白鳥のとまり木

ドロワンライ「すいか」の別バージョン。
オンリーに合わせてRTAして書いたものなので、練りがたりないのですがフレーバーを楽しんでいただければ。
ちっす前にセイバーの髪の毛をかき上げる伊織が誕生しつつある。なんでや。
伊織が食に対するコメントをいいますが、口の中で起こったできごとの報告書を読んでいる、そんなつもりで書いています。
本編舞台だがふるゆわハッピー時空と思って読みねぇ。



「若旦那からこれをもらった」

 そう云い濃緑色の瓜のようなものを抱えてセイバーが帰宅したのは、夏の日盛りのころだった。
 ちょうど午の刻あたりをすぎたころで、お天道さまは天のいっとう高いところより、燦々と光を注いでいる。
 裏庭では長雨ながめまえに植えた山吹色の花が見ごろを迎え、夏風に吹かれてはさわさわと音を出していた。木々からは忙しない蝉の声が鳴り響く。

「なんだそれは」
 
 部屋の主である宮本伊織は、その面妖な瓜を見て眉をひそめた。
 見たことのない瓜だ。セイバーはこれを若旦那からもらったという。
 いったいどういうことなのかと、事情のひとつも尋ねたくなった。
 
「なんだ、そう文句をつけるな。きみだってなにともわからぬ花の種を持ちこんだではないか。これでおあいこだぞ」
……たしかに」
 
 云われてみればそのとおりすぎて反論しようもない。
 裏庭に咲き揃った大輪の花は、先日伊織がドロテアより種を譲り受け咲かせたものだ。これを持ちこんだ時はセイバーから正気を疑われたものだが、此度はその逆の立場となっている。
 ならぬという道理などどこにもなかった。

「スイカ、という食べ物だと聞いたな。なんでも外つ国では解熱効果があるだのと、夏の食べ物として広まっているらしい。まぁあれだ、なかなかに甘くて美味いのだそうだ」

 セイバーが甘くて美味いと口にしたとき、猫のように目が光った。そのぴかりとした光は金茶色の瞳をくるりと周ると、瞬きのに消えてゆく。心なしか頬も緩んでいる気がした。
 そのさまと言の葉を聞いて、伊織はさてはと思いが至る。

「セイバー、若旦那のところでなにをしてきた? 若旦那がただで物を渡すとは考えられん。なにかやってきただろう?」

 その言の葉を受けると、セイバーはちろりと伊織に目を向け、ふいと明後日の方向へと目をそらした。

「たいしたことではない。すこぅしばかり、ワカダンナの頼みを聞いてやったまでだ。イオリが気を揉むようなことはしておらんから案ずるな」

 セイバーはそういうが、唇には軽く力が入りこちらを見ない。うすらとぼけたその顔は、ごまかす気満々なのである。
 ことセイバーが問題を解決しようとすると、なにかと実力行使にでがちである。それがだめとはいわないが、力を使うのは最後の手段にしておきたい。
 とはいえすんでしまったことだ。今更どうともしようがない。
 伊織は小さなため息をついた。

「して、そのすいか……といったか。それはどうやって食べるんだ? おまえのことだ、それに釣られて若旦那の頼みを聞いたのだろう」
「それがな、こうすると美味だというのだ――
 
 なんでもこのスイカとやらは水っ気が多く、冷やして食べるとよいのだとか。
 じきにこの日の本でも広まるであろう。よって貴様らには先行販売。食した所感を聞かせよ、とも。
 やることがドロテアと一緒である。あれでも商人あきんどということか。
 
 ともあれせっかくもらった食材だ。無駄にするつもりはさらさらなく、いただいたぶんはしっかり腹に入れるつもりである。
 いかんせんここには大飯食いがひとり増えた。食べられるものならなんであれありがたい。
 すいかを前にして目を輝かせるセイバーにひと声かけると、それを冷やすべく井戸へと足を向けた。
 

 ◇◇◇
 

 それから数刻経ったいま、冷やしていたすいかを半月に切りわけ、縁側にて食している。
 すいかは包丁を入れると鮮やかな紅赤が現れ、そこには白や黒の、種とおぼしきものが散っていた。
 その紅赤の部分をがぶりとんでみれば、しゃくりとした歯触りとともに口内には水気が広がる。同時にほのかな甘みが伝わり、鼻にはすっと香気が抜けた。
 その歯触りと水気の多さはなんとも爽やかだ。

「なるほど、甘みのある汁がこぼれるほど出る。喉の渇きさえ潤せるとは、夏向きの食べ物と云われる所以だな」
「美味い! 癖のないさっぱりとした食べ心地だ。歯触りは梨に近いがあれよりも軽くて、うんと汁気が……あっ、うわっ?! イオリ、疾く袖を捲ってくれ!」
「おい?! いや待てセイバー!」

 焦ったセイバーは縁側から立ち上がると、衣を汚さぬよう腕を突き出し助けを乞うた。
 すいかの汁が手をつたい腕まで垂れたのだ。『わー!』だの『あー!』だの、切羽詰まった声がしきりにあがる。その隙にもつたう汁は増していき、いまにもこぼれそうである。
 伊織は慌てて手拭いを取り、垂れた汁気を拭ってやるとようやく静かになった。
 
「ふー、どうなることかと思った。ありがとうイオリ……って、きみ……ふくっ、あはははは!」
「なんだ。人の顔を見て笑いだすとは」

 突如笑いだしたセイバーに、伊織はなにごとかと眉根を寄せた。

「あはは! すまんすまん。いやでも、くくく! あのな、きみの口元にな、黒子ができたのだ。なかなかに色男だぞ」
 
 食べかけのところを慌てて対処にあたった伊織の口元には、すいかの種がぽつりとひとつ。
 いつもならかようなことなどない男だが、セイバーの催促に慌てたようで、未だ気づかぬままである。
 珍しいその様子にセイバーは悦に入ると、指を伸ばして拭ってやった。
 なんのことはない、いつもやられていることの仕返しである。
 セイバーが口元を汚しものを食べていると、伊織はこんなふうに世話を焼く。やられて悪い気こそしないが、どうにもあれはこそばゆく身の置き所がない。それをこの男もわかればいいとやり返したのである。
 案の定、伊織は呆気に取られて口元に手を当てている。
 それに気をよくしたセイバーは、縁側に戻り腰を下ろした。口元の種を見て思いついたことがあったのだ。

「なあイオリ、ひとつ遊びを思いついたぞ」
 
 セイバーはそう云うと、はむりとすいかをひと口んだ。
 そしてもごもごと咀嚼したかと思うと、口からぷっと種を吐き飛ばしたではないか。
 続いて二度、三度と飛ばしてゆく。

「ふふふ、これはなかなか面白い。イオリ、きみもどうだ。どこまで飛ばせるか勝負しよう」
 
 緩やかにすぼめられた唇からは、ぽんと種が吐き出され、弧を描き裏庭へと飛んでゆく。
 どうすれば遠くへ飛ぶのか試しているようで、大きく弧を描くものもあったし、真っ直ぐに飛ぶものもあった。
 
「ずいぶんと素朴な遊びをする皇子殿だな。やんごとなき身の上ではなかったのか?」
 
 隣に腰を下ろしつつ、こちらもすいかにかぶりつく。
 そうして種を飛ばしてみれば、綺麗な弧を描きセイバーよりも遠くへ落ちた。
 伊織はなにごともなかったかのようにすいかを食べ続けるが、隣のセイバーは面白くないといったていである。

「ふーんだ。皇子としてここにいるなどいつ云った。だいたいきみは、私を貴人として接してなどおらんではないか。私はな、いまはきみの頼れるサーヴァントとしてここにいるのだぞ?」

 セイバーはくふふと微笑むと金茶の瞳は色を濃くし、三日月の弧を描いた。唇はむふりと結ばれている。
 〝きみの〟を強調するその語り口は、多分に揶揄からかいの色を含んでいた。
 してやったりと、とんだ意趣返しの応酬である。
 
 だが敵もさるもの。容易くやり込まれてはくれぬ。

「そうだな、そうだった。俺にとっておまえの肩書など関係はなかった。セイバーはセイバーでしかない。おまえは俺が喚んだ、たいそう頼れるサーヴァントだ。なぁ、俺のセイバー殿?」

 それを聞いたセイバーは、ぱちはばちと目を瞬かせたかと思うと唇をつんと尖らし、不満そうにじっとりと睨んでくる。そのくせ目元は淡く染まり、頬へはぱっと朱色が散った。

「むう、云うではないか。だが私はきみのものになったつもりはないぞ」

 少しだけ熱の籠った息をとともに憎まれ口を叩く。
 不満はある。異議もある。だから口ではそう云うが、その実、〝俺のセイバー〟と呼ぶこと許してしまった。

 伊織はセイバーの頬にかかる髪を耳朶へとかけると、手の甲でそっと頬を撫でた。返すてのひらくるんでみれば、逆らうどころか頬が寄る。
 骨ばった固い手には頬の滑らかさと柔らかな感触、そして温みが広がってゆく。
 セイバー、と声をかけると、ん、と呼気ともつかぬ声がして顔があがった。薄いまぶたはすでに閉じられ、琥珀の瞳は隠されている。
 それを見た伊織のは温かな光で満たされ、その顔はふわりと柔らかくほどけていった。ざらついた親指が目元を撫で―― 
 
「おまえは自由だよ。好きなところへ向かい好きなように飛ぶどいい。なに、羽を休めたくば戻るがいいさ。俺の隣は空けておくからな」

 大切なものに触れるよう唇を落とした。