溶けかけ。
2024-08-24 20:50:28
1787文字
Public ほぼ日刊
 

その妖精は翼を捨てた

池ジュン子先生の『ソラの妖精』のパロディです。
あっちよりは如何わしいですが、少女漫画らしくハッピーエンドです。

「ヌヴィレット! 久しぶり!」

 天空島から天使が舞い降りる。周囲の人々は揃って、「妖精だ!」と感嘆の声を上げた。件の少女はそんなこと意にも返さずに、この暖かな時期にしか会えない友人の胸に飛び込んだ。

……フリーナ殿。ここは目立つ。場所を変えよう」

 ざわざわと周囲の人間たちは妖精の少女――フリーナの姿をつぶさに観察している。彼女は一見すれば普通の少女だが、一点だけ普通とはかけ離れた部分を持っていた。そう、背中に生える白い翼だ。それは朝日を受けて、きらきらと輝き、見る者の目を惹いた。彼女の友人――ヌヴィレットはジャケットを脱ぐと、白い翼を周囲から隠すように被せた。



「君は些か、無防備が過ぎるのではないかね?」

 ヌヴィレットの小言は至極真っ当なものだった。妖精と呼ばれる彼ら、彼女たちはその希少性から人身売買の対象になることが多く、ここ数年、この島でも妖精の失踪事件が多くなっている。それ故、翼を隠すマントの着用を義務付けられ、一人では出歩かないよう、妖精たちにも島民たちにも告知がなされている。とはいえ、妖精たちは気まぐれで、一人歩きをしている姿もよく見かけられるのだが。あれこれと対策を立てている憲兵たちの苦労が思いやられることだ。

……だって、僕、キミに会いたくて……

 顔を俯かせるフリーナの気持ちはヌヴィレットとて、理解出来ないものではなかった。妖精たちが浮島に乗って、この島に来るのは年に一回、それもこの温暖な時期に限られているのだから。

「それは……そうだが……

 フリーナの頭を撫でようと手を伸ばしかけて、その手を力なく落とした。きつく手を握り込む。恋仲、というには遠く、友人というにはあまりにも近い名前のつけ難い関係は種族的な問題もあり、いつまで経っても名前がつかないままだった。

「でも、僕、ヌヴィレットになら攫われてもいいと思ってるんだ」

 内緒だよ、とぽつりと零した彼女の頬がほんのりと紅く染まる。彼女は知らなかったのだ。軽口のつもりであった言葉が今のヌヴィレットにとっては彼を蝕む毒であったことを。



「寒い……

 身を切るような寒さにフリーナは目を覚ました。辺りは薄暗く、吐く息は白い。腕を擦りながら、僅かばかりの摩擦で暖を取る。ようやく夜目が効いてきた視界に映り込むのは高く積み上げられた木箱と螺旋状の階段だった。昔使われていた風車塔のうちの一つだろう。

「目が覚めたかね?」

 聞き覚えのある声が背後でして、思わず振り返る。

……ヌヴィレット?」

 「羽織るといい」という声と共にバサッと頭に何かが被せられた。広げてみれば、厚手のマントであった。それを着込めば、僅かにでも寒さが和らいだ。

「すまない。君の了承もなく、こんな所へ連れてきてしまって」

 ヌヴィレットがゆっくりと近づいて、少しばかりの隙間を残して止まる。歩幅にすれば後一歩、といったところか。フリーナには彼が何故、残り一歩を踏み出さなかったのかがすぐにわかった。

「僕を逃がしてくれようとしてるんだね」

 後一歩の距離を詰める。ヌヴィレットの肩が怯えるように跳ねた。

「言っただろう? 『ヌヴィレットになら攫われてもいい』って」

 彼の頬に触れる。叶わぬ恋に身を焦がすなら、ヌヴィレットでなくてはならない。

「でも、もっと暖かい所がいいな……連れて行ってくれるかい?」

 フリーナが手を差し出した。ヌヴィレットが伸ばした手は寸での所で止まった。

「こういうときは手を取るものだろう」

 呆れたように言ったフリーナはヌヴィレットの手を強引に取ると指を絡めた。

「僕はもう決めたんだ。キミと二人で生きて行くって――だから、覚悟してくれよ」

 妖精は一番大切な故郷を捨てた。ならば、ヌヴィレットもその覚悟に答える必要があった。

……そこまで言われては後には引けまい」

 フリーナを抱き上げる。華奢な身体は氷のように冷たかった。



 その日、一人の妖精が失踪した。しかし、捜査は早々に打ち切られることとなる。妖精と犯人からの丁寧な手紙に人々は、彼らを追うことはしなかった。代わりに、『いつでも帰っておいで』と宛先のない手紙を送った。遠い未来、二人がいつでも帰ってこられるように、と。