新型TSと一緒に日本からやってきた唯一のJ衛隊員から情報聞き出そうと食堂で絡む他国軍人のちょっとお行儀よろしくない数人に絡まれた碧三尉が、持ち前のちょっと生意気な一言で煽ってしまい、飛んできた拳を避け、避けきれない拳を一発受けての反撃の瞬間に
『何をやっている!!碧勇三等陸尉!!』
と日系の研究員から名指しで叱責を受けたことで騒ぎが収まる。
食事も途中のまま自室待機を命じられた碧三尉が去った後の食堂では
「なあ、ジャパンの軍隊で『アオ・イサミ』ってもしかして」
「TS乗りの間じゃ有名だろ、TSパイロットの腕前は日本でも3本の指に入るって」
「じゃあ噂の横田から届いた新型のパイロットは」
騒ぎを止めに入ろうとしてたけど肩透かしで終わってたスミス少尉。
碧三尉があまり食べてなかったんじゃないかと気になって自室に隠してたプロテインバーを持って行こうとするけど、日本勢の区画=新型TS関係者の区画になってるせいで門前払いを喰らってしまう。
とぼとぼ帰る途中で、そういえばこの建物の裏手が新型の格納庫になってるって噂だな、と建物から一歩出たところで、倉庫の影に黒い塊がうずくまっているのを見つける。
まさかと思い近づいていくと、次第にただの黒い塊は地面に座り込む人間の輪郭を見せた。
そういえば彼が殴られたのはボディではなかったか。
残り数歩を一足飛に縮める。
『ダイジョウブデスカ!?』
突然現れた自分に彼がぎくりと体を揺らすのが見て取れた瞬間、逃げないで、と祈りながら口にした言葉に、彼が顔を上げてくれた。正しく通じただろうか。
『アンタ、日本語が』
「ああ、『チョットダケ、ユエマス、ダイジョウブデスカ?』 殴られたのは腹か?」
呆然と返された言葉に解る範囲で返答を返すが、使える単語が少ないのだ。今後のためにもやはりスパルカイザーの原語版BDを買うべきだなと俺は心に留めた。
とにかく、痛むところがあるのならば医務室だと伸ばした俺の手は、彼の手のひらと教科書のような固い英語に押し留められる。
「ダメージはさしてありません。心配していただくことはなにもありません」
鋭い表情だが、小さな瞳の奧には困惑する様子が見て取れる。
(変だよな、こんな暗がりであんな小さな瞳の奧に何を見るっていうんだ)
「通じるなら話が早い。俺は米国海兵隊所属ルイス・スミス少尉だ。さっきの食堂での騒ぎで君が負った怪我が心配なんだ、今からでも医務室へ、」
「必要ない、放っておいてくれ」
名前と階級を明らかにした途端、彼の口振りに遠慮が無くなったが、食堂での発端を見聞きしていたためかいっそ彼らしいとすら思えてしまう。
だが、しゃがみ込み両腕で腹を抱える姿はとてもじゃないが「なんでもない」とは言えないだろう。
「そんな訳あるか!君も一端の兵士なら体調不良は放っておくべきじゃない!」
注射を嫌がる子どもでもあるまいと、無理矢理にでも軍医に見せようと決意し、制止のため向けられたままだった手を掴み上げ力任せに引っ張り上げようとするが、相手も成人している男性軍人らしい力強さで抵抗してくる。
俺より小柄な体のどこにそんな膂力があるのか、睨み合い、力が拮抗したまま無駄に時間だけが過ぎていくのを感じていた、が。
次の瞬間、ぐぎゅるる と間抜けな音が盛大に響き渡り、ブルブル震えていた腕の震えがふたり揃ってピタリと止まる。
ここにきて、俺も当初の目的を思い出した。
もしかしてと様子を伺うと、無表情を貫いていた顔を限界まで下げ、俺から隠れるように俯いた彼の耳と項がゆっくりと赤く染まっていく。
(うわ、うわうわうわ、)
果実が熟すように染まっていくそれを眼下に収めていると、なにかいけないものを覗いているような気持ちでこちらもゴキュリと喉が鳴ったが、彼の耳に届かなかったことを祈る。
そんなことよりも、先程の切ない鳴き声の主を救ってやらねばなるまい。なぜならそれが俺の目指すヒーローの役目だからだ。
「あー、さっきの食堂でさ、あんまり食べてないんじゃないかと思って、よかったら、これ」
ポケットに突っ込んだまま忘れ去られようとしていたプロテインバーを、俯いた彼の視界に入るように差し出す。
シナモンが嫌いじゃありませんようにと願いながら、俺はじっと相手の動きを待った。
誤字脱字ばっかでダメダメなんだけど続く
まだ赤みの引かない顔でを上げて視線を合わせた碧三尉が「……ありがとう」とプロテインバーを手に取る。
そのまま『いただきます』って座って手を合わせてもぐもぐ食べ始めたから、嬉しくなったスミス少尉も隣に座って碧三尉が食べ終わるのを待つ。待つ必要とかないんだけども。
隣にいても何も言われない(こいつは悪いやつじゃない判定をもらった)のでそのまま碧三尉がプロテインバーを食べるのを眺めてるんだけど、ひとくちが小さくてずっともぐもぐしてるのが可愛くてそわそわしてくるスミス少尉。自分が食べるときは2口で終わるのに、小動物みたいだな、なんて思っている。
「……アンタは聞かないのか」
「何をだい?」
「新型のことだ」
「ああ」
食堂の騒ぎの発端もそれだ。どこの国も最新技術の情報は手が出るほど欲しがっている。それが現代における軍事科学の最先端であるTSに関する情報ならなおさらだ。
とはいえ、一介の兵士でしかない俺はそんな情報戦に参加するつもりはさらさらない。まあ、ちょっと腕には自信があるTS乗りのつもりだが。
「聞いた話によれば、米日合同研究の機体なんだろ?黙ってても俺達海兵隊にはそのうち情報は流れてくる。気にならないって言えば嘘だけど、君を殴ったところで俺の気分が悪くなるだけだ」
「殴る前提かよ」
「だって君、さっきの騒動のときは全部『黙秘する』しか言わなかったじゃないか。普通に聞いても教えてくれないんだろ」
「しっかり聞き耳立ててやがる」
「うっ、だって、気になるものは気になるんだ」
食堂に君が入ってきたときからずっと気にしていたんだ。
何を食べるんだろう。どこに座るんだろう。あ、背中向けられちまった。
今夜のメニューに君の好物はあったかい?
「……ふ、正直だな、アンタ」
食べ終わったプロテインバーの包装紙をくるくると畳みながら、鼻から抜ける吐息で笑う横顔に見惚れる。
「悪いが、誰に何を尋ねられても俺には答える権限がないんだ。一介の自衛隊員でしかないからな」
すっと立ち上がる姿につられて自分も腰を上げる。
隣に並び立つと、小さいと思っていた彼の背丈もそれなりにあることや、胴回りも鍛え上げられた軍人のそれにふさわしい厚みがあることに気づく。どれもこれも、遠目に眺めただけではわからなかったことだ。
もっと近づけば、次は君は俺に何を教えてくれるんだろう。
「何もしなくても、明日にはアンタら兵士の全員に通達が行く予定だ」
「全員?米国軍にか?」
「今年のアド・リムパックに参加してる各国の軍人全員にだ。まあ、届けばわかる」
「……米日合同研究チームの機体なのにか?」
「事情が事情でな」
『見つかってくれれば、俺もようやく御役御免なんだが』
最後の日本語はよくわからなかったか、彼がもう話せることはないと肩をすくめてみせたから、尋ねることはできなくなった。それはこの短い邂逅の終わりを示していた。
「正直、あの量の夕飯じゃ夜寝付けなかったと思う。ありがとう」
そう言ってぽいっと放られた小さく畳んだ包装紙を慌ててキャッチする。
「おいおい、ゴミまでこっちに寄越すのかよ」
「今は謹慎中だから食い物のゴミはまずいんだ」
思いがけない後始末に軽く抗議してみせると、苦笑混じりに返される。
それもそうかとすぐに納得したが、それにしては悪ガキのしてやったりな笑みも混じって見えるのだから複雑だ。
この短時間で彼のいろんな表情を目にした。そのどれもがハーレーションのように白く瞬いて脳裏に焼き付いていく。
まいったな。
「名乗るのが遅くなった。陸上自衛隊特殊機甲群 碧勇三等陸尉だ。アンタの心遣いに感謝する」
ピシリと伸びた背筋とお手本のような敬礼。この暗がりに光がさしているかのように彼は眩しい。
「『ごちそうさまでした』 ……それじゃあ」
片手を上げて去っていく後ろ姿に bye. と小さく声をかけて見送ることしかできなかったのは、動揺しすぎて頭が真っ白になっちまったせいだ。別れの挨拶を告げることができただけ自分を褒めてやりたい。
(明日になればわかる、か……)
新型TSの詳細を知りたくないといえば嘘になる。一流のTS乗りになることは自分の夢であり目標で、科学技術の進歩とともに進化するTSの最先端に触れることは自分にとっては願ってもないことだ。
だが今は、新しい機体の性能や価値よりも、碧勇という男が、日本が欠席を表明した今年のアド・リムパックにたった一人で派遣された理由のほうが気になって仕方がないのだ。
そして自分が彼をここまで追いかけてきた理由もだいたい把握した。してしまった。
血が昇った赤ら顔、無表情の合間にふと緩んだ口元、小さな瞳の奥に見えたいとけなさ。
「……こればっかりは仕方ないだろ、勝手に落ちちまうんだから」
翌日、新型TSライジング・オルトスの適性パイロット試験の話が各国に通達されて、ある国から反感買ったりある国から情報開示請求があったりと上層部はてんやわんやになる。
でもスミス少尉は世界初の複座式TSなこととかメインパイロットとコーパイロットどちらも適性試験があることとかコパイの現搭乗員に唯一登録されているのが碧三尉しかいないこととか、そういう情報を知って「絶対に俺がメインパイロットになる!!」と鼻息荒くしてたりする。アラカイやヒロがあーあ、って笑ってる。
しばらくすると地球外生命体の襲来で試験だのなんだと言ってられなくなるし、唯一コパイ適性があった碧三尉に指名される形でスミス少尉がメインパイロットになり中尉に昇進するので、こうやって砕けた口調で会話ができたのはこのときが最後だったりする。
これ以降は碧三尉はスミス中尉の直属になって中尉が上官になるのですっげぇ固くなる。敬語ばっかりになる。すごいさみしいスミス中尉。
アドリムに碧三尉だけ派遣されてきたのは、日本のJ衛隊ででさんざんオルトスコパイの試験しまくったけど結局碧三尉しか適性ないことがわかったので参加する必要がなかったから。
アドリムといいつつ、米日が画策した実質オルトスパイロット探しのための集まりだったという話。米国側も一部の人間しか知らない。
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