果汁100%
2024-08-18 09:40:23
4973文字
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みにくいおとなの子 前編

天♀ふみ♀/先天性にょたゆり(一人称変更なし)/付き合っていません/ふみやに男性経験あり/後編はR-18

「それで? するんですか、パパ活」

 伊藤ふみやは、天彦のベッドで正座していた。そうして、寝具の際に立って見下ろしてくる天彦を、怪訝そうに見上げている。
 なぜ部屋に連れてこられたのか、怒られる雰囲気が漂っているのか。ふみやには、わからなかった。それでもおとなしく正座しているのは、背丈も肉付きも恵まれた女の仁王立ちに気圧されたからである。とは言え、はっきりとした理由もわからないのにしおらしくする必要はない。何の曇りもない目でまっすぐ見つめて、お決まりの言葉を吐いた。「ダメ?」の二音に潜むのは投げられた問いへの肯定であり、当然それに気付いた天彦は盛大な溜息をつく。少女は、幸せが逃げるよ、と口を開きかけて、やめた。余計なことを言って、お小言が増えるのは御免だ。



 事の発端は、ふみやがスマホでスイーツの店を探していたことだった。十五時を少し過ぎた頃、依央利のおやつを食べ終わり、理解の笛を聞き流しながらリビングのソファに転がって。さて、と端末を手に取ったふみやは、SNSの検索欄に食べたいものやハウス周辺の地名を打ち込む。サクラかお客かわからないレビューサイトの口コミを見るよりも、ざっくばらんに書かれているSNS上で探すのが好きだった。みずみずしい果物、とろけるアイスクリーム、ふわふわの生地。暑いしかき氷もいいな、なんて思いながら満たしたての腹が空っぽになるような投稿を次々に眺めて、行きたい店のストックを貯めていく。
 ふと、画面をスクロールする指が止まった。目に留まったのは、カラフルなマカロン。の、隣に写る高級そうなバッグと、札束。そしてそれに添えられている、「もらった」の文字。
 ふみやは、金が好きだった。スイーツも好きだが、そのスイーツを食べるにも金がいるのだからそれはもう大好きに決まっている。そんな愛しい金を、どうやってこんなにたくさんもらったのだろう、と興味本位でプロフィールをタップして。目にした肩書きは、PJ。なんのことだかわからなかったが、妙に火の点いたふみやはそのアカウントのログやフォロワーを辿って、どうやらPJとはパパ活女子の略語らしい、というひとつの事実に行き着いた。時折見聞きするパパ活というのは、こうも稼げるものなのか。複数人の投稿を見てみると、必ずセックスを求められるというわけでもないようだ。二、三時間ばかり会ってお茶や食事をするだけでいいパパも居る、なんてことを知ると、やってもいいかな、という気持ちになるのは当然だった。少なくとも、ふみやの中では。
 さて、そんなわけでパパ活に使われるらしいアプリを調べてダウンロードボタンを押したところで、降りてきた天彦に添い寝をされた。ソファに二人で寝転ぶのは、さすがに狭すぎるから勘弁してほしい。あと暑い。文句を言おうとして顔を上げると、天彦がスマホの画面を凝視していた。つられて、そちらに目線をやる。そうして表示された「開く」のボタンを見て、きちんとダウンロードされたことを知った。ひと安心、と画面を消して、今度こそ退いてもらおうと改めて天彦に視線を投げる。氷点下だった。すっきりとあざやかな夏の空を思わせる瞳が、訝しげに細められて。どうにも温度が感じられないその眼差しに、さしものふみやも少しばかりたじろぐ。勝手に添い寝しに来ておいてなんだその顔。
 なにも言えないまま、見つめ合う。ほんの数秒のはずなのに、数分にも、数十分にも思える重たい空気。ふみやは、本当ならば目を逸らしてしまいたかった。けれど天彦の瞳がそれを許さない。氷漬けにされた気分だった。気まずい。いくらか経って、ようやく天彦が口を開いた。名前を呼ばれて、その温度の無さに今が夏であることを忘れそうになる。訳のわからぬままこんなにも冷たさをぶつけられて、ふみやは段々と怒りや悲しみが綯い交ぜになっていった。不機嫌な様子を隠すことなく、わざと乱暴に吐き捨てるような返事をする。そして天彦がなにかを言いかけたところで、理解の笛の音が鳴り響いた。少しだけ小さく聞こえるそれは、どうやら玄関が発信源らしい。続いて怒鳴りあう声も聞こえてきて、慧と喧嘩していることが察せられた。天彦は短く息を吐き出して、夕食後にまた、と残すとあっさり立ち上がって玄関へ向かっていく。
 そこから数時間、天彦は普段通りの彼女に見えた。困ったように笑いながら喧嘩の仲裁をして、テラの風呂に乱入して美ームに打ちのめされ、夕食で出た茄子の煮浸しに絶頂している。ただそれだけだった。あれは起き抜けで機嫌が悪かっただけではないか、と都合よく考えてしまうほどに。
 しかしそうはいかなかった。風呂と夕食を終えたふみやは、天彦が他の住人と話しているのをいいことに自室へ戻ってしまおうとひと足先に席を立って。こっそり二〇四を通過しようとすると、そちらではありませんよね、と圧のある声が掛かる。逃げられなかった。いつの間にやら背後に立っていた天彦に捕まって、通り過ぎたかった部屋の中に押し込まれる。そうして今、ふみやは彼女の前でちんまりと正座をさせられているのだった。
 さて、天彦の口からもはっきりと「パパ活」という言葉が出ており、既にふみやの企みはお見通しのようである。あのダウンロード画面だけでわかるあたりは、さすがワールドセクシーアンバサダーと言ったところだろうか。世のセクシーを知り尽くしているように思えて、場違いながらふみやはつい感嘆する。それと同時に、より一層今の状況がわからず困惑することとなった。
 調べた限り、パパ活は性行為に及ぶケースも少なくない。それは天彦にとって、さぞやセクシーなものだろう。ふみやが狙っているのはお茶や食事だけのものだったけれど、まだ話していないのだから天彦は知る由もない。つまり、今の自分は目の前の女が好むことをしようとしているように見えているはずなのだ。それなのにどうして正座をする羽目になっているのか、とふみやは首を傾げる。「ダメ?」と尋ねたのは、なにも煽り立てたわけではない。単純に、なにが悪いのかわからないからであった。
 天彦はそんなふみやの様子に気付いているのか否か、深く息を吐いたのち、ひとまず言い分を聴こうと促す方向へ舵を切る。
……あまりおすすめ出来るものではありません。少なくとも天彦は、そう思っています。ふみやさん、どうしてパパ活をしようと思ったんですか?」
「美味い店探してたら、やってる女を見かけたから。すげえ金稼いでて、いいなって思った。なんでダメなの? セクシーなんじゃないの、こういうの」
 再び溜息が出そうになるのを、天彦はすんでのところで堪えた。なんともシンプルな理由で、ふみやらしいとすら思う。まっすぐ天彦を見据える葡萄色の瞳に、迷いは感じられない。寂しさや承認欲求を満たすための金銭、というわけではなく、どうも本心からただ金が欲しいだけのように見えた。彼女のことだから、スイーツを食べるのに使うのかもしれない。
 この少女が心になにか抱えているわけでないのなら、なおのこと。わざわざ危ないことをさせたくはない、と方針を固めた上で、女は幾秒か思案する。ふみやに一般論をなぞっただけの言葉は通じない。それらしい理屈でなんとなく煙に巻かれてしまうのを、よく知っているからだ。自分の言葉で、伝えなければ。天彦は、己が心に宿る信念を、セクシーのなんたるかを語ることにした。澄んだ空の色でしかとふみやを射抜きながら、口を開く。
…………なるほど。まず、あなたはひとつ思い違いをしています。天彦はね、ふみやさん。若いお嬢さんが、お店にも守られない危険な状況で、大切な時間や身体を……それらをお金に換えることを、セクシーだとは思えません。無垢な子どもは確かにセクシーですが、子どもに性的なものを強いる行為は、醜悪です。だからあなたにも……お金に困って生きていけないというわけでないのなら、してほしくはない」
 それは紛れもなく本心で。天彦の眼前には、驚いたように目を見開いたふみやの姿があった。そして、身体の強張りも少しは解けたらしく、先ほどよりも肩が下がってリラックスしている。その様子を見て、女はほっと胸を撫で下ろす。
 部屋に連れてきたときのふみやは、身構えているのが見て取れた。おまけに、お座りなさい、と声をかけたら正座までしてしまう有様で。少女がどうしてこんなに緊張しているのかわからず、天彦は内心困っていたのである。頭ごなしに怒るつもりは毛頭なく、ただアプリのダウンロード画面を見て以降、この子をどう止めようか考え込んで素っ気なくなってしまった、というのが天彦目線での真実であった。天彦は、無自覚だった。整った容貌が、真顔になれば途端に恐ろしく見えることに。背丈や肉付きに恵まれた己の身が、冷徹な視線と合わさると強い圧を与えることに。どうしようもなく、セクシー以外には疎い女であった。
 さて、一方いくらかの時間をかけて天彦の言い分を飲み込んだふみやだったが、はいそれではやめましょう、と言う気にはなれなかった。パパとのセックスがノンセクシー判定だったことに驚きはしたものの、そもそも見知らぬおじさんとそこまで致すつもりはないのである。懸念がそこにあるのならば、安心させてやればいい。どうやら怒られるわけではないらしいと悟ったふみやは、常識人の皮を被った大人の懐柔を試みる。否、なんだかんだと子どもをセクシーだと思っているあたり、非常識な大人と言って差し支えはなさそうだが。
「大丈夫だよ、天彦。いろいろ調べたんだけど、お茶とごはんだけのパパもいるんだって。面倒だからヤるのは考えてないし、そういう奴だけ相手にするつもり。それに人目もある、怪しかったら逃げればいいしさ」
「ダメです。食事になにか仕込まれて、介抱を装いホテルへ、なんてよくあることです。あなたが考えていなくても、相手がその気ならどうにでもなる。……逃げる気を奪うどころか、ふみやさんに心から欲しがらせることだって出来るでしょうね」
…………いや待て。さすがにそれは無理だよ、なに言ってんの」
「いいえ、可能です。いいですか、ふみやさん。ひとを操る術は、暴力だけじゃありません。快楽であなたを意のままにすることは、あなたが思う以上にずっと簡単なんです」
「童貞みたいなこと言うなお前。……突っ込まれても、いいとか思ったことないし。気持ちいい、欲しい、ってそんなのAVじゃないんだから無理だって」
「おや。快楽で言いなりにさせる方法は、それだけじゃありませんよ。ふみやさんにはまだ、わからないかもしれませんが……
 失言だった。この少女、飄々とした雰囲気からは想像もつかないが、存外負けず嫌いなのである。ふみやは天彦の言外に滲む子ども扱いを見逃さず、不機嫌そのものといった様子で眉根を寄せた。ついでに痺れが襲う寸前の足も崩して立ち上がり、部屋を出ようとドアの方へ踏み出す。
「は? もういい、俺はそんなのに流されない。大丈夫だから、がっぽり稼いでくる。……ワールドセクシーアンバサダーって、なんつーかエロいもんに夢見てるだけなんだな」
「はい? ふみやさん、あなた今なんと? この天堂天彦に向かってなにを。……簡単に堕ちてしまうから言っているんですよ、あなたのように不慣れなお嬢さんは特にね。知らないのならば知らないと素直におっしゃい、僕は経験の乏しさについてあげつらうことはしませんから」
 喧喧囂囂。逃げ出そうとしたふみやの腕を掴んだ天彦は心配と怒りの混ざった調子で言い返し、そうして互いに一歩も引かない言い合いとなる。なにをしても自由だと主張する少女に、大人としての責任があると返す女。玩具ひとつで負けると指摘する女に、そんなわけないだろと突っ撥ねる少女。そんなに言うなら負かしてみせろと煽る少女に、負けたらパパ活は禁止だと乗る女。徐々にヒートアップしていく二人を止める者はこの場におらず、斯くしてセクシーグッズ一本勝負が開催される運びとなった。

……本当に、仕方の無いお嬢さん。言ってもわからないのなら、わかるまで教えて差し上げましょうね」


つづく