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ひろっぷ
2024-08-25 11:11:42
2429文字
Public
第五 ハス探
僕とあんたと時々花火
ハス探サマバケ2024しっとり編
謎の避暑地に来てからしばらく経った頃。
手持ち無沙汰になった宴会会場でノートンは邪神の袖を掴み呟いた。
「散歩しようよ、ハスター」
『
…
よかろう』
気が乗らない、など揶揄ってくるのかと思っていたのに。少し思案した仕草を見せたハスターに驚いて立ち尽くしていると、来ないのかと這った先で振り返り待っている。
(いつもの事のはずなのに。ここに来てからどうして意識してしまうんだろう)
きっと場所が違うからだろう。そう誤魔化して並び歩けばいつの間にか違和感は消えていた。
「花火見たいって言ってただろ」
満ちては引く波をサンダルで感じながら二人は浅瀬を歩く。言葉はポツポツと、歩幅もそこそこに。
呼んだ理由は気にしていた事があったからだ。荘園の主がバカンスと称して向かったリゾートで長期間を過ごし、そして未だ滞在している二人は沢山の道楽を楽しんだ。食事、海、探検、エトセトラ。
思わず何日かは快楽に溺れてしまったが、いつの日かハスターが溢した言葉がノートンの頭に残って離れなかったのだ。
花火が見たい、と。
信仰される者、ましてや異形の者でもある故に人里に降りれば畏怖の目を向けられ、その土地本来の行事はなりを潜めてしまう。結果、決して殺戮の限りを尽くすつもりのないこの邪神は人間に介入せず、何百何千年と時を過ごしたのだ。
寂しさなんてものはもちろん感じられなかったが、興味は隠せないようで唯一そのあたりだけは可愛げがあるものだ、とノートンは思いばれないようにとにやけていたら後ろから触手に小突かれたのだった。
……………
喧騒の消えた真夜中の浅瀬を二人は歩き続けた。どれぐらいの距離を歩いたかは分からないが先が見える気配はない。履いていたサンダルは砂で躓くからと、手に持ち裸足で波を受けている。ぶらぶらと振り回していると視界の邪魔になったのだろう、ハスターが言葉を発さずサンダルを取り上げた。
「持ってくれると思って」
『疾く言葉を発せよ。人はその器官があろうて』
「いいじゃん。分かるんだから」
咎めるような視線を浴び、けれど堪えた様子もなく再び浅瀬を歩く。言葉を交わし数歩歩いてぴたりと止まり、ふと視線を感じたノートンは海の向こうを見やった。しかし視線の先には誰もいない。先に見えるのは夜よりも深い暗闇だけだ。真っ暗な中月明かりだけが海を照らす様は、こちらをどこかへ誘おうとでもしているのだろうか。
「誰かいる
…
?」
『左様か』
「あっちは何があるの」
『知りたいか』
「
………
」
声が聞こえるでもなく、けれど呼ばれているような感覚。そこには確かに何もないはずなのに、惹かれて仕方ない。暗い所は嫌いだが、それでも視線はそこから離せなかった。それに声は届いていないのにどこか安心するのは何故だろう。
『
…
ノートン』
「!」
頭に響く低音を拾えば、するりと何者かの手がノートンの視界を遮り暗闇に染めた。一瞬身体が強張ったものの、手の感触と声は馴染みあるもので安堵し肩が下がる。自分は今何をしていたのだろう。一時の出来事とはいえ記憶のない恐怖に襲われるが、背後に控えるそれ以上の安心感に些細な事だろうと思えてしまう。
顔を掬われ、様子を伺われる。普段の数多の瞳はなく、見上げて広がる深淵を見返すしかない。こんなパターンのハスターからは、言葉が発されない限り動くことができないというのは長い付き合いで分かったことだ。
ようやっと満足したのか顎をひと撫でし、手が緩やかに降りていくその仕草にぞわりと肌が粟だった。じろりと睨めば先ほどのノートンの様に堪えた様子は微塵もない。
悪態をつこうと口を開いたその瞬間、暗がりの浅瀬に光が灯った。
開いた口のまま光を見上げれば、荘園に来てから幾度と聞き慣れた音の花火が打ち上がっている。見慣れたはずなのに違和感が拭えない。
(いつもこんなに綺麗に見えたっけ)
記憶にある花火はどれも燻んで見えていたように思う。一年に一度というわけでもなかったはずなのに、今はどうしてか鮮明に映し出されて見える。隣を見れば興味深そうに真剣に見上げている邪神の姿。原因が分かったような気がして、思わず俯いて誤魔化すために口を滑らせた。
「
……
。今年は、作る人、変えたの、かな」
『さてな。なんだ感慨深くなりおって。そら、顔を見せよ』
「嫌だね」
口は災の元か、揶揄うようにハスターは笑う。この邪神はこちらの意図などもう分かっているのだ。
次があるかなんて誰にも分からない。おそらくこの邪神にも。だけどふと願ってしまうのは人間だからか、はたまた今こうやって二人で花火を見ているからだろうか。
「
…
また、あなたと見たいな」
波を感じながらノートンは聞こえないように呟いた。花火が打ち上がる中、人間であれば聞こえるはずのない声量だったが、そこはハスターが聞き逃すはずもなく数多の目玉をこちらに向ける。
『そなたが願うのであれば応じてやろう』
「聞こえてないフリしてよ」
『誰にものを言っておる。従うと思うてか』
「知ってた」
いつもの悪態。いつもの応酬。ここへ来てからずっとこんな感じで、これがずっと続けばいいのに。
でもこんなのはいつか壊れるものだから。
麻痺していくかと思えばこうやって正気に戻される。この邪神がいるからだろうか、とノートンは小さくため息をついた。
でも、今だけならいいんじゃないか。
どうせ出られやしない。ならとことん楽しんで馬鹿をして正直になったっていい。
「ね、ハスター。花火どうだった」
『人間の努力の賜物、というものか。見事であった。
…
そうさな』
「?」
『そなたと見た故か、より一等輝いていたように思う』
「
……
誰から聞いたんだ、そんな歯の浮くような台詞!」
こうやってごく稀にらしくないことを言い出すのだから、いつも通り過ごすのはこの場所では到底叶いそうにないな、とノートンは真っ暗な空を仰いだ。
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