになってしまったが、宮城の知っている焼きそばと、三井が言っている焼きそばが別ものの可能性だってある。たとえば、何かの標語の頭文字を取ったら焼きそばになるとか。バスケの練習メニューにそういうものがあるとか。
「焼きそばっつったら、焼きそばだろ?」
だが、三井の返答は明確で、焼きそばは宮城の知っている焼きそばであることに、間違いはなさそうだった。久しぶりの三井との会話に焼きそばがいきなり登場した理由は、あいかわらずわからないが。
「おまえさ、五月の末ごろってヒマあるか? あー、ダメだな、地区予選もう始まってんだろ。じゃあその前の週とか」
焼きそばの話題が空いている日の確認にいきなり飛んで、日程の提案も自問自答しながら勝手で、宮城は、なんかこの人の「知性」って言われてる割にはめちゃくちゃなところ変わってねえなと片頬で笑った。
「焼きそばはどこ行ったんすか?」
「どこも行ってねーよ、うまい焼きそば食わせてやるからうちに来いって言ってんだろ」
「言ってねーよ! 行きます、あざっす!」
つい突っ込んでしまったが三井の気が変わらないうちに、決定事項にした。
宮城はカレンダーを睨んだ。五月の下旬となると、ひと月近くも先になってしまう。そうすると三井の卒業からふた月も会っていない計算になる。
「予選前はさすがに忙しいから、五月、連休終わった次の土日とかどうすか?」
早く三井に会いたくて、提案より三週間も前倒しにした日程を伝える。
「えー、早すぎんだろ。でも予選前はたしかにな
……」
早すぎると言われてしまうと自分ばかりが会いたがっているようで、宮城は受話器を握りしめた。
「まあいっか。んじゃ、五月の
……」
土曜は部活が早めに終わるからということで、土曜の夕方に三井宅の最寄り駅集合となった。
受話器を戻して、宮城は電話台に置いていたメモ用紙を握りしめる。自分の字で、待ち合わせの日付、時刻、駅名が書かれている。浮かれて、メモ用紙にキスでもしたい気分だったが、振り返れば、アンナがダイニングテーブルに肘をついて、こちらを眺めている。
「なんだよっ」
「なんもー」
アンナは明らかにからかう調子の声で、宮城は精一杯なんでもない表情を取りつくろって、自室に戻った。机の抽斗を開けて、三井の連絡先メモの上に、待ち合わせのメモを重ねる。抽斗を閉めたあと、思わず拳を握りしめた。
料理ってこんなにスリリングなもんだっけ、と、宮城は三井宅のキッチンで混乱していた。
三井の引っ越し先の近くに、うまい中華屋や鉄板焼きの店があって、そこで焼きそばをごちそうしてもらえるものだと思っていた。
待ち合わせが最寄り駅だったのも、その思い込みを助長した。
早めについた宮城が帰りの切符を先に買っておくかどうか迷って、駅の券売機上に掲げられた料金表を眺めていたところに、三井が来たのだ。
たかだか一箇月ちょっと会っていなかっただけなのに、遠くから手を振る三井の姿を目にした瞬間、心臓が跳ねた。
近くで見ると、別に髪型が変わったわけでも身長が伸びたわけでもなかった。私服だって何度も見たことがある。外見上は何も変わって見えないのに、まとう雰囲気が少し違っていて、戸惑った。大人びたようでもあるし、最上級生から最下級生に戻ったせいで後輩らしさを身につけたようにも見えた。
「元気だったか?」
久しぶりの、動くし喋る三井に当てられて宮城はぼうっとしてしまって、練習疲れかと心配された。
じゃあ行くか、と歩き出した三井に連れられて行ったのはスーパーだった。
三井は宮城にカゴを持たせ、何が飲みたい食いたいと訊いて、コーヒーとコーラのペットボトルやスナック菓子をぽいぽいカゴに放り込んだ。レジで財布を出す三井を眺めながら、宮城は、これ持って店に行くの? などと首をひねっていたが、スナック菓子の詰め込まれた軽いけれどかさばるレジ袋を持たされ、三井の歩くままについていくと、駅からどんどん離れていく。
飲食店のありそうな繁華街を通り過ぎ、街道沿いの店なのかと思えば街道も離れ、住宅街の隠れ家的な店なのかと思ってもそれらしき店は出てこない。
「ここ。割と駅から近ぇだろ?」
三井が指したのは、学生向けにしてもなかなかランクの高そうな、単身者向けマンションだった。
ロビーの集合ポストをのぞきこむ三井の姿からしても、明らかに三井の引っ越し先だ。外壁に張りつけてあった金属の館名板に記されていたマンション名に見覚えがある。散々眺めて暗記してしまった、三井の住所だ。
エレヴェーターに乗り込み、宮城のおぼえていたとおりのフロアで降りて、三井がひとつのドア前に立って鍵を差しこみドアを開ける。
「あがれよ」
招き入れられても、三井の家に連れて来られた実感がすぐには湧かなかった。
「焼きそばって
……もしかして、店じゃなくて
……?」
「おう。三井特製焼きそばだぜ」
ペットボトルの入ったレジ袋を片手に、三井が力こぶを作ってみせた。
「料理に筋肉って関係ある?」
展開についていけなくて、宮城は疑問がそのまま口からこぼれてしまった。
尻を蹴飛ばされ、宮城は洗面所へ押しこまれた。三井とともにうがい手洗いを済ませ、ワンルームに置かれたローテーブル前に座らされ、買ってきたばかりの二リットルペットボトルのコーラとグラスを握らされる。
「できあがるまでそこで待ってろ」
腕まくりをした三井の背中を、三井サンも一人暮らしで料理できるようになったんだ
……と、感慨深く見守れたのは、三井が包丁を握るまでだった。
キャベツの葉を数枚剥くだけで大騒ぎして、玉ねぎを切れば涙をこぼし、ニンジンを切ろうとしてまな板から転げ落とす。宮城は三井のわめき声を聞くたびに腰を浮かせていたが、いても立ってもいられなくなって、狭いキッチンだが三井の斜め後ろに駆け寄った。
ボウルにはサイズも不揃いに切られた野菜があり、まな板にはカットされた豚バラ肉が乗っている。その脇に焼きそばの袋麺が出ているが、三井が読んでいるのは袋の調理法ではなく、ルーズリーフに書かれた手書きレシピらしきものだった。
「えーと
……ごま油をちょっと
……」
戦々恐々で宮城が見守る中、レシピに従って三井が野菜を炒め始める。ニンジンは分厚いし、キャベツの芯も薄く削がないまま突っ込んでいるので、なかなか火が通らない。火の通りにくい野菜からという手順は守っているようだが、分厚いニンジンとやけにペラペラなニンジンが同居しているので、そのルールの効果が出ていない。
野菜は最終、生でも食べられる。だが。
「肉だけは火通して! 生焼けはヤバいって!」
三井がもういいかなどと言って火を止めようとするのを宮城は阻止した。
肉の外側は色が変わっているが、三井が肉を薄く広げず、くちゃくちゃにくっついたままフライパンに投入したもので、ちらりと見える中心部が生肉の色をしている。
「そうか? もういけんじゃねーの?」
三井は麺を投入したのち、付属の調味料を使わずにソースや塩を測りながら入れたが、宮城が騒ぐもので丸まった肉を確認のために広げようとする。その手に握られているのは菜箸ではなく、割り箸だ。炒め物をするには圧倒的に長さが足りない。
「熱っ!」
案の定、箸を寝かせようとした三井がフライパンの縁をさわってしまって、手を跳ねあげた。
「何やってんだよ!」
宮城は慌てて三井の右手に飛びついてシンクへ引っ張り、流水のもとにさらした。瞬間的なものだから大事には至らないだろうが、シューターの大事な大事な指だ。
「もー! あんた自分の指にどれだけ価値があんのかわかってんの!?」
宮城が怒りながらザバザバと水を流し続けても、ふだんなら言い返してくる三井からの反論がない。痛みをガマンしているのかもしれない。思ったよりひどい火傷かと三井の手をためつすがめつして確認するが、右手の赤みは火傷のせいというより、流水で冷やしているせいだ。
これならもう冷やさなくてもよさそうだが、念のためにもう少しと三井の手を水にさらしながら、手の持ち主を振り返れば、三井は空いている左手で顔をおおっていた。左手の隙間からのぞく顔が赤いような気もする。
「手、見らんねーくらい痛いんすか?」
訝しみながら訊ねると、いや、と、上ずった声で否定があった。痛くないならまあいいかと宮城は水を止めようとしたが、焦げくさい。
三井の火傷に気を取られていたが、換気扇が稼働していても吸収しきれない焦げくささが漂っている。
「火! 火ぃ消して!」
「あ?」
三井がガス台を振り向くより早く、宮城はシンクからガス台に移動して火を消した。
さすがスピードスター、などと三井が調子のいいことを言っているが、フライパンからはかなり香ばしい香りが漂っていた。
どうにか食べられそうなところを救って二枚の皿に盛ると、可食部は元の量の三分の一以下という感じだった。それも、まんべんなく焦げの風味がついている。
「肉は、火通ってるっすよ」
カップ麺もあるぞと、しょぼくれた三井がシンク下から出してきたが、宮城は断った。
せっかく、初の三井の手料理が食べられるのだ。生焼けの肉はダメだが、キャベツが炭化していようが、麺がくっついていようが、このチャンスを逃す気はなかった。
とはいえ、味わう余裕はなく気力で食べているので、行きがけに買ったスナック菓子が大活躍する未来を心の中で予言できた。
三井はしょぼくれたままで、背を丸めて焼きそばの残骸を口に運んでいる。でかい男が落ち込んでるのって、叱られた大型犬みてーだなと宮城は正面に座る三井の姿に思った。
「絶対にうまいレシピもらったのによ」
宮城は、固くなった肉を飲み込める程度にまで咀嚼しながら、三井が見ていた手書きレシピを思い出す。焼きそばは肉も野菜も摂取できる。三井母直伝の初心者向けレシピだったのかもしれない。
「これならイチコロだって食わせてくれて、すげーうまかったのに」
「は?」
話の方向性が急角度で曲がった。一人暮らしを始めた息子に、「これならイチコロ」だと言って母親がレシピを教えるだろうか。
いつまで経ってもやわらかくならない肉を、宮城は飲み込んだ。
「当ててみましょうか。そのレシピくれたの、女の子でしょ」
当たらなくていいのに、こんな勘は当たるのだ。勘とも呼べないレベルの推測だ。案の定、三井は何を気にされているのかわからずに、箸を止めて首を傾げた。
「そうだけど? 同じ講義取ってるやつからもらった」
宮城は特大のため息をついた。
ダメじゃん、と、何がダメなのか自分でもわからないが、胸にあふれる。新生活、さっそくこの人、好かれてんじゃん。イチコロだって食わせてくれたって、それってイチコロになるのを狙ってんだろ、と三井にぶつけたくない文句が湧く。
何も言わないで三井が引っかかるのも腹が立つので、いかにも面倒そうに頬杖をついてみせた。
「その子、三井サンに気があるんじゃない? どうせバスケで忙しいってつきあえなくなるんだから、ほいほい引っ掛けちゃダメだよ」
「んなことしてねーよ! だいたいこれは、おまえの胃袋つかもうと思って
――」
盛大に三井から反論が起こったが、不意に途切れた。
「
……俺の?」
宮城は頬杖をといた。ローテーブルになついている場合ではない。俺の胃袋をつかむ? つかむって、何のために。
「今のなし」
いくらか顔色が悪くなった三井が、眉根を寄せて怒ったような顔で宣言する。
「なしって
……アンタ、そんなのムリに決まってんじゃん。どういうこと?」
期待してしまいたいのに、期待してしまわないよう宮城は自分を抑える。
駅で、切符を買うか迷っていたときのようだった。帰りの切符を買っておけば、家に帰れる最終の電車の、ギリギリまで三井といられる。藤沢駅から三井の最寄り駅までの距離なら、普通乗車券の有効期限は、購入当日まで。買ったら、当日中に使わなければならない。使いたくなくて、切符を買いたくなくて、案内板を仰いでいた。
ローテーブルに肘をついて宮城が身を乗り出すと、三井は視線をさまよわせたのち、カーペットの上に置かれたスナックのレジ袋に視線を固定した。
「
……おまえ、留学決まったって言ってたろ」
「え、はい
……」
バスケを続けたい、もっと強くなりたい、できれば本場でという気持ちを絶ちがたくて、二年次の冬に申し込んだ奨学金は、書類選考や映像での選考を経て、過日、めでたく最終選考を通過したとの通知を受け取った。苦手なジャンプショットやスリーポイントシュートを三井に教わっていた恩もあり、報告したかったものの電話はできなくて、けっきょく、手紙を送ったのだった。
三井から電話があったのは、その手紙を送って一週間ほどのちだった。手紙が届いて、祝いの言葉でもあるのかと思ったのだが、三井は留学について一切ふれてこなかった。
それがさびしかったものの、宮城は自分からあらためて切り出す気にもなれないでいた。どうして焼きそばなんだかわからないが、三井が口実を作って自分を招いてくれただけでも嬉しかった。
三井はレジ袋を睨みつけたままで、日ごろの声の大きさに似合わず、ぼそぼそと続ける。
「日本にいる間に、俺のスペシャル焼きそば食っとけばよ
……こっちに、たまに
……戻ってきたときとかに食いたくなって、俺んとこ来る確率あがるだろが」
宮城は、手にしていた箸を取り落とした。
「それって
……」
期待してはいけない、と、自分に言い聞かせる。言い聞かせようとしても頬が熱くて、宮城は顔を手でおおって天井を仰いだ。
心臓がとんでもない速さで打っている。どうしたって抑えきれない。けれど顔から手を外し、ぐっと右手を握りしめた。
「にしては、全然、作れてねーじゃん!」
ふたりの目の前にある焼きそばは、たしかに三井スペシャルで三井らしい豪快さで、きっと三井に気のある女性が食べさせてくれたのとは別ものだ。胃袋をつかんでイチコロだと自信があるほど作り慣れた料理には思えない。
「練習する時間なくしたのはおまえだろ! 予定早めやがって」
三井がずいぶん先の日付を提案してきたのは、練習の時間を確保するためだったようだ。会いたかったから、より早い日付を希望したのはたしかに宮城だ。
「そこで練習不足だからって延期しないで、チャレンジしちゃうのが三井サンだよね」
「うるせ。俺は本番に強えんだよ」
そこはたしかに認める、と、宮城はうなずく。試合中に、三井が異様なシュート率を叩き出すのを幾度も目の前で見てきた。
ぐっと握りしめた右手に、宮城は、切符の感触を思い出す。
今日、部活後にいったん帰宅してシャワーを浴びて着替えてから、三井宅を目指した。乗ったことのない路線に乗り換えて、切符をなくさないようにずっと握っていた。落ちつかなくて、切符の角が丸まってしまうくらい、指の腹に無意味に切符を押しつけていた。まだ鋭かった切符の角が、親指の腹に刺した、ちくりとした小さな痛みを思い出す。
小さな痛みで、不安の輪郭をたどっていた。もう一回のチャンスをもらった気持ちで、たとえいい返事がもらえないとしても、今日こそはと、思っていた。
「ねえ三井サン、聞いてほしい話あんだけど」
握りしめていた、片道の切符。帰りの切符を買いたくなくて、今日は片道で終わりたくて。
「イヤだ、聞かねー」
急に子供みたいに、三井がしかめ面をして言いはる。
「遠距離確定しちゃうけどさ」
「イヤだって言ってんだろ!」
「ねえ、聞いてよ」
「イヤだ
……」
「本当に?」
宮城はぎゅっと握りしめた右手をどこへも隠さず、テーブル上に出したままにして、たたみかける。
「
……なんでそんな食い下がるんだよ」
凛々しいほど跳ね上げられていた三井の眉が下がり、レジ袋から宮城へと三井の視線が移される。すべってしまった口が招いた事態に、どうしようかと、今さらどうもできないのに逃げる方法を探している。
「だって、引くなっつったの、三井サンじゃん」
IH、山王工高との試合時にかけられた発破を思い出せば、意地でも気合でも、引かねーよと怒鳴り返したのを思い出す。
三井も思い出したのかグッと息をつめた彼とは反対に、宮城はひとつ息を吐いて、まじめに、申し出た。
「好きです。つきあってください」
卒業式の日にできなかった告白。三井の引っ越しを手伝えなくてできなかった告白。
二度、自分でチャンスを作れなくて、今、三井が作ってくれたチャンスに乗っかっている。けれど、チャンスはチャンスで、きっかけが何かなんて、どうだっていい。つかめればいい。
正面から三井を見つめれば、三井の唇がわなないて、歪み、それから吐き捨てるような強さで宣告された。
「俺、浮気は許せねータイプだかんな」
遠距離恋愛につきものの心配を真っ先にぶつけられて、宮城は安心してしまう。
日本にいる間だけ、なんて期間限定ではなくて、続けられるのかもわからないけれど、この人は、居住地が離れたあとも恋人でいてくれるつもりが、ある。
嬉しくて飛び跳ねそうで、頬も手も熱かった。
「大事な指に火傷までして焼きそば作ってくれた恋人なんて、胃袋つかむどころじゃねーでしょ」
浮気なんてしねえよ、この指に誓って。と、固く握っていた右手をほどいて、宮城は三井の手を取った。
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