racmon
2024-08-24 10:58:50
1235文字
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彼のみぞ知る

なにも教えてもらえない話

 白膠木簓は口が固い。
 一部の人々はその逆のイメージを持っているが、それも仕方がないかもしれない。オシャベリ好きというのはそういうもの、大衆の共通認識とも言えるだろう。
 絶対にナイショよ、そんなふうに妖しげに囁かれても漏らさない。世間に知られたら終わりなんだ、そう劇的に縋りつかれても噂になんてしない。
 理由はひとつ、面倒だからだ。
 頼んでもいないのに秘密を共有させられて、勝手に関係者として巻き込んでくる。迷惑極まりない。
 ただ、にこりと微笑み、誰にも言わんよ。
 決してその人間のためではない。自身の平穏な日々のため以外になにもない。マスコミ連中に他人のゴシップを漁りに来られたって、記憶をなくしたように知らぬ顔を出来る。そして代わりにジョークを配り、別の微笑ましい記事を増やすのだ。
 口が固いというよりかは、自分の話したいことだけを話していたい、そういったものだった。

 そんな簓にも、墓から這い出たとしても口外しないと誓ったことがある。躑躅森盧笙についてだ。
 これには他と違って本人の強い意思があった。しかも、相手を想って。たとえ爪を剥がされようと、歯を折られようと構わないし、そこまでしてその秘密を知ろうとする者があれば、返り討ちにする覚悟さえあった。
 しかしそれは、彼にまつわるすべてを指しているわけではない。簓は自他共に認める相方大好き芸人であり、口を開けば「ウチの元相方が」「チームメイトのセンセーは」と、次々と新鮮な話題を披露する。あらゆるレパートリーがあるが、それらは丁寧に選別された内容だ。
 彼のパートナーである簓にしか知り得ないような、ごくプライベートな事柄については、頑丈な記憶の箱に鍵をかけて大切に仕舞われている。
 二人で遊園地に行ったことは万人に話すが、そこを出てからのことについては訊ねられてもはぐらかす。他人に越えさせない一線がある。
 世の伴侶がいる人なんかは、惚気と称してベラベラと、ときに明け透けに下品に、ギトついた口ぶりで私生活を晒す。それも相手の許可を得ずに。呑みの席などはひどいもので、そんな蛮行の責任を負わされる酒が不憫でならない。
 簓はシラフだろうが酔っていようが、誰に聞かれても差し支えのないエピソードのみを披露した。特に盧笙の身体に関することは、簓との身長差くらいしか口にしない。
 無礼にも、二人きりの時間について根掘り葉掘り聞いてくる輩がいたりもする。そんなときはつとめて笑顔で、それにだけ聞こえるように「ご想像にも任せたないわ」と釘を刺すのだった。
 それほどまでに、簓は盧笙の身体と心を尊重し、深く愛し、自分だけに見せてくれる姿や感情を徹底的に守り抜いている。

 ここまでくると、躑躅森盧笙には一体どんな一面が隠されているのか、気にならずにはいられないだろう。やはりそれが人間の性である。
 ところが残念なことに、我々が白膠木簓でない以上、未来永劫知ることはできないのである。