チェズレイ・ニコルズは微笑む。美しい顔の下に、煮え滾る感情を隠して。モクマ・エンドウによって救出されたお姫様共々、飛行船はミカグラへ近づく。チェズレイはモクマの手首を取り、その顔を「見上げた」。
細身だが背の高いチェズレイよりも背の高い、屈強な男。白髪頭のせいで年齢不詳に感じさせるが、しっかりと民族衣装をまとった肉体は鍛えあげられている。威圧感を感じさせるモクマにも怯まず、チェズレイは囁いた。
「あなたの腕に抱かれた時にね――聴こえましたよ」
モクマは答えない。ブランデーのグラスをくゆらせ、香りを立ち昇らせる。チェズレイは妖艶に微笑み、はっきりと告げようとした。
「冥府の音楽が……」
無言で、グラスが持ち上げられる。チェズレイの手は容易に振りほどかれ、空を掴む。視線を上げたチェズレイの額に、冷たい刺激が走る。
「……は?」
チェズレイは絶句した。酒の強い香りに目を瞬かせる。額を伝い、モクマがひっくり返したブランデーが、シャツをポタポタと濡らしていく。既に飲み干しかけていたのか、量は僅かだった。
「え……あなた、今……」
「……手が滑っちまった。着替えないとな」
チェズレイがうろたえて水気を払おうとした手を、今度はモクマの大きな手が力強く掴む。それだけで体が竦んで動くことができない。
「ちょっ、と、待ちなさい」
ぐい、と体を引かれ、そのまま腰を抱かれる。チェズレイはまるでうぶな少女になったように翻弄された。導かれるまま、スタッフルームの仮眠室前へたどり着く。
すれ違ったキャビン・アテンダントたちは、驚いた顔をして噂話をし始めた。楽しげに、最新のニュースを議題にあげる。
「今の、エンドウさんよ」
「すごぉい。お客さんまで……」
「でも、めずらしいわね。エンドウさんがあんなに強引に。あたしも求められたいなぁ」
「私はパス。なんかみてると不安になるのよね」
「オドレイさんはそういうのあるよねー」
「なによ、そういうのって」
仮眠室のベッドに転がされたチェズレイは、モクマをきっと見上げる。
「着替えでしたら一人でもできますが」
「あんな建前、信じたわけじゃないだろ?」
皮肉に笑うモクマは、チェズレイの顎を指先で持ち上げる。チェズレイの肩がびくりと震えた。
「あんたは……俺を通して誰を見ている?」
言い当てられて、チェズレイの胸が痛む。孤独と獰猛さを宿したモクマの目は、チェズレイを舐めるように見つめた。
「その瞳、面白い」
肩を抱いて、唇を近づける。甘い低音で、吐息混じりに言う。
「俺を見ろよ……」
チェズレイは瞳をゆっくりと閉じ、おずおずと唇を開いた。
黄色い三角のナイトキャップを被ったモクマは飛び起きると叫んだ。
「ウワーーーーッ!」
隣でお揃いの紫のパジャマを着たチェズレイが飛び起きる。敵襲でもなんでもないことを察して、目を擦りながらモクマに振り向いた。
「どうしました、モクマさん」
「夢だー!」
「はい?」
モクマはオロオロと自分の肉体を確かめる。チェズレイと同じパジャマを衝動的に買った結果、胸と腕周りの太さこそキツいがロールアップが必要な手足の長さ。頬をペチペチと触る。勝手知ったるくぼみの感触。
安心して胸を撫で下ろすモクマに、チェズレイは迷惑そうな冷たい目を向ける。モクマはとっさに、スンスンと泣く真似をしながらチェズレイに抱きついた。
「チェズレイぃ……俺が背高くてマジモンの女たらしでサイテー野郎だったらどうする?」
「処します」
「だよなあ! 処して! 俺以外の俺は処して!」
「はいはい。寝ますよ」
チェズレイはモクマを適当にあしらう。モクマはもぞもぞと布団に潜り込む。天井を見上げて言った。
「あー、こんな俺がいいチェズレイでよかった」
「処しますよ」
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