ガラシャ
2024-08-25 16:36:01
4223文字
Public オメガバース
 

Crime and Punishment 3-6

黒崎さん登場です。そして、和也はどうなるのか…明人編になりますので。ご注意ください。

「なんか今日、おかしくねえか」
 ――明人のプライベートルームに訪れたエッジこと黒崎享は、どっかりとソファに座るなり言った。
 自分のデスクで一服していた明人はちらりと見やるが、それ以上の反応を返さない。
 だがそれだけで、エッジは得たりと言葉を連ねる。
「なんでかな。この最上階に、いるんだよなΩが。しかも、ヒート中だよな、この感じは」
 ふと気づけば、柔らかく鼻腔を満たしている。
「うちの奴らは全員αだからな。今日はあいつらそわそわして使い物にならねえ。特に甲斐なんてひどいもんだ。『運命の番の匂いだ』って言いだして、余計に回りを苛立たせてやがる。ヒート中のΩがこのビルの中にいるなんて、自殺行為だろ。こんなαばかりの場所に来るなんてよ。
 ――あんたにしては珍しいな。例外を作るなんて」
「まあ、どうしようもない事情があってな」
「ふ~ん。――で、どんなΩなんだ?あんたが例外を許すぐらいなんだから、相当な大物の番なのか。あんたのお眼鏡にかなうくらいなんだから、相当イイ女なんだろう?」
 当然だが、明人は人への評価は厳しい。厳しいというよりは本質を見極める性格ゆえだが、明人が手放しでほめる人間はめったにいないのだ。
 ――正確には女性ではないのだが、そもそも男性ΩはΩ全体でも5%ほどで珍しいのだから、女性Ωと疑ってはいないようだ。ましてや、和也だとは思いもつかないだろう。
 和也だと気づいていれば、エッジはすぐさま見つけ出そうとするだろう。
 ――今の和也の状態を何と表現すればよいか。埋没しない個性、聡明な性格と、挫けない強さ男にしてはしなやかな体。血の繋がりがあるかもしれない男二人を惹きつけるには十分な要素を持っているが、今の和也はそれ以上に蠱惑的な匂いを纏っている。
 今の和也を表現するのならば
「『魔性』であるのは間違いがないがな」
「へえ、あんたがそういうくらいなんだから、相当なんだろうな」
 黒崎家も上位αの家系であるし、Ωの存在は気になるに違いない。隠しきれないように、ちらりと匂いのする方向を見ているのだった。
 

 ――エッジがアモーラルへ去った後も、暫くデスクで仕事はしていたが、そろそろ下の階の様子を見に行こうと立ち上がった。
「お待ちください。どこにいかれるのですかっ」
 スマホのメッセージを確認していると、コンシェルジュの焦った声が聞こえる。
 明人はそちらに矛先を向ける。その先に何があるか分かっている。
 昨日、桂ビルに玲二が伴ってきた和也はヒートを無理やり起こされ、αの威圧を浴び、一種の錯乱状態だった。
 朝にふたりは去ったと聞いていたが、なぜか2時間後、自宅ではなくこの桂ビルに戻ってきたのだ。
 不測の事態が起こったことは間違いがなさそうだった。恐らく和也ではなく、玲二にとっても予想外なことが起こったに違いない。
 それよりも何よりも、一歩一歩近づくことに、甘い匂いが強くなる。昨日知った、Ωとしての和也の匂いは、清涼感があるのにどこか甘い。夜にのみ咲く花のように明人を捕らえて離さなかった。
 玲二に与えたプライベートルームの玄関先で、コンシェルジュが和也を行く先をふさぐように立っていた。
「どうしたのだ?」
 明人が声をかけたことで、コンシェルジュはバツが悪そうな顔をする。
「それが、先ほどまでお休みだったのですが、起きたらキングがいないから探しに行くと言われまして
「レイジは?」
「まだ、お戻りにならなくて。どうやら今日は、どうしても抜け出せないお客様がいらっしゃるようで」
 今回のヒートは、玲二が強引に引きづり出したものだ。故意のヒートでは当然、ヒート休暇は取得できない。玲二としても和也をおいて出勤するのは心残りだっただろうが、仕方がなかったのだろう。
「お食事もとられない上に、お着替えもなさらずどうしたものでしょうか」
 βであるコンシェルジュは困り切った様子だが、その一方で、どこか喜びも滲んでいた。
 αに番を任さされているのだという誇りもあるのだろう。
「では、私が預かろう」
「しかし、オーナーっ」
 恐らくコンシェルジュは、和也を誰かに会わせないようにと玲二から言いつけられているのだろう。
 だがコンシェルジュの雇用主は、明人だった。
「和也。こちらへおいで」
 コンシェルジュによって玄関先に立たされたままだった和也は、ゆうるりと頭を上げる。明人を認めた途端、瞳に光が戻る。
強い警戒心を持った眦が明人に向けられる。ヒート状態が続いているだろうに、その目には怯えがあった。
「ほら、おいで」
 明人が手を差し出すと、和也は微かに後退する。その身を引く様が、本能的なものであろうことは伺いしれる。
 その腕を掴み強引に抱き寄せると、一瞬の強張りの後、力が抜けた。すると、和也は明人の胸元にすり寄る。
「αのにおい
 ふわりと甘い匂いが広がる。αの匂いに安堵した様子だった。
 何か言いたげにその光景を見やるコンシェルジュを横目に、和也の肩を抱いたまま、プライベートルームに連れて帰る。
 プライベートルームに戻ってきたコンシェルジュは驚いた様子だったが、彼は最上階のコンシェルジュたちを束ねる立場だ。何があったかは当然聞き及んでいる。
「オーナー。もしかして、この方がキングの
「そうだ」
 執務室のソファに座らせる。その隣の座り、腰を支えながら、和也に尋ねる。
「起きてからなにも飲んでいないのだろう?何か飲むかい?それとも食べたいものはあるかな?果物もあるし、アイスやゼリーもあるよ」
「アイス
 和也がつぶやいた言葉を聞き、コンシェルジュが得たりとキッチンへ向かう。コンシェルジュがカップのアイスクリームとスプーンを持って戻ってくる。
明人はそれを見やると、立ち上がった。
「少し下に降りてくる。あの子を任せる」
「はい、承知しました」
 コンシェルジュが頷くのを見届けた明人は、再びプライベートルームを出た。
 だが、不思議なことに離れれば離れるほど、和也の匂いを強く感じてしまうことになる。こんなことは始めてだ。結ばれた番ではないのに、離れるごとその存在が恋しくなってしまう。
 恐らく、この桂ライフビルディングにいるαたちに影響を与えているだろう。馨しく切ない匂いが自分に誘いかけているのだ。
 ――やはり、ダークマターの状況はいつもと違っていた。
 ホール責任者の榊に尋ねると、今日はやたらと客の滞在時間が長いのだという。無論、その分、飛ぶように酒類が注文されるが、接客する側もされる側もどこか落ち着かない様子だとのことだった。
「こんなに蠱惑的な匂いのΩがいると、きついものがありますね。抑制剤を飲んでいてよかったです」
 冷静な榊がため息を吐いて言う。このビルで働くαたちは、突発的なΩのヒートにも対応できるよう、抑制剤は必須だった。
 上流階級の客たちも当然抑制剤を飲んでいる。だが、この魅惑的な匂いには誰も抗えないようだった。
 その中で異質なのは玲二だった。Ωの匂いに囚われているαたちを睥睨している。熱のこもったダークマターの中でひとり冷え冷えとした気配を放っていた。
 客たちに挨拶を済ませた明人がプライベートルームに戻ると、ソファに座っているはずの和也がいなかった。
「和也は、どこだ?」
 明人がキッチンに立っているコンシェルジュに声をかける。和也に食事をとらせようと準備をしていたようだ。
「先ほどまで、ソファで座ってらっしゃったのですが
 コンシェルジュも戸惑っているようだ。
「オーナーのプライベートルームからは出ておられないはずです」
「ではどこに
 明人がふと廊下を見やると、衣裳部屋の扉が開いていることに気付いた。
 静かに扉を押し部屋の中を覗き込むと、薄暗いウォークインクローゼットの中でしゃがみ込んでいる和也がいた。三角座りになり、自分の肩を自分で抱きしめている。
「どうしたんだい?」
 明人が静かに問いかけると、和也はふっと視線を開ける。まるで幼子のようなそんなあどけなさがあった。
……あの部屋はαのにおいがいっぱいしてこわい
 ぶるっと小さく肩を震わせる。
「ああ、それでか」
 αの匂いとは、恐らく執務室に残るαたちの匂いだろう。執務室は当然のように人の出入りもあり、商談で使うこともある。和也はそれに怯えたのだ。
「どうしてここに?」
「ここは、好きな匂いがするから」
 Ωの求愛行動の最上は巣作りと言われている。安心して身ごもるために、自ら選んだαの匂いが残る持ち物たちを集め、巣にしてしまう。
 本当に和也が明人というαを拒むのならば、番である玲二を探し求めて、この部屋から出ようとするはずだ。ヒート中なのだから、自分の番である玲二の匂いを求めるのは当然だ。
 だが和也はここにいる。明人の匂いを好んでいるということは、和也のΩの本能は明人というαを拒んではいないことになる。
 本来、番のいるΩは、番であるα以外のαに触れられることは嫌がる。酷い拒絶反応があるはずだが、不思議にも和也にはそれがない。
「でもここは寒いだろう?暖かい場所に連れて行ってあげるよ」
 明人は和也に手を差し出す。
 肌寒さはあまり感じないとはいえ、空調が効いているわけではない。和也は差し出された手にゆっくりと手を重ねると、ゆるゆると立ち上がった。
 明人は和也をエスコートし、ウォークインクローゼットの奥の扉寝室にはいる。
 和也をキングサイズのベッドに横たわらせると、明人はネクタイを解いてスーツを脱ぐ。そして、和也を後ろから包むように抱きしめた。しなやかな身は身じろぎもせず、ベッドに横たわったままだ。甘いふわりとした匂いが、明人の鼻腔を満たす。
 ――今まで、Ωのヒートを間近で感じたことは何度もある。
 わざとヒートテロを起こし、明人と番になろうとするΩもいた。そんな状況になっても、一度たりとも、Ωのフェロモンに引きずられたことはない。抑制剤を欠かさず服用していることもあるが、抑制剤がなくとも上位αである明人にはΩのヒートを上回る威圧を掛けることができる。 
 ゆったりと腰を抱き寄せる。和也は拒むことなく、明人に身を委ねていた。