しゃどやま
2024-08-22 22:57:38
3436文字
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【モクチェズ】駆け引き

書いた記憶のないモクチェズのギスギスが出てきた! すごい! 別な人が書いたみたいに読める!

 オフィス・ナデシコのリビングで、モクマがぐい呑みに酒を満たす。偶然コーヒーを飲みに来たチェズレイに、ぐい呑みを向けて言った。
「お酒飲めないって本当?」
 向かい側に座ったチェズレイは微笑み、まるで仲のいい相棒のように微笑む。
 モクマを殺そうと、画策している男とは思えない。
 堂々とコーヒーを飲む姿も美しく、さらりと答える。
「ええ。あなたと違って、逃げたい過去もないもので」
「こりゃ手厳しいや」
 モクマはおどけて頭を掻く。酒に口をつけ、飲む。味などわからない。喉が熱くなる感触だけが、感じられる。
 ぷはぁ、と美味そうな声を上げて、そのまま言った。
「本当は?」
「本当、とは?」
 モクマは空のぐい呑みを置く。チェズレイへ手招きをしながら、笑う。
 誘う手招きではなく、挑発の手招き。
「人前で弱みを見せられない、臆病モノってことはなーい?」
 チェズレイは嬉しげに肩をすくめる。酔っていますよ、と告げる声は穏やかだ。
 心の中はわからない。
 性格の悪い下衆を――殺す気になったかは、わからない。
「今日は珍しく手厳しいですね」
「ちょっとね。考えてることがあってさぁ」
 嘘ではない。
 考えはある。
 お互い、早く楽にならないか、程度の考えが。
「まぁ、あなたのように自分を弱く見せる趣味もありませんから。当然のことでしょう?」
 無難な返答。チェズレイにしては、皮肉も冴えてはいない。
 チェズレイにも怯えという感情があると、これで分かった。
 気になっていたのである。「私が濁っているから向き合えないのか」と、問うたチェズレイの意図が。
 怒りでもない。侮蔑でもない。あれは、悲しみに近い怯えだと、モクマは受け取っていた。
 モクマが、下衆であったほうがいいのか。下衆じゃなかったほうがいいのか。どうモクマが振る舞えば、この詐欺師は満足するのかと、考え始めている。
 誰かを救って死ぬのなら、この人生も許されるかもしれない。心一つであっても。その相手が、いつ人を殺すかわからない悪党だとしても。
 へへ、と笑い、モクマは目を細めた。
「どうだろうねえ。開けっぴろげにならないと、進展しない関係もあるよ? 恋とか」
 ウィンクを送ると、チェズレイは忌まわしそうに睨みつける。
 中年の振る舞いに痛々しさを感じた、訳ではなさそうだった。
「あなた、自分が言われて辛いことをわざわざ言っています?」
……そう聞こえる?」
 笑おうとしたが、流石に難しかった。このチェズレイという男は、心を見抜く。モクマさえも気が付かない部分まで、見ようとする。
「ええ。ですが。たとえば私が、開けっぴろげに……むき出しの心をなげうてば、あなたは私を振り返ってくれますか?」
 ん、とモクマは口ごもる。
 チェズレイの瞳は切実で、冗句のようには見えなかった。
 まるで。
 今まで、モクマを捨てた――モクマに捨てさせられた、女のような目だった。
「お前さんが傷つくことはやめときな」 
 約束することはできない。責任をとることなど、モクマには荷が重い。
 己で決めたこと一つ、達成できない人間なのだ。
 モクマは酒を注ごうとして、長い指に制される。
 綺麗好きの男は、綺麗な指で、モクマの心臓を指差した。

「あなたに殺されるつもりで、私の心臓を晒せば……あなたの本心は、見えるのでしょうか?」
 
 幻視した。殺しにかかってくるこの男を、己が殺す夢を見た。
 夢とは都合がいい。こんな時でも、正当防衛をさせてくれる。
 俺に殺されたとしたら、やっぱり下衆でしたね、とこの男は笑うのだろうか。
 満足をして。

 モクマは、裏声で懐っこく声をかける。
……おいおい。おじさんを殺す側じゃなかったの?」
「ええ。ですから、あなたを暴く必要があるのです」
 チェズレイは、冗談など言っていない。
 ファントムとやらを殺すよりも、俺を暴くことを考えているのなら。

 ――早く逃げなければ。

「律儀、だねぇ」
「どうも。あなたとは違ってね」
 




 ピアノを弾き終えたチェズレイが、俺の隣に腰掛ける。ナデシコちゃん好みの、なんとかというブランドのソファは、軋むこともなく美青年の小さい尻を受け止める。
 向かい側にも椅子があるのだが、隣に腰掛けられた。
 嫌な予感がする。形のいい唇が、開かれた。
「私と寝てみませんか」
「ぶしっ」
 くしゃみでごまかすつもりが、タイミングが合わなかった。俺は、大げさに肩を抱いてみる。
「風邪かな。おじさんだからさ、流行病にも弱くって」
「おや? 仮病にも流行があるのですか」
「バレてる、よねえ」
 俺は前髪ごと眉間を揉む。ため息を吐いて、睨みつける。
 殺そうと、暴こうとやってくる、断罪者を。
「なんの冗談だい」
「いえ、これは一つの興味関心です。あなたは二十年の中で、一切世帯を持たなかった。同棲まで漕ぎ着けたことはあっても、一年と経たずに破局している――破局させている」
「いつもフラレてるだけさ」
 チェズレイは思案するように、己の顎に手を触れる。笑みのない真剣さで続ける。
「そうでしょうか。あなたは逞しく、不潔な一方で朗らかだ。その仮面に騙された、あるいは滲む闇に気付いた……そんな相手を、焦がれさせて来たのでは?」
「ハハ、美人さんに褒められて悪い気はしないねえ」
 呆れられるように、とぼけた表情をつくる。コミカルに、頭を掻く。
 いつ席を立つか、探り始めた。
「自室へ戻るのでしょうか? 幸い、ボスも怪盗殿も外出中。私と寝るにはうってつけかと」
「おじさんは、ナデシコちゃん一筋だからさ……
 苦し紛れに吐き出した言葉が、胸を刺す。言わなければよかった、空虚な嘘。
「あなたには、袖にされる気持ちがわからないのでしょうねェ」
 そうからかうチェズレイは、眉を寄せて首を傾げ、切なげに見上げる。
 深い溜息を吐いて、俺は言った。
「恋人でもない相手とは、寝ないよ」
「では、恋人になりましょう。私は愛憎の片思いを続けておりますが、一般的な意味での恋人は居ない」
 一般的な意味、ね。こんなやり取りで恋人関係を築いたとして、どこが一般的なものか。
「おまえさん、なんでそこまでするのかねぇ……
「あなたを殺したいからです。ファントムに似たあなたを、私の邪魔をするあなたを。生かしておくことはできない」
 平然と言ってのけるチェズレイの、眼差しは美しい。宝石のように。
 宝石のように、硬く冷たい。
 ああ、面倒だ。
 これが仲間でなかったら、適当に抱いてやって、酷いふるまいをして、幻滅させてやって、別れてもらうのだが。
「お互い最低だねえ」
 俺は陽気に、指をひらひらとチェズレイに向ける。
「心がないのに恋人ごっこがしたいのかい」
「火遊びとは、そういうものでは?」
「そういえばそうだ。んー……まあ、でも今日はお酒飲んじゃったから。体に悪いよ」
 チェズレイは、立ち上がる。俺の前でかがむ。
 息がかかるほど近い距離に、顔をづける。
 長い髪が、俺の肩や頬に触れた。
「腹上死、という甘い死は――御自身の死にふさわしくないと?」
「ちょっと忍者として、カッコつかないかな」
 俺は頬を持ち上げる。まばたき一つしない、チェズレイの目を見る。
 
 素早く、食らいつくように、長髪ごと頭を抱え込んだ。
 チェズレイの白い頬を、眼に向けて舐めあげる。
……っひ、ぃっ?」
 長い腕が、俺を突き飛ばす。俺はソファの背に打つかり、足をテーブルでしたたかに打った。
 撫でつつ、俺は逃げ出したチェズレイを盗み見る。
 ――真っ赤どころか、蒼白になり、舐められた場所を拳で拭っているチェズレイを。
「イテテ」
「あ……っ、あなた……また、私を」
 動揺が憎しみに変わり、魔物のような表情を作り出す。けれどどこか精彩を欠く。怯えた猫のようにさえ見えた。
「ゴメンねっ! おじさんドキドキしちゃって、つい」
 俺はフザケて立ち上がる。酒瓶とぐい呑みをまとめ、台所へ足を向ける。
 酔いはすっかり覚めていた。しっかりとした足取りで、振り返る。
「できないことを言うんじゃないよ――俺を殺すっていうのも、ほら話かい」
「ちが……っ」
 返事を待たずに歩き出す。動揺したチェズレイを見るのは、不思議と気分が良かった。