八上
2024-08-17 14:19:53
1619文字
Public テキスト
 

霞とお盆の話

ちょっとだけクロサワもいる。幽霊が見える系のアンオフィ設定あり

 迎え盆の日、霞はなにやら野菜をいじっていた。
「見て! きゅうりの馬!」
……競走馬か? なんか思ってたのと違うんだが。竹串かなんかで足作るんじゃなかったか」
「こっちの方が速いかと思って」
 そう言って、霞はきゅうりでできたサラブレッドをテーブルの隅に飾った。

 世間が盆休みのある日、玄関先で霞を出迎えたジェームズが首を捻った。それを見た霞も不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「お前、自分の婆さんと仲良かったりした?」
「ううん、私が生まれる前に死んじゃってるからよく知らない」
……んん?」
「どーしたの?」
「知らない婆さんがお前の後ろで、お前のこと心配そうに見てる」
 じゃあこの婆さん誰? そう言いながらジェームズは首を傾げた。聞くに、彼は昔から人に見えないものが見えやすい体質らしい。
 霞も首を捻っていたが、しばらくして何か答えに行き着いたのか、ぽん、と手を叩いた。


 ――親からも半ば放置されていた私を、親身に面倒見てくれる近所のおばあちゃんがいた。
 彼女は元々うちの家で家政婦をしていたらしいが、私が生まれる前に年齢を理由に暇を貰ったらしい。
 うちの爺さんよりも10歳年上だったけど、ずっと田舎の片隅で一人暮らしていた、元気なおばあちゃんだった。子供の私に料理や裁縫、生きていくための知恵を教えてくれた。家政婦をやめた後も、もしかしたらうちの実態を知っていたのかもしれない。私が川で一人で遊んでいると、必ずと言っていいほど様子を見に来てくれたから。時には遊ぶのを止めてくれたりもした。
「今日はいけません。昨日の雨で増水していて危ないですからね。ばあやのお庭で遊びましょう。庭の梅の木に実がついたんです。一緒に採りませんか」
 そう言って、家の庭で梅の実を採った後、去年の実で作った梅ジュースを飲ませてくれた。夏の思い出だ。

 そんなばあやも結局歳には勝てなかった。98歳の時、ある日突然旅立った。家で倒れているのを見つけて、病院と、都会にいる娘さんに電話したのを今でも覚えている。

 故郷を離れる前、ばあやの墓前で話してから旅立った。
「私、都会に行くことにしたんだ」
「もう帰ってこないかも」
「刀は持っていくから誰にも迷惑かけないよ」
「ああでも、もしかしたらたまに困る人はいるのかな」
「あの選挙の度に刀拝みに来る村長のおっちゃんみたいにさ」
「私は人を呪う方法なんて知らないのにね」


 ソファーに座って足をぶらぶらさせながら、霞は喋っている。
「私の爺さんより10歳年上だったけど、ずっとひとりで散歩出来るくらい元気に長生きしてて、でも98歳の時にぽっくり逝ったの」
「私に料理とか裁縫とか、いろいろ教えてくれた人」
「娘さんもいい人で、困ったら電話してって番号くれたりして。今どこでどうしてるかは分からないんだけど」
 霞は隣に座るジェームズを見上げた。
「ばーちゃん、今どんな感じ? まだいる?」
「お前の横にいる。なんか嬉しそうにしてる」
 それを聞いて、霞はにこっと笑って反対隣を見た。
「来てくれたんなら、ちゃんと帰れるようにナスの牛も用意しないといけないねえ」

「出来た! ナスの牛!」
……牛はまあ分かるんだがこの後ろのやつ何?」
「牛車。平安貴族御用達の乗り物だよ。これでお土産いっぱい買ってものんびりゆったり帰れるよ」
「雅だなあ」


 ――送り盆の夜、霞はベランダから夜空を眺めていた。
「来てくれてありがとね、ばーちゃん。心配してくれたんだよね」
 大丈夫! 元気にしてるし! と、笑って言った霞が、ふと真面目な顔つきになった。
「ばーちゃんから見て今の私、ちゃんと出来てたかな。親と田舎捨てて都会に来たのは悪いことかな?」
 ほんの少し俯いて、また夜空を見上げた。
 どこからか、「霞ちゃんはそのままでいいんですよ」と聞こえた気がした。