溶けかけ。
2024-08-20 18:38:04
1638文字
Public ほぼ日刊
 

過去との邂逅

奴隷商に酷い目に遭わされていた奴隷ショタヌとそれを救うフリーナのお話です。

「大丈夫。ほら、怖くないだろう?」
 
 傷だらけの体をそっと抱きしめる。まだ幼い子供のはずの彼は僕から視線を逸らさない。一体、この小さな体でどれほどの不幸に耐えてきたのだろう?

「僕は一人で暮らしていてね。ちょっと人恋しいな、と思っていたんだ」

「ぐるる……

「キミが家族になってくれたら、とても嬉しいと思うんだけど」
 
 彼が人語を理解しているかはわからない。だが、幼いながらも必死に僕を傷つけまいとしているのは、握り込んだ手から流れる血が証明していた。

「お眠り。きっと、夢の世界はキミに優しい」
 
 聞いた者を夢へと誘う魔法の鈴を振る。どんな夢を見るのかはこちらが選べない以上、願うだけだ。――どうか、彼の夢が優しいものでありますように、と。



「おはよう。良く眠れたかい?」
 
 目の前の少女――フリーナというらしい――が微笑んだ。
 鼻を突く消毒の匂いに眉を顰めれば「ごめんね、でもキミの治療には必要なことだったんだよ」と困ったように眉を下げた。

「キミ、三日も眠っていたんだ。少し心配したよ」
 
 十字の描かれた箱を仕舞う。確か、人間が使う『救急箱』と呼ばれる物だったはずだ。

「ん? なんだい?」
 
 お礼くらい言ったほうが良いだろうと口を開いたとき、あることに気付いた。――声の出し方が分からないのだ。焦る私に彼女は合点がいったようにメモ帳を取り出した。

「言いたいことがあったらここに書くといい」
 
 遠い記憶を思い出しながら、渡されたペンで人間語を書く。慣れない文字は辿々しく、蚯蚓が這ったようだった。

「『ありがとう』……お礼なんていいよ。僕が勝手にやったことなんだから。それより、足や手の具合はどうだい?」
 
 言われて、いつもあった拘束具の重みがないことに気づいて頷く。

「それはよかった。後遺症も残らなそうだね」
 
 頭を撫でられる。フリーナの手は暖かった。



「シチューなら食べられるかな?」
 
 今しがた眠ってしまった小さな姿を思い浮かべる。彼を保護したときの姿からして、奴隷商の連中がまともなものを食べさせていたとは考えにくい。なるべく胃に負担をかけないものの方が良いだろう。
 考えながら野菜や肉類を取り出す。水龍の子どもだと聞いているし、水気の多いものにしよう。

「よぉし! 頑張るぞ」

 

 小さな口にスプーンが吸い込まれていく。どきどきと煩い心臓はそのままにフリーナは問いかけた。

「どうだい……?」
 
 料理に自信はあるが、振る舞った回数はあまり多くない。 

……!」
 
 小さな顔がぱっと明るくなり、こくこくと勢いよく首が上下する。

「ああ! そんなに急いで食べるから……!」
 
 咽る幼龍の背を擦る。けほけほ、と咳をする姿は大丈夫だと分かっていても心配になる。
 しばらくして咳が治まった幼龍は失態が恥ずかしかったのか、しょんぼりと項垂れた。青い触覚のようなものも、心做しかしゅんと垂れ下がって元気がない。

「頬張るほど食べてくれるなんて作り手冥利に尽きるよ。まだ沢山あるから、ゆっくり食べるといい」
 
 大きいスプーンと皿に懸命に戦いを挑む小さな頭を撫でる。今度、街へ行ったら子供用のスプーンと皿を買ってこよう。

 

 ベッドに倒れ込む。小さな龍はすでに夢の中だ。眠る彼の首筋に焼印の跡を見つけて眉間にシワが寄るのが分かった。

「惨いことをする……
 
 彼の首筋の奴隷の証を撫でれば、じんじんと首筋が熱を持った気がして体を丸める。嫌なことを思い出してしまった。

――寝よう……
 
 眠れ、眠れ、夢すら見ないほど深く――いつものおまじないを心の中で唱えて強く目を瞑った。辛い現実も夢の中までは追っては来ないということをフリーナはよく知っていた。

 

 眠る二人の首筋には揃いの刻印が刻まれている。