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しゃどやま
2024-08-22 23:09:35
2872文字
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【モクチェズ】恋バナ
マイカでどぶろくとお水を飲みながらめちゃくちゃチェズレイの過去のことを探るおじさん
どぶろくと水を交互に飲む。私にはまだ、いささか強すぎる酒を、水で流し込む。
夜空を見上げた長い対話の中で、ふと沈黙が訪れた。
モクマは、思い出したように私の方を見る。
そういえば、と前置きする声は軽い。
「恋のようでした、みたいなこと言ってたけどさ、お前さん恋したことあるの?」
気軽に、平然とモクマはそう訪ねた。人懐っこい笑顔は、少し悪童じみている。
私は、いつもの習性でなんと答えるか考えかけ、ため息を吐いた。
計算する必要もないだろう。互いをぶつけ合った仲なのだ。
「恋、ですか。ええ、人並みには」
目を丸くしたモクマは、楽しげに驚いて見せる。そのまま、膝を手でぽんと叩く。
「ほんとにぃ? 女の子と付き合ってるチェズレイ想像つかないや」
「相手は女性ではありませんでしたが」
私がそう返すと、モクマの動きが止まる。
顔をまじまじと見つめ、言葉に詰まった。
別におかしな事を言ったつもりはない。けれどモクマの目は何かを考え続けて、ふっと微笑んだ。頭を掻き、いつもの顔を取り繕う。
「あー
……
おじさん無神経でごめんね」
申し訳無さそうに苦笑するモクマに、私は首を振る。別段、傷ついたわけでもない。
「いえ。価値観は人それぞれですから」
「そっかー、男の人ね」
モクマは言いながら、猪口の中の酒を見つめる。唇を引き締め、何か考え込む。
私は、その様子が可笑しくなる。振り切ったはずの男が、些細なことで思い悩んでいた。
「もしかして、モクマさんはホモフォビアですか?」
「ああいや、そういうんじゃないよ。知り合いにも色々いるし。ただ、びっくりしただけ。恋の話ふったのは俺なのにね」
微笑むモクマの様子は、普段とはやや違うように見える。困惑しているのかもしれない。
私は、小首をかしげてみせた。
「続きは、話したほうが?」
「聞かせてくれるかい? こうなったら皿までよ」
調子を取り戻したモクマに、私は呆れて肩をすくめた。語りだす。
「人の恋路を毒扱いとは。そうですね
……
15歳の頃、年上の男に恋をしま」
「ファントムじゃ、ないよね?」
私の言葉を遮るように、モクマの言葉が飛んだ。
モクマの目が、私の表情を監視している。
仕草も。指先一つまで、全てを睨みつけている。
嘘を吐けば、殺されるような気がした。
声の震えを隠して頷く。
「彼と、出会う前です。冴えない男でしたよ」
「そっか」
モクマはのそりと顔をそむける。丸めた背中も、いつもの振る舞いだ。
私は沈黙を恐れ、語りだした。
「雑貨屋の店主で、いつもタバコを咥えていて。だらしなくて、愛嬌で誤魔化しているような男です」
「
……
へぇ」
モクマは、わずかに愉快そうに相槌を打つ。私のような人間が恋をするのが、面白いのだろう。
語るうちに記憶が蘇る。そうだ。少し埃っぽい店内で、いつもカウンターに頬杖をついていた。笑うとくしゃりと顔にシワが寄る。
私のことを、出会い頭で綺麗な子だ、と呼んだのだ。客寄せのセールスにしてはあまりに不器用で、可笑しく思った。指には、すっかり食い込んだ銀色の指輪がはまっていた。
学校に行っていなかった私は、好きな時間に彼を尋ねることができる。だから、昼食に出る時間を狙って、一緒に鮭のオープンサンドを食べた。不思議と子ども扱いが心地よかった。
「同じぐらいの子どもが居たからか、おかしな時間に訪れる私を気にかけてくれて」
「待って、既婚者?」
モクマが酒を吹き出しかける。
私は頷いた。それもまた、今になっては些細な問題だ。
どのみち、叶うはずもない恋だったのだから。
「ええ、妻子がありました。だからか
――
私の生業を知ると、跪いて頭を下げ、許しを乞いました。俺には家族がいる、何が狙いでこの店を贔屓にしてくれるかはわからないが、巻き込まないでくれ
……
と」
思い出す。彼の悲痛な声。本当に家族を愛している、善人だった。
縋り付いてくる彼に、とられた手のひらの指輪の感触を、今でも思い出すことができる。
その瞬間、全てがすうっと、どうでもよくなった。
手に入らないと、理解した。
「はぁー
……
それがお前さんの失恋」
「失恋なのかもしれませんね。けれど、興味が失われただけで恨む気持ちにはならなかった。こんなものか、という諦念でした」
「偉いね、中々できることじゃない」
モクマは、本心なのだろう穏やかな声で言った。執念深い私と、過去に囚われていたモクマの会話で、気持ちの切り替えはポジティブな意味ばかりを持つ。
「褒め言葉として受け取っておきます。ファントムと出会うまで、私は感情をあまり表に出さなかったので、心の動きも抑えつけられていたのでしょう」
ファントムと出会って、心の器を壊されてから。私の情念は、濁りは体から溢れるようになった。堪えきれず、抑えることができない。
モクマは、神妙に頷く。その目は厳しく虚空を睨んでいた。
「しかし
……
あれだね。随分年上に憧れてたんだね」
「ええ。恋というのは、繁殖を目的とした行為ではない。そう考えれば、肉体的な年齢は関わりないでしょう? まして、男同士の交わりとなれば」
「やめてっ! 言葉が直接よっ!」
「失礼。少し口が軽くなってしまったようです」
私はふふ、と笑う。相手を混乱させる妖艶な言葉遣いが、今日はどうも上手く行かないらしい。酒のせいだろうか。モクマの本心も、いつも以上に不透明だ。
せっかく心をむき出しにしてやったのに、モクマはまた、新しい謎を抱えている。
「嬉しいけどね。心開いてくれるのはさ」
「フフ。あなたが相手だからですよ」
私は上目遣いで媚びてみせる。けれどモクマは、上の空でこちらを見ていない。暗算でもするかのように、空中を見つめている。
「チェズレイさんはけっこうな年上もイケると。なるほど、お前さん大人っぽいもんねぇ」
ええ、と私は頷く。モクマにとって、この話は何が面白いのだろう。
恋愛の話をすることで、友情を深めあうというものだろうか。
私はおかしく思う。
秘密を共有するならば、もっとずっと大きなものがあるというのに。
モクマは、勢いをつけるように酒を飲み干し、言った。
「失礼ついでにもう一個聞いていい?」
「どうぞ」
私が促すと、モクマは顎に手を当てる。冗談には聞こえない口調で、言った。
「トンでしまいそうって聞こえたんだけど、トンだことあるの
……
? トブって何?」
私は言葉を失う。
沈黙を引き裂いたのは、モクマの謝罪だった。
「ほんとゴメン
……
」
「あぁ、モクマさん
……
私を辱めて、どうするおつもりですか?」
答えをはぐらかす。私が困惑した表情を浮かべている事に、モクマは照れ笑った。
そして、言う。
「
……
あはは。どうだろうね。お前さんをどうにかしたい、のかも」
私は、意味がわからない。けれどそれを悟られるのは矜持が許さなかったので、盃に唇をつけた。
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