木綿子
2024-08-24 00:11:30
1745文字
Public 👹(義炭)
 

硝子を透かす

【期l待】
2hくらい。現パロカフェバー設定。

 甘い匂いがする。
 焦がした砂糖のような、香ばしい匂い。そして、からからしゃかしゃかと軽快な音も。
 居間から臨む広めのベランダで、炭治郎がコーヒー豆を焙煎している匂いと音だ。
 窓ガラスの向こう側、七輪を目の前にして、小柄な身体を折りたたみ椅子に乗せている姿は、ちょっとばかりなにかの童話に出てくる妖精にも見える。虫の翅が生えている手のひらタイプのそれではなく、小人もしくはグラスランナー系統のだ。忙しなく手を動かしているところもそれっぽい。真面目な仕事人であるから、どちらかと言うと小人の方に近いだろうか。
 真剣な顔つきの横顔だ。焙煎しているときの炭治郎の顔。それは今のように手作業でも、店で大型の焙煎機を使っていても変わらない。何者かと戦っているかのようにきゅっと眉を寄せ、いつもはきらきらしている瞳に少し慄くくらいの鋭い光を乗せて、じっと手元を注視している。逆に言えば、手元しか見ていない。もっと言えば、手元以外の一切が意識の外に追いやられる、らしい。例えすぐ近くで義勇がじっと見つめていても、ちらとも視線を動かさない。
 だから、焙煎中の炭治郎は観察し放題の状態でもある。
 そもそも真剣な顔つきの炭治郎、というものはそう毎日出会えるものではない。店内の焙煎機は排気の関係で一番奥まったところにあるし、互いに仕事があるから焙煎している真っ最中の炭治郎に張り付いてはいられない。そして義勇と共にいるときは大抵楽しそうに笑っていることの方が多い。にこにこでふわふわで、それはそれで大変かわいいのだが、こうしていつもは表層に現れない鋭利な表情を見るのもまた目に楽しいものだった。
 窓の外では、時折少し風が吹いているようだ。太陽の光に透けて赤く見える髪が揺れ、ふわっふわっと細かな薄い塵も舞い上がった。コーヒー豆の皮だ。焙煎すると、表面の皮が焼けて豆の入った網から飛び散るのだが、炭治郎は気にもしない。ただただ真っ直ぐな視線を炭火の上で揺らす網に向けている。
 小さく鼻を動かしているのは、匂いを嗅いでいるからだろう。焙煎は匂いと音が重要だ。本人も「おれ、匂いがよく分かる体質でほんと良かったです!」と良い豆が出来上がるたびに言っている。実際、炭治郎が焼く豆は、他では類を見ないほど絶妙に繊細な味わいだ。匂いで判別し、いい塩梅に火加減できるのが役に立っているのだろう。
 今も、慎重に炭火の調整をしている。七輪の中身をほんの少し火ばさみで動かし、風を見て器用に調節している。手慣れた動作が長年の研鑽を積んだ職人のようだ。
(まあ、焙煎士はある意味職人か)
 五感に集中して作り上げるのだから、完全に職人だろう。
 網からは薄く白い煙が立っている。部屋の中に忍び込んでくる匂いも、義勇でもわかるくらいに少し変わった。そろそろ職人の手仕事が終わる頃合いだ。
 ベランダへ続くガラス戸に手をかけた瞬間に、ぱっと炭治郎の表情が変わった。予想通り、職人としての仕事が終わったようだ。
「あ、おはようございます」
 豆しか見ていなかった瞳が、今度はこちらを真っ直ぐに見上げてくる。鋭利な光は消え失せて、今はもういつものきらきらな虹彩だ。丸くて美味しそうで、舐めたら甘そうだといつも思っている、熟したコーヒーチェリーのような赤色の。
「おはよう。上手く焼けたか?」
「はい! この豆、炭火で深煎りしたら美味しそうかなって思ってて。いい感じにできたんじゃないかと!」
 にっこにこの笑顔に和みつつその場にあった団扇を手に取ると、すかさず炭治郎が豆の入った網の蓋を開け、平たい笊に中身を出した。
 焙煎したての豆は、とにかく早めに温度を下げ、密封しなければならない。潮騒のような音を立てる笊の上で人工的な風を送ると、また豆からチャフがほろほろと飛び散り、薄くて軽いものだけが自然の風にも乗っていく。それを追い、柔らかな髪を軽く払った。嬉しそうに、炭治郎が小さく「ふふ」と笑った。
「おいしくできてるといいなぁ」
「うん。飲むのが楽しみだ」
 ガラスの密閉容器に入れられた褐色はツヤツヤで、朝の光にきらきらする。それは眼の前にある赤いきらきらと酷く似ているような気がして、義勇は静かに微笑んだ。