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三崎
2024-08-23 22:37:09
5999文字
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禁煙するのはやめておけ
むせんかの展示作品のオキーフさん禁煙話です。オキーフ長官の禁煙をきっかけに第三部隊が破綻していくギャグです。広い心で読んでください。オンリー開催&AC6発売から一周年おめでとうございます!!
「
――
なっ、長官が禁煙
……
ッ⁉」
今まさに喫煙室で同僚と煙草に火を付けたばかりだというのに、喫煙室にやって来た別の同僚がそんなことを言うものだから、俺達は煙草を吸うのも忘れて硬直する羽目になった。
長官が禁煙。馬鹿な。体が煙草とフィーカで出来ているような長官が禁煙だなんて、そんなの、長官が半分になるようなものだ。いやそれはない。俺は何を言ってるんだ。錯乱してきた。
「どういうことだよ、説明しろ」
「どういうことも何も
……
禁煙すンだよ、長官が」
「一体なんでまた
……
」
「健康診断で引っかかったんだとさ、で、スネイル閣下から直々に
……
」
「はあ
……
」
第三部隊隊長と言えばヴェスパー部隊でも相当上の役職だが、上には二人も上司がいるのだから困ったもんである。流石のオキーフ長官もスネイル閣下の指示には逆らえない。
「い、いつからだよ」
「そりゃあ、今日からだろ。ついさっきスネイル閣下がわざわざ執務室に言いに来てたくらいだし」
「うわ、ガチだ」
「隊員を証人にすんなよな」
「そもそも誰のせいで煙草吸いまくってまで仕事してると思ってんだよ。仕事を減らしてくれよ」
「それな」
手にした煙草は吸われないまま短くなっていき、俺たちは虚しい吸い殻を灰皿に捨て、ぶつくさとスネイル閣下に文句を言いながら執務室に戻ることにした。
長官が禁煙するというのに、俺たちがのうのうと煙草を吸う訳にはいかない。長官としても、自分が禁煙している中、周りがパッカスカ吸いまくるのを見るのは辛いだろう。何も言わなくても、俺たち第三部隊の隊員の腹は決まっていた。そうだ。禁煙だって、みんなでやれば怖くない。絶対にやり遂げられるはずだ。なんてったって俺たちはオキーフ長官ことヴェスパーⅢのお膝元、誇り高き第三部隊の隊員なのだから
……
。
かくして執務室に戻った俺たちは、デスクに顔を突っ伏して低い唸り声を上げる長官を目の前にし、やっぱり無理かも知れない、と、秒でフラグが折れる予感を感じていたのだった。
二日後。第三部隊の執務室はすでに死屍累々と言った有様だった。煙草の代わりにフィーカをいつも以上に啜るせいで寝不足となり、全員の顔色が酷い。俺もそうだが、隣の同僚も二徹目らしい。昨晩は仕事に一区切りがついて自室に帰ったはずがフィーカのおかげで寝付けず、仕方なくシコってから執務室に仕事をしに戻るという不毛なことをした。最悪だ。
かつて、この宇宙には労働基準法なる法律がある国が存在していたという。すごいなあ。そんなIQの下がった感想しか出て来ないのでは、当然仕事の効率が上がる訳もない。それは俺に限らず第三部隊の隊員全員がそうだった。つい今しがた同僚から回されてきた書類には、誤字脱字だらけで支離滅裂な文章が記載されていた。それに気付けるだけでも俺はまだマシな脳みそをしているのかも知れない。今の俺の脳みその割合で言えば、煙草が八割、残り一割五分は睡眠欲、残り五分でかろうじて仕事や日常生活を賄っているようなもんだった。他の奴らもおそらく似たような状態だろう。
そんな中、この第三部隊で一番のヘビースモーカーである長官と言えば
――
。
「
……
」
血走った目と半開きの口で黙々とキーボードを叩く長官の姿というのは、なかなか見られるものではない。あまり見たいとも思っていなかったが。
もともと四徹ほどしていた長官の顔色と目つきは、どこかの惑星のどこかの国にいたという化け物
――
幽鬼めいた不気味さがあった。いくら強化人間でも無理をするには限度がある。寝てください、休んでください、と言いたいところだが、フィーカをがぶ飲みするおかげで寝ようにも寝られないのである。そして仕事の効率が落ちたせいで、じわじわと今まで以上に未処理の業務が溜まりつつある。寝られないのなら、多少効率は悪くとも仕事をした方が良い
――
そんな考えで、俺たちは苛立ちと疲労と戦いながらデスクに向かっている。どう考えても体に悪い。
禁煙で体を壊す、というのはあまりにも本末転倒ではないか? そう気付きつつも、それでも俺たちはこの状況をまだ楽観的に考えていたと思う。じきにこの苦しみも落ち着き、少しずつ楽になっていくはず
……
そんな都合の良いように考えていたのだ。そんなはずはないのに。
俺はもともと、喫煙者では無かった。吸い始めたきっかけは、誰あろう長官である。第三部隊に配属されてすぐ、同僚が俺を休憩がてら喫煙室に誘った。煙草は吸わないと言ったのに、良いから来いと言われ、渋々ついて行ったところ、そいつは俺にこう言った。
「ここに配属されたなら、吸った方が得だぞ」
正直、何言ってんだこいつ、と思った。激務で頭がイカれちまったんだな、とも。しかし、渡された煙草を噎せながら吸っているところにひょっこりと長官がやって来て声をかけてくれた瞬間、同僚が言っていたことが言葉でなく心で理解できた。そういうことか。ヴェスパー部隊でも出来物だと評判の長官と雑談が出来る機会が増える。それだけでなく、喫煙室で一緒になった後は、長官は大体部下にフィーカを奢ってくれるのだ。そんな数々のメリットを並べられて、吸わない理由は無かった。もともと吸う訳でも無かったのだから、やめようと思えばいつでもやめられる
……
俺はそう暢気に考えていた。余りにも浅はかなことに。
そして、第三部隊が禁煙を開始してから一週間後。第三部隊の執務室は死体さながらの隊員たちがうごめく魔窟と化していた。傍目には見えないが、各人のラップトップの中の未処理の書類は各々とんでもないことになっている。長官もまた然り。フィーカの跡が染み付いたマグカップ、ゴミだらけの床、酷い顔色と血走った目でキーボードを叩く隊員たち。交わされる会話も力なく、会話も成立したりしなかったりだ。そんな中、隣の島の隊員たちが突然立ち上がり、口論を始めた。
「ンだよこれ、てめェ何回ここ間違ってんだよッ!」
「あァ⁈ てめェこそこの前の書類間違いだらけだっただろうが!」
「おいうっせえぞ‼ 静かにしろや!」
「お前たち
……
その辺にしておけ
……
」
「長官
……
でもですね
……
!」
「そうですよ! こいつが
……
!」
「おい
……
」
いつの間に第三部隊はこんなにガラが悪くなったんだ
……
。今まで長官に反発するような奴なんていなかったってのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
同僚たちはなおも言い争いを続け、彼らに注意すべく立ち上がった長官は深いため息をついている。
一週間の禁煙の末、全員が寝不足とニコチン不足で気が立っていて、ちょくちょく小競り合いが発生するようになってしまった。その度ヘロヘロの長官が死にそうな声でやめろと諌め、なんとか矛を収めさせていたのだが、その神通力も通用しなくなりつつある。長官本人も一日の大半を白目を剥きながらキーボードを叩いて過ごしているのだから無理もない。時折腹を押さえて苦しんでいるのはフィーカの飲み過ぎか、はたまたストレスか。
頭の回転が鈍いせいでミスが多発し、それを原因として言い争いが発生する悪循環。激務で疲れ切っていたとは言え、かつての第三部隊の執務室は、こんなに殺伐としてはいなかった。おかしい。何もかも禁煙が悪いのだ。煙草が吸えればこんなことにはなっていない。そもそもなんで俺たちは禁煙してたんだっけ? アッ、そうだ、長官が禁煙するからだった。ん? ってことは、長官の健康のために俺たちは禁煙をしていた訳で、それで言い争いをして長官の胃を痛めさせては、あまりに本末転倒じゃないか
――
?
「おい、やめろお前ら! 俺たちは長官のために禁煙してたんじゃねえのかよッ‼ 仲違いしてどうすんだッ!」
俺は思わず立ち上がり、胸ぐらを掴み合って今にも殴り合いそうな二人に向けて叫んだ。あまりの大声に、執務室にいた全員が俺の方を見ている。その目は一様に死んだ魚のように濁り、生気がない。しかし
――
。
「ハッ、そうだった
……
オレたちは長官のために
……
」
誰かの呟きをきっかけに、少しずつ隊員の目に光が灯り始めた。それぞれが顔を見合わせ、自身の形相や行いを恥じている。そう、俺たちは長官のために禁煙しているのだ。長官への思いがニコチンなぞに負けていては第三部隊の名折れだ。
「
……
悪かった、つい、カリカリして
……
」
「良いってことよ
……
俺も言い過ぎたよ」
ケンカしかけていた隊員たちも無事仲直り出来たようである。熱い握手を交わす二人を、周りの隊員たちがまばらな拍手で称えている。良かった良かった。これでこそ団結力が取り柄の第三部隊というもので
――
。
「それはそれとして頭がおかしくなりそうなんスよ
……
! 長官、助けてください
……
!」
だというのに、隊員の一人が全てを台無しにする泣き言を言うものだから、締まらないことになってしまった。しかし、それはある意味隊員全員の総意でもある。いや、長官に助けを乞う話でないのは理解しているが、この辛さを何者かに縋りたくはあり、その相手となるのは長官以外にいないのだから仕方ない。
全員の視線が長官に注がれ、長官は相変わらずやつれた顔で口を開いた。
「
……
そもそも俺に付き合って禁煙する必要はない
……
。お前たちだけでも吸え
……
」
それはそうだ。俺たちが勝手に禁煙しているだけであり、強制された訳ではない。しかし
――
。
「そんなこと言わないでください長官!」
「おれたちは長官についていきます!」
「一緒に禁煙させてください!」
口々に言う隊員たちを前に、長官はがくりと力なく椅子に座り込み、そのままずるずると床へと倒れてしまった。まるで遺言のように、俺たちに忠告を残して。
「禁煙するのは
……
やめておけ
……
」
「長官
――
ッ‼」
「
……
何をやってるんですか、貴方たちは」
慌てて長官の元へ駆け寄ろうとしたところにやって来たのは、騒ぎを聞きつけたらしい、ヴェスパーⅡ、スネイル閣下であった。
なんとか長官を抱え、デスクに座らせた俺たちを前に、スネイル閣下はたっぷりと呆れたため息を吐いた。事の顛末を聞き、言葉を失ったようである。
様子を見に来た理由としては、いつも静かな第三部隊の執務室が騒がしいというのが決定打ではあったものの、第三部隊から上がってくる書類の不備が目に見えて激増している点を訝しんでのことだったらしい。ヘロヘロの俺たちが二重三重にチェックしたところで、まともな書類が上がってくるはずもないという訳だ。
しかし、まさかスネイル閣下も禁煙の二文字で第三部隊がここまで酷いことになるとは予測していなかったようだ。なるんだなこれが。
なんとか意識を取り戻した長官に、スネイル閣下がやれやれと告げる。
「
……
私は煙草を控えろとは言いましたが、禁煙しろとまでは言っていません。出来るとも思っていませんし
……
。まずは減煙から始めてみては?」
「減
……
煙
……
?」
「って、なんだ
……
?」
その二文字が脳みそに届くまで、長官も俺たちもしばらく時間がかかった。減煙とは。呆けたようになっている俺たちに、スネイル閣下がやや苛立ったような調子で説明してくださった。
「読んで字の如く、吸う量を減らすことです」
「つまり、吸っても良い
……
ということか
……
?」
「
……
」
これだからヘビースモーカーは
……
そう口には出さずとも、スネイル閣下の視線はそう告げていた。俺たちの長官になんて視線を向けるんだ、そう思わなくもなかったが、今の俺たちにとって〝減煙〟の二文字は福音に近い。
長官と俺たちは立ち尽くすスネイル閣下を置いて風のような素早さで執務室を出た。吸っても良い。吸っても良いんだ。やった!
喫煙室にいた先客は幽鬼のような団体客を一目見て退散し、俺たちは喫煙室にぎゅうぎゅう詰めになりながら、震える手で各々の煙草へ火を付けた。
「うめえ
……
」
一週間ぶりのニコチンが全身に染み渡る。脳みそが痺れ、頭がスッとクリアになる。やっぱり、俺たちに急な禁煙なんて無理なんだ。吸い納めもせずにやめられる訳がない。禁煙するのはやめておけ。長官の言う通りだ。それがわかっただけでも良かったじゃないか。そう、禁煙するとしても、このルビコンでの仕事が終わった後
……
そうだ、そうしよう。そうすべきだ。減煙も効果があるんだかわからないし、いつも通りに吸ってしまおう。だって、煙草も無しにここでの仕事を終わらせられる訳がないんだから
……
。
一週間ぶりの煙草をふかしながら、俺たちはそんな話をし、黙々と煙草をふかす長官へと声をかけた。
「
――
ね、長官!」
「
……
よし、じゃあ、仕事に戻るぞ
……
。これからは一日十本に減らす
……
良いな
……
」
「話聞いてました⁈」
最後の長官のお言葉はともかく、こうして第三部隊の唐突な禁煙週間は終わりを告げた。その後、俺たちの仕事は徐々に落ち着きを取り戻し、長官の顔色も多少はマシになり、そして
――
。
「あ、長官、お疲れ様です!」
「ああ、ご苦労
……
」
喫煙室で過ごす長官とのひとときも復活し、俺たち第三部隊のメンタルも落ち着きを取り戻した。あれだけ俺たちがカリカリしていたのも、禁煙だけが原因じゃなかった。長官と過ごす喫煙所での時間、それが失われたことが、俺たちを余計に苛立たせていたのだ。多分。おそらく。あの頃は喫煙所の前を通りかかるだけでも煙草の匂いを感じてキレそうになっていたというのに、今では心穏やかに喫煙所へと向かうことが出来る。俺たちは平穏を取り戻したのだ。
「休憩中に悪いな。ポイント172の件だが
……
」
「はい、あれはですね
……
」
……
まあ、煙草は吸えても、仕事が無くなる訳じゃない。これくらいはヨシとしよう。ルビコンでの仕事に未だ平穏は訪れず、しかし、俺たちの職場環境は守られた。となれば後はもう、いつも通り粛々と働くのみ。
俺は長官と一服し、フィーカを奢ってもらい、一緒に執務室へと戻った。執務室では暗い顔の同僚たちが無心でモニターと向き合っている。それでもまあ、このアーキバスではそう悪くもない職場だろう。何より、禁煙していた頃よりはずっとマシだった。俺は長官にぽんと肩を叩かれ、自分のデスクへと着席した。奢ってもらったフィーカを一口。よし、もうひと頑張りしますかね。
いつか、ルビコンでの仕事が終わったその時は
――
長官にも余裕が出来て、心地よく程よく煙草を吸い、日々の楽しみのためにフィーカを飲み、そして、ゆっくり眠れたら良い。
そう思ってちらりと視線をやった先では、長官が相変わらず疲れた顔でフィーカを啜り、神妙な顔でモニターを見つめていた。
おしまい
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