モクマという男は、元忍びだと名乗っていた。過去を多くは語らないが、あのミカグラでのディスカード壊滅事件に関わっていたらしい。嘘ではないと思わせるだけの実力があった。
突然、酒場で呑んでいたタチアナ派の男たちを襲撃し、「組に入らせろ」と言った男。屈強な男を小柄な体で瞬時に組み伏せ、筋張った手で首を掴んだ。力を込めギリギリと締め上げる。元軍人の武力派を屈服させた男は、目的を聞かれ「ニコルズを追っている」と答えた。
「その為だけに俺達に仲間入りか?」
荒唐無稽な言い草を揶揄されてもモクマは表情を変えない。鋭い瞳を濁らせて低く唸る。
「ニコルズに追いつければどうでもいい」
倒された男は頷いて上司である私に連絡する。
――チェズレイ・ニコルズへ執着する復讐鬼がいる、と。
私は机に肘をつき指を組む。正面に立ち、指示を待つモクマは、まるで敵でも見るような視線で私を睨んでいた。武力では間違いなく私に勝っているモクマだが、私の左右には自動小銃を持った部下が二人控えている。
「……配属の話だが」
タチアナ派は巨大組織だ。ヴィンウェイの表社会を統治するタチアナ様のために尽くす知的犯罪のグループもいれば、裏社会での敵を排除する武力グループもいる。新入りであるモクマの希望は、武力実行部隊だった。
実力は申し分ない。だが、素性が知れない相手だ。真の目的を探るまでは、タチアナ様の側には置けない。土壇場で裏切られることを考えれば避けるべきだろう。
「まずお前は支部の防衛につけ」
そう告げ、示すための地図に目を落とす。指を差した瞬間だった。
黒光りする小型のナイフが、地図に刺さっている。東洋の、忍びが持つナイフだった。
「……は」
部下が焦りながら小銃を構える。見えなかった。正面に緩く立つ男が投げたことは確実だと言うのに、構える瞬間がわからなかった。
「ニコルズを追う以外のことはしない」
「ふ、ふざけてるのかテメエ!」
銃を放ちそうになる部下を、私は手で制した。
「落ち着け」
モクマも動かない。私の次の言葉を待っている。
「態度には問題があるが、実力は確かだ」
「しかし……」
「――ニコルズを追うためだけの銃弾だと思えばいい」
不審な動きをしたら殺せ。言外にそう伝える。
「すまんね」
肩をすくめながらモクマが言う。フランクな口調に反して、乾いた響きの声だった。
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