浮き流し
2024-08-25 13:20:12
3866文字
Public イチ松
 

甘い香りの(イチ松)(文字)

ラブレターを書く松
好意のある人と文房具交換する文化あり
懐かし平成女子の香り付きペンと、松って形から入りそうなですよねというお話

 今日は日曜、学校はないし部活は午前中までだった。寮で昼ごはんを食べた後、一之倉は松本の部屋へと向かう。扉をノックしようと手を上げると、掃除機を持った松本が扉を開ける。
「「あ」」
 思いがけず向かい合った2人の声が重なる。
「どうした、なにかあったか?」
「いや。ただ松本に会いたいなって」
 一之倉がそう言うと松本が嬉しそうに笑顔を見せる。
「そうか!そしたら部屋で待っててくれ。先にこれを戻してくる」
 部屋の掃除をしてたみたいなので、邪魔にならないよう勉強机の方へ向かい椅子の上で体育座りをする。するとそう時間を置かずに勢いよく扉が開き、申し訳なさそうな松本が現れる。
「すまない、折角イチノが来てくれたのに」
「いいよ、掃除してたんだろ。続きしなよ」
 今日は別に予定も伝えていないし何か用事があったわけでもない、一之倉が唐突にお邪魔しただけだ。
「でも恋人のイチノがいるのに」
「いいから。一緒にいたいのは確かだけど松本も眺めてたいから」
 なら尚更、と釈然としない松本の目を見つめ続ける。
「なんか同棲中の恋人みたいじゃない?一緒の部屋だけどそれぞれ別の、生活の為の行動してるの」
 まあそもそも寮生なんて皆まとめてルームシェア状態なんだけど。それでも同棲という将来を想像しているのか、少し上を眺めて無言になった松本の頬が緩む。
……うん、そうだな。……あんまりだらけてたら追い出すぞ?」
 軽く頷いた後揶揄うような笑みを見せる。そんな事しないと分かっての冗談だから、一之倉もそれに乗る。
「え〜困る。じゃあ代わりにオレは夜食を献上しようかな」
 これでひとつ……。何も持ってはいないけど、こっそり賄賂を渡すような素振りをする。
「いいな。その時は一緒に食べようかな」
「交渉成立だね」
 今後行うかもしれない裏取引を宣言して笑い合う。別にそんな事しなくても夜食の1食2食あげたっていい。だけど、仲直りの手段としてこれからも確定したような気がするのが嬉しい。

「じゃあ、布団洗濯に出したいんだけど、ほこり立つかもしれないぞ」
「分かった。なら窓開けようか」
 一之倉が身を乗り出し机の奥にある窓を少しだけ開ける。それを見て松本は掛け布団を横に移動させシーツを引き出し敷きパッドを外していく。
 一之倉は布団カバーのファスナーを探す松本を眺めながら、なんとなく引き出しを開ける。その拍子に中からコロコロと軽い何かが転がる音がする。松本はしっかりと物を片付けるはずだけど何だろう。
 疑問に思った一之倉が音の正体を探るべく引き出しの中を開けてみると、奥から淡いピンク色のペンが出てくる。インクよりも濃い色のキャップに「プチコロンピーチ」と書かれた、曲線が多い可愛らしいペンだ。色合いも香り付きだという事を加味しても、とてもではないが松本には似つかわしくないものだ。
 掛け布団とカバーを分離させた松本に、見つけたペンを突き出しぷらぷらと左右に振って見せる。
「松本、これなに?」
「ん?あっ!それ見たのかっ!」
 ペンを認識した途端に松本が慌てだす。
 中学の時に女子がお気に入りの文具を友達同士や好きな人と交換するのを見ていた。まさかと思いつつ尋ねてみただけだったのに、藪蛇だったのかもしれない。
「なに、誰かに貰いでもしてた?」
 好きな子に、とは口に出さないでおく。
「そ、うではないけどよ……
 煮え切らない態度で顔を背ける松本に対し、一之倉はベッドに移動し圧をかける。
 後ろめたい事でもあるのか松本は少しずつ後退して行き、ベッドに足を取られ尻餅をつく。
「でも高校で使ってる子、いなくない?」
 すると松本はさっき横に避けた洗濯物達を手繰り寄せ両手で抱える。いつもはきちんと畳んでから洗濯に出すのに、相当動揺しているようだ。
「うっ……
 山王工高では女子自体が少ないし、こんなペンを持って来そうな子は多分いない。だから、高校入学以前に貰ったかお揃いのために自分で買ったかだと思う。
 だけど今はオレと付き合ってるんだから、それだとあまり気分が良くはない。一之倉は身を屈めて密着し、吐息が触れる距離で松本の耳に質問を流し込む。
「ねえ。相手、どんな子?」
「うぅ〜……
 羞恥と葛藤で茹でタコのようになっている松本が、言葉にならない唸り声をシーツに飲み込ませる。そして、観念し叫ぶように白状する。
「自分で買ったんだよ……!まだ告白する勇気ない時、イチノ宛に手紙書いてみようと思って……!」
「えっ」
 意表を突かれた一之倉が大きく目を見開きぱちくりと瞬かせる。
「なにそれ。オレ貰った事ないけど」
「そりゃあ、渡せてないから……
 松本はばつが悪そうにそっぽを向いたままもごもごと口を尖らせる。 
「なんで?シャーペンでもいいじゃん。わざわざ買ったのに書いてないの?ラブレター」
「ラ、ラブレターって女子から渡すものだろ、男から貰っても気持ち悪いだけだし。だから女子っぽいものを、ってそのペンを買って書こうとしたんだよ……!」
 付き合って半年、驚きの新事実が発覚した。女子からラブレター貰った事がない男が、今付き合ってる相手からラブレターを贈られようとしてたらしい。
 まじか。思いがけない展開に、驚きの感想が溢れ出る。
「でも告白したのオレからだろ?最初断られたし。松本から好きって言われなかったんだけど」
「うっ……
 少し押し黙り……笑わねえ?と小さくこぼしてから、松本が打ち明ける。
 イチノが好きだって気持ちが自分の中で留めておけなくなって、紙に思いの丈を羅列してた。気持ちの切り替えの為だったのにたまに手紙を渡してくれる女子が羨ましくなって、ただ書いて捨てるのが悔しくなっちまった。でもやっぱり男から思われても気持ち悪いだろうし、本物の女子からじゃないからがっかりさせる。イチノに迷惑だろって思って断念したんだ。
 情けないだろ。そう言い訳をする松本とは裏腹に、嬉しさから一之倉の追及心に火がつく。
「めっちゃ知りたい。なんて書こうとしたの」
「覚えてない……
「ウソでしょ。こんな使ってるもん」
 一之倉がインクの最上部と当初の充填ラインを摘むように指差す。半透明なペン本体からは中のインクが見えており、最初インクが入っていたであろう場所から親指第一関節ぐらいの減少が確認できる。
「教えてよ。松本はこんなに反復した事を忘れるの?」
……『一之倉くんの事をずっと見てました。
頑張る姿がかっこよくて好きです。』……以上」
 その内容を聞いて拍子抜けする。貰った事はないけど、"ラブ"レターって言うからにはもっと直接的な言葉が並ぶのかと思ってた。
「それだけ?」
「ああ。オレだと分からないようにするつもりだったから」
 まあ……ただ単に書いただけのものはもっと色々書いたけど、と補足を入れつつも手紙はそれだけだと言う。
「応援だけ?」
「間違っても付き合ってとは言えなかったし」
「告白は??」
「イチノに告白されるまで諦めてたから。……なあ、今はイチノのものだろ?付き合う前のオレの方がいいのか?」
 根掘り葉掘り聞きたがる一之倉に対し、松本は眉を顰める。羞恥からの逃げではなく、面白くなさの方が大きいようだ。
「そんな事ないけど。でもどうせなら全部知りたいじゃん」
ちょっと自分にやきもち松
「今のオレからのはいらないのか?」
「えっ、くれるなら欲しいけど」
……ちょっと待っててくれ」
 松本はペン貸してくれと告げると一之倉のいる勉強机へと歩きだす。
「座る?」
「ああ」
 一之倉と座る場所を交換し、ルーズリーフを1枚取り出し文字を書き始める。
「見てていい?」
「ダメだ」
「残念」
 松本が机で秘密のラブレターを書いているので、一之倉は離れたベッドへと移動する。机に向かい考えつつ書いたり間違えたのか無言で慌てる松本の後ろ姿を眺める。
 しばらくすると松本がルーズリーフを四つ折りにしただけの素っ気ないラブレターを持ってくる。
「今のオレの気持ち、受け取ってくれ」
 表には一之倉 聡様と書いてあり、中を開くと嗅ぎ慣れない甘い香りとともに、淡いピンクで書かれた文字が広がる。

『大好きなイチノへ

イチノがオレと付き合ってくれる事が夢みたいだし最高に幸せです。
落ち着いた低い声も幸せそうな笑顔も、普段は余裕そうなのに切羽詰まってオレの名前を呼ぶのも大好きだし誰にも見せたくないです。
最初はイチノのためと思って諦めようとしたけど、この幸せを知ってしまったらイチノを離したくない。ずっとオレと一緒にいてください。
             イチノの恋人の松本稔より   』

 あのペンにはピーチと書いてあったから、多分桃の香料だろう甘いラブレターを読む。
 初めて貰えたはずのラブレターが片思いの時に書いては捨てられてたらしいのは悔しい。だけど、無難な応援でなく熱烈な想いを綴ってくれるのなら、貰えたのが今で良かったかもしれない。
 一之倉がラブレターから顔を上げると、紅潮しながらも大きな瞳でキラキラと見下ろす顔がある。
 これは明らかに返事待ちだ。しかも返事は分かってるとばかりにしっかり愛されてる自信がある。なんだか嬉しいけど悔しい。
 緩む表情をそのままに返事をしてやる。
 ずっと一緒にいてほしいのはこっちのセリフだよ。