アストルさんとの再会から数日。医者からのお墨付きをいただいたアストルさんは城の中にある病室から出る運びとなった。コーガ様やスッパ、ゼルダやハイラル王に許しをいただいて……というかむしろ勧められる形で、私はアストルさんに付き添うこととなった。城から出るための手続きや、イーガ団のアジトに戻るまでの交通手段の手配、日をまたぐことになりそうなので馬宿に泊まる必要もある。退院できたとは言え、長い道中を病み上がりのアストルさんひとりで歩かせるわけにはいかない。大厄災を引き起こしたも同然な彼を憎む人は多いから、とにかく心配なのだ。
ひとまず城から出るための手続きは無事済み、ゲルド地方にあるアジトへ帰るために城下町を出なければならない。
城の敷地を出るまで、アストルさんは喋らなかった。私も無理やりアストルさんを喋らせようと思わなかった。以前経験した気まずい雰囲気とは違う。この人の気持ちを知ることが出来ているし、私の気持ちもこの人は知っている。だから、別に苦しくはない。
城の門をくぐり、中央広場へ出たところでアストルさんは一言漏らした。
「……もう、こんなに」
「びっくりしました? 私も驚きましたよ〜こんなに早く復興が進んでいるなんて!」
私がわざとらしく明るく言うと、アストルさんの目からぽろぽろと涙がこぼれ出した。私はびっくりして「ハ、ハンカチっ!」と荷物をまさぐる。けれどアストルさんは「いい、気にするな」と鼻声で言いながら袖で涙を拭った。
「私という人間の矮小さを思い知っただけだ」
「そんなこと言わないでくださいよ。アストルさん、本当は優しいんだから……」
私はアストルさんの大きくて薄い手のひらと、長くて細い指に自分の手を絡める。アストルさんがこっちを見るのを感じたけど、気恥ずかしくて顔を見れない。
「……お前には助けられてばかりだな」
「私は命を助けてもらったんだから、これくらいしないと割に合わないでしょ?」
私がそう言うと、アストルさんは何も言わずに手を繋いだまま歩き出した。
最近、ハイラルには新しい交通手段が生まれた。乗合馬車だ。城下町と各地方の馬宿、中央ハイラルの村や町を結び、人の移動だけでなく物流も盛んになっている。私たちはそれに乗り、門前宿場町まで向かう予定だ。既に昼に差し掛かっていたので今日中に移動できるのはそこまで。翌朝に乗合馬車でゲルドキャニオン馬宿まで向かう。そこからは少し大変だけど徒歩での移動だ。
昼時だからかお客さんも少なくて、乗っているのは私たちしかいない。中央広場から発着する馬車に乗り込み、所定の時間になったところで馬車は出発した。
乗り心地はまずまずといったところだが、屋根が無いために景色は最高。三百六度、どこまでも緑の平原が広がり、ところどころに町々が見え、遠くの方には聳えるデスマウンテンやハイラル大森林がチラリと覗く。ほんの数ヶ月前まで焦土だったのが嘘のようだ。
そして空は雲一つ無い青空で、このままならば見事な星空が見れるだろう。
「ねぇ、アストルさん」
「どうした?」
「……夜、一緒に出かけません?」
途端にアストルさんはゲホゲホと噎せてしまった。
「お前、そういう言い方は良くないぞ?」
ジロリと睨むようにアストルさんはこちらを見てきた。変な解釈をされてしまったと感じ、私も思わず鋭い視線をアストルさんに投げかけた。
「私はただアストルさんと星が見たかっただけなんですけど」
するとアストルさんはハッとして少し気圧された顔をして「あぁ、あぁわかった。行こう、星を見に」と慌てて告げた。その様子がおかしくってプッと笑うと「お前なぁ……!」と詰められた。それすら面白くて、二人しか乗っていないのを良いことに私はたくさん笑った。
門前宿場町に到着した頃にはもう夕方になっていた。ほぼ予定通りといったところ。私たちが選んだ宿は声の大きい世話焼きで陽気な女将さんが切り盛りしている宿だった。私たちに「あなたたち兄妹? しっかりした妹さんね〜」とにこやかな様子で話しかけてくる。
反面旦那さんは無口で無表情で、それでもテキパキと仕事をしている。アストルさんが年を取ったらこんな風になるのかな、って思うような人だった。
「あの女将、お前に似ているな」
利用する部屋にたどり着いてからアストルさんはそう言った。私は褒められたと思って「へっ? そう?」とテンション高めで答えた。すると何が面白かったのか、アストルさんはフッと笑う。
「もの好きで世話好きなところがそっくりだ」
「偶然ね。私も無口な旦那さんがアストルさんに似てるなって思ったところなの」
「なっ……!?」
してやったとばかり私は思わずニヤリと笑った。
夕食は女将さんが作ったキノコシチューで、宿泊客全員に振る舞われる。小さな食堂には私たち以外にも数名お客さんがいて、一人か二人のお客さんばかりだった。
「そこの痩せたお兄ちゃん、もっと食べな! ほら!」
「あっ、いや、私は……」
女将さんは容赦なく勝手におかわりをアストルさんの器に盛る。タイプが違う人に翻弄されているアストルさんは見ていて面白い。
「あの、すみません。ここら辺で星がきれいに見れる場所ってありませんか?」
「あら、お嬢ちゃん星が見たいの? そうねぇ……アンタ、オススメの場所とかある?」
旦那さんに訊ねたことに私は驚いて、旦那さんの方を見た。
「……そうだな。参道から始まりの台地に登って、少し外れたところにある丘が良いだろう」
すると旦那さんはご丁寧に周辺の地図を持ち出して、「ここだ」とペンでしるしをつけてくれた。
「ありがとうございます! 行ってみますね!」
「時の神殿から外れたところにある。暗いから気をつけなさい」
「はーい!」
隣に座ったアストルさんは、大量のシチューで今にもダウンしそうだった。
夕食を終え、私たちは旦那さんから教えてもらった場所へ向かうことにした。参道の階段を、アストルさんは「腹ごなしになるな」とヒィヒィ言いながら何とか登っていた。私が知る限り、アストルさんはなみなみのシチューなんか食べないし、こんな階段を登ったことはない。慣れない事ばかりさせてしまっているかも、と私は少しだけ申し訳なくなった。
「こっちか」
私が立ち止まっていると、アストルさんが私の手を引いた。先導されて思わずドキリとする。
「なんだ、私と星が見たいと言ったのはお前だろう?」
「そう、なんですけど……」
「ならば向かう以外あるまい」
時の神殿へ向かう道から外れて、右の方へ歩いていく。人の声も気配も遠ざかり、やがて私たち以外誰もいなくなった。虫の声だけが聞こえてきて、アストルさんのひんやりして骨張った大きな手の感触がくっきりと伝わる。
このままずっと、二人だけでいられたらいいのに。
「……ここか」
「ここですか? ……わぁ! 綺麗!」
見上げた夜空は、まさに星の海だった。いつもは明るい星しか見えないけど、小さくて暗い星も空を彩っているのだと気づく。
「こうするといいぞ」
そう言ってアストルさんは大の字で寝転んだ。まさかそんなことをすると思わず驚いたけど、私もアストルさんの横に転がった。
「崖が近いからな、落ちるなよ」
「わかってますってば」
アストルさんは無数の星の中からよく知られた星を探し出し、教えてくれた。
「あれがこと座のベガ。古い言葉で『落ちる鷲』という意味がある」
「へぇ、そんな意味があるんですね」
「そしてその少し南にあるのが、わし座だ。あの星はアルタイルという」
「わし座の星なのにベガって名前にならなかったんですね」
「確かにな……」
アストルさんは今まで考えたこともなかった、という顔をしていた。
「あっ、でももしかしたら、落ちてる途中の鷲かもしれないですね!」
「お前は面白いことを言う」
✽✽
私はベガだった。翼の自由を失い、落ちていくだけの鷲。けれど、そんな私を抱き止めてくれた者がいた。今度は私が、彼女を空へと連れて行こう。もう二度と、落ちることがないように。
終わり
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.