【化菫】確信犯

ノリと勢いで誤魔化してるオメガバースもの。化菫👁️‍🗨️📚編。

義務教育で体質検査やそれぞれの特性に置いて授業を受けていたが、これと言ってΩ体質によって引き起こされる日常生活に支障を起こすレベルのヒートを菫子は経験した事が無かった。
もっとも菫子のヒートは市販でも買える抑制剤で事足りる本当に気持ち程度の希薄なものであり、最近ではアプリでヒートの周期を大凡予測できる大変便利なものがあるため菫子は予め抑制剤を服用することで無用なトラブルに見舞われる事なく過ごしていた。
その所為か運命の番だの何だのという一部ドラマとして消費されるものに対しては懐疑心塗れに横目で流していた。
されど、菫子にとってはΩの特徴らしき特徴がほとんど機能していない体質は願ったり叶ったりだった。ヒートの周期に合わせ抑制剤を服用すれば、他の者達と何ら変わりない日常生活を送れる気楽さ。

そもそも自分に運命の番などというものは性に合わない。

当時誰と一緒に祝うでもなく一人晩酌に興じる27歳の誕生日を迎えた菫子はよもや自分がその運命の番なんちゃらに振り回されるなんて到底思ってもいなかった。




第三の性をカミングアウトする行為は、家族内など親しい人物に留めよと口酸っぱく検査結果告知と共に耳に胼胝ができる程教育が徹底されている昨今おいそれと誰彼構わず言う者は少ない。
ゆえに菫子は化野に自分がΩ体質だと教えていなければ、彼もまた自分がα体質だと彼女に教えていない。それがごくごく普通の事であり、その弊害で「君が運命の番だったのか」ドラマ案件まっしぐらな事案も多々起きてしまうのも常だった。



バイトを上がる時間が重なって一緒に帰るかとなった矢先、化野が「あ、すみません。店長に明日の新刊搬入作業について伝え損ねてしまったのでちょっと行ってきます。先帰らないで下さいよ」と軽い口調でロッカールームを後にした化野に菫子は片眉を上げ早く行って来いと促した。
扉が閉まる音が室内に染み渡り、すぐには戻って来ないのを見るや菫子は彼の鍵の掛かっていないロッカーを開けた。軋み唸る声に合わせ蛍光灯の光がロッカー内を照らす。店から支給されたエプロンがハンガーに掛けられ、他は必要最低限の物しか置かれていない。頻りに濃い紅茶色の瞳が中を見渡して、エプロンのポケットに刺さっているボールペンに手を伸ばした。指先が触れる寸前、躊躇って引っ込めるも意を決してボールペンを引き抜き肩に掛けているトートバッグに忍び込ませる。

「(これは立派な犯罪行為だぞ分かってるのか緒川菫子)」

化野のロッカーを閉める手付きは重々しく、菫子の表情も自分がしている行いを咎めるように歪む。
だが、内から燃え上がる衝動を市販の抑制剤で抑え込む事は出来なかった。何食わぬ顔をして戻って来た化野と帰路につく間も菫子の眼差しが彼の着る衣服に注がれ、時折りそれを化野にしてきされても「そんな熱視線を僕に送るなんてさては惚れました?」と茶化してくれるためそのたび菫子は胸を撫で下ろしていた。
一人暮らしの片付けられていない部屋に帰宅するや否や、トートバッグを弄りボールペンを取り出し鼻に近付け深く匂いを嗅いだ。無機質な香りに混じる仄かな化野の匂い。胸の奥を微かに満たす小さな彼の私物を今まで拝借し続け造り上げたお世辞にも巣とは言えない巣作りの材料の一員に加えた。
本来であればαの衣服で作らないといけないのをボールペンやカッター、メモ帳に最大の収穫物であるハンカチがベッドの上にばら撒かれ、菫子はそれらを大事に抱え込み身を丸めた。一番匂いの濃いハンカチを鼻を覆うように当て匂いを吸い込み、躱し方の分からない熱を太腿を擦り合わす事で誤魔化した。

「化野くんの匂いがするものもっと、欲しいな……

力無く呟いた独り言。誰にも聞かれる筈のなかった菫子の艶めいた声音はベランダ側で彼女に気付かれぬよう壁に背を預け聞き耳を立てていた化野の鼓膜をばっちり震わせていた。

「(変に私物が減っていると思いましたが、そういう事でしたか)」

右目だけ開け中の様子を窺う化野の渦巻いた瞳が喜色に染まる。口許には細い三日月が浮かべ、音もなく彼が消えたベランダには一本の標識が部屋の中にいる菫子を覗くように佇んでいた。



昨日の今日で土台無理な願いを呟いていたのが現実のものとなった菫子はその大きな目を白黒させた。

「これ買ってみたんですけど合わなくて、良かったら貰ってくれません?」
……いいのか?」
「ええ。菫子さんでもこのサイズなら羽織る程度の事は出来るでしょ」
「おい、どこを見ている小僧」

反射的に伸ばしかけた手を菫子は化野から向けられた視線を揶揄する事でまた誤魔化して、感情が顔に出るのを必死に抑え込み、ごくごく普通に衣服を貰ったのに対して礼を述べた。
手に取って分かる肌触りの良さ。何より今まで拝借していた物とは比べ物にならない巣作りに最適な物に菫子の心は幼子のようにはしゃぎ続け、それは帰宅後服を持ったままベッドにダイブするまでに至った。菫子の恵体が豪快にベッドに沈んだ勢いで今まで拝借してきた化野の小物たちが上機嫌に跳ねる。
貰ったパーカーに顔を埋め頬を摺り寄せ肺いっぱいに吸い込み満ち足りた息を吐いた。まだまだ巣としてはみすぼらしいが、それでも菫子の欲求を慰めるだけの力を持っていた。

化野くんだ、化野くんのだ
「はいはい呼びました?」
「あだし、──!?」

うっとり浸っている最中、耳触りの良い聞き慣れた声に菫子は服に埋めていた顔を上げ──、もの凄い早さで壁際まで後退った。菫子のまろい頬を染める赤色に含まれる感情の種類が見る見るうちに変わっていくのをベッド下で膝を抱え至極愉しそうに化野が彼女の目には映らない標識を背に背負いつつ眺めていた。

「~~~!? ~~~~~~ッッ!!!」
「色んな事が同時に起きて混乱していますね」
「なんっ、なんで君がここにいる!!」
「気になりますか?」

閉じていた目を開けベッドによじ登りゆっくり迫ってくる化野に菫子は背中を壁に益々くっ付けた。四つん這いで近寄るたびにベッドが沈み軋む。その言い知れぬ威圧感から先程まで嗅いでいたパーカーを抱きしめ膝を胸側に畳む菫子に化野の渦巻いた泥濘の瞳に嫉妬の色が混じるも、圧倒的な肉欲に塗れた興奮の色に塗りつぶされた。

「あなたのα、だからです」

隠す気なぞ毛頭ない劣情に満ちた化野の顰められた声が菫子の心をかき乱す。受け止めきれない感情の数々が決壊して目から溢れ出す前に化野の少しだけカサついた唇が菫子の柔らかく潤いを帯びた唇を塞いだ。
やにわにされ固まっていた唇が優しく食まれ、たどたどしさが残るものの懸命に応えた。パーカーを握っていた手が緩み、代わりに目の前にいる化野の服を掴んで慣れないキスに酔いしれる。
舌を吸われ口の外にまで引っ張られてしまった菫子の舌先から涎が数珠繋ぎなって滴り落ち深い谷間の上をテラついた道を形成させた。

「僕と番になってくれませんか」

菫子が幾分か落ち着きを取り戻したのを見計らって化野が問い掛ける。
その真剣な眼差しは「あなたが断ればしません」と物語っており、菫子は数度左下に視線を落としては再び化野の目を見詰めるをくり返す。心臓は変わらず喧しいくらい賑やかで、油断すれば恥ずかしさから化野を突き飛ばしてしまいそうになる。
菫子の心情を見越してか化野は自分の服を固く掴んで離さない菫子の細くしなやかな指を解きベッドから降りるべく上半身を捻りかけたその時、解いた手が再び服を掴んだため捻りかけた上半身を元に戻した。
顔、そして目と掴んでる張本人を見遣れば艶めかしいうなじを化野に見せる形で差し出していた。
刹那、スッと細められた化野の目は菫子の紅潮したうなじに狙いを定め。

「愛しています、菫子さん」
「んンッ」
「この身体、髪の毛一本に至るまであなたは僕のもので僕の身体もまた全てあなたのものです」

きめ細かな肌に食い込む歯の感触を文字通り堪能し味わった。