楓花
2024-08-24 00:20:29
Public GD/真矢うさ 小説
 

※この後、やっぱり怒られました

温泉旅行に行く短い話



遠くの方で小さく鳥の鳴く声に、ふっと目が覚めた。
部屋の中はまだ暗いが、カーテンの隙間から僅かに見える窓は薄明るい。
いつもと違う部屋の様子に暫しぼうっとして、それから徐々に意識がはっきりしてくる。

正月休みを利用して、今年は真矢と2泊3日の温泉旅行に来ていた。
やけに広い部屋は、ここが旅館の離れの客室だからだ。しかも露天風呂付きの。
計画自体は二人で立てたが、いざ宿に着いてみるといつのまにか部屋が変更されていて、そこで一揉めしたことを思い出す。

部屋付きの露天風呂は確かに贅沢で、雰囲気も良くて充分満足感はあった。
終始気兼ねなく二人の時間も堪能できたし、部屋でも風呂でも結局色々されたことを考えると結果的に……とは思うけど、せっかくの温泉、広いお風呂にも入りたいし色々と湯めぐりしてみたい、と宇崎は思っていた。
昨日もそう言ったものの、何故だか真矢にダメーと一蹴されてさっさと部屋に追い立てられたのだ。


時刻を確認すれば、まだ5時半。かなり早い。
目の前でまだ眠ったままの真矢を確認して、起こさないようそっと腕の中から抜け出す。

……まひろさん?」

身動ぐ気配に一瞬鼓動が跳ねた。
モゾモゾと、真矢の腕が隣の温もりの主を探すように蠢いている。

「まだ早いからもう少し寝てろよ」
……万尋さんは?」
「俺は風呂入ってくるから」

痛いところをついてくる真矢の問いかけに、若干の後ろめたさを感じつつ宇崎は声を潜めて答えた。
本当はこっそり大浴場へ行こうとしていたなんて言えるわけもない。

「部屋の?」
……
「ダメだよ」

一瞬言葉に詰まった宇崎の腕を、真矢の手がしっかりと捉える。

「何のために露天風呂付きの部屋とったと思ってるの? まして一人でなんて行かせられないよ」
「昨日も言ってたけど、何でだよ」
「湯上がり上気顔の万尋さんなんて色っぽくてヤバイし。危ないでしょ」

何が危ないのか。
ヤバイのはお前だ、と宇崎は思った。
そんな宇崎の呆れたような視線も気にする風もなく、それに――と真矢が続けて、ふいに宇崎の腕を強く引いた。

バランスを崩した宇崎がベッドに倒れこむのを真矢が支える。
おい、と抗議の声を上げようとした宇崎の声を制して、真矢が宇崎の胸の辺りを意味ありげに見た。

「そんな痕、誰かに見られたら万尋さんも恥ずかしいと思うよ?」

えっ?と視線を落とせば、寝起きで乱れた浴衣の合わせからちらりと覗く紅い痕。
驚いて確認してみると、宇崎の胸に無数の小さな鬱血痕がポツポツと散らばっていた。

「お、おまえ……
「ね、無理でしょ? 大浴場なんて」

ニコっと真矢が笑う。
宇崎は言葉もなくプルプルと震えた後、爆発するように「ばかやろー!!」と叫んだ。



***   ***



「あー、いいお湯だった!」

早朝爆発した怒りから一転、機嫌よく歩く宇崎の背中を真矢はホッとした心持ちで見ていた。
空いていれば無料で利用できる貸切露天が複数ある旅館にしといて正解だったと思う。
怒った顔も可愛いけど、やっぱり万尋さんはニコニコ笑ってる顔が一番良い。

「あ、真矢ー」

数歩前を行っていた宇崎が、ふと立ち止まった。
振り返った顔が、先程まで脳裏に浮かべていたそのままの笑顔で、真矢の中に一気に幸せが溢れる。

「万尋さん、どうかした?」

追いついて後ろから抱きしめると一瞬眉を顰められたけど、誰もいないのがわかるとそのままにしてくれた。

「ここ、マッサージ機がある」

しかも良いやつだ。と宇崎が興味深げに指差す。

「やりたいの?」
「うーん、今はいいけど……。今日帰ったらやろうかな」
「マッサージなら、俺がやってあげるよ」
「おまえは何か変なことしそうだから嫌」
「えー、そんなことないよ」

心外だと声をあげれば、宇崎が疑いの目で見た。

「でも、多分きっと俺の方が機械よりいいと思うよ」
「凄い自信だな」

宇崎が驚いたように目を見開く。
それに真矢は、当然だというように笑みを深くした。

それはそうだよ。だって――

「万尋さんを最高に気持ちよく出来るのは、俺だけでしょ?」