てらだゆ
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君の夢を見た

リケが魔法使いじゃなくなる話 雰囲気

 司祭様は泣いた。
 膝を折り、息を震わせながら石像に向かって頭を下げていた。
 その小さな背中に落ちる黄金色の夕日を、リケはぼんやりと眺めていた。
 何だか――可哀想です。
 そう思った途端、全身から力が抜けていく。指先から、つま先から、耳から、口から。からだの末端からひかりが流れ出てもう戻らない予感がする。ずっと自分を支えてきたものに見放されるような不安と寂しさを覚えながら、くすぐったく世界に祝福されている心地もした。
 親代わりでもあった男は、どうかお赦しください、と偶像にすがり続けた。濁りのない想いは教会の正面へ伸び、背後に立つ少年へ向けられることは無かった。

「私は」

 リケは口を開いた。
 貴方は僕にたくさんの酷いことをしたでしょう。僕だけではなく、他の魔法使いや、貴方を信じる人間たちも裏切ってきたのでしょう。それは決して許されることではありません。
 それでも、貴方は僕を育ててくださいました。貴方の信ずるすべてを、信念に従って教えてくださいました。だから。一人の人間として、貴方を。
 肩に手を置かれ、リケは我に返った。
 華奢な肩を注意深く包み込むような手つき。
 振り向くと、夕日と同じ色の瞳が揺らぎながらも、しっかりとリケを捉えていた。それはリケが魔法舎で初めて食べた、焼き立てのパンとも同じ色をしていた。
 大丈夫です。
 リケは口を噤んで、年の離れた繊細な友人を見つめ返した。
 友人はぴくりと眉を下げたが、変わらぬ温度で肩を抱き続けてくれた。
 鏡を見ずとも、自分の額にもう紋章が無いことはわかっていた。

・・・

 夜闇のなか、しっとりと白い花々が咲き乱れている。
 よく手入れされた花壇の間に飛び石でできた通路があり、奥に大きな平屋と野菜畑が見える。
 彼が現れると、植物たちは身を竦めた。土地の精霊たちが僅かに彼を拒絶したのだ。
 濃い、死の香りを連れている。
 幸福なこの家にふさわしくない、と向かい風が吹いたが、彼は足を進めた。
 石造りの建物の玄関には古めかしいランタンが灯っており、どんなに暗い夜でも疲れた人々の目印になるだろうことが伺えた。彼はそちらへは向かわず、建物の外周を歩く。
 いくつかの窓を通り過ぎるが、どれもカーテンがかけられており、中を覗くことはできなかった。だが、その奥で子どもたちが健やかな寝息を立てているのを彼は知っている。
 やがて建物の真裏に辿りつくと、唯一開け放たれた窓の前で立ち止まり、カーテンを引いた。
 小さな部屋の中で、老人が簡素なベッドに横たわっていた。幸福そうに眠る顔に、彼はこらえきれず、魔法ですぐ傍まで移動した。膝から崩れ落ちた彼を木目の床は温かく迎え入れた。ぱたり、ぱたりと水滴が落ちていく。

「雨が降りだしたのかと思いました」

 衣擦れほどの小さな声を彼ははっきりと聞きとった。すっかりしわがれているが、相変わらず凛と響く声だった。

「どうしたのですか、こんな夜更けに」

 微笑んだ顔を見て、少年時代の記憶が駆け巡る。
 リケ、と彼は友人の名前を呼んだ。リケ、リケ、ともう一度、繰り返しに何度も。
 数十年ぶりにその手を握りたいと思った。自分のしてしまったことを吐いて、ただただ聞いてほしいと。
 けれどそれが許されないことだとも理解していた。これは全て自分の責任で、他の人間に背負わせて良いものではない。
 一心不乱に泣き続ける青年の肩へ老人は手を置いた。

「僕は貴方を赦します。たとえ神が赦さなくとも、僕が貴方を赦します」

 だから何があったか話してください、と老人は続けた。もし貴方が道を違えたと思うのなら、共に正しい方を探しましょう、と。
 青年は静かに顔を上げた。老人が何度も見たことのある、幼い泣き顔だった。
 木々のざわめきはいつしか落ち着き、月が二人に銀のベールを被せた。
 どうして、と青年が問うと、老人は肩に添えた手に力を込めた。

「だって、僕たちは友達なのですから」