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とおり
2024-08-17 16:34:14
6702文字
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深海へようこそ 2
ACのパイロットにはなりたくないけどこっそりシミュレーターで遊んでる夢主がフロイトに見つかってしまう話 第二話
※not621
アーキバス全体データベースへ私のACが登録されてから、1週間が過ぎた。深夜2時半の事務員寮娯楽室にて。
私はシミュレーターに座って、ヴェスパーAC擬人化ギャルゲー『晩鐘の鳴る頃に』の画面を見つめながら思案する。無造作なロングヘアのロックスミスちゃんが吹き出しで「貴方、本当に面白いね。どう? 今すぐやろうよ」と喋っている。
なるほど、君はそういうタイプか。対するこちらの選択肢は「ああ、今すぐヤろう」「ヒッ、逃げろ!」である。迷わず後者を選択する。
このモードは起動したことがなかったが、先進局の改造が活発だった頃だと思われるタイムスタンプのセーブデータがあったので、それを開いてみた。全ルートクリアされていたらしく適当なチャプターから始めてみれば、なんとまぁ胡乱な概念が広がっていること数知れず。てかルート10個もあるし。どれだけ凝ってんだこれ。
「面白い
……
のか?」
「さあな」
「ヒッ」
音もなく近づいていたフロイトが、私の隣に立っていた。えらく真剣にディスプレイを見つめている。
「何故ロックスミスから逃げるんだ? やった方が楽しいだろ」
フロイトがそんなことを言うので、私は嘆息した。
「んなわけ。アンタに捕まったら碌なことがない。アンタの半身であるロックスミスも同じでしょ」
「ロックスミスを悪く言うなよ。アイツは素直だぞ、いつも俺に応えてくれる」
「馬鹿の話を鵜呑みにする馬鹿、ってことね
……
」
「お、大胆だな」
フロイトが勝手に操縦桿のボタンを押せば、主人公を追いかけてきたロックスミスちゃんが、主人公に馬乗りになっていた。
『なんで逃げるの? これからずーっと、私の体を好きにしていいんだよ?』
ギャルゲーってこんな感じなのか。だが、これはあくまでAC擬人化。
「要はアセン組むのに付き合え、ってことでしょ」
バッサリと私は断言して、ボタンを押す。
『ベイラムもファーロンも、オールマインドもアーキバスでもいいんだよ。君が望むならシュナイダーだって着こなせちゃうんだから
……
♡』
「そそるな」
「やめろ興奮するな変態」
でかでかとスチルが表示される中、私は背もたれに身を預けて、固い声を出す。
「推薦状、見ました」
私の敬語は仕事の合図だ。フロイトは変わらない様子で応える。
「見たか。久しぶりにまともな書類仕事をした」
「上司が泡吹いてました。私が最後まで検査をパスして会計要員が減ったらどうしよう、と。最近第七隊長が更迭されたので、ただでさえ通常業務もパンク気味なんですよ?」
「別にいいだろう。パイロットの方が給料高いぞ?」
ああ、皮肉が全然通じない。私はゆっくりと首を回してフロイトの横顔を見る。
底無し沼のような、得体の知れない何かが瞳孔の奥に広がっている。何を考えているのか、思考ルーティンを予測することすら難しい。フロイトという恐怖に立ち向かうために、その目を見る側が勝手に沼の意味を作り出さざるを得なくなる。そして己の中で肥大した妄想が乱反射して体の中を暴れ回り──その隙に、目の前のフロイトに矮小な生命を狩られてしまう。そうやって、彼に相対したパイロットたちは死んでいったのだろう。
顔の向きをディスプレイに戻す。ついでにボタンも押しておく。オートモードでセリフが勝手に流れ出す。しばらく主人公のモノローグが続く。
私にできる生存戦略は、底無し沼の恐怖になんとか負けないよう、私の都合を押し付けることある。私がパイロットになりたくない理由は案外単純だ。凝ったギャルゲに出てくる主人公の持つ背景より、薄っぺらい。
「給料よりも命が大事です。ルビコンから地元に帰ったら、彼氏と結婚する予定なんですから」
「なら金も入り用だろ。死ななければいい」
「AC乗りは金銭感覚が狂うって本当だったんですね。駐在手当で十分です。そもそも、戦場で死ななかったパイロットはいったい何人いるんでしょうね?」
「お前が第一号になれば問題ないな」
ああもう。話の意図はフロイトもわかっているだろうに、あえて逸らされている。
なら私も逸らさせてもらう。
「私のACの名前の由来、教えてあげましょう」
画面の中の主人公は「いやいや、こんな美少女が俺を押し倒してるのが現実なわけ──!」とギャグ漫画のように慌てている。私も、今の状況をそう思いたかったよ。
「ACジンチョウ、ペンギンの別名です。私はただ電子の海を自由に泳げればいい。空は飛べません」
「俺は、そうは思わない」
「そうですか」
「お前が鳥であることには変わりない。ああ、そうだな
……
空を全て水で覆えば、飛べるだろ?」
あっ。フロイトの目が輝いた。嫌な予感がする。荒唐無稽な夢物語と気づかせなければ。
「やっぱり馬鹿なんじゃないですか。それだと隊長が窒息しますよ」
嘲笑を浮かべながら話せば、フロイトの息を吸う音が小さく聞こえた。フロイトは片手でシミュレーターを軽く叩く。
「そのためのアーマードコアだろ」
フロイトがそう言った瞬間だった。オートで進んでいた画面の中のロックスミスちゃんが、爛々と輝いていた黄色の目を伏せて、主人公にキスをした。愛しい人に空気を分け合い、身も心も全て捧げている。
「
……
なぁ、早くやらないか?」
いやムードぶち壊しか? フロイトといい雰囲気になりたくはないが、デリカシーのなさにわずかばかり呆れる。
「やりません。一次試験の練習があります」
「アレの練習? 必要あるのか?」
「実力があるからそんなこと言えるんですよ」
「そうか?」
「そうです」
フロイトが隣で首を捻っているのを無視して、私はギャルゲーを閉じた。私がACジンチョウではなくプリセットのACデータを呼び出しているのを見ると、今日も戦えないことを悟ったのか、フロイトはシミュレーターにもたれかかっていた体を起こした。
「寝る。試験、手加減はするなよ」
そう言い残して、フロイトは娯楽室を去った。ようやっと機体データが呼び起こされたが、フロイトの言葉で一気にやる気が削がれた。
だが、練習はしなければ。
「
……
知るかっての」
手加減、するに決まっているだろう。
私は検査に落ちたいのだ。
⭐︎
アーキバスのAC搭乗適性検査は一次検査、二次検査、最終検査の三段階で構成されている。
一次検査はシミュレーター内のプログラムを使用して、AI制御でポップする敵機を既定のアセンでひたすら倒すだけだ。成績は反応速度、武器運用効率、EN運用効率など徹底的に数値化される。アーキバスコーポレーションの全社員が五年に一度の検査を義務付けられており、五段階判定の成績は本人が退職するまで記録される。ちなみに、パイロットだともっと検査頻度が高いらしい。
「それでは試験を開始しますが、気分が悪くなったらすぐ言ってくださいね」
シミュレーターに座った私が検査官に頷くと、検査官は手元の端末を見ながら話す。
「前回の検査は
……
3年前ですね。マシンは新しくなってますが、非強化人間向けの操作は同じですから。それでは適性検査プログラムを開始します。ヘルメットを被っていただいて、画面の指示に従ってください」
私はシミュレーターにリンクしたヘルメットを被る。娯楽室のシミュレーターはVRゴーグルだが、普通こういうのは世代更新で軽量化とか小型化が常ではないかと思う。形を見る限り、ヴェスパーで正式採用しているものと同じなので、再現性を大切にしているのかもしれない。
『これから試験の内容を説明するので、よく──』
ヘルメットのバイザーにVR機能を搭載しているようだ。目の前に広がる仮想空間とアナウンスも話半分に、手を軽く握ったり開いたりを繰り返す。
この間も、フロイトが帰ってから必死にシミュレーターで練習した。もちろん『試験に落ちる』ための練習である。
最速の反応速度を敢えて遅れさせるキャリブレーションは3年前もやったところだが、前回よりも調整に時間がかかった。ルビコンへ異動になって暇を持て余したがために、私の操縦は確実に上達していた。だからこそ、意識的に遅らせなければならない動作が増えたために練習が必要だったのだ。雑にやれば『サボっている』と見做されて勤務評定が下がるので、塩梅は繊細に調整しなければならない。期末ボーナスのプラス評価がなくなるのは痛い。
目指すは下から2番目、D判定だ。3年前の結果と同じにしたい。文官にしてはほどほどに頑張りましたよ感を醸し出しつつ、二次検査には到底通らないレベルである。もしパイロットを目指すなら最上位のA判定は必須、B判定でも実績があれば稀に通る。C判定以下は論外といった具合だ。
フロイトの推薦状があるとはいえ、流石にD判定は通らないはずだ。地元で待つ私のメロ男のためにも、生きて帰らなければならない。パイロットなんてごめんだ。
『それでは試験を開始します。メインシステム 戦闘モード起動』
まずは今回の規定アセンを体に馴染ませる。出てきた4体のドローンに早速仕掛ける。
右肩の4連ミサイルを放つ。オーバーキルだが敢えて左肩のプラズマミサイルも発射。FCSの感覚も、武器感覚もデータとズレなし。
すぐ右隣にポップしたドローンを見て、まずはクイックブーストで距離を取る。機体はVPシリーズ一式、ジェネもアーキバス汎用製、ブースターも性能変わらず。3年前と一緒の使用感にほくそ笑む。後ろに逃げながら右手のパルスガンを発射。弾のバラツキもEN消費量もズレなし。
左手にはレーザーダガーがついているが、今回は封印する。「非戦闘員は敵に近づくことすらビビる」演出にちょうどいい。
(キャリブレーション完了、戦闘開始)
ここからはわざとズレる作業だ。
(0.2秒、0.1秒、1.2秒、あと6秒、無駄撃ち0.4秒、慌てたフリして右肩も全弾射出)
検査プログラムが私のレベルに応じて敵を増やす。手加減したレベルに合わせた敵は正直歯応えがなくてつまらないが、はやる気持ちを抑えてズレる作業に集中する。如何に自然に早く検査を終わらせるか考え続けていることもあり、頭の中はカウントと演算で全て埋まった。シナプスが弾ける寸前の高揚は、中毒性がある。
(6時ドローン4発被弾許容、8時は1発だけ被弾、3時方向に左肩マルチロック。フリでブースト2発無駄に出す、残り3発で四脚ブレード退避)
ポップされた敵のアルゴリズムに私の体の制御をはめ込みながら倒していく。ズレは被弾となり、私のAPが削られる。しかし全ては予定調和。
(AP残り4000
……
あと30秒で死ぬには?)
プロの指揮者が寄せ集めのオーケストラのタクトを振っているような。計算され尽くした不協和音が鳴る。
(わぁ! このタイミングで四脚MTが出るなんてラッキー! しかもプラズマキャノン付き!)
締めのロングトーンをシミュレーター側が用意してくれるとは。アレに合わせてフィニッシュだ。
(0.2秒、0.1秒、3秒! 被弾いま!)
息切れさせた私のACに、容赦なくプラズマの息吹が貫通した。APゲージが高速で削れてゼロになり、緊張からも解放された私は大きくため息をついた。
終了のアナウンスに従いヘルメットを外せば、検査員が話しかけてきた。
「気になると思うんで、速報値お伝えしますね。D判定です」
「そうですか」
まだ演算のトランスから抜けきっていない私がおざなりにいえば、検査員は顎に手を添えて考える。
「失礼なのは承知ですが
……
貴女は本当にフロイトさんの推薦ですか?」
「え!? あ、ま、まぁ、はい?」
慌てて現実に戻って弁明する。
「首席隊長、時折変なことするらしいじゃないですか」
「ああ、そうですね」
「多分私の推薦状も、それだと思います。本当に迷惑ですよ
……
」
私は身を屈めてシミュレーターの中から出る。検査員にヘルメットを渡しながらぼやけば、大変ですね、と言われた。
とはいえ、目標のD判定は取れた。これで私の平穏な生活が戻ってくるはずだ。あとは娯楽室のシミュレーターとは別の、フロイトに見つからずに遊べる場所があれば最高なんだけどな。
「探すかぁ
……
」
凝り固まった体をほぐしながら、経理チーム詰所への廊下を歩く。頭は疲れているのに、定時まで労働しなきゃいけないのは最悪だが。ひと仕事終えた高揚は、少しばかり心地よかった。
⭐︎
「貴女ですね? フロイトが推薦したとかいう駝鳥は」
一次試験から一週間経った、ある日の第二隊長執務室にて。閣下は深々と座って目の前の立派な机を指で叩きつつ、下から私を睨みつける。
(閣下、初めて一対一で喋ったけど威厳凄いな)
どうしてこんなことに。第二隊長直々に呼び出しを受けて机の前に立たされている私の背中で、冷や汗がどっと吹き出している。
「一体どんな鳴き声でフロイトを懐柔したのか。このアーキバスで囀る暇があるとは、めでたいことだ」
「いや首席が勝手に」
「煩く囀っているのは、貴女の成績です」
この人相手の話聞かないタイプだぁ
……
と思う暇もなく、私の端末の通知が鳴った。閣下が顎を軽く揺らす。見ろ、ということだろう。ポケットから端末を取り出して、閣下から届いたデータを開封する。一番上には私の名前、下にはD判定の文字と、ずらずらとグラフと数値が並ぶ。
「臨時検査の精密結果が出ました。羽虫は最初から相手にするべきでないと、何度言っても
……
ですが。飛べない鳥にフロイトが興味を示すことはない」
スネイルは断言した。
プライドが高そうな閣下がここまでフロイトに信を置いているのは、正直なところとても意外だった。傲慢なスネイルが己を次席でよしとしている理由が何かは知らないが、フロイトのあまねく全てに不満があるわけではないのだろう。
「『ヴェスパーの首席が使えない人間を推薦した』という実績を残した愚行を、その鳥頭でよく考えることです」
私は端末から顔を上げる。鋭く細まった目の閣下と視線が重なる。
閣下は社内政治のことを言っているのだろう。首席は絶対的な強さであらねばならない。フロイトが推薦状を書いたのにそいつがクソであれば、彼の審美眼に疑惑が出る。
(でも実際、私はD判定を取るような『駄鳥』だし)
それでも仕事だ。体裁だけは整えなければ。
「第二隊長閣下、恐れながら申し上げます」
「いいでしょう、許可します」
「ありがとうございます。測定結果の通り、私の能力はご期待に添えるものではありませんでした。ベストを尽くしましたが、フロイト首席隊長の期待を裏切る形となってしまい、申し訳ありません」
折目正しく頭を下げる。カーペットとお見合いになった。
「ベストは尽くした、ですか」
閣下は私の頭越しに言い捨てる。あれ、案外私の話を聞いてきたじゃないか。しかしまだ頭は上げられない。閣下から許可は出ていない。私がカーペットから飛び出た繊維を眺めていると、閣下は続ける。
「私にも覚えがあるのですよ。強化人間手術の後には調整を行います。体と脳の反応を合わせるため、調整作業ではベストを出し続ける必要がある」
……
何故閣下は違う話を始めた?
意図がわからない。カーペットの繊維に助けを求めても、答えは来ない。代わりに持ちっぱなしの端末が震えた。通知だ。
「頭を上げなさい」
恐る恐る頭を上げて、端末を見る。新しく来たデータの名前は、
(一次試験合格通知
……
!?)
画面を見たまま私が絶句していると、閣下は続ける。
「本当に、貴女の脳から肉体への出力に相当のラグがあるのならば
……
その愚鈍な肉体は捨てるべきだ。強化人間手術もありますが、ファクトリーに送るのも一手でしょう」
閣下はついに椅子から立ち上がる。鋭い目はそのまま、だが薄い唇には酷薄な笑みが浮かんでいた。冷や汗は私の背中だけでなく手のひらからも吹き出し、端末が滑り落ちないように必死で握った。
「いいですか、『忠告はしました』。貴女は勤務態度、仕事の成果も良好だ。アーキバスに利する行動を考えることはできるでしょう」
──バレている。閣下が断言しないのは、情けをかけているからだ。情けがなかったら? 考えるだけでおぞましい。
これがヴェスパー。晩鐘を告げる部隊。
「ミラ・ヴェルナツキー。二次試験では貴女が鳥頭でないことを示しなさい」
頭の中で鐘が鳴る。世界の変わる音は、残酷にも私を戦いへ押し出す。
鳴ってしまったのは紛れもなく
……
私のせいだった。
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